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ロストバージンの関係

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「お前すごいよ? 人の顔も名前も覚えるの苦手なんだけどさ、俺。すぐ覚えた」
「何故だ」
「なんでだろ。よく目が合うから、かな」
 隣で歩く玲児に笑いかけるが、全然こちらを見てくれない。壁ばっか見やがって。こっちは後頭部ばっか見てるんですけど。
 でも玲児の頭をずっと見ていると、後頭部から額にかけてのまぁるいラインが綺麗だなとか、耳たぶあんまりないんだな、とかそれはそれで楽しめてしまう。これはなかなか重症なんじゃないか。
「っと! あぶね!」
 まともに前も見ずに歩いていた玲児は電柱にぶつかりそうになり、急いでその腕を掴み引き寄せた。焦っていたので思ったよりも力が入ってしまい、細い玲児の身体がガクンと揺れ、自分の身体で受け止める結果になった。
 陽が沈みきりそうな、誰もいない裏道。歩みを止め、身体を密着させて向かい合う。少し汗の匂いが鼻をかすめるが、全然嫌なものではなく柑橘類のような印象を受けた。そして目の前にある彼の顔は……いつもの怖い顔が思い出せなくなるほどあどけない顔をして、眉を下げた上目遣いで俺のことを見つめていた。うっすら開いた唇はほんの少し、少しだけ顔を動かせば口付けしてしまえそうだった。
「お、大鳥……」
「隼人って呼べよ」
「え……」
「俺が玲児って呼びたいから。お前も隼人って呼べよ」
「はや……と……」
 戸惑いのまま小さな声で呟かれた俺の名前は、今まで生きてきた中で聞いたどんな言葉よりもこの心を刺激し震わせた。名前を呼ばれるってこんなにいいことだったのか。
 このままキスしてしまいたい。すぐそこに唇がある。でもそんなことできるはずがない。この状況だってどう思われているものか……あどけない顔の正体は驚いて脅えてるからかもしれない。玲児に嫌な思いをさせたくない。俺達はクラスメイトだ。
 名残惜しさから掴んだ腕を親指で一撫でし、その華奢な身体から離れた。動き出さない玲児を置いたまま、両手をズボンのポケットに突っ込んで先に歩き出す。しかし数歩歩いてもついてこない。振り返るとすっかり暗くなった空をバックに玲児は下を向いていた。
「お前いつまでそこにいるんだよ、行こうぜ」
 声をかけると、顔を上げて。その顔はなんだか不貞腐れたような顔で。
「名前……」
「ん? なんだよ」
「名前で……呼んではくれぬのか」
 あ、と思った。
 “お前いつまでそこに……”
 自分の顔がかーっと熱くなるのを感じる。なんだよそれ。なに。なんなんだよ。抱きしめていいの? 俺はお前になにしていいの?
 胸から色んな感情が滝のように溢れ出す。なんでこんなに心を揺さぶられるんだろう。こんなことなかった。
 でもとりあえず今一番しなきゃいけないことはこれだ。
「玲児……」
 れいじ。改めて声に出すと綺麗な音だった。
「玲児……その、もう暗いぞ」
 ふうっと安心したように息を吐きながら玲児は笑って歩き出した。
「む、もう帰ろう」




 玲児の家は歩いて五分くらい、いつも歩いている通学路の一本隣の道にあった。明日から毎日そちらの道を通って玲児の家の前を通ろうなんて考えながら、玄関の扉を開ける。
 美穂さん達は共働きで帰宅するのはいつも遅かった。学校が始まってから初めの一週間は真っ暗な家に帰ってきていたが、ここのところはリビングの灯がついている。二人の娘、麗奈がいきなり二階の部屋から降りてくるようになったのだ。
「ただいま」
 ソファーに座りながら全く見てなさそうなテレビに目を向けている彼女に、廊下から挨拶をした。返事は返ってこない。いつもそうだ。
 麗奈は身長が高く、この頃で百七十センチ近くあったと思う。俺よりも一つ年下だから学校には行ってないが中学一年だ。かなり目立っただろう。小さな顔に少女漫画みたいな大きな瞳、つんと生意気そうな小さな鼻。それと俺と同じ赤茶色のロングヘア。街にいたら声をかけてしまっていただろうと思うほど大人びているし美人だ。こんな見た目をしているのに気が弱く、学校ではいじめられていたと聞いている。
 まぁ俺にはあまり関係ない。異性で同じ屋根の下にいるわけで、あまり関わらないようにしようと最初から思っていた。
「ねぇ」
 そのまま自分の部屋へ上がろうとした時、声をかけられた。はじめてだったので少し驚いたが、またリビングへ顔を出す。
「なんだよ、珍しいな」
「そっちこそ」
 麗奈はこちらには顔を向けず、テレビを見たまま話した。
「今日は香水臭くないね。女と一緒じゃなかったんだ」
 幼い高い声をしているのに随分と冷めた言い方だった。ガキの癖に鋭いな、俺もガキだけど。
「いつも違う臭いだね」
「うるせぇなぁ……モテるんだよ、いいだろ?」
「気持ち悪……」
「まぁ、好きに言っとけ。俺は部屋に行くから」
「あんた、前の家の叔母さんともそうゆうこと、してたんでしょ?」
 言われた瞬間、全身の毛が逆立つのを感じた。なんで知ってるんだよ。美穂さん達からはなにもその手の話はされていないが、知っていたのか。知っていて娘がいる家に迎え入れたのか。疑問は色々とあるが、知っているかもしれないとは元々思っていた。知っていて欲しくなかったから、当然知らないだろうと勝手に思っていた。
 麗奈は相変わらず俺の顔を見ない。
「あんたの前の家から電話来た時に叔母さんが妊娠させられたって大騒ぎしてたって話してるの聞いた。有り得ない。有り得ないって思ったけど、本当にあんた女の臭いばっかりする。こんなのと同じ家なんて信じられない、気持ち悪い、汚い、私だっているのになんであんたが……!!」
 一息でだんだんと声を荒らげながら捲し立て、ついに俺の顔を見た時に麗奈は話すのをやめた。自分がどんな顔をしていたかはわからない。ただ全て言われても仕方のないことだった。
「ごめんな。自分でもそう思うよ」
 麗奈は何か言いたそうに口を開けたまま暫くこちらを見つめていたが、またテレビへ向き直った。
「毎日色んな女のところ行ってるって言えば、娘の身を案じて追い出せるんじゃねぇの。止めはしねぇよ」
 それだけ告げて今度こそ俺は二階へ上がった。二階には俺の部屋、麗奈の部屋、夫婦の寝室がある。そりゃあこんな奴と隣の部屋なんてまっぴらごめんだよな。
 パソコンデスクとベッドだけ置かれた殺風景な自室に入り、制服も脱がずにベッドに身を投じた。瞼を閉じると玲児の顔が浮かぶ。あんなに表情豊かなやつだと思わなかった。いつも怖い顔をしているのに、すぐ顔は赤くなるし、目を丸くしたり、眉を下げたり。名前を呼んだ時なんてあんなに嬉しそうな顔をして。
 あのまま抱きしめてしまいたかったな、と思いシーツを握る。風をどんどん後ろへやりながら走ってる玲児を捕まえたい。あの細い手首を引いて抱き締めたい、口付けたい。
 けれども、確かにどうしようもなく確実に、俺は“汚い”のだ。人なんか好きになっちゃいけない。汚されただけじゃない、俺自身も多くを汚してしまった。あんな綺麗なものに触れちゃだめだ。ましてや男同士。気味悪がられ、傷つけてしまうかもしれない。
 だけど玲児が俺を好いてくれるなら。友達にだけでもなりたいな。友達とちゃんと呼べる人すら俺にはいないのだから。
 床に投げた通学鞄にベッドから手を伸ばし、携帯電話を取り出した。さっき別れ際に聞いたばかりの連絡先にメールする。
 “学校一緒に行かね?” 
 それだけ打って携帯電話をベッドに放ると、すぐにメール受信を示すバイブが震えた。
 “朝練がある”
 “じゃあ帰り! 待っててやるよ”
 なんだこの上から目線。自分でツッコみながらも送信すると、その次の瞬間には返事が来た。何かと思って画面を開くと。
 “む”
 うわぁ、“む”ってすげぇ便利じゃん、返事一文字かよ! 思わず一人で吹き出した。なんでたった一文字でこんなに幸せな気持ちにさせてくれるんだろう。
 明日会ったらなんでそんな話し方なのか聞こう。そう思いながら身体の中を満たしていくものを、大事に噛み締めた。




 それからと言うものの、俺は学校にいる間いっつも玲児と行動を共にした。玲児は一人だといつもあの眉間にシワを寄せて口をへの時に曲げた怖い顔をしていたが、俺といる時は色んな顔を見せてくれた。それがとても嬉しくて、彼の表情から目が離せなかった。その顔のせいなのか玲児は周りから一目置かれていて、俺も少し人避けしてもらえて助かり、一石二鳥だった。
 放課後は図書室で本を読みながら部活が終わるのを待った。校庭が見える窓際の席に座り、目が疲れると玲児を探した。時には本も読まずにずっと軽やかに走っていく姿を見ていた。玲児はそれを知っていてたまに図書室に顔を向けた。手を振るわけでもないし、遠いので表情が見えるわけでもない。ただ、図書室と校庭。こんな数百mも離れた距離にいてもお互いの姿を確認していることが幸せだった。
「あれ、今日早くね?」
 俺が先に部室棟に待っていたり、玲児が図書室まで来てくれたりとまちまちたったが、この日は部活の終了時刻よりも前に玲児は図書室に来た。いつものジャージ姿だが、顔に少し疲れが見える。
「あまり体調が良くない」
「目の下、隈できてね? 大丈夫か?」
「む……明日からテスト休みだ。問題ないだろう」
 玲児はスポーツマンのくせにしょっちゅう青い顔をしていた。細い身体のせいだろう、体力がないらしい。前にあまりたくさん食事をとることができないのが自分の弱点だと話していた。
「あー、テスト前で部活休みか。お前が走ってるの暫く見られねぇじゃん」
 読みかけの本に視線を落としたまま言うと、玲児は隣の椅子に体をこちらに向け横座りで座った。そして気にするまもなく、俺の肩に自分の額を乗せた。
「え?! ちょ、なんだよ。そんなに体調悪いのか」
 ドキドキするじゃないか、と思いながらも周りを確認する。受付に図書委員がいるだけで他には誰もいないので安心した。自分はどうでもいいが、玲児が変な目で見られるのは嫌だった。
「隼人……なんでわざわざいつも待ってくれるのだ」
「え?」
「早く帰りたいとか、思うだろう……」
「あー……」
 少しでも傍にいたいし、見ていたいから。そんなこと言えるはずもない。持っていた本を閉じ、顎を掻きながら考えた。肩には玲児の頭の重みを感じていてあまり集中は出来なかったけれど。
「この学校、割といい本あるしな。それに俺さ、両親いなくて今親戚んちにいるんだよ。だからまぁ、そんなに早く帰りたいとかそんなんねぇんだ」
「そうだったのか」
 玲児の頭が動く。こちらを見上げ、今度は頬を肩に乗せる。本当に疲れているのか、目力がなく、ゆっくりと瞬きを繰り返す。
「あまり聞かない方がよいか」
「んー、まぁねぇ」
「そうか、すまん」
「別に。なんも気にしてねぇよ。いいんだ別に。待ってるのも毎日じゃないしな」
 そう、俺は毎日玲児と一緒にいたわけじゃない。こんなに満ち足りてるように思うのに、まだ夜は眠れなくなるのだ。週末含めて週に三度は誰かよく知りもしない女と過ごした。
 だからそんな風にくっついて、見つめられると。玲児のこと抱けば俺も満足できるのかなんて想像してしまう。できたら離れてほしい。でも拒否することもできるはずがない。
「隼人は寂しいのか?」
「え? なんだよ急に」
「寂しいから俺なんかと一緒にいてくれるのか」
 俺を見上げる目が、だんだん、だんだん、潤んでいく。
 え、なんだよどうしたんだよ。
 あまりに扇情的な表情で見つめてくるのでめちゃくちゃ動揺した。額に浮かぶ汗、少し荒い息……いや、ちょっと待てよ。こいつ熱くね? 
「玲児、お前熱あるだろ」
「むぅ……?」
「保健室行っても帰されるだけかな……家に誰かいるか?」
「妹が……」
「じゃあどうせお前の家通るんだし。送っていってやるよ、早く帰ろう」
 あー危なかった。勘違いしてなんか口走るかやばいことしてしまうところだった。
 惜しいと思いながらも自分の肩から背もたれに玲児の身体を移し、本を閉まって二人分の鞄を手に持った。
「ほら、立てるか」
「む……」
 俺が差し出した手を取り、玲児が立ち上がる。
 この時繋いだ手を玲児が全然離してくれず(さりげなく離そうとしても強く握ってくる)、俺達は手を繋ぎながら帰り道を歩いた。
 学校周辺では手を繋いでることを冷やかされ“コイツ熱あるんだよ”と睨んで黙らせたが、いつもの裏道は相変わらず人通りが少ない。
「大丈夫か?」
「む……」
 ゆっくりゆっくりと歩いた。ぎゅうっと握ってくる熱い指先がいじらしくて、愛しさから指を絡ませたくなるが、そんな勇気はない。
 それでも俺は少しだけ思うことがあった。
 玲児も俺のことが好きなんじゃないかって。
 こんな風に甘えられたのは初めてだけれど、玲児はいつも俺を見てた。だからいつも目が合った。顔を赤くして、時には思いつめたように俺を見つめて。勘違いだと思いつつも、俺の気持ちは加速していった。
 そんな時にこんな風にされて。手を繋いで歩いて。確信してもいいのだろうか。でもわからない、普通に考えればありえない。男同士なのだから。俺だって普段女しか抱かない、それと一緒のことだ。
 余計なことは考えない方がいい。もしかしたらもうこんなことは無いかもしれない。この時間が一生の思い出になるかもしれない。そう考え直し、玲児の手、玲児の存在を丁寧に感じ取りながら、夕暮れの道を俺達は歩いた。俺は玲児とのことを思い出すとき、夕方が多い。それはきっとこの時のせいなのだろう。
 しかし玲児の家にはすぐ着いてしまって。俺はその手を離し、玲児もそれに応じた。鞄を返して、玄関の前でお互い俯いて向かい合う。早く家に帰さなくちゃ。
「今日はよく寝ろよ。明日は無理して学校来るなよ」
 玲児は俯いたままだ。
「早く帰れって。俺も帰るから」
「そしたら……」
「ん?」
「明日は、会えんな……」
 もう無理だ。
 自分の心や身体につけていたストッパーなんかなんも意味をなさない。
 俺は今にも倒れそうな玲児の細い身体を初めて抱き締めた。
 ああやってしまった。でもどうしようもないだろこんなもん。抵抗も何もしないが(する力がないだけなのか)、どんな顔をしているのだろう。
「約束する、明日、見舞いに行くから」
 なんとか発した声は掠れててかっこ悪いなと思った。
「会いに行くから」
 そうしてそれだけ言うと、玲児が家に入るのも待たずに逃げるようにその場を走り去った。
 自宅まで走りながら、腕の中に残る玲児の温もりを思い出す。見ていてわかっていたが、本当に細くて折れそうな身体だった。あんなに早く走るのに。頬や鼻先をくすぐる髪の一本一本まで繊細で綺麗で。
 自分の胸のうちだけに秘めておけず、叫びだしたくなる。玲児が好きだ。好きで好きで仕方がない。こんな気持ちになることがあるのか。人はこんなにも他人を、ただ一人の人を深く求めるものなのか。
 全速力で走りあっという間に家に着いた。珍しく汗だくになって荒れる息を整えながら、あんなことをして明日会ってくれるのだろうかと臆病になる自分を笑った。




 次の日、やはり玲児は学校を休んでいた。
 放課後会いに行かなければ。会いに行きたい。けれども抱きしめたりしたんだ嫌がられはしないだろうか。でも一方的にとはいえ約束したしな。
 そんなことを一日中アホみたいに考えていたらあっという間に放課後になっていた。自然と早足になりながら学校を出て、携帯電話を取り出す。メールしてお伺いを立てようかどうしようかと画面を開くと、玲児からメールがきていた。
 “約束したからな”
 ああもう本当にディスプレイに拝み倒したくなる。いつも玲児と二人で歩く道を急ぐ。いつもと違って陽はまだ高い。気を抜くと走り出しそうになるのをぐっとこらえた。
 玲児の家に着くと、妹の玉貴ちゃんが中に入れてくれた。前にも一度見かけたことがあり、顔見知りだ。確か麗奈と同い年だったが明るく快活で正反対のタイプだ。玲児とはあまり似ていないが可愛らしい。
「お兄ちゃん、よく熱出すんだよね。もう元気みたいだよ」
 そう言って部屋の前まで連れていき、素早く去っていった。
 ちょっと気まずいので扉も開けて欲しかったなーなんて思いつつも、一つ咳払いをして気合を入れる。コンコンと二回ノックすると、聞きなれた声が聞こえた。
「なんだ」
「俺……隼人。約束通り、きた」
「入ってくれ」
 玲児の部屋は初めてだったので少し緊張したが、ゆっくりとドアノブを回して中へ入った。
 中は割に広く、ベッドと箪笥それから学習机にテレビ、その前にローテーブルまで置いてあった。綺麗に片付けてある。玲児はベッドで寝転がっていたが、俺の姿を見ると体を起こした。
「あーあー、いいよ、寝てろよ」
「いや、もう大丈夫だ。熱もない」
 床に腰を下ろそうとすると、玲児はベッドの上をポンポンと叩いてここに座れと促した。ベッドにいる玲児の隣に座れって辛すぎるなと思いつつもそこに座る。
「昨日はすまなかった。世話になったな」
「ああ……いいよ別に。それより体調良さそうだな」
 昨日は見るからにゲッソリとして顔に影を落としていたが、今日はもういつもの玲児だった。仏頂面に安心する。部屋で二人きりで昨日みたいな顔されたら耐えられない。
「あ、そうそう。いろいろプリント貰ってきた。テスト関係のとかも」
「そうか、すまん」
「俺、越してきて初の中間試験だわ。めんどくせーなぁ。玲児勉強できる?」
「む? そうだな、それなりに」
「じゃあ一緒に勉強するか、なんて」
 意識的になんでもない話をして笑いかける。それなのに玲児はまた顔を赤くして黙って頷くのだ。そして伏し目がちにしながら恥ずかしそうに口を開く。
「それならば、また隼人と放課後を過ごすことになるな」
 可愛いと思った。なんでそんなに可愛くするんだよって。俺がこんな想いでいるのわかっててからかってんのかってくらいだ。こんなに我慢してるのに煽るなよ。また好かれてるかもって勘違いしてしまう。
 でもそんなわけない。俺は自制するために逆に玲児をからかった。
「お前さー、そんな顔して俺のことどんだけ好きなの?」
「むっ……いや……」
「昨日だってさ、肩によりかかってくるし手離してくれないし。恥ずかしいだろ、男同士でそんなことしねぇじゃん、普通。お前男が好きなの?」
 嫌な言い方だった。言い出したら止まらなくなった言葉は全部自分に向けられるべきものだ。玲児は俯いて、布団を握りしめていた。けれどもふっとその手の力を緩め、苦しそうな顔を上げた。無理に口元だけで笑を作る。
「そう……だな。すまなかった」
 玲児のこと、傷つけた。
「そういう顔、するなよ」
 抱きしめたくなるから。
 玲児は下を見ている……と思ったら、自分の近くに置かれていた俺の手を見ていた。じっと。なんだか物欲しそうに。俺はその手を玲児の顔の前に差し出す。
「触りたいのか?」
「あ……」
 戸惑い、俺の手と顔を交互に見る。けれどおずおずと、差し出された指先に自分の手を乗せた。普通に手を掴めばいいのにどれだけ遠慮してるんだよ。
「ごめんな、ひどいこと言った」
 玲児は首を横に振る。
 俺は遠慮がちに乗せられたままだったその手をしっかりと握った。
「お前さ。俺のこと好きなの?」
 なんで俺はこんな言い方しかできないんだ。俺が、玲児のこと好きだって。ちゃんと言わなきゃいけないのに。
「玲児、ずっと俺のこと見てるだろ。俺が転校してきた日からずっと。授業中だってよく見てるだろ?」
「違う、そんなことは……」
「俺で、頭いっぱいなの?」
 否定しようとするのを止め、玲児の額に触れた。昨日と違ってひんやりとしている。握った手もそうだ。玲児のことばっかり考えてたけど、こんな風に触ったことなかった。こんなに体温低いんだな。
「なぁ? どうなの?」
 顔を近づける。玲児は身体をビクッと震わせて反射的に目を細めた。
「そんなに怖がるなよ……」
 額に当てていた手を頬に移動させる。肉のついてない薄い皮膚を撫でると玲児は目を閉じた。
「キスしていいの?」
 しかし問うと、すぐにカッと大きく目を開いて。
「そ、そんなつもりではない! ただ、心地よくて……」
「俺のこと、好きって言えよ」
「はや、と……?」
「言え」
 抑えきれない。愛しさも恐怖もあり、息苦しかった。けれども玲児は自分の頬を撫でる俺の手首を掴み、瞳を閉じた。
「隼人が、好きだ……」
 その瞬間、その唇を奪い、ベッドにそのまま押し倒した。
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