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空回り

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 下駄箱で玲児とは別れ、保健室の前まで来た。スーハーと大きく深呼吸をして扉をガラリと開ける。中に生生はいなかった。三台並ぶベットのうち、一番窓際のベットだけきっちりと仕切りのカーテンが閉じられている。
 ああ、きっとあそこにいる。
 そう思っただけで心臓が高鳴った。それを自覚して苦笑する。もうこんなの絶対に恋しているじゃないか。
 できるだけ足音を立てないように静かに近付きカーテンの中に入った。
「おや? どうされました?」
 しかしそこには隼人とは違う生徒が立っていた。見たことがある気がするけど、知り合いではない。ぎょっとして慌ててカーテンを閉める。
「あ、えっと、ごめんなさい! 間違えましたっ!」
 隼人じゃなかった! 体調が悪い人がいるのにひどいことをしてしまった。
 恥ずかしくて顔がかーっと熱くなっていくのを感じながら駆け足で保健室から出ようとすると、閉めたばかりのカーテンから人が出てきた。さっきの生徒だ。
「ちょっと待ってください、何か用があるのでは?」
「え、あの……えっと」
 足を止めて振り返るが、焦っていてなんて言ったらいいかわからない。
 その人は首を傾げながら優しい笑顔をこちらに向けて、僕の言葉を待っている。
 その顔や雰囲気を見て思い出した。この人、生徒会長だ。直接話したことはないけれど、壇上に上がって話しているのは見たことがある。物腰が柔らかく落ち着いた人で、生徒からも先生からも評判がいい。いつも微笑みを絶やさないその表情が印象的だった。たれ目で口角が上がっているからそう見えるのだろうか。開けっ放しの窓から風が吹き、眉下くらいで切りそろえられた柔らかそうな茶髪が揺れる。
「もしかして、隼人に……大鳥くんに用事ですか?」
 生徒会長の口から探し人の名前が出て驚く。
「え?! あ、はい、そうです!」
「そうでしたか。彼なら中で眠っています。昨日あまり眠れていなくて疲れているとか……」
「そうだったんですか」
 会長に相槌を打ちながらも、二人がどんな付き合いなのかが気になった。会長は三年生だし、部活も何もやっていない隼人と関係があるように思えなかった。いつも周りに人はいるけれど、自分からは積極的に人と付き合うタイプでもない。隼人の素行が悪いから注意された……とか?
「あの……」
「あっ、はい!」
 思考の旅に出かけたところをなんとか戻ってくる。
「良かったら中で様子を見てみては? 俺は次の授業には出なくてはいけませんから、失礼します」
 会長はどうぞとカーテンの方を手で指し、お辞儀をして歩いていった。僕も会釈して、すれ違うように中へ入る。その時だった。
「玲児くんが来るかと思ったのに」
 聞き間違えかどうかわからないくらいの声がした。先ほど話していた時は高めの明るい声だったが、随分それより低かった。
 カーテンの外へ出て会長のことを確認しようかと思った時、隼人が寝返りを打った。こちらに顔が向く。
「綺麗な顔……」
 思わずため息と一緒にそんなセリフが漏れた。眠っているのに全く崩れていない、眉も口元も引き締まっていて絵に書いたようだった。眠っていると鼻の高さが強調されて、シャープな顔立ちに磨きがかかる。
 ベットサイドに置いてあった丸椅子に座り、頬に手を伸ばす。頬を撫で、顎を撫で、唇をなぞって、寝息を感じて……そのまま僕は、彼に口付けた。
 何も考えず、ほとんど無意識の行動だった。触れたくて仕方がない。僕は本当にどうしてしまったんだろう。
 軽い口付けだけで唇を離すと、隼人が瞼を開きバッチリと目があってしまった。驚いて飛ぶように後ろへ下がる。び、び、びっくりした。どんな顔をしたらいいかわからず、唇を手で抑えて俯く。
「なに、人の寝込み襲おうとしてんだよ。可愛い顔してケダモノだなぁ?」
「ち、ち、違うよ! そんな変なことしようとなんて……」
「キスすんのは変なことじゃねぇのかよ」
「そ、それはっ」
 言い淀む僕を見ながら、隼人は上半身を起こした。そして何かを探すようにあたりを見回す。
「まぁいいけど。それより出雲は? お前が来た時、誰かいなかった?」
「あ……名前わかんないんだけど、生徒会長さんならいたよ。ここに隼人がいるって教えてくれたんだ」
「そっか、授業行ったんかな」
 隼人は髪を掻きあげ、窓の方を見た。こちらから視線が外れたのをいいことにその横顔をドキドキしながらこっそり見つめた。しかし隼人はまたすぐこちらに向き直って。
「で、お前は? なに?」
「あ、その……隼人と話したくて……」
「怒ってんの?」
「怒ってる? どうだろう。わかんない、どちらかと言えばショック……かな。悲しくなった……」
 隼人の視線から逃げつつ、ぽつぽつと素直な気持ちを話す。話がしたいとは思ったけれど、具体的に何を話そうとかは何にも考えていなかった。
 どちらかというと自分の気持ちを確かめたいというのが本音だったかもしれない。抱かれた時から隼人のことばかり考え、兄さんに……嫉妬した、自分の気持ち。でも答えはもう出てる。
「ごめんな」
「えっ?」
 顔を上げると、今度は隼人が僕から視線を逸らし俯いた。
「いや……だって嫌だろ、自分とヤッた奴が、その次の日には兄貴ともなんて……」
 僕は黙って頷く。隼人は眉根を寄せ、顔の半分を手で覆い肩を落とした
「なんか、あれだな。怒られればいいやって思ったけど、ショックって言われると……ごめんな」
「隼人……」
「誰とセックスするかとかに深い意味なんか、俺は持ってないんだよ。だからお前ともお前の兄貴とも、コミュニケーションの延長くらいの感覚で……」
「そんな……僕はそんな風に思えないよ。全然思えない……」
「そうだよな。そうなんだろうな」
 わかってはいたのにあまりに違う感覚だった。こんなにも違う感覚を持っている人に恋なんかしちゃいけない。わかっているのに。
 隼人は俯く僕の頭を撫でた。髪を手ぐしで梳かし、その指が耳に触れる。すると全身に電流が流れるような感覚がしてビクッと震えてしまった。
 僕も大概変なやつだ。こんなことで隼人に欲情してる。
「和人さんの髪見てたらお前のことチラチラ思い出してさ。悪かったなってこれでも思ってたんだ」
「そう……なの? 僕のこと、思い出してくれたの?」
 隼人がそのまま僕の耳の輪郭をなぞる。ん、と声が漏れた。
「やっぱり似てるよな」
「そ、そう……?」
 とうとう隼人の指が耳の中まで侵入してきて、僕はふーっと息を小さく漏らしながら声が出るのを我慢した。薄く開いた視界が滲む。
「そんなにビクビク震えんなよ」
「だって……」
「そういうやらしいとこまで兄弟揃ってそっくりだわ、お前ら」
「んぅっ……」
 隼人の意地悪な言葉が一番気持ちいい。ぎゅうっと固く目を閉じて、太ももを摺り合わせて耐える。けれども隼人の手はあっさりと離れていった。
「まぁ、もう何もしねぇから安心しろよ」
「え……?」
 熱を持った耳を手で覆いながら聞き返す。隼人は悪戯っぽくニヤッと一瞬笑ったが、すぐに眉を下げて困ったような笑顔を見せた。
「あの日さ……色々思った通りにいかなくて、イライラしてたんだ。お前に八つ当たりして、素っ気なくして。悪かったよ。もうしねぇから」
「そう、だったの? 八つ当たり?」
「いや、本当に悪かったと思ってる。ごめん。一発殴るか?」
 隼人はヘラっと自分の頬を指さした。ちょっと軽く見えるけど、彼なりの本心からの謝罪なのだろう。でもそれが伝わって余計に悲しかった。
 僕はずっとずっとあの時の隼人が頭から離れないのに。謝るようなことにされるのがなんだか嫌だった。
 僕は何も言えずにただ俯いた。膝の上に置いた手を痛いほどに握りしめる。このまま終わりになんてしたくない。
「それにしてもお前の家が芸能事務所だったなんてな。色々驚いたよ。和人さんって歳いくつ?」
 それでも答えないでいると隼人はベットから身を乗り出して僕の顔をのぞき込んできた。背の高い隼人の、なかなか見られない上目遣い。一昨日はたくさん見られたけど。
「浅人?」
 見つめ合っている間にどんどん心臓が痛くなっていく。心音が早くなって早くなって、死んでしまいそうだった。
 隼人はそんな僕を知ってか知らずか、優しく笑う。
「ごめんな」
 彼から出てくるのはやっぱり謝罪の言葉で、そんなものちっとも欲しくなくて悔しくて腹が立ってきて、僕はまた隼人にキスをした。
 体を退いて逃れようとするので二の腕を掴み、今度は舌を入れた。けれども上手くできなくてみっともなくあるはずの舌を探す。見かねた隼人が舌先で僕をちろりと舐めたが、それだけしたら僕の両肩を掴んで体を引き剥がされた。
「どうしたんだよ、キス魔に転身か?」
「違うよ! 隼人のせいだ!」
「はぁ?」
 隼人が優しかった顔を顰めたので一瞬たじろぐが、唇を噛み締めて気合いをいれた。こうなったら言いたいことは全部言ってやるんだ。
「僕は、僕は謝って欲しくなんかないよ! 確かに兄さんのことは嫌だったけど、でも隼人が僕にしたことは……抱かれたことは全然嫌じゃない!」
「嫌じゃないって、何でだよ。気持ち良かったからいいって?」
「そんな言い方しないでよ! よくわかんないけど、僕は隼人の色んな顔を見て声を聞いて、優しく触られて……それでいっぱいなんだよ、ずっと隼人のこと考えてる……」
 僕の肩を掴んだままの隼人の手。その左手を僕は掴んで、自分の胸に当てさせた。隼人の手に重ねた僕の手は緊張してガタガタ震えていた。息が苦しい。胸が苦しい。
「わかる……? 隼人といるだけでこんなにドキドキする。こんなこと話しててもう本当に死んじゃいそうだよ」
 意識的に笑顔を作るけど、絶対に上手くできてないのは自分でもわかった。隼人はそんな僕を見て、目を細めて笑う。悲しそうな笑顔だった。
「初体験だったんだろ? それだけ衝撃的だったってことだろ、俺だからとかじゃ……」
「違うよ! そんなこと言わないでよ。好きだとは思ってなかったけど、隼人のことはずっとカッコイイって憧れてたんだもん」
「だからってさ……」
「隼人、好き。好きになっちゃったの。だからそんなに謝らないでよ。僕を抱いたこと後悔しないで」
 自分の胸に当てた隼人の手に両手を重ね、懇願するように訴えかけた。しかし隼人はその手を離し、ドサッとベットに背中から体を沈めた。そして顔の前で手を組み、表情を隠す。
「あのなぁ……そんなこと言われたらそれこそ後悔するだろ……」
「どうして……」
「俺はお前のこと好きじゃねぇもん」
 ハッキリと言われ、心臓が先程までと違う痛みを感じた。チクチクする。けれど好かれていないのは当然理解していた。
「そんなこと……わかってるよ」
 隼人はあーと声を出してみたり、やっちまったなんて言う。さすがに酷い態度だ。こっちは汗が滲むほど緊張して告白したというのに。
「でも、隼人のせいじゃないか。隼人が……」
「だーかーら! 悪かったって!」
「謝んないでってば!」
「謝るしかねぇだろ! お前はなんでそんなこと告白したんだよ。俺に何を求めてるんだよ?」
「それはっ……」
 そういえば考えてなかった。自分の気持ちを確かめたくて隼人と話そうとして、気持ちがわかった勢いで告白してしまった。甘い展開なんてないとわかってるのに。僕って馬鹿だ。
 でも少しだけ期待していたことはあった。自分が好かれてはいなくても、もしかしたらまた隼人に可愛がってもらえるんじゃないかって。
 何も言えない僕に隼人はわかりやすくため息を吐いた。
「言いたかっただけか?」
「いや、えっと、わかんない……」
「本当に申し訳ないと思ってるよ。申し訳ないけど、でも俺には謝ることしかできねぇよ。お前の気持ちに応えられない。ごめん」
 隼人は寝転がったままではあったが、顔を隠していた手を上げた。そして僕の顔を見て目を丸くする。え、と思って自分の頬に触れるとそこは濡れていた。
「泣くなよ……あーもうマジで。やめろよ、ほんと」
「し、仕方ないじゃないか、フラれたんだから……」
「勘弁してくれよ」
「だってさ、わかってたけど、好きじゃないとか言われるとっ……」
「泣くとか卑怯だろ、そんな顔してさ……無理……」
 隼人は心底困っているようで情けない声で話しながら、背中を向けて布団をすっぽり被ってしまった。
 プレイボーイの癖にちょっと泣いただけでこんなに狼狽えちゃうんだ。あんなに悲しかったのに隼人のふて寝した後ろ姿を見たら笑えてきた。
「ねぇ」
 鼻を啜りながら隼人の体を揺する。
「あんだよ、泣き止んだか」
「泣き止んでないから慰めてよ」
「元気そうじゃねぇか」
 布団からチラッと隼人が顔を出す。唇を尖らせて不貞腐れた顔をしていた。そんな顔するんだ可愛い。
「慰めるってなんだよ」
「じゃあ抱いてよ」
「お前あんなに純情だったのにそんなこと言うの? こわ! でも俺のこと本気で好きなやつは抱かないよ」
「え、なんで?」
 引っかかる言い方だった。僕が聞き返すと隼人は舌打ちする。
「誰とも付き合う気ねぇからな。上辺だけの奴か割り切った奴としかしない」
「僕はなんだったの?」
「俺のこと好きじゃなかったろ」
「あ、そっか」
 確かにあの時点では好きじゃなかった。でもそれってなんだよ。好きだと抱いてくれなくて、好きじゃなければ抱いてくれるなんて。変なの。
 それならば僕はもう隼人に抱いてもらえないんだ。気が付くとまた目頭が熱くなった。こんな泣いて嫌だなと思いながらも、泣き落としてやろうかなとも思う。
 僕、本気で隼人のこと好きなんだな。
「ねぇ」
 また体を揺する。
「なんだよ」
「なにもしなくていいから、布団に入れて」
「やだよ」
「僕もやだ」
 上履きを脱いで、ベットに上がる。掛布団の中に入っても隼人は抵抗しなかった。それどころか少し横にずれて僕が寝転がるスペースを作ってくれた。こちらを向いたりはしないけど。
 広い背中に頬を擦り寄せて抱きつく。隼人の心音は僕と違って落ち着いていた。少しだけガッカリしたけど、暖かくて大きくて気持ちいい。
「隼人って最低だけど優しいよね」
「うるせぇよ意味わかんねぇよ」
「すっごくモテるのにどうして遊びだけで誰とも付き合わないの? 好きな人とかできたことないの?」
「本当にうっさいよな、お前」
 隼人の声が少し低くなった。怒らせてしまったかもしれない。調子に乗りすぎたなと思い、背中に顔を埋めて暫く黙っていた。
 すると意外にも隼人の方から口を開いた。
「いるよ、好きな人。ずっと好きで、忘れられない人」
「え……」
「だから誰とも付き合わない。そんだけ。以上、もうなんも聞くな」
「それって昔の恋人とか……」
「はいはい、おしまいな」
 なんだよそれ、凄く気になるじゃないか。でも隼人の背中がこれ以上何も聞くなと言っている。
 もっとしつこく聞きたかったけれど、嫌われたくないのでやめた。代わりに背中にもっとぎゅっとくっついて密着する。隼人の体温を感じてると腰が熱くなってきて自分がムラムラしていることに気付いた。経験するまでそんなこと考えもしなかったけど、隼人の言う通り僕ってエッチなんだな。
「僕がエッチして隼人のことを好きになったみたいに、僕といっぱいエッチして僕を好きになればいいのに。その人のことなんか忘れてさ……」
 深くは考えずに発情して思ったことがサラサラと言葉になって出てきた。けど、これってもしかしてとんでもないこと言ってない?
 気が付くと顔に火がついたように熱くなった。隼人に抱きつく手が汗ばんできて恥ずかしい。めちゃくちゃ汗をかいてるのを気付かれるのも嫌だし、もう本当に自分が意味わからないし、隼人から離れて慌ててベットから降りた。それなのに腕を掴まれて。
「何? その殺し文句」
 あ、駄目だ。やめてよまた心臓が高鳴り出す。
「そんなに俺とやりたいの?」
「あ……」
 起き上がった隼人の目が鋭くなる。こうなると動けない、軽口も叩けない。でもその目に捕まった瞬間、背筋がゾクゾクしてたまらなくなる。
 しかし期待したのも束の間、隼人はふっと笑った。すぐにその場の空気が変わる。僕の腕も離し、ついでにデコピンされた。ゴツゴツした指から繰り出されたそれは本気で痛かったが、そこそこ距離があったのに腕長いななんて冷静に思う自分もいた。
「ばーか。そんなこと言うなよ。少しときめいただろ」
「い、痛い……ひどい……」
「期待した? そんな元気ねぇよ、早く教室帰れ。マジでもう寝るから」
 デコピンが痛すぎてヒリヒリする額をさすりながら、ふんっと鼻を鳴らして僕はカーテンの外に出た。
 隼人ってムカつく。ムカつくのにドキドキさせるからもっとムカつく。早歩きで保健室を出て扉を閉めると思ったよりも勢いがついて派手な音がした。バシーンって。自分でも驚いたが、隼人も驚いてたら清々するのにと思って一人で笑った。
 そこであることに気がついて足を止める。
 さっき“少しときめいた”って言った?
 きっと何とも思ってない些細な言葉。それなのに嬉しくて自然とニヤける顔を隠しながら、また早歩きで教室へと向かった。






 さぁ今度こそゆっくり眠れる。なんて思ったら、また仕切りのカーテンが開いた。
 あーもうなんだって言うんだよ、今度は誰だよ。
 腹が立つので俺は誰か来たのなんか無視してそのまま目を閉じた。
「隼人あなた、随分と優しいじゃないですか」
 背後から聞こえたのは聞き慣れた出雲の声だった。
「うるせぇなぁ、立ち聞きかよ」
「隣のベッドにいました」
「あ、そ。聞いてたなら分かるだろ、俺もう寝るから」
「本当にときめいたんですか? あんな子に」
 ギシッとベットに体重がかかる。出雲が腰を下ろしたのだろう。そうして頭上に気配を感じたら頭を撫でられた。規則正しい手の動きが気持ち良くてうとうとする。
「一年以上も俺と寝ているのに、好きになってくれませんね」
「あいつ、馬鹿なんだよ」
「浅人くんでしたっけ……いいですね。あんな風に素直になれたら」
 寝るまで頭を撫でて欲しいくらいだったが、出雲はやめて布団の上から俺に覆い被さった。身長は玲児より少し小さいくらいだが、あの二人よりは出雲の方が体つきがしっかりしているため(それでも細い、あいつらが細すぎる)ちょっと重い。しがみつくように抱きつかれた。
「俺とは割り切った関係だから抱くんですか?」
「そうだろ」
「そうですね」
 出雲はよく、行為の最中に俺のことが好きだと言う。でも終わってみればそんなことないと言う。たまにこうしてやたらと甘えてくる。何か言いたそうに。俺はいつもそれを見て見ぬふりして知らん顔した。
 出雲の嘘に付き合うのをやめたら関係を終わらすしかない。しかし出雲といるのはあまりに居心地が良くて、できれば手放したくないのが本音だった。浅人にはああ言ったくせに都合が良い。俺なんてそんな奴だ。
「出雲」
「なんですか」
「今日、飯作りに来て」
「いいですよ。食べたいものはありますか」
「わかめご飯とひじきが入ってるハンバーグ食いたい」
「あなた、あれ好きですねぇ」
 くすくすと笑いながら背中をぽんぽんと優しく叩かれる。本当に心地好くて、もう寝落ちする寸前だ。出雲もそれがわかっているのか、黙って俺の背中を優しく叩き続けた。安心して力が抜けていく。
 真っ暗な穴に沈んでいく感覚。その中で出雲の声だけがハッキリと響いた。
「好きですよ、隼人。今までも、これからも、ずっと」
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