上 下
3 / 84
意地悪

しおりを挟む
 くすくす笑いながら、ローションの足されたそこに隼人の先端が押し付けられる。入れて欲しい気持ちは変わらないがいよいよとなると少し怖くて、顔を逸らして目をぎゅっと瞑った。すると頭にふわっとした感触。隼人の手が僕の頭を撫でていた。
「大丈夫だから。落ち着いて、力抜いとけ」
 そっと目を開けると、こちらを見下ろす隼人の顔があった。目を細めて優しく微笑んでいる。僕はこくこくと何度も頷いた。
 安心して力が抜けてきた途端、めりめりと隼人が入ってくる。少しずつなのに、まだ全然入ってないのに、すごい存在感だ。
「あっ……あぁ……」
「きっつ……」
 ゆっくり、ゆっくり……僕は隼人でいっぱいになった。
 根元までグッと入り、隼人がはぁーっと息を吐く。
「すげ……入れてよかった……」
「ふえ……」
「浅人ん中、すげーいいよ」
 ずっと余裕そうだった隼人が、その時初めて眉根を寄せて息を乱した。おしりがきゅぅんと切なくなる。隼人は本当にかっこいい。
「あ、締めるなって……動くから」
「あっ……?!」
 隼人が腰を引いていくと中でズルズルと音がするのを感じるくらい、内壁全体が擦られた。
 あ、あ、あ、あ。
 何も考えられない。
「あぁぁぁぁっ……!」
「浅人……痛い?」
「ひゃ、ちが……きもひいぃー……」
 ギリギリまで引き抜かれ、またゆっくりと押し入っていく。頭の中がドロドロになっていくのを感じた。思考が形を保てない。
「もっと、もっとぉ……こすって、こすってぇ」
 恥じらいなんか何もなかった。普通なら絶対思いつかないような言葉が勝手に出ていく。それは僕をさらに興奮させるスパイスだ。
 隼人はだんだんと腰の動きを速めていった。浮き沈みのあった快感の波がだんだんと高まりっぱなしになっていく。放置されているはずなのに性器は痛いほどに勃起している。
「あっあっあっ、イキたいっイキたいっ……」
 隼人の首に必死にしがみつきながら訴える。
 もう、中が気持ちよすぎてイキたくてたまらない。でもこんなに気持ちいいのにイケない。途方に暮れているのに隼人はズンズン奥まで何度も突いてきた。気持ちよくなる度にイキたい感情がさらに増していき、もう僕はイキたくてイキたくて頭がおかしくなりそうだった。
「やだぁっ、あ、いきたいぃぃ、いきたいよぉぉ……! きもちい、いきたいぃぃ……!」
「うわ……すっげぇ気持ちいい。イッたらもっと良くなるかもな」
 額に汗を浮かばせながらも隼人は笑う。そして僕の性器を握った。
 その瞬間、僕の意識はとぶ。戻ってこれないんじゃないかってところまで。
「あぁぁぁぁっ」
 僕は背を弓なりに逸らしながら、射精した。ビュッビュッビュッと数度、弾け飛ぶ。それは僕の胸元までくるほどだった。
「あ、まって、あ、イッた、もう、イッたぁ……!」
 隼人は止まらない。
「俺は、まだ……イッてねぇんだよっ」
 荒い息使い。
 しかしもうほとんど何も聞こえない。イッた後の性器は脱力し、僕の体は隅から隅までぐちゃぐちゃだ。力が何も入らない。
「あぁー……あー……」
 ただ、だらしない声が出るのみ。本当にそれだけだった。
「あ、イキそ……」
 実際よりもかなり遠くから隼人の声が聞こえた。そして隼人の腰がより一層激しく打ち付けられ、僕の体は人形のようにガクガクと揺れ……隼人は性器を抜いた。
「はぁっ……」
 既に僕のお腹は精液塗れだったけれど、そこにさらに隼人の精液が吐き出された。
 あったかい。
 そう最初に頭に浮かび、だんだんとぼやけた意識の輪郭がハッキリとしていく。
「うわ、すっげぇな」
 長い前髪をかきあげ、隼人は数枚ティッシュを出した。そして汚れたお腹と自分の性器をざっと乱雑に拭く。
「うげー大変なことになってんな。クッションもこれダメじゃん」
 さっきまでの優しい彼はどこへ行ったのやら。脱力しきっている僕なんか無視でどんどん後処理を進めていく。
 その姿を見ていたらどんどん冷静になっていき、背筋が冷たくなるのを感じた。僕はとんでもないことをしてしまった。
「浅人ちゃん、まだ動けねーだろ? シャワー先に浴びてくる」
 さっさと姿を消していく隼人。
 剥かれたまま置いてきぼりにされた僕。
 ゆっくりと半身を起こし、隼人が消えた浴室のドアを見つめる。
 まだ少しぼーっとしているが、初体験してしまったことしかもその相手が男性のクラスメイトだと言う事を反芻した。童貞ではなくまさか処女を失ってしまうとは。最中は夢心地であったが、いざ終わると信じられない出来事だ。
 そもそも自分は隼人が好きなのか? 今までかっこいいクラスメイトだとしか思っていなかった。しかし隼人の切なそうな視線や自分に触れた長い骨ばった指を思い出すと、胸が締め付けられたようになるのも事実だった。
 思ったよりも早く浴室から隼人が帰ってきた。上半身裸なのが恥ずかしい。目が合うと笑ってくれたが僕は目を逸らした。
「浅人ちゃんは彼女より彼氏作った方がいいかもな」
「え……」
「早くシャワー浴びてこいよ。気持ち悪いだろ?」
 そう言われても立ち上がる気になれなかった。
 身体にまとわりつく湿気た気持ち悪さよりも、その前の発言の方が気になってしまったからだ。その言い方は完全に他人事だった。今だって全然平気な顔で冷蔵庫を物色している。
「隼人は……」
「ん?」
「隼人はどんな気持ちでこんなことしたの?」
 何を言ってるのかと言いたげに首を傾げながら隼人はペットボトルを取り出して冷蔵庫のドアを閉めた。
「どんな気持ち? どんな気持ちもねぇだろそんなもん」
「そんな……」
「お前だって気持ちいいからノリでしちゃったぐらいの感じだろ?」
 冷たい言い方なわけでもない。隼人は普段の調子でそう語って、飲み物を飲んでしまって。何か飲むかを聞いてくる。
 終わってから隼人に感じてた違和感がわかった。もうすっかり普段の彼なのだ。行為中の甘く優しい姿はなく、いつものクラスメイトに接する姿なのだ。彼にとってはこんなこと日常なのだろうか。
 隼人の神経がわからないのと同時に、僕は自分が何を期待してるのかもよくわからなかった。
「僕……泊まるのやめる」
「えぇ? もう終電近いんじゃねぇの?」
「帰る!」
 立ち上がって、雑に拭かれただけの汚れた身体で身支度を初めた。隼人は僕が下に敷いてたクッションを浴室に持っていったりしながら横目でこちらを見ているだけだった。引き止める気配はない。玄関まで行くとさすがに着いてきてはくれたが。
「道わかんの?」
「駅から近かったし、平気」
「そうか、帰ったら体洗えよ」
「引き止めないの?」
 思わず問うと、隼人は表情を変えずに僕の前髪にまたくしゃっと触れた。心臓が高鳴る。
「引き止めてほしいの?」
 返事はせず、ただ隼人を見つめた。
「引き止めてやってもいいけど、お前が何求めてんのかもわかんねぇし、俺の態度が気に食わないんじゃねぇの?」
 少し期待した自分を馬鹿だと思った。ドアノブを握る手に力がこもる。本当に何をやってるんだろう。
「お互い気持ちよかったんだからそれでいいだろ。こんなん気まぐれだよ。お前も何も言わずに受け入れてたじゃん」
「もういいよ……帰る」
「お気を付けて」
 なんの興味もない返事を背に、僕は隼人の顔を見ないまま部屋を出ていった。扉が閉まった直後、中から鍵を締める音がガチャリと響いて自分を拒否されてるように感じた。けれども行為後の隼人の態度を思い返すときっとそんなことすら考えてないのだろう。僕のことなんて何も考えてない。
 悔しくて涙が出そうだった。でもそれをグッと堪え、真っ暗な道をたった一人で歩き出した。







 頬の違和感に目覚めると、可愛い仏頂面があった。こちらが目覚めたと思うと頬を抓る手に益々力を込めてきやがる。
「いってぇんだけど! なにすんだよ」
「隼人……貴様がなんで一緒に寝ているんだ」
「おお?」
 言われてみると玲児が一人で寝ていたはずのベッドに俺も寝ていた。そんなことになるつもりはなかったので寝る前の記憶を手繰り寄せる。
「えーと……確か玲児よく寝てるなーって寝顔見てて……」
「む」
「そのまま寝ちまったのかな」
「人の寝顔を見るな気色が悪い」
「ひでぇな」
 玲児はさっさとベッドから体を起こし、そのまま端に座った。冷たいやつだ、そこまで嫌がらなくてもいいだろ。
 俺の事など全く気にせず玲児は落ち着かない様子であたりを見回す。
「浅人はどこだ?」 
「んー帰った」
「何?」
 元々寄っている眉間のシワをますます深くして、こちらを見やる。俺は寝転がったまま見上げて目を合わせた。
 黒よりも灰色がかって見える玲児の瞳に、真っ黒で長いまつ毛が垂れかかって綺麗だ。
「何故だ」
「昨日あいつすげーうるさかったけど、なんも気付いてないの?」
「何の話だ」
 首を傾げる玲児が信じられなくて、俺はうつ伏せになって枕に顔を埋めた。
 別に聞かせたかったわけではない。けれどもどんどん盛り上がっていく浅人を見ていたら、もう聞かれてもいいかなと思った。呆れるかな。嫉妬してくれねぇかな。もしかしたら悲しむかな。そんな期待をしながら。
「浅人に何をした」
「うっせぇなぁ、いつものことだよ」
「なんだと?」
「それより」
 起き上がって、玲児と対面した。ベッドに置かれた玲児の手を握ろうとしたけどできず、そのすぐ横に手をつく。
「やっと二人になれた」
 玲児は暫くこちらを見つめていたが、顔を伏せた。
「だからなんだ」
「俺と二人になるの避けるだろ」
「そうだったか」
「そうだろ!」
 顎に触れてこちらを向かせたい。玲児の顔が見たい。
 けれど手を近づけるだけで、触れるのに躊躇してしまう。玲児がその手に気付いて、空を切る手を見て次に俺の顔を見上げた。
 しかめっ面は変わらないが、少し寂しそうに思えた。手に汗が浮かぶのを感じるが、気にしないようにしながら意を決して聞いた。
「触っていい?」
「断る」
「なんで」
「浅人を傷つけた手で触るな」
 近づけた手をそのまま握りしめる。
「やっぱり聞いてたんじゃねぇか」
「さぁな」
 玲児はそのまま俺に背を向けて立ち上がった。話なんかしたくないという意思表示なのだろう。
 でも俺は話がしたかった。ずっとずっとずっと。それなのに玲児はいつも俺と二人になるのを拒んだ。二人でなければ側にいてくれるのだからそれで我慢しなければいけないのだろうか。そんなの嫌だ。
「浅人がいないのならば俺も帰る」
 玲児はこちらを見ない。
 着替えて少ない荷物をまとめればすぐにこの家から出られる。
「着替えてくる」
「待てよっ……!」
「なんだ?」
 部屋とキッチンを隔てる扉のドアノブを握り、扉を開ける前に振り向いてくれた。じっと強く見つめられる。何も言われていないのに咎められているようで言葉に詰まった。
 話がしたいと思ってはいたが、何を言えばいいのかわからない。俺は“あの頃”から何も変わっていない。
「何もないのならば、呼び止めるな」
 呆れ顔でため息をつかれる。俺はどんな情けない顔をしているんだろう。
「もしも俺がこのまま去っても、お前はこの腕を掴むこともできないのだろう。もう二人になろうとなどするな。迷惑だ」
 言いながら玲児はまた背を向ける。ついさっきまではゆっくりと歩いていたのに、さっさと扉を開けて脱衣場へ行ってしまう。
 着替えが終わったら玲児が帰ってしまう。このままではもう二度と二人っきりになどなれない気がした。このまま帰したらずっとこの距離のままだ。
 ベッドで玲児の手を握れなかったことを思い返し、悔しくて歯を食いしばった。こんな、どうしようもなくカッコ悪いままではいられない。
 脱衣場の扉が開く。前で待っていた俺に玲児は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにすり抜けていこうとした。
「玲児!」
 焦って、このまま終わらせるなんて嫌で、俺はその手を握った。
「玲児、行くなよ……」
 思っていたよりも小さな声が出た。顔を見る勇気はなく、握った玲児の手を見つめた。
 玲児の手。
 二年ぶりだ。
 ずっと怖くて握れなかったその手は思い出よりも華奢な気がした。折れてしまいそうで強く握っていた手の力を抜く。
「掴めたな」
 先に口を開いたのは玲児だった。落ち着いた声音に俺はそっと視線をあげ、その顔を見た。玲児も手を見ていたが、それに気づいたのか目を合わせてくる。困ったような顔をしていたがその口元はほんの少し笑っているように見えた。
 その顔だけで崩れ落ちそうだった。破顔しかけたのを持ち直す。玲児相手だとなんでこんな風になってしまうのか。今すぐ抱きしめられたらいいのに。
「玲児……ごめんな。昨日やっぱり気付いてたんだろ」
 玲児は何も答えない。俺も次の言葉が見つからない。
「どう、思った?」
「何がだ」
「いや……」
 言葉を濁すと、玲児は俺の手からするりと抜けていってしまった。荷物を持って玄関へ行ってしまう。なんとか握った手を離されては、もう他にはどうすることもできない。
 引き止めないと。
 そう思うのにその方法がわからない。
「隼人」
 ハッとして玄関に目を向けた。玄関のドアの前にいる玲児は既に靴を履いていたが、身体はこちらを向いていた。少し柔らかくなっていた表情がまた険しくなっていて、俺は玄関まで近寄ることもできなかった。
「貴様が誰と何をしようと俺には関係ない。けれども浅人は俺の友人だ。悲しませるようなことはしないでくれ」
 玲児はそれだけ忠告して出ていった。玲児が怒るのは俺のためじゃない。浅人のためだ。ずっと避けられているのは分かっていたのに何を期待していたんだろうか。ここに来たのだって浅人のためだ。だから俺は浅人と仲良くしているんじゃないか。少しでも玲児といたいから。
 ゆらりと部屋まで戻り、座り込んだ。膝を抱え、昨日のことを思い出す。昨日額をぶつけた時心配してくれたことを思い出す。
「結構嬉しかったんだけどな」
 玲児の手が触れていた場所に、自分の手を重ねた。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

MOMO!! ~生き残れ、売れないアイドル!~

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:28

彩雲華胥

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:65

恋人が欲しいけど、上手くいかないけど俺のせいなのか?

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:14

あなたにはもう何も奪わせない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:49,135pt お気に入り:3,226

水色と恋

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:22

わんこ系執事ときれい系お嬢様の『罪』。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:37

初戀

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:35

貢がせて、ハニー!

BL / 連載中 24h.ポイント:852pt お気に入り:832

ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:80

筆頭騎士様の夜伽係

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:27,938pt お気に入り:1,879

処理中です...