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1章
第5話 あなたのせいで大変なんですけどね
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「アルガス・マキド」
ドルガマキアが言った。
「お前たち一年空組の担任、アルガス・マキドだ。さっさと教室へ行け」
「担任……てことは、この学校の教師なの?!」
「そうだが、なにか問題でも?」
問題だらけだ。
目の前に現れた男、アルガス・マキドは、どう見てもドルガマキアだった。正確には、ドルガマキアが人間に化けた姿。たまたまよく似たただの人であるわけがない。こんな恐ろしいほど美しい男が、人間であるはずがないからだ。
アルガス・マキドという名前だってどう考えても匂わせだ。一文字除けば、ドルガマキアの並び替えですもの。
ドルガマキアは、私がこの学院の新入生として入学させるための偽装工作への協力を終えたところでふらりと姿を消した。てっきり拗ねて生贄の宮殿の奥深くへフテ寝でもしに帰っていったのかと思っていたのだけれど、どうやらドルガマキアもまたこの学院へ潜入する手立てを講じていたようだ。
ドルガマキアを封じるための聖女を育成する学校の教師を、ドルガマキア自身が務めているとは、冗談にしてもタチが悪過ぎる。
とはいえ、ドルガマキアは捧げられた生贄の聖女以外に、このミズガルド王国のなにものにも害を与えることはできない。直接なにかの被害が出る心配はいらないはずだ。ミズガルドから捧げられた生贄、つまり私が生きている限りは。そして、ドルガマキアは私を殺すことも、再び生贄の水晶に閉じ込めることもできない。私がそう望んでいないからだ。
ドルガマキアが教師になって潜入した目的はよくわからないが、少なくとも私にとってプラスになる理由ではないだろう。私がこの学校に再び入学したのは、今は国王となったロミリオ様が再び生贄の聖女を選ぶという決断をした理由がいったいなんなのかを探るため。そしてもちろんそれを止めるためだ。さらにそれと並行して、道半ばで終わってしまったドルガマキアを倒す方法を探す。そして、今度こそこの国をドルガマキアから解放するのだ。永遠に。
「……アルガス先生とジュリエッタお姉さまは、お知り合いなんですの?」
睨み合ったまま沈黙を続ける私とドルガマキアの横から、ファリスがおどおどと尋ねてきた。
呼び捨てでいい、と言ったのに、いつの間にかお姉さま扱いされている。いやまあ確かに歳上ではあるんだけど。三倍くらい。
「いや、知らんな」
「そうよ。全然知らないわ」
ドルガマキアに合わせ、私も首を横に振る。どうやらそういう設定らしい。知っている相手を知らないふりをするのは存外面倒だ。そういうことなら事前に打ち合わせしておいてほしい。
「でも、ずっと見つめ合ってらしたから……」
「見つめ合ってなんかいないわよ!」
睨み合ってはいたけど。
「そうですの?」
私は何度も頷く。ドルガマキアはゆっくりひとつ頷く。
ファリスの顔が、ぱあっと花が咲いたように明るくなった。
……かわいい。
ドルガマキアを横目で見ると、ドルガマキアもまたファリスを見て目を細めていた。
どうやって虐めてやろうかとでも思っているのかしら。このヘタレドSが。
そして、そのドルガマキアの表情を見て、私は確信した。
ファリスはこの学年の聖女候補だ。
見た目の美しさ。健気さ。それでいてちょっと抜けているところ。歴代の聖女の記憶を持つ私にはわかる。そういうタイプが、ドルガマキアの好みのド真ん中ということが。長年私はそう思わせるように演技をしてきたが、ファリスのそれは完全に天然だ。いや私も途中までは天然由来だったはずだけども。
聖女候補が誰であるかというのは、本人にしか知らされない。それを周囲に言うのも言わないのも、本人の意志に任される。正門で会ったマキューシャのように聖女候補であることを大々的に言いふらして利用するものもいれば、周囲には黙ったまま騎士すら選ばずひとり黙々と聖女になるための修養に励む者もいる。
ファリスはおそらく後者のようだが、機会を見て協力を仰いでみよう。学院の中にはいくつか、聖女候補しか立ち入ることができないエリアがある。かつての聖女候補だった私なら今でも入れる可能性はあるが、今年の聖女候補には登録されていない。見つかったら面倒なことになる。
「お姉さま?」
「ごめんなさいなんでもないわ。ちょうどいい道案内が来たみたいだし、アルガス先生について行きましょう」
道案内、というぞんざいな扱いにドルガマキア扮するアルガス先生は少し気分を害したようだったが、無言のまま歩き始めた。
「ねえお姉さま」
アルガス先生の後ろを歩きながら、ファリスは少し背伸びして私に耳打ちしてきた。
「なあに?」
「聖女の騎士って……生徒ではなく先生でもお願いできるのかしら」
え。
「……アルガス先生を騎士に、ってこと?」
まじか。
「ファリス、あなたもしかして聖女候補なの?」
動揺しながらも、これ幸いと尋ねる。
ファリスは慌てて両手を横に振った。
「ち、違います! そういうことじゃないんです! ただ、どうなのかなあって気になっただけで……」
クルミを落っことした子リスみたいに慌てるファリスの顔はまっかっか。
まあ、正体が暗黒竜だと知らなければ、あの容姿はうら若い乙女をたぶらかすに十分だ。
暗黒竜ドルガマキアを封じる聖女候補の騎士をドルガマキア本人が務める? できるの、そんなこと?
……できたらどうしよう。
ドルガマキアが言った。
「お前たち一年空組の担任、アルガス・マキドだ。さっさと教室へ行け」
「担任……てことは、この学校の教師なの?!」
「そうだが、なにか問題でも?」
問題だらけだ。
目の前に現れた男、アルガス・マキドは、どう見てもドルガマキアだった。正確には、ドルガマキアが人間に化けた姿。たまたまよく似たただの人であるわけがない。こんな恐ろしいほど美しい男が、人間であるはずがないからだ。
アルガス・マキドという名前だってどう考えても匂わせだ。一文字除けば、ドルガマキアの並び替えですもの。
ドルガマキアは、私がこの学院の新入生として入学させるための偽装工作への協力を終えたところでふらりと姿を消した。てっきり拗ねて生贄の宮殿の奥深くへフテ寝でもしに帰っていったのかと思っていたのだけれど、どうやらドルガマキアもまたこの学院へ潜入する手立てを講じていたようだ。
ドルガマキアを封じるための聖女を育成する学校の教師を、ドルガマキア自身が務めているとは、冗談にしてもタチが悪過ぎる。
とはいえ、ドルガマキアは捧げられた生贄の聖女以外に、このミズガルド王国のなにものにも害を与えることはできない。直接なにかの被害が出る心配はいらないはずだ。ミズガルドから捧げられた生贄、つまり私が生きている限りは。そして、ドルガマキアは私を殺すことも、再び生贄の水晶に閉じ込めることもできない。私がそう望んでいないからだ。
ドルガマキアが教師になって潜入した目的はよくわからないが、少なくとも私にとってプラスになる理由ではないだろう。私がこの学校に再び入学したのは、今は国王となったロミリオ様が再び生贄の聖女を選ぶという決断をした理由がいったいなんなのかを探るため。そしてもちろんそれを止めるためだ。さらにそれと並行して、道半ばで終わってしまったドルガマキアを倒す方法を探す。そして、今度こそこの国をドルガマキアから解放するのだ。永遠に。
「……アルガス先生とジュリエッタお姉さまは、お知り合いなんですの?」
睨み合ったまま沈黙を続ける私とドルガマキアの横から、ファリスがおどおどと尋ねてきた。
呼び捨てでいい、と言ったのに、いつの間にかお姉さま扱いされている。いやまあ確かに歳上ではあるんだけど。三倍くらい。
「いや、知らんな」
「そうよ。全然知らないわ」
ドルガマキアに合わせ、私も首を横に振る。どうやらそういう設定らしい。知っている相手を知らないふりをするのは存外面倒だ。そういうことなら事前に打ち合わせしておいてほしい。
「でも、ずっと見つめ合ってらしたから……」
「見つめ合ってなんかいないわよ!」
睨み合ってはいたけど。
「そうですの?」
私は何度も頷く。ドルガマキアはゆっくりひとつ頷く。
ファリスの顔が、ぱあっと花が咲いたように明るくなった。
……かわいい。
ドルガマキアを横目で見ると、ドルガマキアもまたファリスを見て目を細めていた。
どうやって虐めてやろうかとでも思っているのかしら。このヘタレドSが。
そして、そのドルガマキアの表情を見て、私は確信した。
ファリスはこの学年の聖女候補だ。
見た目の美しさ。健気さ。それでいてちょっと抜けているところ。歴代の聖女の記憶を持つ私にはわかる。そういうタイプが、ドルガマキアの好みのド真ん中ということが。長年私はそう思わせるように演技をしてきたが、ファリスのそれは完全に天然だ。いや私も途中までは天然由来だったはずだけども。
聖女候補が誰であるかというのは、本人にしか知らされない。それを周囲に言うのも言わないのも、本人の意志に任される。正門で会ったマキューシャのように聖女候補であることを大々的に言いふらして利用するものもいれば、周囲には黙ったまま騎士すら選ばずひとり黙々と聖女になるための修養に励む者もいる。
ファリスはおそらく後者のようだが、機会を見て協力を仰いでみよう。学院の中にはいくつか、聖女候補しか立ち入ることができないエリアがある。かつての聖女候補だった私なら今でも入れる可能性はあるが、今年の聖女候補には登録されていない。見つかったら面倒なことになる。
「お姉さま?」
「ごめんなさいなんでもないわ。ちょうどいい道案内が来たみたいだし、アルガス先生について行きましょう」
道案内、というぞんざいな扱いにドルガマキア扮するアルガス先生は少し気分を害したようだったが、無言のまま歩き始めた。
「ねえお姉さま」
アルガス先生の後ろを歩きながら、ファリスは少し背伸びして私に耳打ちしてきた。
「なあに?」
「聖女の騎士って……生徒ではなく先生でもお願いできるのかしら」
え。
「……アルガス先生を騎士に、ってこと?」
まじか。
「ファリス、あなたもしかして聖女候補なの?」
動揺しながらも、これ幸いと尋ねる。
ファリスは慌てて両手を横に振った。
「ち、違います! そういうことじゃないんです! ただ、どうなのかなあって気になっただけで……」
クルミを落っことした子リスみたいに慌てるファリスの顔はまっかっか。
まあ、正体が暗黒竜だと知らなければ、あの容姿はうら若い乙女をたぶらかすに十分だ。
暗黒竜ドルガマキアを封じる聖女候補の騎士をドルガマキア本人が務める? できるの、そんなこと?
……できたらどうしよう。
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