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42話 わからないんだから黙ってなさい?

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 ドリアスだと気づいた途端、俺は全身の毛穴から汗が吹き出したような気分になった。

 あとでタニアとガストンに聞いたところ、実際にはそんなことはなく見た目は無表情のまま特に変化はなかったそうだが、俺自身の感覚としてはそうなった。

 逆に、俺から見たタニアとガストンも一見平静だったが、内心ではかなり怯えていたようだ。

 火山の火口で、タニアもガストンもこいつにやられている。

 俺も、襲われたときには、いちおう剣までは構えたけれど――足元の岩場がマグマ化しはじめ、上からイフリートの拳が振り下ろされる、というのを最後に、あとは記憶がない。ドリアスの監視役だったというラドフェルド一族のやつらの密かな助けがなければ、おそらく死んでいただろう。

 腰にぶら下げた、なかに硬いものが入っている小物入れを、俺はそっと撫でた。入っているのは、ルルノアから渡された石化の幻獣コカトリスが封じられた魔法石だ。これを使えば、ドリアスを無力化できる――今、使うべきか?

「……ん?! なんだこいつら?」

 俺の気も知らず、あくびをした後ソファの上に身を投げ出したドリアスが、俺たち三人に気づいて驚いた表情になった。

「迷子のタニオンヌと、そっちのふたりはデンスに用事があるんですって」
「へえ、デンスに? ついにあいつ捕まるの?」

 念のためいうが、タニアは王女にタニオンヌと名乗っている。そして俺たちの名前に、王女は興味すらないようだ。
 ソファの上に散らかる本をぱらぱらめくりながらドリアスが言う。どうやら、俺たちのことは全然覚えていないようだ。

「なんでデンスが捕まるのよ。リアスの冗談はいつもつまらないわね」

 と、マルガレーテが呆れた口調で返した。

 ドリアスはここではリアスと名乗り、デンスと旧知の間柄ということになっている。

 ――間違いない。

 俺は確信した。

 デンスとドリアスはこの宮廷に召し抱えられる以前から手を組んでいる。

 巷でデンスがやったと言われている氾濫する川の鎮静だの盗賊団の壊滅だのといったものは、すべてドリアスの力によるものだろう。

 ドリアスはラドフェルド一族と国との協定だとかなんだとかで幻獣使いの力が自由にふるえない。そもそもへたに評判になると、当主のルルノア に見つかってしまう。それでデンスを自分の身代わりに仕立て上げたのだろう。いや、仕立て上げたといっても、俺にあれこれざまぁトークをしていたデンスの姿を思い出す限り、実力がないのに幻獣テイマーを名乗っていたデンスとって大変都合が良いわけで、利害が一致した、というやつかもしれない。

 幸い、ドリアスは俺たちのことを覚えていないようだ。マルガレーテから説明された後は、俺たちに興味をなくしたようでふたたび本をぱらぱらとめくり、その本も大して時間がたたないうちに投げ出した。

「なあ、デンスはまたバーレンのとこ?」

 ソファに寝転がって頬杖をついたまま、ドリアスがマルガレーテに尋ねる。

「おそらくね」
「飽きないねぇ」
「バーレンのことを告発した責任を感じてるのよ。デンスは人がいいから。それであなたみたいな金魚のことも見捨てられないんじゃない?」
「王女様こそ何度言えばわかるのかなぁ。デンスには僕が必要なんだよ」
「勝手に言ってなさい」

 マルガレーテはドリアスの向かいに座り、難しい顔で本棚からとった分厚い本を開いている。

「王女様」
「なに? いま忙しいんだけど」
「その本、上下逆さ」
「これであってるわよ」
「いやどうみても逆さだよ。それとも、逆さに文字読むのが趣味?」
「ふふふ、わたくしをあわてさせようたってそうはいかないわ。デンスがこう読んでたの。あなたには魔術文字も幻獣文字もわからないでしょ? 黙ってなさい」
「はいはい」

 ……おそらく本は上下逆さなのだろう。

 これについてはドリアスのいうことのほうが絶対に正しいはずだ。少なくともデンスよりは。

 マルガレーテに、今物知らず扱いした相手が、ラドフェルド一族のなかでも始祖ダグラスを超える才能とか言われているやつだということを教えてやりたい。

 王女直属ということで本気で幻獣の研究をしているのかと思ったが、どうやらここでやっていることは王女の金と権力みまかせた遊戯以上ものではないようだ。研究室ごっこ。随分豪華な遊びではある。

「あー暇だなっと。ちょっと散歩にでも行こうかな」

 ドリアスがソファから立ち上がった。

「散歩はいいけど、この間みたいに、居城のほうにまでは迷い込まないでちょうだい。次にやったら縛り首よ」
「はいはい、わかってるって。ほら、お前らも行くぞ」
「……え?」
「どうせお前たちもデンスを待ってるんだろ? なら僕に付き合えよ」

 ドリアスにぽんと肩を叩かれ、俺は戸惑った。なぜ急にご指名?

「な、ライアン」

 ドリアスが、俺の耳元でそう囁いた。
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