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38話 再び王城へ

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「本当に行くのですか? 私としてはドリアスを確保するのが早いに越したことはありませんので助かりますが……処分される騎士は、あなたがたの知るバーレンとは別の騎士かもしれないのですよ」

 ルルノアの言う通り、王宮の騒ぎの中心人物がバーレンであるという確証はないまま、俺たちは翌日の晩に王宮へ潜入することを決めた。

「宮廷内は混乱しているとは言っても、投獄される者が増えるにつれ、少々殺気立った空気に包まれているとも聞きます。侵入者であることが発覚すれば、その場で斬られる危険性もありますから、お気をつけくださいね」
「いやまあ、前回だって十分危なかったですけどね。そこをバーレンさんに助けてもらったんで」
「なるほど、彼がいなければもともとなかった命、というわけですか」
「いやそこまでは言ってないです。どうせやばい橋を渡るならいつにやっても一緒かなっていう。それに――」
「それに?」
「いや……なんでもないです」

 俺は占い師でも軍師でもないので、自分の予感やら推測やらという漠然としたものはあまり信用していない。
 
 少なくとも人に言うようなレベルのものではないと思っている。

 だからルルノアは言わなかったのだが――仮に投獄された騎士というのがバーレンではなかったとしても、どのみちデンスがなにかやらかしているのではないか、という気がしている。

 別にデンスがなにをしようと元パーティ仲間である俺たちに何の責任もないことはわかっている。わかってはいるのだが――人間なかなかそう割り切れるもんじゃない。

「ではライアン様、これを」

 ルルノアが俺に、片方の手のひらにちょうど収まるくらいの石を渡してきた。

 形は卵を思わせる楕円形で、卵のなかの雛のような、鳥が丸まったような形の彫刻が施されている。

「なんですかこれ。綺麗ですね」
「コカトリスを閉じ込めた魔法石です」
「コカトリス? 石化の魔獣?」
「ええ。魔獣といっても幻獣の一種ですが。ドリアスを見つけた際には、こちらを使ってください」
「えぇっ、これすごい。アイテムショップで買うとめちゃくちゃ高いやつじゃない?」

 タニアが俺の手元を覗き込みながら言った。

「しかもコカトリスとか初めて見た! 私たちの装備全部合わせたよりするんじゃないの?」
「私が作成したものなので、市販のものより高性能なはずですよ」
「えっ、これ、原材料費だけで作れるってこと……? 幻獣使いっていいわね……」

 タニアの目がきらきらと輝いている。

 これで大儲けしようとするなら、幻獣使いという以上に、コカトリスと互角以上に渡り合う腕前が必要であり、それくらいの腕前の冒険者ならばアイテムをクラフトして一稼ぎするよりもギルドに来たモンスター討伐依頼などをこなしているほうが効率がいい気がするのだが、夢を見るのはいいことだ。言わずにおこう。

「ところで、使うってどうやってやるんですか?」
「石を強く握って、"解放(リベレイション)"、と言うだけで大丈夫です。そのように調整しておきましたので。起動すると石からコカトリスが実体化して、周囲一帯を石化すると同時に私に知らせが入ります」
「なるほど……ちなみに、石化されない範囲はどれくらいで?」
「……えっ?」
「えっ、ありますよね。使用者は範囲外とか。俺たちまで石化されると困るんですが」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………まさか、俺たちも巻き添えって話じゃ」
「いえいえ、回避方法はありますよ。起動と同時に石を手放し、周囲に石化防御の魔法壁を張れば防げるでしょう」
「タニア、その魔法使えるか?」
「できなくはないと思うけど……ちょっとタイミングがシビアじゃない?」
「だよなあ」
「……そうそう、あと、ドリアスでも簡単には防げないくらいに強化しましたので、普通よりも少し強めの防御壁が必要かもしれませんね」
「少し強めってどれくらいですか」
「だいたいの目安で言えば、司祭クラスの防護魔法くらいでしょうか」
「――やっぱり巻き添え前提じゃないですか!!」
「あるいはそういうことかもしれませんね」

 ルルノアがにっこり笑った。その笑顔には無茶振りの後ろめたさなど一切感じられない。

 ひでえ話になってきた。

 王宮に侵入し、ドリアスを見つけたら、この石を使って自分もろとも石化攻撃で足止めか。

 石化している間に破壊された場合でも一応蘇生できるんだったか? どうだったか?

「大丈夫です、起動されたらすぐに助けに伺いますから。それに、石化されている間は意識がありませんので、石になろうと主観的にはあまり気になりませんよ。三秒でも三年でも同じです」

 そういう問題じゃない。だいたい、三年ものあいだ石になってるとか、冗談でもやめてほしい。

 とはいえ、あのドリアス相手に俺たちだけでは絶対に太刀打ちできないのは確かだ。ルルノアを信じて使うしかない。

 わかりました、と言って、俺は魔法石を懐にしまった。


     *     *     *

 装備を整えた俺、タニア、ガストンは、人目につかないよう荷馬車を使って今度は地上から王都に入った。
 
 前回王城への侵入と脱出に使った地下水路は当然警備が厳しくなっていることが予想されたので、今回は別の侵入経路を使うことになっている。

 夕暮れ時になるのを待ち、見張りがちょうど交代になったばかりの時間を見計らって、俺たち三人は堂々と城の通用門へ向かった。

 自分たちと同じ格好をしてはいるものの、当然知った顔ではない俺たちだが、その態度があまりに堂々としているため、左右に立つ門番はたちはまずは様子を見ているようだ。俺たち三人は門番から十分な距離を置いて立ち止まると、三人そろって剣を捧げ、ルルノアから教えてもらったこの国の兵士たちの略式敬礼の姿勢をとった。

「アントン砦からの援軍、サム、トム、ジムであぁるっ!」

 ガストンが、俺までびっくりするようなでかい声で言った。

「アントン砦……? 到着は明日になると聞いていたが」
「お前ら三人だけか?」
「天のご意志により本隊の到着は明日となるが、王の危機とあって、サム、トム、ジムの三名のみ急ぎ駆けつけたものであぁるっ!」

 門番の問いかけにガストンが、リハーサル通りのセリフをでかい声で言った。

 俺たちのパーティでは交渉ごとの矢面に立つのは大抵俺なのだが、王城の兵士には俺の面が割れている可能性が高いため、今回はガストンに喋ってもらっている。

 なお、アントン砦というのも、そこからの王城への援軍というのも、実際に存在している。ルルノアの言っていたように宮廷内で投獄騒動が起きたため人手が足りなくなり、臨時の人員補充として近隣の砦から小隊ひとつを呼び寄せたのだそうだ。本来であれば本日到着するはずだったが、道中の”謎のトラブル”――もちろんルルノアが画策したものだ――により到着が遅れ、俺たち三人だけが先行してやってきた、という筋書きである。

 俺たち三人の前で門番たちはひそひそ話をしている。あっさり行くとは思っていなかったが、偽名がサム、トム、ジムという手抜きすぎる名前だったのがいけなかったのではないだろうか。あるいは、兵装の着こなしに難があったか。色々考え始めるときりがなく、門番が俺の顔ばかりじろじろ見てきているような気もしてきて、俺は背中に嫌な汗が流れるのを感じつつ、表面上は必死で平静を保った。

 しかし、どうやら杞憂だったようだ。やがて相談を終えたらしい門番は、

「遠路はるばるご苦労! 中に入り、兵隊長に指示を仰ぐように!」

 と、敬礼を返してきた。

「承知! 同胞の心遣い、感謝するっ!」

 ガストンの声にも心なしか安堵の響きがある。俺たちは再び敬礼を返すと、門の中へと入って行った。


 まずは王城への潜入に成功して、俺の気持ちとしては、安堵が半分。

 これでいよいよ引き返せなくなったな、という不安と恐怖が半分以上、という感じである。
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