32 / 55
31話 嘘から出たまことというやつ
しおりを挟む
掛布の下に詰め物をして牢の中でまだ俺が寝ているように偽装し、鉄格子の鍵もかけなおして、俺とガストンは外に出た。
ずっと幽閉されていた俺はここが王城の一角であるということくらいしか知らなかったが、俺がいた監獄は城の端にある尖塔の上にあったようだ。
階段を降りていくと少し広くなっている空間があり、そこに大きな鉄扉がある。よく牢屋の中で開閉音を聞いていた鉄扉だろう。
普段はそこにも見張りの兵士がいるそうだが、そこはデンスが人払いをしたらしい。ガストンが来た時に慌てていたせいか、分厚い鉄扉が半開きの状態で止まっている。念のため足音を忍ばせて扉まで近づいた俺たちは、そこで不吉な声を聞いた。
「ここです!」
「なかに侵入者がいるというのは間違いないのですか」
「はい。すみません、すぐに知らせようと思ったんですが、脅されてここまで案内させられて……」
そう言っているのは、デンスだ。
「やはり裏切ったか……」
ガストンがため息をつく。
「デンスは俺たちを裏切ったとすら思っていないのかもしれないな。ガストンに一時的に愛想よくしていたのも、そうしないと殺されると思ったからしかたなかった、って思ってるんじゃないか、あいつは」
「わしが何かを言う前に、あいつから近づいて来たんだぞ?!」
「でも、ナイフで脅すつもりだったってのはそういうことだろ」
「ナイフだって出してない」
「わかってる。でも、出してないけど、持ってはいたし、使うつもりもあった。それを察したから自分はそうしたんだ、ってデンスに言い訳されたら俺たちは反論できない」
「……たしかに、そうだが……」
ガストンが悔しそうに拳で壁を叩く。俺たちがコソコソ話をしている間に、扉の向こうでは、このままここで待ち伏せするか、中を見にいくかで議論になっていた。出入り口はここしかないのだからここで待ち伏せするというのが兵士たちの隊長らしき男の主張で、自分たちの知らない抜け穴や援軍がいるかもしれないからいますぐ中に入って見つけ次第切り捨てるべきだ、というのがデンスの主張だ。
あいつ、どこまで俺たちを殺したいんだ。
「ま、最終的には隊長さんのご判断でいいと思いますよ。それで逃したとしても、僕がなんの責任をとれるというわけではありませんからね」
デンスの言葉を最後に、扉の向こうで沈黙が落ちる。
逃げ出した俺たちの立場からすると、隊長の判断は極めて正しい。この塔から逃げようとすれば、出入り口はここしかない。知らない抜け穴があればわざわざガストンが変装までして王宮のなかを歩き回るという危険を侵す必要なんかないし、援軍の存在についてもまた然りだ。
いっぽうで、言われている隊長側が悩むのもわかる。これで仮に俺たちを取り逃がした場合、デンスは「自分は反対したのに、隊長の身勝手な判断のせいで罪人が逃げた」と騒ぐだろう。デンスはそういうやつだ。デンス自身がそうだと自慢するほどではないかもしれないにしろ、いろいろな話を総合する限り、デンスが最近宮廷のなかである程度の発言力を持っているのは確かなことのようだ。そんなデンスに騒がれては、所詮は一兵卒に過ぎない兵士隊長の立場などひとたまりもないに違いない。
「……わかりました。中を探してみましょう。では、ここの見張りはデンス殿にお願い致します」
「えっ?」
「我々も急なことで人手がありません。デンス殿の言う通り抜け穴がないか探してまわりますので、ここの見張りはお願いします」
「ああ、その、悪いけど、僕はこの後重大な用事があるから」
「重大な用事とは?」
「んー、国家の趨勢に関わることだから詳しくは言えないんだよね」
……さっきは王女のマルガレーテ様と呼ばれているとか俺にぺらぺら喋っていた気がするが。
それが国家の趨勢に関わるとは。つくづく、物は言い様だ。
「ていうか、あくまで僕は幻獣テイマーであって城の警備が仕事じゃないんだよね。たまたま見つけたからせっかく報告しただけなのに、あれもこれも責任負わされるとか、たまんないなあ」
「――っ! わかりました! では! デンス殿は、お好きになさってください! みんな、いくぞ! 猫の子一匹漏らすなよ!」
「はい!」
隊長の声とともに、鉄扉が開いた。幸い中は薄暗い。俺たちはでかい鉄扉の影に隠れて、兵士たちをやり過ごした。
デンスに振り回されている隊長の気持ちを考えると正直捕まってやりたい気持ちにすらなっていたが、その先に明朝の死刑執行があるのでは、うかうか仏心も出していられない。
ガストンが手を伸ばし、開いた鉄扉が人一人、大柄なガストンは無理でも俺ならぎりぎり通れるくらいの幅を残すようにそっと支えていたが、幸い頭に血が上っている隊長たちは気づかないようだ。
「はー、まったく、お城の兵士でーすとか言ってそれなりの給金もらってるくせに、僕がいないとひとひとり、いや、ガストンとふたり、タニアも入れれば三人か。捕まえることすらできないとか。困ったもんだよ」
鉄扉の隙間をくぐり抜けた俺は、ひとりごとを言うデンスの背後に足音を忍ばせ歩み寄る。どうやらチビドラゴンはどこかに置いてきたらしい。好都合だ。
十分近づいたところで、背後からデンスの顔の下半分を掴んで自分の胸元に引き寄せ、その喉にナイフの先端を突きつけた。ガストンから借りたナイフだ。
「ひっ?!」
「よお、デンス」
「ら……ライアン! にげ……釈放されたんだね! 実は僕もあの後君が釈放されるよう色々と……」
「残念、脱獄だよ」
「脱獄……いやあさすがライアン、お城の監獄から抜け出すとはなかなかできることじゃ……」
「ガストンに脅されてここまで案内させられたんだろ? 次は俺に脅されて、安全な脱出ルートまで案内してもらうとしようか」
「いやあライアン、悪者がすっかり板についてるね。でも、僕は君が本当は悪いことなんかできない優しい人だって知って……」
「黙れ」
「……はぁい」
ずっと幽閉されていた俺はここが王城の一角であるということくらいしか知らなかったが、俺がいた監獄は城の端にある尖塔の上にあったようだ。
階段を降りていくと少し広くなっている空間があり、そこに大きな鉄扉がある。よく牢屋の中で開閉音を聞いていた鉄扉だろう。
普段はそこにも見張りの兵士がいるそうだが、そこはデンスが人払いをしたらしい。ガストンが来た時に慌てていたせいか、分厚い鉄扉が半開きの状態で止まっている。念のため足音を忍ばせて扉まで近づいた俺たちは、そこで不吉な声を聞いた。
「ここです!」
「なかに侵入者がいるというのは間違いないのですか」
「はい。すみません、すぐに知らせようと思ったんですが、脅されてここまで案内させられて……」
そう言っているのは、デンスだ。
「やはり裏切ったか……」
ガストンがため息をつく。
「デンスは俺たちを裏切ったとすら思っていないのかもしれないな。ガストンに一時的に愛想よくしていたのも、そうしないと殺されると思ったからしかたなかった、って思ってるんじゃないか、あいつは」
「わしが何かを言う前に、あいつから近づいて来たんだぞ?!」
「でも、ナイフで脅すつもりだったってのはそういうことだろ」
「ナイフだって出してない」
「わかってる。でも、出してないけど、持ってはいたし、使うつもりもあった。それを察したから自分はそうしたんだ、ってデンスに言い訳されたら俺たちは反論できない」
「……たしかに、そうだが……」
ガストンが悔しそうに拳で壁を叩く。俺たちがコソコソ話をしている間に、扉の向こうでは、このままここで待ち伏せするか、中を見にいくかで議論になっていた。出入り口はここしかないのだからここで待ち伏せするというのが兵士たちの隊長らしき男の主張で、自分たちの知らない抜け穴や援軍がいるかもしれないからいますぐ中に入って見つけ次第切り捨てるべきだ、というのがデンスの主張だ。
あいつ、どこまで俺たちを殺したいんだ。
「ま、最終的には隊長さんのご判断でいいと思いますよ。それで逃したとしても、僕がなんの責任をとれるというわけではありませんからね」
デンスの言葉を最後に、扉の向こうで沈黙が落ちる。
逃げ出した俺たちの立場からすると、隊長の判断は極めて正しい。この塔から逃げようとすれば、出入り口はここしかない。知らない抜け穴があればわざわざガストンが変装までして王宮のなかを歩き回るという危険を侵す必要なんかないし、援軍の存在についてもまた然りだ。
いっぽうで、言われている隊長側が悩むのもわかる。これで仮に俺たちを取り逃がした場合、デンスは「自分は反対したのに、隊長の身勝手な判断のせいで罪人が逃げた」と騒ぐだろう。デンスはそういうやつだ。デンス自身がそうだと自慢するほどではないかもしれないにしろ、いろいろな話を総合する限り、デンスが最近宮廷のなかである程度の発言力を持っているのは確かなことのようだ。そんなデンスに騒がれては、所詮は一兵卒に過ぎない兵士隊長の立場などひとたまりもないに違いない。
「……わかりました。中を探してみましょう。では、ここの見張りはデンス殿にお願い致します」
「えっ?」
「我々も急なことで人手がありません。デンス殿の言う通り抜け穴がないか探してまわりますので、ここの見張りはお願いします」
「ああ、その、悪いけど、僕はこの後重大な用事があるから」
「重大な用事とは?」
「んー、国家の趨勢に関わることだから詳しくは言えないんだよね」
……さっきは王女のマルガレーテ様と呼ばれているとか俺にぺらぺら喋っていた気がするが。
それが国家の趨勢に関わるとは。つくづく、物は言い様だ。
「ていうか、あくまで僕は幻獣テイマーであって城の警備が仕事じゃないんだよね。たまたま見つけたからせっかく報告しただけなのに、あれもこれも責任負わされるとか、たまんないなあ」
「――っ! わかりました! では! デンス殿は、お好きになさってください! みんな、いくぞ! 猫の子一匹漏らすなよ!」
「はい!」
隊長の声とともに、鉄扉が開いた。幸い中は薄暗い。俺たちはでかい鉄扉の影に隠れて、兵士たちをやり過ごした。
デンスに振り回されている隊長の気持ちを考えると正直捕まってやりたい気持ちにすらなっていたが、その先に明朝の死刑執行があるのでは、うかうか仏心も出していられない。
ガストンが手を伸ばし、開いた鉄扉が人一人、大柄なガストンは無理でも俺ならぎりぎり通れるくらいの幅を残すようにそっと支えていたが、幸い頭に血が上っている隊長たちは気づかないようだ。
「はー、まったく、お城の兵士でーすとか言ってそれなりの給金もらってるくせに、僕がいないとひとひとり、いや、ガストンとふたり、タニアも入れれば三人か。捕まえることすらできないとか。困ったもんだよ」
鉄扉の隙間をくぐり抜けた俺は、ひとりごとを言うデンスの背後に足音を忍ばせ歩み寄る。どうやらチビドラゴンはどこかに置いてきたらしい。好都合だ。
十分近づいたところで、背後からデンスの顔の下半分を掴んで自分の胸元に引き寄せ、その喉にナイフの先端を突きつけた。ガストンから借りたナイフだ。
「ひっ?!」
「よお、デンス」
「ら……ライアン! にげ……釈放されたんだね! 実は僕もあの後君が釈放されるよう色々と……」
「残念、脱獄だよ」
「脱獄……いやあさすがライアン、お城の監獄から抜け出すとはなかなかできることじゃ……」
「ガストンに脅されてここまで案内させられたんだろ? 次は俺に脅されて、安全な脱出ルートまで案内してもらうとしようか」
「いやあライアン、悪者がすっかり板についてるね。でも、僕は君が本当は悪いことなんかできない優しい人だって知って……」
「黙れ」
「……はぁい」
1
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる
けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ
俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる
だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った
転生人生ごっちゃまぜ~数多の世界に転生を繰り返す、とある旅人のお話~
キョウキョウ
ファンタジー
主人公リヒトは、理由も目的もわからないまま、何度も転生を繰り返して色々な世界を生き続ける。
転生すると次の新たな人生が始まって、その世界で多種多様な人生を送り、死んでいく。
満足せずに途中で死んでしまっても、満足するまで人生を最期まで生き抜いても。
再び彼は、新たな人生へと旅立っていく。繰り返し、ずっと。何度も何度も。
異世界ファンタジー、SF、現代、中世といった様々な歴史の世界へ。
終わりの見えない、転生が無限に続く物語です。
※最強系主人公&ハーレム展開のある物語です。
※様々な世界観のストーリーを書いていきます。世界観同士に僅かな繋がりもあります。
※章に★マークの付いた周は、主人公が女性化して物語に登場します。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
異世界召喚?やっと社畜から抜け出せる!
アルテミス
ファンタジー
第13回ファンタジー大賞に応募しました。応援してもらえると嬉しいです。
->最終選考まで残ったようですが、奨励賞止まりだったようです。応援ありがとうございました!
ーーーー
ヤンキーが勇者として召喚された。
社畜歴十五年のベテラン社畜の俺は、世界に巻き込まれてしまう。
巻き込まれたので女神様の加護はないし、チートもらった訳でもない。幸い召喚の担当をした公爵様が俺の生活の面倒を見てくれるらしいけどね。
そんな俺が異世界で女神様と崇められている”下級神”より上位の"創造神"から加護を与えられる話。
ほのぼのライフを目指してます。
設定も決めずに書き始めたのでブレブレです。気楽〜に読んでください。
6/20-22HOT1位、ファンタジー1位頂きました。有難うございます。
チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています
もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。
使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる