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29話 助け
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「…………ライアン……ライアン……」
俺を呼ぶその声はタニアのものによく似ていた。
俺は、ついに自分が狂ってしまったのだと思った。
タニアも、ガストンも、ロディオもバーレンも、あの災害のときに同行していたやつらは全員行方が知れなくなったという。
認めなくなかった。認めたくはなかったけれど――おそらくは、皆、死んだ。
あのイフリートの起こした噴火に至近距離で巻き込まれて無事にすむなどそもそもおかしい。俺だけが、大怪我を負いながらも命だけは助かったのは、おそらくマンダとの盟約でなんらかの力が働いたとかそういう理由なのだと思う。
近くにこそいないが、マンダもまた無事であることは、マンダとの盟約の印がまだ右手に残っていることでわかっている。
けれど他のやつらは――噴火に巻き込まれたか、それ以前にすでにドリアスによって殺されたか――。
そのタニアの声が聞こえるなんて、幻聴に決まっている。
幻聴が聞こえるなんて、俺はもうおかしくなってしまったのに違いない――。
「ライアン!」
幻聴のする方を見る。天井の小窓から、タニアが手を振っている。
幻聴だけでなく幻覚まで……?
「タニア……」
「ライアン、大丈夫?」
幻覚が返事をする。
それともこれは、幻覚ではない。
いや、幻覚だ。
でも。
いやいやいやいや。
でも、もしかして――。
「タニア……本当にタニアなのか?」
「本当もなにも私よ。ライアン、本当に大丈夫?」
「生きて……たんだな」
俺は小窓のほうに近づいて、改めてタニアの顔を見上げた。
「よかった……」
「ライアン、悪いけどのんびり再開を喜んでる暇ないから。これ盗んで来たから、今のうちに枷と鉄格子の鍵を探しておいて……あっ!」
タニアが声を上げた直後、俺の額を、上から降って来たなにかがしたたかに打った。
俺の頭を経由して地面に落ちたそれは、鉄の輪っかに何十個もの鍵がついた鍵束だった。
要は金属の塊。
打ち所が悪ければ死んでたやつだ。
「タ~ニ~ア~~~!」
「ごめん、手がすべっちゃった。それより急いで。ガストンが迎えに来るまでに、足枷だけでもはずしておいて」
「ガストンもいるのか?」
「城の兵士に変装して、今こっちに向かってるはずよ。騒ぎにはなっていないようだがら、まだ見つかってはいないと思う」
「ひえっ、そんなことになっているのかよ」
俺はひとりは罪人の枷の鍵束を盗み、ひとりは兵士に紛れ込んで王宮を徘徊している、と。なるほど。
「これは……ばれたら冒険者資格剥奪だな。真面目な話」
足かせの鍵穴に、鍵をひとつひとつ照合しながら俺がぼやくと、
「明日死刑になるっていうのに、そんな呑気なこと言ってる場合?!」
というタニアの叱責が飛んで来た。
「俺の死刑が明日って話、本当だったのか」
「本当よ。ライアンの扱いについては王宮内でも意見が割れてたんだけど、すぐに殺すべきだってデンスが強硬に主張したんですって!」
「……なるほど?」
デンスからさっき聞いた話とすでにだいぶ違う。
「デンスがライアンのもとから離れたのも、ライアンには以前から邪悪なところがあって、それに気づいたデンスのことを殺そうとして来たから仕方なく逃げて来た……ってことになってるらしいわ」
「えええぇぇぇ……」
「ついでに言うと、私はライアンに……その、強引に手篭めにされて仕方なく従っている愛人みたいな存在で、ガストンもなにか、人に知られるくらいなら死んだほうがましってくらいの弱みを握られて仲間になっているそうよ」
「え、お、あ。あ、あいじん……? よわみ……?」
「笑っちゃうわよね」
「新説というか……斬新すぎる解釈というか……デンスはなんでそんな嘘を?」
「さあ。ほんのひと月前まで一緒にパーティを組んでいたってことが信じられないわよね。私ちょっと怖くなってきたわよ、あの子が。私たちも多分散々あの子の嘘に振り回されて来たんでしょうね……」
まったくだ。そして今もある意味振り回されている。
そのとき、このエリアを封鎖している鉄扉が開く音がした。そして、階段を登ってくる足音。
足音はひとりぶん。明らかに急いでいる様子で、こちらに向かっている。
「ガストンかしら?」
「どうかな……」
俺は念のため鍵束を体の下に隠し、牢屋の片隅で寝たふりをする。
「ライアン、起きろ! 助けに来た、逃げるぞ、急げ!」
足音の主はやはりガストンだった。見慣れないつけ髭を身につけていたが、声でわかる。しかし、いつも冷静で物静かなガストンが、この時ばかりは少し慌てていた。
「大丈夫だ、起きてる」
「ガストン、なにかあったの?」
「ああ、タニアももう来ていたのか。すまない、デンスに見つかって……そして、逃した」
俺を呼ぶその声はタニアのものによく似ていた。
俺は、ついに自分が狂ってしまったのだと思った。
タニアも、ガストンも、ロディオもバーレンも、あの災害のときに同行していたやつらは全員行方が知れなくなったという。
認めなくなかった。認めたくはなかったけれど――おそらくは、皆、死んだ。
あのイフリートの起こした噴火に至近距離で巻き込まれて無事にすむなどそもそもおかしい。俺だけが、大怪我を負いながらも命だけは助かったのは、おそらくマンダとの盟約でなんらかの力が働いたとかそういう理由なのだと思う。
近くにこそいないが、マンダもまた無事であることは、マンダとの盟約の印がまだ右手に残っていることでわかっている。
けれど他のやつらは――噴火に巻き込まれたか、それ以前にすでにドリアスによって殺されたか――。
そのタニアの声が聞こえるなんて、幻聴に決まっている。
幻聴が聞こえるなんて、俺はもうおかしくなってしまったのに違いない――。
「ライアン!」
幻聴のする方を見る。天井の小窓から、タニアが手を振っている。
幻聴だけでなく幻覚まで……?
「タニア……」
「ライアン、大丈夫?」
幻覚が返事をする。
それともこれは、幻覚ではない。
いや、幻覚だ。
でも。
いやいやいやいや。
でも、もしかして――。
「タニア……本当にタニアなのか?」
「本当もなにも私よ。ライアン、本当に大丈夫?」
「生きて……たんだな」
俺は小窓のほうに近づいて、改めてタニアの顔を見上げた。
「よかった……」
「ライアン、悪いけどのんびり再開を喜んでる暇ないから。これ盗んで来たから、今のうちに枷と鉄格子の鍵を探しておいて……あっ!」
タニアが声を上げた直後、俺の額を、上から降って来たなにかがしたたかに打った。
俺の頭を経由して地面に落ちたそれは、鉄の輪っかに何十個もの鍵がついた鍵束だった。
要は金属の塊。
打ち所が悪ければ死んでたやつだ。
「タ~ニ~ア~~~!」
「ごめん、手がすべっちゃった。それより急いで。ガストンが迎えに来るまでに、足枷だけでもはずしておいて」
「ガストンもいるのか?」
「城の兵士に変装して、今こっちに向かってるはずよ。騒ぎにはなっていないようだがら、まだ見つかってはいないと思う」
「ひえっ、そんなことになっているのかよ」
俺はひとりは罪人の枷の鍵束を盗み、ひとりは兵士に紛れ込んで王宮を徘徊している、と。なるほど。
「これは……ばれたら冒険者資格剥奪だな。真面目な話」
足かせの鍵穴に、鍵をひとつひとつ照合しながら俺がぼやくと、
「明日死刑になるっていうのに、そんな呑気なこと言ってる場合?!」
というタニアの叱責が飛んで来た。
「俺の死刑が明日って話、本当だったのか」
「本当よ。ライアンの扱いについては王宮内でも意見が割れてたんだけど、すぐに殺すべきだってデンスが強硬に主張したんですって!」
「……なるほど?」
デンスからさっき聞いた話とすでにだいぶ違う。
「デンスがライアンのもとから離れたのも、ライアンには以前から邪悪なところがあって、それに気づいたデンスのことを殺そうとして来たから仕方なく逃げて来た……ってことになってるらしいわ」
「えええぇぇぇ……」
「ついでに言うと、私はライアンに……その、強引に手篭めにされて仕方なく従っている愛人みたいな存在で、ガストンもなにか、人に知られるくらいなら死んだほうがましってくらいの弱みを握られて仲間になっているそうよ」
「え、お、あ。あ、あいじん……? よわみ……?」
「笑っちゃうわよね」
「新説というか……斬新すぎる解釈というか……デンスはなんでそんな嘘を?」
「さあ。ほんのひと月前まで一緒にパーティを組んでいたってことが信じられないわよね。私ちょっと怖くなってきたわよ、あの子が。私たちも多分散々あの子の嘘に振り回されて来たんでしょうね……」
まったくだ。そして今もある意味振り回されている。
そのとき、このエリアを封鎖している鉄扉が開く音がした。そして、階段を登ってくる足音。
足音はひとりぶん。明らかに急いでいる様子で、こちらに向かっている。
「ガストンかしら?」
「どうかな……」
俺は念のため鍵束を体の下に隠し、牢屋の片隅で寝たふりをする。
「ライアン、起きろ! 助けに来た、逃げるぞ、急げ!」
足音の主はやはりガストンだった。見慣れないつけ髭を身につけていたが、声でわかる。しかし、いつも冷静で物静かなガストンが、この時ばかりは少し慌てていた。
「大丈夫だ、起きてる」
「ガストン、なにかあったの?」
「ああ、タニアももう来ていたのか。すまない、デンスに見つかって……そして、逃した」
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