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23話 炎の魔人、現る
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怪力で体力お化けのガストンならば人ひとり背中に背負って山道を登るくらいはどうということはないのだが、俺は剣技をちょっとばかり鍛えているだけのそこらによくいる冒険者である。小柄なタニアひとりとはいえ、とてもとても抱えて登り続ける体力はない。色々察したらしいバーレンたちが、手分けして俺たちの武器や手荷物なんかを持ってくれたが、焼け石に水というやつである。
「ライアン、そろそろ降りる?」
タニアが時々耳打ちしてきたが、そういう時に限って、ガストンの背中のロディオが、何かを探るようにじぃっと俺たちのほうを見ている。
こうなったら意地である。俺はなんでもないふうを装ってタニアを背中に担ぎ直し、歯を食いしばりながら登り続けた。
少し気が遠くなってきたあたりで、すい、と横を何かが通る。
シルフだ。
なんだあいつ、自分を背負うゴーレムは出し惜しむくせに、俺たちを監視するためのシルフはあっさり出すのかよ、もう。
着いたら文句を言ってやろう、と考えてからさらに十数分ほど歩いたころに、
「ここでしょ?」
少し先で、マンダが言った。
火口の淵にたつと、少しへこんだ地形のあちこちから、煙が立ち上っている。
てっきり底では高温のマグマが湧いてるのかと思ったが、昨晩入った温泉を思わせる乳白色の水がたまっているだけだ。
「……もう少し近づいたほうがいいな」
ガストンの背中から降りて、すっかり元気になったらしいロディオが、火口の底を覗き込みながら言った。
「お前たちはここで待て。ロープは?」
「ここに」
バーレンが手荷物のなかからロープを取り出す。ロディオはその一本を腰に巻き、もう一本を俺に渡した。
「へ?」
「お前も降りるぞ」
「……マジですか」
俺はロディオから受け取ったロープをロディオの真似をして腰に巻きつける。
俺たちの準備ができたのを見ると、マンダが待ちかねたように火口のなかを降りて行った。俺とロディオは、腰に巻いたロープを命綱として上で待つメンバーに持ってもらい、岩伝いに慎重にマンダの後を追う。
火口付近は少し肌寒いくらいだったのに、少し降りるたびに、周囲の温度と湿度は飛躍的にあがっていく。
下からあがってくる熱風だけで火傷しそうだ。
「タニアに熱性防護の魔法をかけてきてもらえばよかった……」
「それほどのものでもない。そろそろつく」
そう答えるロディオの顔も俺と同じように真っ赤で、全身から汗がだらだら噴き出している。
「ロディオ様にはなにかないんですか。水とか風の幻獣を呼んで、冷やしてもらうとか」
「フン、さっきは呼び捨てだったくせに、頼りにしたいとなると急に”ロディオ様”か」
「え、そうでしたっけ? そういうつもりは……」
「まあいい。どのみちこんなところに火属性以外の幻獣など呼べん。マンダを見ればわかるだろう。火属性の幻獣にとっては心地よいが、その分、他の幻獣……特に、水や風の幻獣にとっては、ここら一帯は毒の沼の底みたいなものだ。無理に呼べばすぐに弱って、下手をすれば死んでしまう」
「とかいいつつ、さっきはシルフを使ってたじゃないですか」
「誰がだ?」
「だから、ロディオ様が」
「こんなところでシルフなど呼んだらすぐに死ぬ。このロディオ様がやるわけないだろう」
「え……」
「何と見間違えたんだ?」
「いや、でも、確かにシルフを見たような……」
しかし、ロディオにそう言われると、自信がなくなってきた。疲れ過ぎてもしかしたら幻覚を見たのかもしれないし。
「あっ!」
「あっ! この、バカ!」
おしゃべりをしていたのがいけないのだろうか。慎重に降りていたつもりだったのだが、俺は足を踏み外し数メートル滑り落ちた。必死に周囲の岩を掴んでようやく落下が止まったと思ったら、地べたにぺたりと座り込んでいた。火口のなかで、大きな岩が突き出してちょうど棚のようになっていたところに落ちたようだ。
「大丈夫か?!」
ロディオが上から声をかけてくる。
「だ、大丈夫です」
ロディオは俺の隣に降り立ち、岩の端から火口を見下ろした。
「ここらでいいか……マンダは?」
周囲を見回すと、マンダはさすが元トカゲという感じで、火口内部の岩肌のあちこちを飛び回っている。
「マンダ! こっちへ!」
ロディオが呼びかけると、マンダはひょいひょいと岩を渡って俺たちのほうへやってきた。
ロディオはやってきたマンダを自分のそばによせると、自分の頭に刺さっていた鳥の羽の一本を抜いて火口へ向かって投げ落とし、なにかを唱え始めた。
幻獣語だろう。
なにを言っているのかわからない俺がそっと火口を覗くと、火口の底では相変わらず乳白色の水が溜まっている。
しばらく見ているうち、それが徐々に、なんだか赤みを帯びてきたような気がした。やがて一定方向の波が立ち始め、その波が徐々に高くなり――これはやばそう、と俺が身を引いた直後、竜巻のようなものが、俺たちが見上げるほどの高さに吹き出した。
「うわっ!」
その竜巻から飛んできた水しぶきが俺のほうにまで飛んできた。明らかに熱湯だ。俺は反射的に片腕で顔をガードするが、いつまでたってもダメージはこない。見れば。俺たちが立つ大きめの岩周辺に、魔力での保護バリアのようなものが張られている。ロディオがやったものだろう。
さすが、というやつか。本物の幻獣使いだけはある。
火口から何本もの竜巻が立ち上りそれらはしばらくなにかを形作ろうとするようにあるいは破壊しようとするように絡まり合っていたが、爆発するような音を立てて蒸発したかと思うと、バリアの内側からでもわかるほどの熱熱風が周囲に吹き荒れる。思わず目を閉じたあと、熱風が治るのを待っておそるおそる開く。
さきほどまではなにもなかったはずの火口中程の空間に、巨大な”そいつ”が出現していた。
巨大な二本の角と赤いたてがみを持ち、人のような、獣のような、悪魔のような姿をしたそいつ。
事前にマンダから名前を聞いていなくても、おそらく直感的に理解していただろう。
吟遊詩人の唄う物語でしか聞いたことがない。
普通の冒険者ならば生涯お目にかかる機会のない、高位の幻獣。
炎の魔人、イフリートだ。
「ライアン、そろそろ降りる?」
タニアが時々耳打ちしてきたが、そういう時に限って、ガストンの背中のロディオが、何かを探るようにじぃっと俺たちのほうを見ている。
こうなったら意地である。俺はなんでもないふうを装ってタニアを背中に担ぎ直し、歯を食いしばりながら登り続けた。
少し気が遠くなってきたあたりで、すい、と横を何かが通る。
シルフだ。
なんだあいつ、自分を背負うゴーレムは出し惜しむくせに、俺たちを監視するためのシルフはあっさり出すのかよ、もう。
着いたら文句を言ってやろう、と考えてからさらに十数分ほど歩いたころに、
「ここでしょ?」
少し先で、マンダが言った。
火口の淵にたつと、少しへこんだ地形のあちこちから、煙が立ち上っている。
てっきり底では高温のマグマが湧いてるのかと思ったが、昨晩入った温泉を思わせる乳白色の水がたまっているだけだ。
「……もう少し近づいたほうがいいな」
ガストンの背中から降りて、すっかり元気になったらしいロディオが、火口の底を覗き込みながら言った。
「お前たちはここで待て。ロープは?」
「ここに」
バーレンが手荷物のなかからロープを取り出す。ロディオはその一本を腰に巻き、もう一本を俺に渡した。
「へ?」
「お前も降りるぞ」
「……マジですか」
俺はロディオから受け取ったロープをロディオの真似をして腰に巻きつける。
俺たちの準備ができたのを見ると、マンダが待ちかねたように火口のなかを降りて行った。俺とロディオは、腰に巻いたロープを命綱として上で待つメンバーに持ってもらい、岩伝いに慎重にマンダの後を追う。
火口付近は少し肌寒いくらいだったのに、少し降りるたびに、周囲の温度と湿度は飛躍的にあがっていく。
下からあがってくる熱風だけで火傷しそうだ。
「タニアに熱性防護の魔法をかけてきてもらえばよかった……」
「それほどのものでもない。そろそろつく」
そう答えるロディオの顔も俺と同じように真っ赤で、全身から汗がだらだら噴き出している。
「ロディオ様にはなにかないんですか。水とか風の幻獣を呼んで、冷やしてもらうとか」
「フン、さっきは呼び捨てだったくせに、頼りにしたいとなると急に”ロディオ様”か」
「え、そうでしたっけ? そういうつもりは……」
「まあいい。どのみちこんなところに火属性以外の幻獣など呼べん。マンダを見ればわかるだろう。火属性の幻獣にとっては心地よいが、その分、他の幻獣……特に、水や風の幻獣にとっては、ここら一帯は毒の沼の底みたいなものだ。無理に呼べばすぐに弱って、下手をすれば死んでしまう」
「とかいいつつ、さっきはシルフを使ってたじゃないですか」
「誰がだ?」
「だから、ロディオ様が」
「こんなところでシルフなど呼んだらすぐに死ぬ。このロディオ様がやるわけないだろう」
「え……」
「何と見間違えたんだ?」
「いや、でも、確かにシルフを見たような……」
しかし、ロディオにそう言われると、自信がなくなってきた。疲れ過ぎてもしかしたら幻覚を見たのかもしれないし。
「あっ!」
「あっ! この、バカ!」
おしゃべりをしていたのがいけないのだろうか。慎重に降りていたつもりだったのだが、俺は足を踏み外し数メートル滑り落ちた。必死に周囲の岩を掴んでようやく落下が止まったと思ったら、地べたにぺたりと座り込んでいた。火口のなかで、大きな岩が突き出してちょうど棚のようになっていたところに落ちたようだ。
「大丈夫か?!」
ロディオが上から声をかけてくる。
「だ、大丈夫です」
ロディオは俺の隣に降り立ち、岩の端から火口を見下ろした。
「ここらでいいか……マンダは?」
周囲を見回すと、マンダはさすが元トカゲという感じで、火口内部の岩肌のあちこちを飛び回っている。
「マンダ! こっちへ!」
ロディオが呼びかけると、マンダはひょいひょいと岩を渡って俺たちのほうへやってきた。
ロディオはやってきたマンダを自分のそばによせると、自分の頭に刺さっていた鳥の羽の一本を抜いて火口へ向かって投げ落とし、なにかを唱え始めた。
幻獣語だろう。
なにを言っているのかわからない俺がそっと火口を覗くと、火口の底では相変わらず乳白色の水が溜まっている。
しばらく見ているうち、それが徐々に、なんだか赤みを帯びてきたような気がした。やがて一定方向の波が立ち始め、その波が徐々に高くなり――これはやばそう、と俺が身を引いた直後、竜巻のようなものが、俺たちが見上げるほどの高さに吹き出した。
「うわっ!」
その竜巻から飛んできた水しぶきが俺のほうにまで飛んできた。明らかに熱湯だ。俺は反射的に片腕で顔をガードするが、いつまでたってもダメージはこない。見れば。俺たちが立つ大きめの岩周辺に、魔力での保護バリアのようなものが張られている。ロディオがやったものだろう。
さすが、というやつか。本物の幻獣使いだけはある。
火口から何本もの竜巻が立ち上りそれらはしばらくなにかを形作ろうとするようにあるいは破壊しようとするように絡まり合っていたが、爆発するような音を立てて蒸発したかと思うと、バリアの内側からでもわかるほどの熱熱風が周囲に吹き荒れる。思わず目を閉じたあと、熱風が治るのを待っておそるおそる開く。
さきほどまではなにもなかったはずの火口中程の空間に、巨大な”そいつ”が出現していた。
巨大な二本の角と赤いたてがみを持ち、人のような、獣のような、悪魔のような姿をしたそいつ。
事前にマンダから名前を聞いていなくても、おそらく直感的に理解していただろう。
吟遊詩人の唄う物語でしか聞いたことがない。
普通の冒険者ならば生涯お目にかかる機会のない、高位の幻獣。
炎の魔人、イフリートだ。
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