5 / 5
第5話
しおりを挟む「は、花火って久しぶりですよねっ」
花火職人の直営店から10本ほどを買い込み二人で川辺に向かう途中。私は舞い上がる心を何とか抑えながら、ぼそっとそう呟いた。
急な問いにびっくりしたのか、呆気に取られているアイン様。そんな顔も可愛くて、私はクスッと笑った。
「……ふふっ」
「あ、あぁ……そう、だね?」
様子を見るように答える彼はあまり王子様って感じがしなかった。どこにでもいるような高等学校に通う男子学生だった。
それに、最初は一目惚れだったのに。今日と言う一日だけで、余計にその気持ちは強まった気がする。不意に見せる笑顔も、でもどこか悲しそうな顔もすごく綺麗で、美しくて……私にはすごく勿体ない気がした。
普通に生きていきたい少年の顔と言うか……別に、私が年下の子が好きで童顔食いってわけでもないのにちょっとだけ心に響く。
「だねってなんですかっ……? 別に同情は求めてませんよ?」
「あ、そ、そうだねっ! ごめんごめんっ、ちょっと静かにしてたら僕も焦っちゃって……」
「いやいやっ、アイン様はそんなこと気にしないでください! 少し揶揄ってみただけですっ」
「僕、揶揄われてたのか……」
「はい、可愛かったですよ?」
「か、かわいい!? あ、あんまり―—言われたことないね……」
ぼそりと呟いた彼の頬はほんのり朱色に染まっていた。
「アイン様、今の顔もすっごく可愛いですっ」
「て、照れるって……頼むからっ」
「私は、本気で思ってますよ?」
「……っ、か、敵わないなぁ」
うぅ―—と唸りながらそっぽを向き、目を合わせないようにしている。今すぐにでも、できるものなら顔をキュッと寄せて頬っぺたにキスしたいけれど、背が高くて届かないや。
「……も、もうすぐだねっ。一応、準備しておこう」
「そ、そうですねっ」
こくりと頷いた私はさりげなくアイン様の袖を掴み、公園の中へ入っていった。ぎゅっと握るとビクッと一瞬だけ動いたが、彼はすぐに私の手を握って何も言わず隣を歩いた。
☆☆
バチバチバチ。
七色に輝く手持ち花火が何もない公園の真ん中で音を立てていた。
いつぶりだろうか。
きっと、10歳とか9歳とか……もしかしたらもっと前だった気がする。でも不思議と、持ち方とかも覚えていて、その火花散らす幻想的な形を私とアイン様はじーっと見つめていた。
すぅ……すぅ……。
花火の音の先に、息遣いまで聞こえてくる。なんか、すごく嬉しい。
変態なのかな、私。
「なんか、すっごくエモい……ね」
「——エモい?」
反射的に聞いてしまったが、言われてみればそうかもしれない。小さい頃はただただ綺麗で、面白くて、遊びの一環でやっていたけれど、もう大人になる私たちからはそんな陳家なものには見えない。
バチバチと光る蜜柑色がアイン様の顔を照らし、ゆらゆらと影を揺らす。
少し潤んだ彼の瞳がふと見えて、視線を逸らす私。
なんて、愛おしいんだろうか。
この人は。
「そ、そうかもしれないですねっ」
「ははっ、僕も初めて使ってみたけど——使い方間違ってなかったかな」
「多分、大丈夫かと?」
「なら、いいんだけど……一国の王子が言葉すら操れなかったらどうするんだーーってね」
「別におかしくはないと思いますよ?」
「そ、そうかな……」
「はい、むしろかわいいですっ!」
「かわいい……のは、ロベリア様の方だと思うよ?」
「え——いやいやいや、そんなこと‼‼」
不意な一言に思わず声が裏返った。
かわいいなんて……言われた。いつも両親にしか言われたことなくて、さすがに破壊力が凄い。
というか、私は可愛くないし。
「いや、僕から見たらすっごくかわいいし、素敵な女性だと思うよ。先客がいなければ——いただきたいくらいだねっ」
「え……アイン様って、もう相手とかいるんですか……?」
「まさかっ、僕はいないよ! いやぁ、まあ欲しいんだけど、もう無理そうだし……」
「わ、私でよ、良かったらな、なります‼‼ なりたいです‼‼」
「え——」
線香花火が地べたに落っこちていくと同時に私はアイン様と目を合わせる。
ゆらゆらと煌く碧眼と、色白で綺麗な肌。
見つめ合ってからしばらくたって、お互いに視線を逸らす。
私、言っちゃった。
言っちゃったよね、今。
絶対、言った。空耳じゃない。確実に言った。
理解した瞬間、ボっと音を立てるほど顔が熱くなった。
「——今、なんて」
「や、えっと……わ、私が何言ってんだろ! ご、ごめんなさい‼‼」
「いや……なんて」
「別に気にしないでください‼‼」
「————気にするよ、だからなんて言ったの?」
「え……ぁ、その……お、おこがましいですけど……アイン様の事、す、す……好きで……」
「僕のことが?」
「はいっ……」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとです……」
数秒間の沈黙。
言ってしまった後悔で頭がいっぱいになっていく中、目の前の彼は地面に手をついて、こう言った。
「——ねぇ、ロベリア」
「っ⁉」
「僕の事、アインって呼んでくれないかな?」
「な、なななな、何を‼‼」
「いいから、ほら」
「あ、あいぃん?」
「アインだよ、あいーんじゃない」
「あ……いん……」
「うん……ありがとう」
すると、同時に彼の持っていた線香花火が闇夜に消えて、私は押し倒された。
そして、私の体は見えない彼の大きな体に包み込まれた。後ろに回された腕はちょっと硬くて、逞しい……でも少しだけ震えていて、私もちょっと安心した。
「僕もね、ロベリアのことが好きだ。好きになった。もう……死にたく、無くなっちゃった」
「ぁ……」
抱きしめられて、声が出ない。
とくん、とくん……。
ただ彼の鼓動が肌を伝って、胸を高鳴らせる。
何を言ったらいいのか、どうしたらいいのか―—初めての事ばかりで私は動けなくなっていた。
「いいよ……大丈夫」
「……ん」
「今度、こっちにも来てくれない? お父さんに紹介したい」
「た、他国の……娘ですよっ」
「大丈夫、ロベリアのお父さんとは面識があると思うし……いろいろと面倒なところは二人が何とかしてくれる。それに、僕も尽力するからさ、どうかな?」
そんなの答えは一つに決まっている。
頑張ってくれるなんて―—聞いてしまったら、私の答えは最初から一つだけ。
ふぅ―—吐息を吐き、私は内から零れ出る涙と共にこう呟いた。
「……っよ、よろこん―—でっ……」
そう、これは——私の物語だ。
悲劇が過ぎ去って、幸福が待っている。
これからはもう、めげないで、諦めないで……一生懸命生きてけばもしかたら何かがあるかもしれない。
頑張って、よかった。
FIN
0
お気に入りに追加
50
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
嫌われ王妃の一生 ~ 将来の王を導こうとしたが、王太子優秀すぎません? 〜
悠月 星花
恋愛
嫌われ王妃の一生 ~ 後妻として王妃になりましたが、王太子を亡き者にして処刑になるのはごめんです。将来の王を導こうと決心しましたが、王太子優秀すぎませんか? 〜
嫁いだ先の小国の王妃となった私リリアーナ。
陛下と夫を呼ぶが、私には見向きもせず、「処刑せよ」と無慈悲な王の声。
無視をされ続けた心は、逆らう気力もなく項垂れ、首が飛んでいく。
夢を見ていたのか、自身の部屋で姉に起こされ目を覚ます。
怖い夢をみたと姉に甘えてはいたが、現実には先の小国へ嫁ぐことは決まっており……
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
「これは私ですが、そちらは私ではありません」
イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。
その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。
「婚約破棄だ!」
と。
その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。
マリアの返事は…。
前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
やはり、ふぁなおさんの小説は読みやすくて台詞回しが楽しい🥳
たくさん小説を読まれているだけありますね👍
ありがとうございます😭