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第5話

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「は、花火って久しぶりですよねっ」

 花火職人の直営店から10本ほどを買い込み二人で川辺に向かう途中。私は舞い上がる心を何とか抑えながら、ぼそっとそう呟いた。

 急な問いにびっくりしたのか、呆気に取られているアイン様。そんな顔も可愛くて、私はクスッと笑った。

「……ふふっ」

「あ、あぁ……そう、だね?」

 様子を見るように答える彼はあまり王子様って感じがしなかった。どこにでもいるような高等学校に通う男子学生だった。

 それに、最初は一目惚れだったのに。今日と言う一日だけで、余計にその気持ちは強まった気がする。不意に見せる笑顔も、でもどこか悲しそうな顔もすごく綺麗で、美しくて……私にはすごく勿体ない気がした。

 普通に生きていきたい少年の顔と言うか……別に、私が年下の子が好きで童顔食いってわけでもないのにちょっとだけ心に響く。

「だねってなんですかっ……? 別に同情は求めてませんよ?」

「あ、そ、そうだねっ! ごめんごめんっ、ちょっと静かにしてたら僕も焦っちゃって……」

「いやいやっ、アイン様はそんなこと気にしないでください! 少し揶揄ってみただけですっ」

「僕、揶揄われてたのか……」

「はい、可愛かったですよ?」

「か、かわいい!? あ、あんまり―—言われたことないね……」

 ぼそりと呟いた彼の頬はほんのり朱色に染まっていた。

「アイン様、今の顔もすっごく可愛いですっ」

「て、照れるって……頼むからっ」

「私は、本気で思ってますよ?」

「……っ、か、敵わないなぁ」

 うぅ―—と唸りながらそっぽを向き、目を合わせないようにしている。今すぐにでも、できるものなら顔をキュッと寄せて頬っぺたにキスしたいけれど、背が高くて届かないや。

「……も、もうすぐだねっ。一応、準備しておこう」

「そ、そうですねっ」

 こくりと頷いた私はさりげなくアイン様の袖を掴み、公園の中へ入っていった。ぎゅっと握るとビクッと一瞬だけ動いたが、彼はすぐに私の手を握って何も言わず隣を歩いた。


 ☆☆


 バチバチバチ。
 七色に輝く手持ち花火が何もない公園の真ん中で音を立てていた。

 いつぶりだろうか。
 きっと、10歳とか9歳とか……もしかしたらもっと前だった気がする。でも不思議と、持ち方とかも覚えていて、その火花散らす幻想的な形を私とアイン様はじーっと見つめていた。

 すぅ……すぅ……。

 花火の音の先に、息遣いまで聞こえてくる。なんか、すごく嬉しい。

 変態なのかな、私。

「なんか、すっごくエモい……ね」

「——エモい?」

 反射的に聞いてしまったが、言われてみればそうかもしれない。小さい頃はただただ綺麗で、面白くて、遊びの一環でやっていたけれど、もう大人になる私たちからはそんな陳家なものには見えない。

 バチバチと光る蜜柑色がアイン様の顔を照らし、ゆらゆらと影を揺らす。

 少し潤んだ彼の瞳がふと見えて、視線を逸らす私。

 なんて、愛おしいんだろうか。
 この人は。

「そ、そうかもしれないですねっ」

「ははっ、僕も初めて使ってみたけど——使い方間違ってなかったかな」

「多分、大丈夫かと?」

「なら、いいんだけど……一国の王子が言葉すら操れなかったらどうするんだーーってね」

「別におかしくはないと思いますよ?」

「そ、そうかな……」

「はい、むしろかわいいですっ!」

「かわいい……のは、ロベリア様の方だと思うよ?」

「え——いやいやいや、そんなこと‼‼」

 不意な一言に思わず声が裏返った。
 かわいいなんて……言われた。いつも両親にしか言われたことなくて、さすがに破壊力が凄い。

 というか、私は可愛くないし。

「いや、僕から見たらすっごくかわいいし、素敵な女性だと思うよ。先客がいなければ——いただきたいくらいだねっ」

「え……アイン様って、もう相手とかいるんですか……?」

「まさかっ、僕はいないよ! いやぁ、まあ欲しいんだけど、もう無理そうだし……」

「わ、私でよ、良かったらな、なります‼‼ なりたいです‼‼」

「え——」

 線香花火が地べたに落っこちていくと同時に私はアイン様と目を合わせる。
 ゆらゆらと煌く碧眼と、色白で綺麗な肌。

 見つめ合ってからしばらくたって、お互いに視線を逸らす。

 私、言っちゃった。
 言っちゃったよね、今。

 絶対、言った。空耳じゃない。確実に言った。

 理解した瞬間、ボっと音を立てるほど顔が熱くなった。

「——今、なんて」

「や、えっと……わ、私が何言ってんだろ! ご、ごめんなさい‼‼」

「いや……なんて」

「別に気にしないでください‼‼」

「————気にするよ、だからなんて言ったの?」

「え……ぁ、その……お、おこがましいですけど……アイン様の事、す、す……好きで……」

「僕のことが?」

「はいっ……」

「ほんとに?」

「ほ、ほんとです……」

 数秒間の沈黙。
 言ってしまった後悔で頭がいっぱいになっていく中、目の前の彼は地面に手をついて、こう言った。

「——ねぇ、ロベリア」

「っ⁉」

「僕の事、アインって呼んでくれないかな?」

「な、なななな、何を‼‼」

「いいから、ほら」

「あ、あいぃん?」

「アインだよ、あいーんじゃない」

「あ……いん……」

「うん……ありがとう」

 すると、同時に彼の持っていた線香花火が闇夜に消えて、私は押し倒された。
 
 そして、私の体は見えない彼の大きな体に包み込まれた。後ろに回された腕はちょっと硬くて、逞しい……でも少しだけ震えていて、私もちょっと安心した。

「僕もね、ロベリアのことが好きだ。好きになった。もう……死にたく、無くなっちゃった」

「ぁ……」

 抱きしめられて、声が出ない。

 とくん、とくん……。
 ただ彼の鼓動が肌を伝って、胸を高鳴らせる。

 何を言ったらいいのか、どうしたらいいのか―—初めての事ばかりで私は動けなくなっていた。

「いいよ……大丈夫」

「……ん」

「今度、こっちにも来てくれない? お父さんに紹介したい」

「た、他国の……娘ですよっ」

「大丈夫、ロベリアのお父さんとは面識があると思うし……いろいろと面倒なところは二人が何とかしてくれる。それに、僕も尽力するからさ、どうかな?」

 そんなの答えは一つに決まっている。
 頑張ってくれるなんて―—聞いてしまったら、私の答えは最初から一つだけ。

 ふぅ―—吐息を吐き、私は内から零れ出る涙と共にこう呟いた。

「……っよ、よろこん―—でっ……」

 そう、これは——私の物語だ。
 悲劇が過ぎ去って、幸福が待っている。

 これからはもう、めげないで、諦めないで……一生懸命生きてけばもしかたら何かがあるかもしれない。

 頑張って、よかった。


 FIN
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みんなの感想(1件)

桐乃 藍
2021.10.17 桐乃 藍

やはり、ふぁなおさんの小説は読みやすくて台詞回しが楽しい🥳
たくさん小説を読まれているだけありますね👍

藍坂いつき
2021.10.17 藍坂いつき

ありがとうございます😭

解除

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