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第4話「冷徹姫を助けた英雄」
しおりを挟むそうして翌週。
俺は無事退院し、少し遅れて学校に入学することになった。
長い病院生活には本当にせいせいだった。動けないことを理由に妹が毎日のように顔を見せてべったり触れてくるし、そのたびに看護師さんが妹を引きはがすっていうのを繰り返して兄として心底恥ずかしかった。
それに、夏鈴のやつ、ブラコンが悪化した気がする。母親曰く俺が事故で意識不明になったって聞いた時に制服のまま中学から飛んできたって話だし。昔はもう少しつんけんしてた気がするんだけどな。
まぁ、ひとまずは体も無事だし、初めての高校生活がようやく始まるのだが雲行きが怪しいことに俺は少し不安を抱いていた。
まぁ、別にたくさんの友達を息巻いて作りたいわけではないが一週間も欠席しているとやっぱり怖い。登校中、道行く同じ制服を着た高校生の顔を見るのが怖かったほどに。
俺、やばいやつだと思われてないよね――っていう不安がぬぐえなかった。
そうして、あっという間に教室の前までやってくる。
一応、尚也とは同じクラスになれたらしいが尚也は尚也で新しい友達を作っているはずだろうし、そこに入る余地がなければ俺はもうどうしようもできない。
「おい、樹はそこで何してるんだ? 教室はあってるぞ?」
すると、後ろから聞き覚えのある声がしてすぐに振り返った。
勢いよく背中に目を向けるとそこにいたのは言わずもがな漆尚也。腐れ縁だ。
今にも縋りつきたい気分で尚也のもとへ走り出そうとする足を何とか自制してそこに留まり、拳を握っていつものように呟いた。
「な、尚也っ」
「ん、おぉ。どうしたのか? 入らないのか? てか顔色悪くね、大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ……」
「大丈夫ならいいけど。ていうか、びっくりしたよ。なんか思い悩んで教室に立ってるからなんかあったのかと思ったぞ」
何かはあった。
というか、現在進行形で進んでいる。
だが、とは言いつつもそんなの言い出せるわけもない。
腐れ縁で親友で幼馴染だからこそ、話し合えることはある。
確かにその通りだが状況は状況だ。
別にいいだろって? いや無理だ。そんな泣き言ここでは言えない。
なぜなら、尚也の横には知らない人が並んでいるからだ。
白のスカーフをつけた茶髪でショートカットの女子がそこにはいた。
氷波先輩ほどではないが俺からしたら相当な美少女だった。かわいくて明るそう。多くの男子からモテそうな女子が尚也の隣を歩いている。
彼女……かと一瞬思ったが尚也には彼女がいる。
となると昔からの友達か、最近できた友達かの二択になるが俺の知らない女子となるとおそらく後者になる。
そんなふうに真剣に考え込みながら、ふとその女の子へと視線を移した。
すると、何か不思議そうに俺を見つめて「はて?」と顔を傾げる彼女の姿、目が合うなり俺はすぐに視線を反らした。
正直、癖。
中学校から女性と話すのが苦手になっていた俺には少し刺激が強すぎたのか。氷波先輩の時も対外だったけど、それとは比にならないほど胸にチクリと刃が刺さる。
なぜか、と。考える暇も余裕もなくて、それがどんどんと周囲の視線も巻き込んでなお一層に心臓がバクバクと鼓動する。
すると尚也が心配そうに俺にまた一言尋ねてきた。
「おい、どうした?」
その質問に冷静に受け返す。
「—―あぁ、ごめん。なんでもない。それと……隣の方は誰なんだ?」
「隣……あぁ、烏目さん?」
「烏目さん……?」
「まぁ、今日初めてだと思うけど俺の委員会の仲間だ。同じクラスでな。学級委員長してる」
くいっと首を動かす尚也にどやされて、視線を移すとこくりと頷く彼女。
あまりにも明るく頷くものだから、ちょっと気が張る。陽キャのそれはまだ少し慣れないかもしれない。
「どうしたよ。なんでそんな警戒してるんだ?」
「え、いや、別に……」
「女子が苦手ってか。まぁ、樹はいろいろあっただろうけど……烏目さんは悪い人じゃないぞ?」
「俺がまるで悪いと思ってるかのように言うなよ。そういうわけじゃないって……」
「あはははっ。じょーだんだよ。まぁとにかく、中学の時みたいな連中じゃないよ」
「わかってる」
俺と尚也が会話を終えるのを見計らって、彼女はファイルを片手に手を差し出してきながらこう言った。
「烏目加奈子。クラスメイトになるからよろしくね、藤宮君?」
距離の詰め方がさすがと言わんばかり。
とはいえ、これで手を差し出さないのは失礼なので彼女の手を掴む。
「藤宮樹です。よ、よろしく……」
「何照れてんだよ。烏目は渡さないぞ?」
「—―て、照れてないし! ……てか、なんで烏目さんがお前のものになってるんだよ!」
唐突なツッコミに反応する俺の右手。
バッと音速の如く手を放して、思いっきり数歩退いた。
「じょーだんだって。まぁ樹に冗談が通じないのはいつものことだけど~~」
「なんか見下されてないか、俺?」
「気のせいだよ~~」
にははと俺をいじりながら笑うその顔は非常に殴りたいものだったが、なんとか沈めて肩を下ろしてため息を吐き出した。
すると、隣の烏目さんが俺を一瞥してから尚也の肩に手を置いて呟いた。
「それでさ。漆君っ、藤宮君ってあれだよね、—―あの人でしょ?」
スキンシップ。
それをはらりとかわすように尚也は俺の横に並んで肩を掴む。
その瞬間、俺の中の何かが危険信号を発出した。
身がぶるりと震えて、嫌な予感が体を覆いつくす。
慌てて、声をかけようとするとしかし、時すでに遅しだった。
「お、おい、何を――」
「はいはい、ちゅーもく!」
教室の扉を開け放ち、俺の顔一本の指を突き立てる。
さっきの笑い声で集まった注目がさらに大きな輪をなし、あまりの多さに胸がきゅっと締まりそうになるとまたしてもふざけたかのような笑みを浮かべてこう言い放った。
「この人、氷波冬香先輩を救った張本人の藤宮樹っていうんだけどよろしくねみんなぁ~~~‼‼‼‼」
空気が固まる。
状況が飲めない。
俺を利用して滑るなんてことあったら真面目に高校生活が終わる。
だが、その瞬間。
俺の高校生活は違う意味で終了する。
そう、俺、藤宮樹《ふじみやいつき》は――あの冷徹姫とも称される近づきがたい眼光をまき散らす絶世の美女、氷波冬香を助けた張本人。
この学校で知らない人は一人もいない、誰もが憧れる完全無欠の完璧美女を助けた男。
「「「「「「「「ええええええええええええええええええええ⁉」」」」」」」」
怒涛の感嘆詞と感嘆符。
その声は教室の垣根を越えて他クラスまで響き渡る。
そんなことが知れ渡れば波紋が広がるのは間違いなかったのだ。
友達ができるできないとか、浮く浮かないとかそういう問題ではない。
「藤宮樹」の名前がこの学校に知れ渡ることになるのをこのときの俺はまだ想像もしていなかった。
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