いつも冷たい瞳をしている孤高のクール美少女を救ったら、なぜか懐つくようになって俺にだけデレてくる。

藍坂いつき

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第0話「噂の女子高生」

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「お前ってさ、真面目で優しいけどだからまじでモテなさそうだよな~~」

 中学の頃に行った修学旅行の恋バナで唐突に叩きつけられた一言に、俺は内心傷ついていた。

 表面上では軽く馬鹿笑いをしながら流してはいたが、その一言は数日たっても、数か月たっても、中学を卒業しても、こうして高校の入学式に行く道でも思い出すくらいには胸に突き刺さるほどに痛いものだった。

 まぁ、鵜吞みにしているのは事実だからなんだがな。

 つまり、ってわけだ。

 友達も多くいない、ましては異性とも簡単には話せない。
 趣味もあまりない、勉強も大してできるほうでもない。一応そこそこな進学校に入学できたけど。

 とにかく、そんな感じで何もできない男である俺—―藤宮樹《ふじみやいつき》からしてみればあの言葉はとても痛かった。


 


 ⭐︎☆⭐︎

「よっ、樹!」
「んぐっ」

 肩に衝撃が走り、揺れる視界。
 驚いて背を向くと、そこにはよく見た顔があった。

「な、尚也か」

「ほいほい尚也ですぜ? どうした、そんなつまらなそうな顔をして?」

 まったくもって……誰のせいだか。
 俺の気持ちも知らずにニタニタしながら話しかけてきたのは小学校からの腐れ縁でもある漆尚也うるしなおやだった。

「はいはいっ。なんでもないって。ていうか痛いから叩くなよ」
「まったくつまらん男だなぁ……」

 入学式だというのにさっそく学ランのボタンを全部開けて、下にパーカーなんか着ているチャラ男だ。学ランの上のボタンまで閉めている俺と見比べればその異質さがうかがえるほどに。
 
 まさに俺のような人間と話すのもおかしいくらいの明るい人間だが生憎と付き合いは十年以上で、親を含めなければ関係は一番長いまである。

 幼稚園から一緒なのだが、この暑苦しいキャラにようやく慣れてきた感じで、最近はこいつがかわいい幼馴染だったらよかったなとすら思っているがな。

「おい、なんか俺に対して結構失礼なこと考えてないか?」

 むすっとした顔で俺を見つめてくる尚也。

 正直な話、さっき言った「根暗」発言の現況でもあるやつがこの男だ。実際に行ったわけじゃないが尚也が話題を振ったせいでほかの奴にあんなことを言われたって感じだ。

 まぁ、変に純粋なだけで尚也も別に悪いやつではないため、別に怒ってはいないし、それなりに仲のいい付き合いをしている。

「考えてないよ。ただ暑苦しいなって思っただけだ」
「おい、それのどこが『考えてないよ』だ? 思いっきり考えていないか?」
「俺にとって、暑苦しいっていうのは誉め言葉だよ」
「……物差しがバグってるな」
「バグってて結構だよ」
「変わらないね~~」

 にたたと笑みを浮かべる腐れ縁。

 何が変わらないのか。
 じっくりと説明してもらいたい気分だったが面倒で口ごもると、尚也はハッとしてポケットに手を突っ込んでスマホを取り出した。

「そういえば――」
「ん?」

 何やら操作しながら意味ありげにニヤリと上がる口角。
 表情から察して、どうせろくなことを考えていない。
 
 尚也がふざけ笑みを浮かべながら何か言うときは何かを企んでいる時だと相場が決まっている。

 十年以上の付き合いは伊達じゃない。

「—―噂の女子高生って知ってるか?」

 噂の女子高生……そんな、高校開幕早々から噂になっている人なんているのか?
 普通に分からなくて頭をかしげていると、尚也は目をぎょっとさせながら言った。

「え、お前知らないのか?」
「まぁ、な。普通に」
「……ははっ。さすがだな」

 おい、なんかそんな呆れた顔で呟かれると俺も普通に傷つくんだが。
  
 というか、そんなに噂の女子高生っていうのは有名なのか。

「ほら、この人だよ。この人っ」

 そう言うとスマホの画面を見せてくる尚也。
 パッと目を移すとそこに映し出されたのは一枚の写真だった。

 一枚の写真。
 なんも変哲のないただの写真。

 コンマ数秒前まで、別に何でもない尚也がいつもするようなろくでもない話だろうと思っていた俺はそこに映っていた一人の女子高生に目を奪われた。

「……っ」

 美しく透き通った白金色の長髪。
 すべてを見透かしているかのような綺麗で冷徹な碧色の瞳。
 スタイルもよく、モデル顔負けの黄金比。

 この写真から見て伝わるほどに俺とは生きる世界が違う――異論もないほどの美少女だった。

「お前、まさか惚れたな?」

 その言葉でハッとする。
 思わずその写真を見つめていて、首を横に振った。

「—―っだ、誰が惚れるかよ。別に俺は普通にどんな人か想像してただけだっ」

「わかりやすいな……顔真っ赤だぞ?」

「なっ――⁉」

「っはは! お前……ほんと、そういうところは凡庸っていうか……普通というかぁ」

「だ、だましやがったな!」

 顔が熱い。
 乗せられてしまった。

 正直、尚也はこうやって童貞で誰とも付き合ったことがない俺のことを馬鹿にしてくるような男だったことを忘れていた。
 
「まぁまぁ、だましたわけでもないしさ。その気持ちはわからないわけでもないしよ。この人、めっちゃ綺麗だしな?」

 そっぽを向いて辱めを消し去ろうとしている俺に対して、尚也はいつもよりも真面目な声音でそう言った。

「ま、まぁ」

「ほんと。俺もこういう女性と付き合いたいもんだよ~~」

「付き合いたいってなぁ。尚也、今彼女いるんじゃないのか?」

 そう、こうしてほかの女の写真を見せてくるくらいにチャラい男なのだが尚也には彼女がいる。確か中学生の時に付き合ってたショートカットの女の子だ。

 この写真の人には及ばないとは思うがかなり可愛いほうだった気がする。

「あぁ、いるよ?」

 こいつ、即答しやがった。

 正直な話、俺はこの男の倫理観がわからん。もっと大切にしてやってほしい。というか、俺なら大切にできるのに……ってそういうこと言う男がきもいんだよな。

「じゃあやめてあげろよ。俺はいないからいいけど、彼女がかわいそうだろ」

「何言ってんだ。綺麗って思ってるだけで浮気にならねえよ。これだから童貞は」

 人が親切心で言ってやったっていうのに確信づいたこと言いやがって。俺をけなしたいだけなのか?

「関係ないだろ」

「はははっ。まぁな!」

「笑うなよ」

「面白いんだから仕方ないだろ?」

「っち」

 渾身の舌打ちをお見舞いしてやった。
 無論、俺には尚也の言葉が効きまくっていたが故の最大級の抵抗だ。

「そ、それで……その人の名前はなんだよ? どんな人なんだ?」

 意識返しというわけではないけど、ここまで馬鹿にされておいて何も得られないのは違う気がして俺は覚悟して食い気味に質問を返した。

「気になってんじゃんか」

「いいだろ。馬鹿にされたんだから教えろよ」

「ははっ。プライドがあるのかないのか……まぁいいだろう」

「あぁ」

「この人の名前は――氷波冬香ひなみふゆか。制服見ればわかるが俺たちと同じ高校の一個上の先輩だよ」

 この学校の先輩、か。
 確かに写真を見るとセーラー服のスカーフが水色だ。

 俺の学校では男子と女子でそれぞれ学年がわかるように違いが施されている。女子はスカーフの色で、一年から順に白、水色、赤色と違う。男子は首元についているバッチの形が星、雪の結晶、翼の形で分けられている。

 まぁ、バッチに関してはちょっと中二病臭いが俺は軍隊みたいで結構気に入っている。

 にしても、こんな冷静で大人びた顔つきなのに一個しか違わないんだな。びっくりだ。

「氷波先輩か……」

「あぁ。実は生徒会の会長でいて主席らしいぞ? 入学してから定期試験では学年一位連発で模試でも全国10位台の猛者っていう噂だ。将来は閣僚にでもなるんじゃないかって憶測も飛び交ってるし……モデルになるって噂もある」

 なんだよそれ、どっちかにしろよ。
 
「……いやぁ、言葉も出ないな」

 凄すぎるってレベルじゃなかった。
 むしろ、関わっていけないレベルだ。

 ちょっと引き気味で聞いていると尚也は純粋に訪ねてきた。

「そういえば……名前なんか憶えてどうするんだ?」

「理由はないよ。なんとなく聞いただけだ」

「まぁそうか。樹に告白する勇気なんかないよな」

「うっせわ」

「ぶはははは!!! まぁ、俺も告白する気はないけど……ってやべ。もうこんな時間か!」

 すると、尚也が慌てて荷物を肩に担いだ。

「ん? どうしたんだよ」

「すまん! 俺、サッカー部の朝練の見学行くんだったわ! 先行ってるからまたあとでな!」

 そう言い残すと何か声をかける暇もなく猛スピードで走り出す尚也。

 さすが50M6.1秒の快速。俺が追いつけるわけもなく、一人寂しく学校を目指すことにした。








 そうして、一人になった朝の学校までの道。

 空を見つめて、ため息をこぼす。

「はぁ……にしても、すごい人がいるんだな」

 呑気のんきな言霊が明るい空に消えていく。






 俺はこの時は知らなかった。
 そんな別の世界の住人、氷波冬香ひなみふゆかとひょんなことから親密な関係になるということを……。

 
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