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第1章「始まり」

第40話「土下座」

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 昼休み。
 俺と黒崎さんはあることないことを散々聞かれたあげく、色々と言われ続けることに疲れていた。

 それはそれは朝から最悪な気分。
 俺は忌避の目が向けられるし、黒崎さんは好奇の目が向けられてるし、お互い貶されている気分でいい気はしなかった。

 まぁ、良いことがあったかと言われればクサビ君とジン君が遂に何も言わなくなったこと。

 それに二限目に慌てて抜け出してたし、何かあったのか、いなくなるのは俺としては嬉しい話だ。

 とまぁ、嫌な気分で一日の半分を過ごした俺と黒崎さんは

 ベンチに座り込み、校庭でガヤガヤと遊んでいる男たちを見ながら風呂敷の中から二つ分のお弁当を取り出す。

 すると、隣からため息が聞こえてきた。

 学校ではまったく表情を崩すことがなかった黒崎さんも今回ばかりは駄目な様で頭を抑えながらブツブツと愚痴を吐いている。

「何よ、國田君の事いじって。F級の雑魚より俺の方がかっこいい? あほか、言わせんな、A級如きで! 誰がお前と付き合うか! だいたい、別に付き合ってないし、あることないこと言っちゃって、もう‼‼」

 それはそれはお怒りのようで、今にも雲が積乱雲を作って地上に雷撃の雨嵐を落しかねない勢いだった。目力が凄い。それに冷気がやや漏れ出している。おかげで弁当が若干凍り始めている。

「あの、黒崎さん?」
「な、何?」
「これ、お弁当です。あの、あと冷気が出ちゃってますよ? 凍っちゃいますって」
「あっ! そ、そうねっ、ごめん、なさいっ……やっぱり、まだ制御しきれなくて……」

 急におどおどしだす黒崎さん。
 どうやら俺が隣にいることを思い出したのか、顔が桃の様にうっすら赤くなっていた。

 まぁ、意外と口が悪いところもあるんだな。
 でも、正直、人間で真っ白純粋なんて人はいないだろうし、黒崎さんにもそういう腹黒いところがあって安心だ。

 普段から色々なものに押しつぶされながら、それでいてアイドルみたいに崇拝されてるし、なんて言ったって変な男だって寄ってくるわで敵ばかりなんだから、感情をあらわにしない方がおかしいまである。

 そう言うところもひっくるめて好きになれる自信が今はあるからな、俺が抱きしめてそれを癒してあげる――的な?

 うぉ、考えるとドキドキしてくるな。
 
 って、実際、現実見たら俺が付き合ったら、今みたいに黒崎さんが馬鹿にされる落ちだもん。気持ちは気持ちとして表に出すのはやめておこう。

「いやぁ、ほんと。災難ですよね」
「まぁ、仕方ないけど。実際さ、わたしみたいに色々とバレてる人間もいるんだしね」
「あははは……じゃあ、俺もそうなるんですかね?」
「なるかもね。覚悟しといた方がいいわよ?」
「そしたら雫を守れないと」
「雫ちゃんは私が守るから安心しておいて」
「それはありがたいです」

 くだらない話に花が咲く。
 すると、そこに昨日聞いたかのような音が聞こえてきた。

 ——パシャリ。

 カメラ、そのシャッターを切る音だった。

 なんで、ここでカメラの音が? もちろん、黒崎さんはデバイスを開いても、カメラを持ってきているわけでもない。

 じゃあ一体、誰がカメラを使っているんだ?

 そう疑問に思うのと同時、目の前に例の彼女がいた。

 昨日とは違い、学校の制服——黒崎さんと同じブレザーとスカート、タイツを履いている。季節はもう秋になり肌寒くなってきたからなのか、ブレザーの下にはパーカーを着ていた。

 こう見ると、印象が変わる。
 

 しかし、この人は依然俺と黒崎さんに朝からとんでもないほどのダメージを与えてきた張本人。あの日、あの化け物を連れてきた張本人でもあり、始まり、きっかけを与えた張本人でもある。

 まさに、敵。

 だが、そんな彼女の明るく艶やかな茶髪のショートボブと、情熱の紅色の瞳が織り成すハーモニーはそんな感覚を麻痺させる。

 ただ、ここでそのまま撮らせておくわけにもいかず、黒崎さんをパッと見て頷くのを待ってから話しかけることにした。

「——おい、あんた」
「ん、なになに?」
「なんでそんなに悪気なく俺と黒崎さんの写真撮ってるんだよ」
「え、だって二人でご飯なんて大スクープというか」

 どうやら、やっぱりって感じらしい。
 このままほったらかしていると色々と余計なことまでされそうなので、俺は再び睨み返した。

 すると、分かりやすく「ひっ」と声を上げて怖がった。
 意外と怖いもの知らずって言うわけではないらしい。

「あの、斎藤さん」
「は、はいっ?」
「一つ言っておきますが俺と黒崎さんは付き合ってもないし、恋人同士じゃないですよ?」

 真顔で言った。
 無論、嘘なんてついていない。
 しかし、目の前のカメラを持つ美少女は恐がりながらも頭に「?」を浮かべていた。

「あ、あの、どういうことですか?」
「いや、だから付き合ってないって言ってるんですよ。俺たち」
「……ほんと?」

 顔が固まっていた。
 真っ青。え、まじですか? 今日ッて定期テストなんですか?
 なんて、感じの絶望的な顔で俺を見つめてくる。

 でも、信じきれていないのか大き目な胸を摺り寄せるように左右に揺らせて近づいてきた。

「ちょ、ちかっ」
「っ」

 隣から割とヤバ目な鋭い視線を感じるが、しかし、これは不可抗力。俺は断じて自分から触ろうとなんてしていない。いやでも、それにしても、黒崎さんに負けず劣らずのおっぱ――

 ギギギ。
 隣の視線が覇気に変割りそうな雰囲気なのを感じ取って俺はさすがに距離をとった。

「あ、あのっ。そこで、話してくださいっ!」
「あ、は、はい、ごめんなさい……」

 急にしょんぼりとした顔をされて、胸が痛くなるも彼女にすぐ疑問をぶつけてきた。

「っ——そ、そんな、だって二人は一緒に迷宮区で逢引きしてたんじゃっ⁉」

「してないですよ」

「じゃあなんで二人であんな人が来なさそうな最下層にいたんですか⁉」

「俺の訓練のためにですよ」

「え、で、でも……」

 すると、少しだけもじもじし始める。動揺が顔に浮かび、目が泳いでいる。右往左往しながら、だんだんと顔が真っ青になっていく。

 続けて隣の黒崎さんも訴えかける。

「そ、そうです。私は國田君が強くなりたいって言うから付き合ってあげていたんです」

「で、でも——だって、黒崎さんはあの”甲鉄の氷姫”でS級の最強クラスの探索者なのに、君の方は……F級の」

「F級で悪かったですね?」

「い、いやね? 別にそう言う意味で言ってるわけじゃないんだよ? でも、だって変わらないんじゃないかなって、いくら黒崎さんが教えても……それなら昔から幼馴染とかで恋人同士なのかなって思って」

 まぁ、言わんとしていることは分かる。
 そこまで言われたら納得しそうになっている自分もいた。

 しかし、嘘は嘘だ。
 今回のあれは口から出まかせにすぎない。

「——でも、そう言う関係じゃないんです。俺は真面目に黒崎さんに頼んだだけですよ」

「ほ、ほんとですか?」

「えぇ、ほんとね」

 そこまで断言すると、さすがの彼女も状況を理解した様で顔が真っ青になる。

「じゃ、じゃあ私は……っ」

「嘘を新聞にしようとしてたんですよ」

「っご、ごめんなさい!!!」

 それはもう、きれいな土下座だった。

「えっ」
「ちょっ」

 まぁ、そのくらいしてもいいことはしたとは思う。こんなことを流されて、俺は別に大丈夫だけど黒崎さんは被害が甚大だ。たとえ本当に付き合っていても流していいかどうかの情報を流してしまったのだから。

 でも、あまりにも綺麗な土下座に圧倒される。

「……わ、私が悪いんです。何でもしますっ。出してないとはいえ、やってしまったし、だから、そのっ……」

 どうやら悪い人ではないらしい。
 ずり刷りと地面におでこを擦りつけて若干血が出そうになっているので慌てて止める。

「ちょ、さすがに、怪我しちゃうんでっ……擦るのはやめてください!」
「っで、でも、どうすればぁ」

 涙目。今にも崩壊してしまいそうな顔だった。
 少しだけ迷って、黒崎さんの方を見ると彼女は何も言わず、こくりと頷く。

 さすが、黒崎さん。
 なんだかんだ優しいのは変わらなく、魅力的だな。

「——何もしなくていいです。とにかく、その情報をまだ出していないみたいですし、色々と考えてくれたんですよね? ほら、わざわざここで聴いてくれてるんですし。でも、今後勝手にこういうことはしないでください」
「それはポリシーというか……え、でも、私酷いことしちゃったのに――」

 すると、黒崎さんが呟く。
 彼女の言いたいことも分からなくはない。
 色々とやろうとしていたことは事実だ。無論、OKは出さないまでもな。

 ただ、今回、俺達が学校であんなところを見せてしまったから広がっただけで斎藤さんが悪いわけではない。

「別に、学生なんだから。そのくらい間違えるわよ」
「く、黒崎さんっ……!!」

 うるうると目を潤わせて、そのまま抱き着く彼女。
 どうやら俺たちの黒崎さんは女子にもモテるらしい。
 これからが大変になりそうだ。

「なんですけど……せっかくですし、訓練に付き合ってくれませんか?」

 色々と話してしまって、ここで離すのももったいないなと感じてしまった俺はそう呟いていた。

「え、訓練?」

「はい。俺と黒崎さんの2人の訓練です」

「ど、どういう……」

「まぁ……それは俺のスキルが——」
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