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第1章「始まり」

第17話「狭りくる裏世界」

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※黒崎ツカサ視点


 私の名前は黒崎ツカサ。

 この学校に転入してからというものの、私の心は少しだけ右往左往していると言っていい。

 別にこれは私のオリジナルステータスの精神力の値が他の項目の値よりも小さいからだとかそういうむず痒い話ではなく、もちろんのこと新しい高校での生活がドキドキワクワクしているという子供みたいな話でもない。

 真面目な意味で、最もしっかりとした理由がある。

 しかし、その理由に気づいている人は私以外誰もいない。

 このおかしな感覚に気づいているのはこの高校では私以外に一人もいない、まして同じクラスにいる同級生や探索者としてのロジックを持つ先生ですら気づいていない。

 その原因となっているのは今月、私がこの高校に転入してすぐに出会ったクラスメイトの國田元春という男性生徒。

 見た目は普通で、特に可もなく不可もない顔で、背丈も私よりやや高めなくらいで目立ったところは一つもない。

 ましては、私に寄ってたかってくるような勘違い探索者のような地味にランクが高いスキルを持っているような人間でもなく、持っているのは最底辺であり、到底探索者になることはできないF級のスキル。

 もちろん、この高校ではそのことから除け者扱いされているようで圧倒的な弱者感を醸し出しているが私にはそうは見えていなかった。

 彼は何かしら、嘘をついている。

 もしくは、嘘をついているのではなく、何かによって力を隠すことしか出来なくなっているか。または、この世界ですべてを操ることができる何かによって力を隠されているか。

 近年の魔力やスキルで操られている社会で、私が一番懸念していたことが恐らく彼の身に起こっているのんじゃないかと考えてもいい。

 もちろん、これは机上の空論で理論に基づいているわけではないし、私個人の感想でしかないけれど、明らかに異変はあった。

 異変は初日からだった。
 
 朝、ぶつかった時のことだ。きっと不可抗力ではあったと思うが、ぶつかって倒れ込んで、胸を揉まれた私は気が動転していたから家に帰るまで気づかなかった。

 彼の体は異様に硬かったのだ。

 硬い、というよりも何も効いているように思えなかったと言った方が正しい。

 なぜなら、私の体に触れて生物は問答無用で皮膚が氷結して身動きが取れなくなる身体。

 理由は私の持つS級スキル『無限零度』の力。

 科学では証明できない、発見されていない暗黒物質《ダークマター》を生み出すことで絶対零度である-273℃を凌駕する低い値を持ち、どんな火力でも溶かすことができないほどに硬く強い氷を生み出すことができるスキルになる。

 
 私自身、まだこのスキルを使いこなせていないためにふと冷気が飛び出してしまったり、私の意識下にないようなマクロの衝撃が引き金になって発動してしまったり不安定なもので……それがあのとき、不覚にも発動してしまっていた。


 しかし、彼の皮膚は凍るはおろか、私の胸を揉んでいた。


 動転していない私ならすぐに気づいたと思う。
 よくよく考えれば、あれは考えることができない光景だったというのに。


 それでいて、異変はそれ以外にもあった。

 私がふとした時に発する冷気も、目つきでビビらせるために会得した覇気も、それらすべてが彼には通用しなかった。

 もちろん、それを口には出さなかったし、指摘もしなかったが衝撃なものだった。今まで大人でも黙らせられたような力が一切通用しないのだから。

 飛んだ化け物なんじゃないかって胸の内で考えてもいた。

 ただ、これはあくまでも私の頭の中の話。
 どこにも疑問が確信に変わるような証拠がなかったし、私自身半信半疑。
 普段から勘が当たらない、私のくだらない直感が勝手を言っているだけなんだろうって自分でも思っていた。

 でも、今日は証拠《それにあたいするもの》が見つかった。

 彼はやっぱり強かった。

 今朝、いつもように國田元春とその妹ににちょっかいを出す雑魚二人が見えて、止めに入って、なんとなく色目をしていた彼にも反射で攻撃したら――躱したのだ。

 多少手加減したとはいえ、余裕の反応だった。

 その一瞬、心が縮みこんでしまった。
 怖いとさえ思った。

 でも彼は何の気もなさそうに普通に過ごしている。
 自分の力に気づいていないようで、きょとんとしていた。

 それでいて、その日の昼休みに何も知らない二人は喧嘩を吹っ掛けていたのが見えた。

 彼の動きはすさまじいものだった。

 あれはもうF級なんかの動きではない。A級以上、いやS級以上、もしかしたら私なんかよりも全然強いまである。

 今まで訓練を積んでいないのか躱す時に動きに多少のムラはあっても、スピード、パワーすべてが申し分ないように見えた。

 もはや、そんな小手先の技術なんて一瞬のパワーで覆せるもの、必要ないと言わんばかり。

 だいたい、私のスキルが効かないのなら躱す必要性なんて皆無なんだ。

 あのまま戦っていれば気づかないうちに彼が本気で二人を殺してしまう。
 そう思って私は仲介に入り、二人を追い払った。

 そして、目が合う。

 怖かった。

 でも、聞かずにはいられなかった。

 もともと、素直になれない私が唯一素直になれた瞬間だった。



「――?」







☆☆☆

・探索者ギルド札幌市地区ギルド長室

 昨夜、國田元春の知らせを受けたギルド受付嬢の下田三玖《しもたみく》はギルド長室に呼び出されていた。

「それで、君が提出してくれたこの報告書に大変重要かつ興味深い事柄が書かれていたのだが……一つ聞いてもいいかな?」

 下田が部屋に入ると、早々に口を開いたギルド長。
 彼の名前は「黒沢城之助《くろさわじょうのすけ》」。年齢は43歳。この札幌地区の探索所ギルド内では一番の年長者でもあり、それでいて全国的に考えると一番若い期待の男である。

 もともと、国の探索者として40歳まで第一線で活躍するほどでもっているスキルはA級。

 力はともかく、彼にはカリスマ性もあり、他の探索者には持たないリーダーシップを発揮し、どんなに難しい迷宮区でも死者を出さずに帰ってくるという逸話を残すほど。

 とにかくすごかった彼は老いと共に引退を表明して、人手が足りなかった札幌市のギルドに職員として働くと人手不足の解消や札幌市の迷宮区の解明を一掃に取り組むことでわずか3年で業績を膨らませて今年、飛び級でギルド長に就任した男でもある。

 そんな彼が少し意味深に笑みを浮かべながら部下の下田に質問をした。

「な、なんでしょうか?」

 さすがの威圧。
 パワハラって言うわけではないが溢れ出るオーラに下田は少しだけ足が下がる。

 答える彼女にギルド長は笑いながら呟いた。

「っまぁまぁ、そこまで怖がるな」
「……そう言われても、さすがに怖いです」
「真面目に言われるとちょっと来るものがあるな」

 とはいえ、いつもの姿勢は崩さない下田。ジト目でそう言うと黒沢ギルド長はたははと頭を掻いた。

「んと、まぁあんまり力むなよ。とにかく、俺は聞きたいだけなんだ。その興味深い事象をな」
「……分かりました。お手元の報告書は本当です」
「そうか、それなら……実際のステータスの記録はとってあるのか?」
「それはいえ。気が動転していたので取れていませんでした」
「まぁ、こんなの見れないからな。報告書を出してくれただけでも大丈夫だよ。もしも次、彼が来るようなら是非俺と一緒に話をさせてくれ」
「分かりました」
 
 顎杖をつきながら、何か思いついたようにぼそっと呟いた。

「にしても……面白い話だよな」
「スキル、ですか?」
「ん。いやまぁ、実際にこの『神様の悪戯ワールドミスチーフ』って言うスキルも見たことないから面白いのはそうなんだけどな。それよりも、なぜいきなりオリジナルステータスが上がるものなのかってな」

 にははと笑み混じりに言う黒澤に対して下田はやや冷静だった。

「……疑ってます?」

 ジト目で訊き返すと、ギルド長は噴き出す様に手を横に揺らした。

 怖いと思いながらも突っ込んでしまうのは彼女の性なのか、次期ギルド長は彼女にしようと決め込む。

「そんなわけないよ。俺はな、部下を信用する上司になるって決めてるんでな」

 とはいえ、今回の事象は疑ってもおかしくはないものだった。というより、迷宮区が誕生してからの百年強の歴史を勉強してきた人間ならば疑ってもおかしくはないものと言い換えた方がいいかもしれない。

 まず、先にも言った通り。
 ステータスというのはスキルのランクによって上がり幅が変わってくる。

 FからDのスキルを持つ人間と、それ以上のスキルを持つ人間では根本的にステータスの上がり幅が違う。

 前者はどんなにレベルを上げたとしても運命的に決められたところまでしか上げられず、後者はレベルを上げれば上げるほど強くなっていく。

 もはや、そう言う形で有能をあぶりだしていくのがこの構造の一つの強みである。そこでいじめや迫害が発生してい仕舞うのは仕方ないと今の政府、世界は結論を出している。

 ただ、例外が存在してしまったのだ。

 だれよりもいらないスキルを持つ者のレベルが見合っていないという例外が。

 なにせ、世界の誰よりもレベルが高いのだから。
 というよりも、レベルというのは上限値が決まっているためそれ以上上げることができない。

 なのに、その例外は其れすらも凌駕するレベルを叩き出し、ステータスの値もカンストしてしまっているのだ。

「まぁ、とにかく興味深い内容には変わらないさ。それに今はS級も近くにいるんだろ?」
「え、まぁ……私的には気が引けますが公安の人間がS級の黒崎と一緒にいるのを確認済みです」
「そうだな。そことの絡みで国に情報が行くようになっているし、こっちにも多少はくれるだろうな。何より、その二人の化学反応が楽しみだな」
「そ、そうですね」



「あぁ。来るあの日ももう、近い」

 暗闇に隠れる何かが動く。
 彼は何も知らず、徐々に引きずり落されるとは知らずに。



――――――――――――――――――――――――――――――――――

〇國田元春
・スキル:神様の悪戯(F)
・ステータス(1%時)
 攻撃力:999/1000
 防御力:999/1000
 魔法力:0/1000
 魔法抵抗力:999/1000
 敏捷力:999/1000
 精神力:999/1000
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