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42.逃さない(side:エリオット)

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 強引に近寄って艷やかな黒髪をすくい取った。
 彼女に触れているという、それだけでどこかが満たされる気がする。

 だというのに。

「浮気なんかじゃありません、ルイス殿下への気持ちは本気ですっ!」

 強い意志できっぱりと主張された。
 ほんの少し浮いた気持ちがまたも叩き落とされる。感情の上下が激しいのが他人事のように自覚できるのに、コントロール出来ない。

「へぇ?」

 思わず溢れた言葉は思ってもみないほどに冷たかった。

「私は本気で、ルイス殿下の事を好きなんですっ!」
「僕という婚約者が居るというのに?」
「それは確かに申し訳ないと思いますが、でもだって仕方ないじゃないですかっ」
「仕方ない?」
「仕方ないですっ! だってエリオット殿下との婚約は私が希望したことじゃなくて――」

 まるで鋭利なナイフのように切れ味鋭いレベッカ嬢の言葉がふいに途切れた。
 威勢の良さをどこかに忘れて、今度は顔を真っ青にしている。

 ああ、いいな。

『今の彼女の目』には僕がうつっている。ルイスでも他の誰でもない、目の前の僕だ。

 己の一番奥底。
 暗く冷たい場所にほんのりと火が灯ったのが分かる。

 そうか。
 このは焦ったり動揺したり、演技も出来なくなる程に余裕を無くすと僕を見てくれるのか。

 ルイスに見せていた強気な笑みとは似ても似つかない、引きつった笑顔をレベッカ嬢が浮かべる。
 僕も笑顔を思い出したが、果たして上手く笑えていただろうか。今まで取り繕うのは得意だったはずなのに、こんなことは初めてだ。

「時間も遅くなってしまいましたし、そろそろ失礼いたしますわ」
「まだ日も高いよ」
「エリオット殿下もお忙しいと思いますし」
「急ぎの政務は既に終わらせてきた」
「至急のご判断があるかもしれませんわ」
「本当の緊急事態ならこちらの事情もお構いなしに人が呼びに来るからね、気にしなくて大丈夫だ」

 逃さない。

 彼女の動揺の理由を考える。何を焦る要素があった? 何が彼女にとっての弱点になる?
 会話の中身か? いや、それは大して関係がないだろう。
 何が彼女にとって失敗だったのか。

 考える前にふと浮かんだ。
 態度、か?
 どうやらレベッカ嬢は何かの意図を持って、以前とは異なる自分を演じている。
 もしかすると以前も大人しさを演じていたのかもしれないが、どうやらその仮面は捨て去ったらしい。

 今度の仮面はあまり上手くはない。
 ぽろぽろと剥がれているが、本人は気が付いていなかったのか。それをいま初めて自覚したというのなら。

 彼女の動揺の理由は僕に仮面の下を晒してしまった事だろうか。
 瞬時の想像はしかし、そう間違っているとは思えない。
 そしていまこの場を逃せば、彼女と次に会った時にはより強固な仮面を被ってくるかもしれない。

 それは駄目だ。僕は彼女の仮面の下の視線が欲しい。

 ふと外を見ると、どうやら馬車はいま王立公園への道を走っているらしい。
 ここまでを瞬時に考え、笑った。

「良い天気だから公園を散歩でもしようか」

 僕をしっかりと見上げながら、レベッカ嬢がぎこちなく頷いた。
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