狂ッタ児戯

軍艦あびす

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第二話

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僕は両親の死体を前に、携帯電話を構えて言御霊と書かれたアドレスに電話を入れた。
『もしもし、どしたの黒月君。』
 
『…両親が怪死してる。内臓の六腑だけなくなってて…これって…』
 
 僕が児戯の仕業かと問おうとするが、その言葉はかき消された。
『今行く。んでお前は逃げろ。今すぐ…!』
 電話はここで途切れた。言御霊の通り、逃げようと玄関の扉に手を掛けた。
 しかし、何故か鍵が掛かっている。外側から鍵を掛けられたなら開ければ良い。しかし、鍵にはコンクリートの様なものが付いており、鍵を開けることは不可能だった。
 それなら勝手口に———
 遅かった。見つかってしまった。
 振り向くと、ルーレットの様な丸い板の児戯がいた。
「ギミノバンダヨ。ザイゴロヲブッデ…」
 サイコロ。これで確信がついた。
 コイツは、僕が幼稚園の頃から小学三年生まで大好きで毎日の様に遊んでいた双六から生まれた児戯だと。
 スゴロク。ロク…六。あぁ、そういう事か。五臓六腑の六と掛け合わせたんだな。だから心臓とかは残して、六腑だけ…
「デダメノガズダゲギミノロッブヲモラウガラネ…」
 —つまり、サイコロを振ったら死が確定する。しかし、双六はサイコロを振らなければ試合放棄。負けが確定する。
 ………詰んでますやん。
「ザァ、ブレ。ザイゴロブレヨ。」
 無駄に濁点を強調する児戯は、僕の手の上にサイコロを置いた。
 僕は戸惑ったが遂にサイコロを投げた。
 —瞬間、窓ガラスが割れて大きな音と共に言御霊が侵入してきた。
 そして言御霊はサイコロを掴み、握り潰した。
 普通にプラスチック製の物なのに握り潰すとかどんな握力してんだよ。
「…双六か。中には相手を妨害出来るマスだってあるはずだよな?」
 児戯の体であるルーレットの『7』と書かれたプレートを日本刀で叩きつけた。
「7マス目は『プレイヤー一人をひたすら痛めつけれる』マスだぜ。」
 なにそれ。怖いんだけど…
 児戯を殴った事により、背中に造られた双六が剥き出しになった。
 言御霊は悠々とコマを進め、『プレイヤー一人をひたすらら痛めつけれるマス』に止まった。
「い~ち、に~い、さ~ん………し~ちっと‼︎」
 七のタイミングで日本刀を基盤に刺し、立ち上がってお札を取り出した。
 …なんか嫌な予感がする。
 まぁ、案の定あれだった。
「我が潔を受け言霊となりて貴様の悪業を祟るが良い!悔やみ、泣き、己が児戯に生まれた事を呪え!急急如律令!」
 あぁ、これ毎回やるのか。辛いな…見てるこっちが。
 
 両親は警察に送られた。
 この出来事で色々と聞かれる事はあったが、僕や言御霊に疑いはかかる事は無かった。
 
「黒月これから僕ん家に住む?」
 いきなりそんな話が出たのは警察署からの帰り道だった。
「なんでそうなるんだよ。迷惑だろうしいいよ別に。」
「い~や、僕ん家さ、代々陰陽師の家庭だから家無駄に広いし大丈夫だよ…ていうか住め!お前に拒否権は無い!」
 そんな事で僕は言御霊家にお世話になるのでした。
 めでたしめでたし…いや、終わらねぇよ。
 
 陰陽家庭に住ませてもらうなんて普通生きてても無いだろこんな体験。
 夜遅くにお邪魔して夕飯まで頂いた。手厚く持て成され、なんか歓迎されていた。
 廊下を歩く中、咲夜君の妹さんに出くわした。
「あれ、アマネさんお風呂いいんですか?家、風呂広いし咲夜今入ってるけど大丈夫だと思うんですけど…?」
 風呂か。そういえば入ってないな。それじゃあ、お言葉に甘えて入らせて頂こう。
 僕は案内された脱衣所で咲夜に向かって話しかける。
「ねぇ咲夜、俺も入るよ?」
 すると、なんか凄い動揺した声が反響していた。
「ちょ待って入らないでお願い周君やめてマジで…!」
 なんかちょっとイライラしたので突入してやった。
「ぁぁぁぁぁなんで入るのぉぉぉぉ⁉︎」
「うるせぇ何がそんなに嫌なんだよ俺か⁉︎俺がダメなのか⁉︎」
 湯船に体を完全に沈ませ顔を赤く染めた咲夜は発狂と言わんばかりの声で叫んだ。
「お前がダメだぁぁぁぁぁっ‼︎」
 在り来たりなラブコメの様に桶を投げつけられた。
 これ誰得なんだよマジで。
 脱衣所に出て扉を閉め、服を着ながら咲夜に話しかける。
「…何がそんなに嫌なんだよ。」
「周の顔と声と彼女いない歴史=年齢なところと童貞なところと成績の悪さと異性の入浴中に堂々と入ってくる事と性癖が嫌だ。」
 ボロクソ言いやがったなこの野郎。たしかに顔も声もそんなに良く無いし彼女なんて居ないし童貞だけど性癖は普通だし成績には触れないけど……は?
 異性?何を言ってるんだコイツは。
 と、口にしてしまった。
「なんだ、やっぱり気づいてなかったのか。」
 えぇー、いやいや、流石にそんな事はないでしょう。
 だってアンタの周り学校でも男友達ばっかりじゃないですか。てか、その異性を住ませたのもお前だろ。
「なんで入ってきたのいきなり…」
 僕は事実を話そうか迷ったのだが、取り敢えず言っておくことにしよう。
「あの、妹さんから入ってきたらどうですかって言われたもんで…」
 水の溢れる音と共に、咲夜の声が響いた。
「伊織ぃぃぃッ!」
 成る程、あの子イオリって言うのか。
 
 夜二十二時を回った頃だろうか。
 伊織ちゃんの悲鳴が響き渡ったのは。
 きっと姉にどつき回されているんだろう。
 その日は、二回も児戯という化け物に出会い、身近な人間が三人も死んでしまった。
 こんな事で精神が病まない方がおかしいだろう。でも僕は咲夜にツッコミも出来たしあまり怯えていない。
 きっと僕の中で何か吹っ切れたのだろう。
 その日は悲鳴を聞かないフリをして眠りについた。
 
 朝、何故か四時に目が覚めた。
 夏なので朝日が昇るのは早い。
 …て言うか、今日から夏休みだった。今思い出した。
 僕はいかにも日本家屋と言わんばかりの和室に引かれた布団を綺麗に畳んで箪笥にしまった。
 そして廊下に出ると、縁側でお経を唱える着物に身を包んだ咲夜の姿があった。
「元柱固具、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神、害気を攘払し、四柱神を鎮護し、五神開衢、悪鬼を逐い、奇動霊光四隅に衝徹し、元柱固具、安鎮を得んことを、慎みて五陽霊神に願い奉る…」
 陰陽師が毎朝朝日に向かい唱える言葉の呪符。
 最早何を言っているのかは分からないが、邪魔してはいけない事くらい察しは付く。
 察しは付くんだけども。俺は悪く無いんだけども。
後ろから飛んで来たのは伊織ちゃんの突進。 
 その突進は攻撃的じゃ無い。なんていうか、悪戯って言葉の似合いそうな勢いだった。
 だが、その突進に押し倒され俺は咲夜に向かって倒れ込んだ。
 経を唱え終わったのを見計らって突進したのか。
 俺はその場に倒れこんで咲夜を巻き込み三人で大事故を起こしたのだった。
 
 朝十一時。二人は昨日の神社にいた。
 その神社には黄色いテープが張られ、森山の死体があった場所はチョークで象られ、幾つもの三角コーンと警官が囲んでいた。
 血生臭い臭いと血だまりはまだ残っていた。
 
 言御霊家に戻ると、咲夜の両親は出掛けようとしていた。
「二日程児戯殺しに出るから家宜しくな。」
 なんて物騒な家庭なんだ。
 僕らは床に惹かれた座布団に座り、三人でコンビニ弁当を貪りながらテレビを眺めていた。
 帰省ラッシュに混む高速道路の映像の後、また人が死んだと報道する当たり前の様な光景があった。
 でも、写り込むのは当たり前では無い。この街のある神社が映し出されていた。
 『中二男子生徒死亡 他殺か』と表示されたテロップが青い枠の中にアナウンサーと共に映っていた。
「確かに他殺だがあれじゃあ迷宮入りだろうな…」
 インスタント味噌汁に湯を注ぎながら僕は呟いた。
 日本家屋と言わんばかりのコトミタマ家は本来リビングルームと呼ばれる筈の部屋は畳が敷き詰められ、襖で部屋を分けていた。
 夏の暑さで襖は全開になり、盆栽の並ぶ庭で縄跳びを跳ぶ伊織ちゃんを横目に報道を見ていた。
「ねーねー、お姉ちゃん見て!伊織ね、二重飛び出来るようになったんだよ!」
 自慢気に胸を張る伊織ちゃんは縄を構え、こちらを向いて縄を振り始めた。
 ひゅん、ひゅんという音に合わせて跳び上がる伊織ちゃんは笑顔でこちらを見ていた。
 ぱちんっ、という音が響いた。
 縄が脚に引っかかる音。
 引っかかる音のはずなのだが、縄はさらに一回転したかと思うといきなり伊織ちゃんの身長が15センチ程小さくなり、不意に倒れ込んでしまった。
 縄を手離し、倒れ込む伊織ちゃんの脚にはくるぶしが存在していなかった。 
 縄が貫通した…いや、脚を斬った。
「……ッ……うぅッ……」 
 赤黒い液体を太ももから垂れ流し、悶絶する伊織ちゃんに向かい咲夜は歩調を早めた。
「アマネッ‼︎救急箱を…‼︎」
 言われるがまま咲夜の指差した押入れを開け、赤い十字の印された箱を持ち、靴下のまま庭へ降りた。
 素早い手付きで包帯を引きちぎり脚に巻きつける咲夜を横目に縄を手に取る。
 そこに有ったのはとんでもないものだった。
 先程まで黒い縄跳びと思っていたものは、ピアノ線の集合体だった。
 脚に引っかかるであろう場所のピアノ線は一本のみ。
 引っかかれば脚が斬られる様になっていた。
「咲夜、これピアノ線だ…‼︎」
「ピアノ線⁉︎何故そんなものが…………児戯か。」
 僕は頷き、周りを見渡した。
 刹那、青く染まっていた空は急に黒みを帯び、庭を無数のピアノ線が飛び交って結界を創り出していた。
 その結界から一段と黒く染まった縄跳びが飛び出し、集まり、固まって、縄跳びをする子供のシルエットが完成した。
 シルエットの真ん中に開眼した大きな眼の瞳孔は赤く濡れたピアノ線が飛び交っている惨状と化していた。
「アスラ…アスラ…アスラアスラアスララララララ…」
 この児戯は異常だ。と、そう告げた咲夜は札を取り出し『例のアレ』をしようとしている。
「我が——」
 瞬間に札は粉々に切り刻まれていた。
 札だけを。何故か。
「どうするんだよ咲夜お前控えの札は…」
「………ない。」
 怒りよりも呆れがこみ上げてきた僕は地に寝かせられた伊織ちゃんを抱え縁側に移動させた。
「ってか、さっきからコイツが言ってるアスラってなんだよ…」
「…アスラは…全ての児戯の生みの親なる存在。たったひとりの少女がこの異形共を産み出したんだ。聞く話では、アスラは別の世界線を生み出し何人もの使いを送ったそうだ。」
 わざわざ説明してくれた礼を言うべきなのか。
 僕的にはコイツを早くどうにかして頂きたいところなんだが。
「わざわざ説明してもらって悪いけどあいつどうにかならねぇのか⁉︎」
「アスララララララ…」
 あぁ、マジでコイツは異常だ。
 他の児戯はなんらかその遊びについていってたのに…
 と、考えている内に縄跳びの児戯はハリガネムシの死骸が散乱した様に無数のピアノ線になりそこに落ちていた。
「あー、うるさいうるさい。黙ってよあんたみたいな下等児戯が気安く私の名前を呼ばないでよ。」
 時空の歪みみたいなものから出てきた少女はピアノ線を手に取り、指先に擦り付け溢れる血を舐め、快感を得たのか体を震わせ頰を赤く染めた。
「…血って美味しいよね。あんた達も思うでしょ?」
 問いを掛けられた僕らは唾を呑んだ。
「いやー、何千年と生きてきたけど、やっぱりこの世界で一番美味しい飲み物は血。食べ物なら人肉って決まってるのよね。」
 あの言い回しなら、この少女がアスラなのだろう。
 アスラは伊織ちゃんを指差し語りかけてきた。
「その女の子、いらないならちょーだい?」
「…は?」
 僕と咲夜はアスラを見つめながら不可解な発言に声が出た。
「だからー、その子もうすぐ死んじゃうから、私が食べてあげるって言ってるの。どの児戯も同じよ?昨日この街の神社でやられたにらめっこ?だっけ、そいつも人が食べたくて食べたくて仕方なかったのよ。食物連鎖の頂点は児戯だったの…」
 アスラは躊躇いながら話を進めたのち、にやにやとした表情が現れ始めた。
「でもそれは昔の話。その児戯は私に食べられるの。つまり食物連鎖の頂点は私。」
 僕は問いかけた。
「…じゃあアンタは児戯だけ食っときゃいいじゃねえか…」
 きょとんとした顔で冷淡に残酷な単語を口にする少女は口を開いた。
「嫌よ。私は児戯も食べるけどやっぱり人間が一番美味しいもの。あんた達人間だって美味しいもの食べたいでしょ?私も美味しいもの食べたいの。だからその女の子食べさせて?」
「…断ったら?」
 咲夜は冷や汗をかきながら問いかける。
「………まぁ、最初から許可なんて取る気ないけど。あんた達人間だって『この魚食べたいからちょーだい』って魚に言わないでしょ?」
 もう既に伊織の体を手に入れたアスラは伊織の頰を引き裂き、肉片を口へ運んだ。
 伊織は悶絶していた最中、頰を千切られる痛みで声をあげる。
「…うるさいわね、食料の分際で。」
 伊織の喉を掴み、鋭く尖った爪が喉の皮膚を抉る。
 そのまま伊織の喉は握り潰され、首の骨ごと折れてしまった。
 人間とは、ここまで簡単に死んでしまうのか。
「さーて、五月蝿い声も止んだところで頂きまっす♪」
 骨を折り、血しぶきを上げ、好奇心で満たされた表情を露わにして伊織の肉を貪る少女。見た目では伊織と同じ程の身長なのに、その伊織を肉片にして口に運んでいる。
 僕と咲夜はこの光景をただ見つめていた。
 少女が伊織を『伊織だったもの』に変えるまで。
 
 少女は伊織の体を食い漁っていた。
 口の周りを血で染め、好奇心に満たされ快楽を覚えたように身を震わせては皮膚のついた人肉を口へと運んでいる。
 これを悪夢と呼ぶのだろうか。
 飛び散る肉片と夥しい量の赤黒い粘り気を帯びた液体は、泡沫を象ったように飛び散る。
 沢山の児戯が沢山の人間を餌にして跡形もなく消し去る。
 食い荒らす児戯と食い荒らされる人間。
 格の違いなんてものじゃない。
 本来子供達が楽しく遊んでいた『概念』だった児戯、『児童の戯れ』が何故ここまで殺意に飢えるのか。
 理由は明白『存在し続けるため』。人間は腹が減れば食い、眠ければ寝る。
 児戯だろうと、その『生理的欲求』というものは存在する。
 腹が減れば、餌を食う為に餌を殺し、口にする。腹が膨れ、眠くなれば人目につかないところで眠る。
 眠っているかどうかは知らないが。
 そして、人間には『優位に立ちたい』という欲求を持つ者もいる。
 その欲求から生まれる産物が巷でよく聞く『いじめ』というもの。
 身をもって体験した身だ。理解はしている。
 『あいつよりは上の立場で居たい。でも勉強では勝てない。そうだ。殴ればいいんだ。強さなら負けない。』
 くだらない茶番という名の誹謗中傷、ならまだマシな方。生活にも支障を来す蝕まれる人間関係と精神。
 そのうち誰も信じられなくなって疑心暗鬼に陥り、全く無関係な人間にも嫌われ、頼れる人が身内くらいに絞られてしまう。
 さて、余談はここらで終わりにしよう。
 僕の目の前にあるコトミタマ イオリだったものを口に運ぶ少女は手を合わせ『ご馳走様でした。』と笑顔でこちらに向かって言うと、僕らに尋常じゃない恐怖を与え消えてしまった。
 肉片と呼ぶのもおかしいくらいに、顔を除く全ての箇所が骨になっていた。
 赤黒い液体が染み付き、所々に神経が爛れている惨状を目の当たりにし、改めて児戯の恐ろしさを知った。
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