ユラユラ

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転校生

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「………。」


 いつものバス停から降りて、そこから徒歩数分の学校へ向かう。


 その間、私は先ほどレイコが言っていたことを頭でぐるぐる巡らせていた。


『もし由美ちゃんが私の死因が知りたいっていうなら……。……理科準備室。そこへいって、三回だけノックして。そしてこう言うの。………「雨川さん、みーつけた」…って』


「……どういう意味なんだろう。」


 今日のレイコ……なんか変だった。

 いつもはこんなことないのに………



 誰もいない静かな道を、ひとりぽつぽつと歩いていく。


 朝の空気は、嫌いじゃない。


 車の通りも少なくて、人もほとんどいない。


 なんだかまだ余計なものに触れる前の空気がやけに気持ちよく感じるから。


「…あ」



 いつも開いている校門。

 今はガッチリと閉ざされ、当然鍵もかかっていた。


 しまった、早くつきすぎたかな。
 
 仕方がない。

 多分門が開くのはあと…………十、五分……………。



「……いや、なっが!!」


 暇が性に合わない私は、十五分という時間は余りに長く感じるのだ。

 今の私にはどうにかして校舎に侵入するかやることを見つけるかの二択しか頭に無い。


「……よし。侵入しよ。」


 結構な事を「よし、暇になったしマリカしよ」みたいなノリで言ってる自分にビックリするが、性格上仕方がない。
(※よい子はマネしちゃダメだぞ)


 まだ日が当たらず薄暗い校門を、女の子がしてはいけないような体勢でよじ登る。

 今私の隣に好きな人がいたら、バク宙しながら後方回転土下座をかましつつ「忘れてください」と懇願こんがんするだろう。


 …さあ。ぶっちゃけ校門は対した脅威じゃない。

 私の身長より少し低いくらいだから、実際セキュリティとしてはガバカバだと思う。

「問題はどうやって校舎内に入るか……」

 普段使わない脳ミソをフル回転させ、校舎内に入れる方法を考える。


(………あ。確か多目的室のベランダの鍵って壊れてた…よね。)

 多目的室は二階の北側にある。
校門側からは見えない位置の裏側の方だから、人が通っても恐らくはバレないだろう。

「そうと決まれば……多目的室へ!」


 校門の左手にある職員室。
 明かりがともっているが、恐らく職員は2~3人。
 この時間帯だ、多くはないはず。

 タイミングを見計らい、体勢を低くして足早に職員室前を抜ける。

 ここまで来たらあとは簡単だ。

(あとは多目的室のベランダに行くだけ…!)


「―――ついた!」


 流石にジャンプをしても届かないのは当たり前なので、何かを台にして、または何かをつたってベランダへ行かなければいけない。

(う~~ん、流石に校長先生の車を足蹴にするわけには……。)

 ものすごくいい位置に校長先生の真っピンクの色をした車があるが、こればかりは流石に心が痛む。


「………あっ、あの木なんていいかも!私木登り大好きだったし…」

 小学生のころは、外見とか全く気にせずに皆と泥だらけになったりして登った木。

 将来というのは楽しみだったのに、なぜだか心が成長していくと辛いことばかり突き刺さる。

(あ、やばい泣きそう……)

 目頭が熱くなってきて、反射的に腕で目をこすった。

「…さーやるかっ」

(……お?意外と現役?)

 何年かぶりにやる木登りは、意外と体が覚えていたようで、結構順調にするすると登れている。


(あとは一気に…………っ跳ぶ!)


バキッ!!

「えっ」


 ジャンプしたと同時に、乗っていた枝が折れた。

(え、え、嘘、確かに最近ブ○ックサンダー食べ過ぎてたけど……!えーーショック~~……って、そうじゃなくて!)


 今のは結構大きい音だった。下手すれば先生が駆けつけてくる位の……。

「今の音は……!?」

(やばい!タイミング完璧すぎない…?!は、早く入らないと!え~~っと鍵が壊れてたのは……!!)

「…あった!ここだ、右端から二番目…!!」

 先生達の足音が大きくなってくる。
急がないと…!

(…うッ?!ちょ、これドア固すぎッ……!)

「……あっ、枝が折れてます…!あれですかね?」

(あ、危なかった………!)

「だとしたらどうして…?今日はいい天気だから落雷なんかもないし、この木は別段古くもないし。それに結構太いですよ、この枝」

(私がデブってか!放っとけや!!)

 そう唱えつつ、間一髪中に入れた安堵感で座り込む。

 実際スリルを楽しんでいる自分もいて、多少の罪悪感とワクワク感と共にそっとその場を立ち去った。





「……うわっ!最悪、中村先生いるじゃん…」


 脱いだ靴を片手に下駄箱へ向かっていると、その目の前の渡り廊下を歩く中村先生がいた。

 中村先生は体育の先生で、とても厳しい人だ。

 私が校舎内にいることは怒られないかもしれないが、なぜ開いてもいない校舎内に入れるのかと問い詰められ、結果面倒なことになるのは目に見えている。
 そして、中村先生はこちらの曲がり角に向かってきている…。

 さて、どうする…!
 ここは行き止まりだ、階段をのぼるしか手はないけれど、図ったように今、ここの階段は使用禁止状態だ。

 校舎が古くて釘が出てるだのという騒ぎが、ついこの前あったんだっけか。


 しかし、そのせいで逃げ道は無く、八方塞がり。


「………ん?そこに、誰かいるのか?」


(やばいっ!)


 中村先生が、曲がり角から顔を出すと―――!


「…………気のせいか。」


 中村先生は、誰もいないのを確認してから、踵を返して反対側の階段へ上っていった。


「……あ…危なかった…」


 私はというと、困惑した頭で辺りを見回していたとき、真後ろに教室があることに気付く。

 そして、ドアは鍵がかかっているだろうし、例え開いていたとしても音が出る。

 従って、教室の壁下にある小さな窓に体をねじ込み、なんとか難を逃れたのだ。

 内心かなり焦ったが、胸に手を押さえつつ安堵のため息をつく。

「……あれ、そう言えばここ……理科室?」


 緊張がほどけて視界がひらけると、メスシリンダーやビーカーなどといった実験器具たちが棚に並べられ、どことなく薬品のにおい漂う理科室、またの名を化学室にいることがわかった。

(うーん、やっぱこのにおいは苦手だなぁ…。)

 逆に好きな人がいるのかどうかも分からないが、鼻の奥がつんとなるようなこのにおい、私は好きではなかった。

 そのあたりで、あることをふと思い出す。

「……あ、そう言えばレイコが言ってたのって、理科準備室…のことだったっけ」

 理科準備室は、年期の入った薄いチョークのあとが残る黒板の横にある。

 ドアにはカレンダーがかかっており、クレーターの目立つ満月が、写真として載っていた。

(……今なら誰も、いないよね…。)

 普段は、危険な薬品やら大切な資料やらを保管しているからと、生徒の入室は許可されていない。
 出入りしていいのは先生のみとなっている。

「普段入ってはならない場所に入る」
その事がなんだか、私の心に罪悪感を覚えさせる。

「…よ、よし。もしも、鍵が掛かっていなければ……諦めよう」

 理科の先生の田辺先生は、常時ぷるぷるしているようなおじいちゃんだ。
 そのためよく鍵のかけ忘れとか課題の回収を忘れたり、中々のボケッぷりをかましている。

 だから…もしも鍵が掛かっていなければ、入る事にしよう。
 鍵が掛かっていたら、後日にするか、諦めよう…。

『もし由美ちゃんが私の死因を知りたいっていうなら―――』


 そうだ、必ずしもやらなければならないという、強制ではないのだ。

 だから別に、その行為をしなくても構わない――――


(……でも)


 あの時見た、やけに悲しげなレイコの顔が忘れられなくて。


「…よし」

 静寂の中、自分の足音だけが教室中に吸い込まれる。

 ゆっくりゆっくり近付いて、ついに目の前まで来た。

 高鳴る鼓動を落ち着かせるように、小さく深呼吸をする。

 ゴクリ、とつばを飲み込んで、ドアノブに手をかける。

 冷えた金属が、ひやりと手のひらを刺激した。

(なんで…レイコはあんなことを言ったのか。
……今、分かる)

 今一度ぎち、と握り直し、確かめるようにゆっくりとドアノブを回し――――


 と、その時。


「そこって、立ち入り禁止のハズじゃ?」

「うわぁっ!」

 かなりの至近距離から声をかけられ、極度の緊張状態だった心臓が口から飛び出そうなほど跳び跳ねた。

「だ、誰っ!?」

 逃げるように理科準備室のドアを背中にびったりとつけ身構える。

 するとそこにいたのは…。

「あ、私…今日、転校してきたんだ」

「へ、あ、あぁ、さようでございますか……」

 この季節に、長袖パーカーの長ズボンという服装と、その整った顔立ちに多少の動揺を覚える。

 ただ、この感じは多分人間だったから、大きな安心感に包まれた。

「……はあ~~、びっくりしたぁ……っていうか、なんでその転校生さんがここに…?」

 ここは理科室だ。転校生というならば、普通まず職員室かなんかに行くものだろうし、こんな早い時間にいる、というのにも理解できないところがある。

「ちょっと迷っちゃって…」

 転校生の子は、少し目線をそらしながらそう言った。

「…ま、迷っちゃった…の?」

(ん、迷う…?)

 私は不信感を覚える。
 職員室は校門の目の前にあるし、なんなら校門前には学校案内図が設置されているのだ。

 にもかかわらず迷うなんて、ましてや理科室なんかに入ってくるだろうか?

 直感的に人間だと認識していたが、実は人間ではなかったのか…?


 私が明らかに怪しんで眉間にしわを寄せると、丁度そのあたりで小さな霊がふわりと出てきた。

 恐らく五歳…といったところの子供の霊。

 私が中学にあがったときに既にいた霊で、校内の至るところを気まぐれに徘徊しているみたいだ。

 顔が無く声こそ聞いたことがないものの、身ぶり手振りで会話(?)のようなものをしたりしていて、今ではすっかり顔馴染み。

 悪影響は無いハズだが、今来られると…

(この状況でだとちょっとまずいかも…)

 ふよふよ浮きながら転校生の子の真後ろあたりまでやってきた。

 多分遊んでくれといっているんだろう。


 今はちょっと厳しいかな…?!


 私が苦笑いで冷や汗を流すと、転校生の子が私の目線を見てか「…?」という雰囲気で振り返った。

 まあ、見えるハズもないから私がただのヤバイヤツで終わるんだろうけど…。


 そう思っていると。


 バッ、と私の方へ顔の向きを戻した転校生は、先ほどの表情とは打って変わって驚いたような、焦ったような顔をしていた。

 私はそれでちょっとビックリしたけど、「かわいい子はどんな顔しても美人なんだなー」とかのんきに考えていた。

 すると、転校生は荒い足取りで私に近付き…
「えっ、何何何……わっ!」
 両手で両肩を掴まれた。

「……あんた…!」
 その子はまっすぐに私の目を見て、私に言った。

「あんた、『視える』のか!?」




終わり
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