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第17章 戦いの終わりに

第236話 何度でも、何度でも

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 思い返せば、本当によくくっついてくる子だった。出会った時から早々に俺の上で寝て、一度目を覚ましてからも結局俺の上で寝て。仲間になってからもたまに俺の上で寝て。

 だが、こんな甘えたがりの子が、大好きな兄から離れて俺たちの仲間になってくれた。高い魔力。強い戦闘力。そして清らかな心。俺は、何度この子に助けられただろうか。

「ありがとな、リオン……お前がいなかったら、世界は救えなかった」

 正直、彼がいなければ魔王おろか、他の敵ともろくに戦えなかったし、そもそもセリナがケインの爆弾で死んでいた。彼が仲間になってくれたことが、間違いなく俺たちのターニングポイントだった。それくらい、彼の功績は大きい。それなのに、リオンはわかっていなさそうに首を傾げた。

「でも──僕の世界を救ってくれたのはムギト君だよ」

 その言葉に、俺は息を呑んだ。そうか。そうなのか。俺も、知らないうちに誰かの世界を救えていたのか。そう思うと、無性に目頭が熱くなった。

 無言でリオンを抱きしめると、すぐにリオンも正面に回って俺を抱きしめ返した。

 俺の胸の中で顔を埋めたリオンは、小さな肩を震わせて泣いていた。気丈に振舞おうとしていたみたいだが、涙には敵わなかったみたいだ。俺に泣き顔を見せまいとしているようだが、彼の嗚咽は隠しきれていない。そんな可愛い弟分を赤子のようにポンポンと優しく背中を叩くと、糸が切れたように泣きだした。その涙声を聞いていると俺も泣きそうになったが、そこはグッと堪えた。

 やがて、泣き疲れたのかリオンは俺の腕の中で眠りについた。ベッドの上に運ぼうと思ったが、担いだところでアンジェに止められた。

「……あとで起こしてあげましょう。最後の別れは、一緒にいたいでしょ?」

 ベッドに寝かせると熟睡してしまう。それがアンジェの判断だ。だから、俺たちは敢えてリオンを椅子に座らせたまま眠らせた。

 せめての情けと、アンジェがリオンの肩にそっとブランケットをかける。

 安らかな顔で眠るリオンを見ながら、二人して「ふー」と息を吐く。不思議なもので、座ればいいのに一度中途半端に立ってしまうと、なかなか座るタイミングが見つからなかった。アンジェが座ろうとしないのもあって、なおさら。

 だからだろうか。このタイミングで自然と感謝の言葉が出てきた。

「ありがとう、アンジェ」

「いいのよ、これくらい。全然大したことじゃないわ」

「それもそうなんだけど……これまでのことも、全部含めて」

 真顔でそう告げると、アンジェから笑みが消えた。彼も察してくれたみたいだ。俺が、彼に別れの言葉を言おうとしているということのに。

「やめてよ、ムギちゃん。リオちゃんじゃないけど、あたしだってあなたに救われたんだから」

「救ってねえよ。むしろ、俺はお前に迷惑ばっかりかけてた」

 こんな知らない異世界で衣食住を与えてくれたのはアンジェだ。アンジェがいなかったら、この異世界の旅はもっと過酷だっただろう。しかもこの世界の基礎的なことを教えてくれたのもほとんどアンジェだ。感謝してもしきれないというのに、アンジェはどこまでも謙虚だった。

「救われたわよ。だってあたし、あなたが来るまでずっと孤独だった」

 裏悲しそうなアンジェの眼差しに、チクリと胸が痛んだ。アンジェは孤独じゃない。それは傍から見た感想で、彼はずっと殺された家族の復讐に囚われていた。そして、その囚われた心が醜いとも言っていた。だが、それを否定したのは他でもなく俺だった。

「あの夜が……お前を救った?」

 そう尋ねると、アンジェは何も言わないで静かに口角を上げた。それだけで、十分答えは出ていた。

 だが、俺だって、何度アンジェに救われたかわからない。

「アンジェ──」

 名前を呼ぶと徐に頭が下がっていった。腰がピタッと直角に曲がる。自分でもびっくりするくらい自然な動きだった。この時初めて知った。人は真摯に気持ちを伝えたい時、勝手に頭が下がるのだ、と。

 深々と頭を下げる俺を見てアンジェが「え?」と呟いた。顔は見えない。いや、上げられない。それでも俺は、構わず彼に告げた。

「ありがとう。アンジェ──俺、最初に会えたのがアンジェで本当によかった」

 何度だって言う。ありがとう。ありがとう。こんな俺を魔物から助けてくれて。こんな俺を家に招いてくれて。こんな俺を仲間と言ってくれて。こんな俺の、そばにいてくれて。

 こんな短い言葉を伝えるだけで、胸から熱い思いが込み上げてきた。息が詰まる。鼻の奥がツンとする。ああ、だめだ。泣きそうだ。まだ泣くには早いって、自分が一番よくわかっているのに。
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