転生するのにベビー・サタンの能力をもらったが、案の定魔力がたりない~最弱勇者の俺が最強魔王を倒すまで~

葛来奈都

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第16章 魔王は4人で倒すもの

第229話 神に選ばれた勇者の武器

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 魔王の正体も判明した。理《ことわり》もわかった。あとは、元凶であるあのクリスタルを壊すだけ。

「でも、これって確か、『オルヴィルカ』に現れた時はびくともしなかったって……」

 アンジェの言う通り、ライトが魔界から地界に出てきた時、『オルヴィルカ』に避難していたオズモンドさん率いる神官たちがこのクリスタルを壊そうとしていた。そして、どんなに強力なアイテムや魔法を使ってもびくともしなかったとも言っている。

「そりゃ、稲妻をぶっ放してしまうくらいの勢いで魔界から地界に出るのだ。簡単には壊せないだろう。だが──」

 ノアが話している間でも、俺はすでにクリスタルのほうへ足を向けていた。

「ちょっと、ムギちゃん!?」

「あの大きい石って、危ないんじゃないの?」

「近づかないほうがいいですよ!」

 仲間たちの心配そうな声が聞こえてくるが、俺は歩みを止めなかった。

 一歩踏み出す。心臓が高鳴る。一歩踏み出す。体に戦慄が走る。一歩踏み出す。握った拳に力が入る。また一歩踏み出す。頭の中で知らない誰かの声がする。


『壊せ』

『壊せ』


 主語はない。ただひたすらに、同じ言葉をくり返す。それが他人なのか。自分なのか。世界なのか。受け取る者によって、このシグナルは変わっていくのだろう。

「……ムギちゃん?」

 アンジェの心配そうな声がする。おそらくみんな、振り向きもせずにただ黙りこくる俺のことを心配している。それでも俺は、歩みを止めない。

 ああ、きっと。俺の破壊衝動は、このクリスタルを壊すためにあるのかもしれない。

 一呼吸置き、クリスタルの前に立つ。俺の身長ほども高さのある、大きな鉱石。どんなに強力なアイテムや魔法でも壊れなかったクリスタル。話には聞いている。だが、話を聞いただけだ。

 無言のままクリスタルにバトルフォークの切っ先を向け、そのままスッと切っ先を突き刺す。その光景に、後ろにいた仲間たちが息を呑んだ。

「……え?」

「どうして?」

 バトルフォークの切っ先は、何も力を入れなくてもずぶずぶとクリスタルの中へ入っていった。

 傍から見れば異様な光景だったはずだ。予め「壊れない」と言われていたこのコアが、「バトルフォーク」と呼んでいるだけのただの大きなフォークでいとも簡単に突き刺せるなんて。

「どんな強力なアイテムや魔法でも壊せなかった……ねえ」

 ノアがわざと大袈裟な口調で呟く。その口元は、核心突いたようににんまりとしていることだろう。

「試してなかっただけだろ。神に選ばれた、勇者様の武器を」

「……ああ、その通りだ」

 ノアの声に答えながらバトルフォークを振り払うと、クリスタルはパリンッと真っ二つに割れた。

 俺は先程、ライトの体に埋め込まれたコアを壊したから知っているのだ──このクリスタルが、とても柔らかくて脆いことに。

 割れたクリスタルは、ガシャンと音を立ててその場に崩れ落ちた。

 その崩れたクリスタルを俺は何度も突き刺した。何度も。何度も。何度も。もうあんなコアができあがらないように。もうこのコアの適性者が現れないように。もう、魔王なんか生まれないように。

 崩している間、この世界での出来事が頭の中を駆け巡っていた。

 初めて見た『エムメルク』の青い空。初めて戦ったスライム。初めて死にかけた魔王の配下・ルソード。助けてくれたアンジェを初めとした、仲間たちとの出会い。魔王の配下との戦い。そして、ライトとの異世界での再会──その出会いと出来事一つ一つが、まるで昨日のように蘇る。

 美しい世界があった。素敵な人がいた。温かい優しさに出会えた。その一方で、純粋な悪意にも触れた。その悪意から、人を、世界を、護りたいと思った。その元凶が実弟だとわかった時も、俺は実弟を救いたかった。自分のためだった「世界の救済」が、いつのまにか「誰かの救済」にすり替わっていた。変わったのは目的か。それとも俺自身か。その答えを求めるように、何度もクリスタルを砕いていく。

 心の中が無になるくらい、ただひたすらにバトルフォークを突き刺していると、やがて誰かが俺の手を掴んだ。振り向くと、いつになく澄ました顔のノアが立っていた。

「──もういい。十分だ」

 その声で、ふっと我に返った。気がつくと、目の前にあったクリスタルは跡形もなく消えてなくなり、足元には細かく砕かれた無数の紫色の小さなかけらがバラバラに散らばっていた。

「そっか」

 終わったか。

 そう思った時、電源が切れたように全身の力が抜けて、一瞬にして意識が遠退いた。

 意識がなくなった時、ノアの腕に受け止められたような感覚があった。

「……ご苦労」

 薄れゆく意識の中、そんなノアの声が聞こえた。これまで聞いた中で一番切なく、優しい声だった。
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