225 / 242
第16章 魔王は4人で倒すもの
第225話 生まれた時は一緒だったのに
しおりを挟む
この事件での一番の被害者は、間違いなくライトだった。先輩たちがライトを襲った理由は、俺のレギュラー取得による腹いせ。その結果、俺と間違われて殴られたのだ。
勿論、ライトも「自分はムギトじゃない」と言っただろう。実際、当時の俺たちの顔立ちはあどけなさが残っていたせいで今よりもよく似ていた。しかし、どんなにライトが否定しても先輩たちにしてみればどっちでもよかったのだ
──俺の顔さえ殴れれば、たとえそれが別人であっても。
俺が部活を辞めた翌日、ライトも退部届を出した。
両親はライトが俺のことを気にして辞めたと思ったのだろう。当時は随分とあいつを気にかけていた。そんな彼らに向けて、ライトは諦めたように「フフッ」と笑った。
『低俗に合わせるのが疲れただけだよ』
十年近く経つのに、あの時の空気感は忘れられない。絶句して呆然としている両親の顔も、笑いつつも感情が抜け落ちたライトの顔も。
ライトが本格的に俺との差別化を図ろうとしたのは、それから少し経ってからだと思う。言葉遣いも今みたいに柔らかくなり、一人称も「僕」になった。そして、俺と間違われると露骨に態度に出るようになったのもこの頃だ。
今思えば当然だ。俺と顔が同じことで、不本意な争いに巻き込まれてしまったのだから。ひょっとすると、俺の知らないところであの事件以外にも不本意なことがあったのかもしれない。そんな出来事が塵のように積み重なった結果が、嫌悪感の山となった。
サッカーを辞めて何も残らなくなった俺は、あいつと肩を並べられるものもなくなった。
そこからライトと疎遠になるまで時間がかからなかった。
あいつは俺が逆立ちしても入れない高い偏差値の高校に入学し、そのまま都内の国公立に行った。大学に入ってからあいつも正月ですら滅多に帰って来なかったし、俺もあいつが帰省した時は家に帰らなかった。こうして顔を合わせることも、言葉を交わすこともなくなった。でも本当は、もっと早くライトと向き合うべきだった。後悔する時は、いつも事が過ぎた後なのだ。
──我に返った時、すでに俺の右ストレートはライトの頬を殴っていた。
殴打の勢いで、ライトは仰向けのまま吹っ飛ばされた。
起き上がらないライトを見て、俺はうなだれて深く息を吐いた。ライトを殴った右の拳がズキズキとする。その痛みは、これまでの戦いで負ったどんな傷よりも痛く感じた。それでも、バトルフォークは俺の意志関係なく、開いた手のひらに収まった。
「とどめを刺せ」
無機物であるはずのバトルフォークが、そう言っているような気がした。
ふらついたままライトに近づくと、俺の気配に気づいたライトが力なく笑った。
「……鬱憤を晴らせるチャンスに、なんで泣いてるのさ」
どうせ意地の悪い冷ややかな表情をしているのだろうが、今はそんな彼の顔も視界が歪んで見られなかった。どんなに唇を噛んでも、気持ちを落ち着かせようとしても、俺の目からこぼれ落ちる雫が止まらないのだ。
そんな情けない俺を見て、ライトはまた笑った。
「ムギトって、割と泣くよね」
「うるせえよ……この野郎……」
「あはは。反論するボキャブラリーもないってね。でも、その甘さがムギトと僕の違いなんだろうな」
と、ライトは震える手をそっと自分の顔面の上に置いた。顔は見えないが、こいつも泣いているような気がした。
「ムギトはさ、覚えてる? 中一の時……僕がムギトと勘違いされて先輩に殴られた時のこと……」
その発言に思わず息を呑んだ。忘れもしない、俺が先ほどまで想起していた出来事だ。
「なんか……あんたを殴ろうとした時、不意に頭を過ったんだよね」
ライトが言葉を紡ぐ。そのかすれた声が、わずかに震え始める。
「なんでだろう……代わりに殴られて凄くムカついたはずなのに……助けてくれたことが嬉しくてたまらなかった……それなのに僕は……あの理不尽さの憤りだけが残って……お前を避けるようになって……」
ぽつり、ぽつりと、まるで懺悔をするようにライトが告げる。その言葉を聞きながら、俺はひたすらに目から雫をこぼしていく。
「何を今更……そんなことを言うんだよ……」
込み上がる気持ちを押さえながら震えた声でライトに問うと、ライトは口角を上げた静かに答えた。
「だって──こんな話も、もうできないだろ?」
この答えこそが、俺たちに差し向けられた未来だった。
勿論、ライトも「自分はムギトじゃない」と言っただろう。実際、当時の俺たちの顔立ちはあどけなさが残っていたせいで今よりもよく似ていた。しかし、どんなにライトが否定しても先輩たちにしてみればどっちでもよかったのだ
──俺の顔さえ殴れれば、たとえそれが別人であっても。
俺が部活を辞めた翌日、ライトも退部届を出した。
両親はライトが俺のことを気にして辞めたと思ったのだろう。当時は随分とあいつを気にかけていた。そんな彼らに向けて、ライトは諦めたように「フフッ」と笑った。
『低俗に合わせるのが疲れただけだよ』
十年近く経つのに、あの時の空気感は忘れられない。絶句して呆然としている両親の顔も、笑いつつも感情が抜け落ちたライトの顔も。
ライトが本格的に俺との差別化を図ろうとしたのは、それから少し経ってからだと思う。言葉遣いも今みたいに柔らかくなり、一人称も「僕」になった。そして、俺と間違われると露骨に態度に出るようになったのもこの頃だ。
今思えば当然だ。俺と顔が同じことで、不本意な争いに巻き込まれてしまったのだから。ひょっとすると、俺の知らないところであの事件以外にも不本意なことがあったのかもしれない。そんな出来事が塵のように積み重なった結果が、嫌悪感の山となった。
サッカーを辞めて何も残らなくなった俺は、あいつと肩を並べられるものもなくなった。
そこからライトと疎遠になるまで時間がかからなかった。
あいつは俺が逆立ちしても入れない高い偏差値の高校に入学し、そのまま都内の国公立に行った。大学に入ってからあいつも正月ですら滅多に帰って来なかったし、俺もあいつが帰省した時は家に帰らなかった。こうして顔を合わせることも、言葉を交わすこともなくなった。でも本当は、もっと早くライトと向き合うべきだった。後悔する時は、いつも事が過ぎた後なのだ。
──我に返った時、すでに俺の右ストレートはライトの頬を殴っていた。
殴打の勢いで、ライトは仰向けのまま吹っ飛ばされた。
起き上がらないライトを見て、俺はうなだれて深く息を吐いた。ライトを殴った右の拳がズキズキとする。その痛みは、これまでの戦いで負ったどんな傷よりも痛く感じた。それでも、バトルフォークは俺の意志関係なく、開いた手のひらに収まった。
「とどめを刺せ」
無機物であるはずのバトルフォークが、そう言っているような気がした。
ふらついたままライトに近づくと、俺の気配に気づいたライトが力なく笑った。
「……鬱憤を晴らせるチャンスに、なんで泣いてるのさ」
どうせ意地の悪い冷ややかな表情をしているのだろうが、今はそんな彼の顔も視界が歪んで見られなかった。どんなに唇を噛んでも、気持ちを落ち着かせようとしても、俺の目からこぼれ落ちる雫が止まらないのだ。
そんな情けない俺を見て、ライトはまた笑った。
「ムギトって、割と泣くよね」
「うるせえよ……この野郎……」
「あはは。反論するボキャブラリーもないってね。でも、その甘さがムギトと僕の違いなんだろうな」
と、ライトは震える手をそっと自分の顔面の上に置いた。顔は見えないが、こいつも泣いているような気がした。
「ムギトはさ、覚えてる? 中一の時……僕がムギトと勘違いされて先輩に殴られた時のこと……」
その発言に思わず息を呑んだ。忘れもしない、俺が先ほどまで想起していた出来事だ。
「なんか……あんたを殴ろうとした時、不意に頭を過ったんだよね」
ライトが言葉を紡ぐ。そのかすれた声が、わずかに震え始める。
「なんでだろう……代わりに殴られて凄くムカついたはずなのに……助けてくれたことが嬉しくてたまらなかった……それなのに僕は……あの理不尽さの憤りだけが残って……お前を避けるようになって……」
ぽつり、ぽつりと、まるで懺悔をするようにライトが告げる。その言葉を聞きながら、俺はひたすらに目から雫をこぼしていく。
「何を今更……そんなことを言うんだよ……」
込み上がる気持ちを押さえながら震えた声でライトに問うと、ライトは口角を上げた静かに答えた。
「だって──こんな話も、もうできないだろ?」
この答えこそが、俺たちに差し向けられた未来だった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-
一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。
ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。
基本ゆったり進行で話が進みます。
四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる