転生するのにベビー・サタンの能力をもらったが、案の定魔力がたりない~最弱勇者の俺が最強魔王を倒すまで~

葛来奈都

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第16章 魔王は4人で倒すもの

第223話 ただ、殴りたかった

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「本当……食えねえ奴」

 セトが空いた片手を広げると、どこからともなく現れた三叉槍が手に収まった。

「どうだ? 同胞が次々と倒れる気持ちは」

 三叉槍の切っ先が喉元に触れる。刺された喉元からツーと生温かい血が流れるのを感じるが、拭うことも、痛みを訴える気力もない。

 セトは生と死の瀬戸際にいるというのに、命乞いどころか一言も喋らない俺がつまらないようだ。白けた顔をしながら、退屈そうに息を吐いた。

「興ざめだ。さっさと死ね」

 ひんやりと冷めた口ぶりで告げられると、セトの手に力が籠った。

 ああ、ここまでか。みんな、ごめん。

 心の中で懺悔をし、静かに目を閉じる。けれども、いくら待ってもセトは俺を殺そうとしなかった。

 おぼろげに目を開けると、なぜかセトが苦しそうに顔を歪めていた。やがてセトの手から三叉槍が滑り落ち、そしてついにはあれだけしっかり掴んでいたはずの俺の腕もはらりと手放した。

 俺が地面に落ちた後も、セトは俺に見向きもせずに頭を抱え一人悶えもがいている。一体セトの身に何が起きているのか。訳がわからずに呆然としていると、そのうちセトはうなだれたまま完全に停止してしまった。

「……セト?」

 セトの異変に、倒れていたはずのノアが徐に起き上がる。だが、旧友の声であっても、セトはピクリとも動かない。

 暫時の沈黙が流れる。静かで緊張感が漂う空気感に固唾を飲む。

 やがて、セトがゆっくりと顔を上げた。そこで俺は、ようやく状況を理解した──セトと戦っていたのが、俺たちだけではなかったということに。

「少しくらい……にもこいつを殴らせろ」

 その声を間違えるはずがなかった。もう取り繕う気のない柔らかい口調。気取った「僕」という一人称。俺を小馬鹿にしたような眼差し。今、俺の目の前にいるこいつは──

「ライト?」

 俺の弟、大館頼人おおだてライトだ。

 その名を呼んだ途端、その場にいた誰もが唖然とした。同化の理屈はわからない。だが、今の今まで確かにセトが優勢だったはずだ。それなのに、いきなり人格がライトになった。いや、ライトに戻ったというべきか。

 ライトがぼんやりと赤い空を仰いでいる。自分の体の感触を呼吸と肌で感じ取っているみたいだ。

「ライト……お前、無事なのか?」

 おそるおそる尋ねると、ライトは俺の顔を見て呆れたようにため息をついた。

「無事な訳ないでしょ……今だって、あんたらを殺したくてうずうずしている」

 そう言って頬を引き攣らすライトの額には冷や汗が流れていた。

 剥き出しになったライトの胸元のコアがチカチカと光っている。まるで生命が宿っているような瞬きが、どことなく不気味に思えた。

 ひょっとして、あのコアがライトに破壊衝動を与えているのか?

 新たな可能性に思考が停止する。そんな俺を見て、ライトが面倒くさそうに舌打ちをする。

「早くしろよ……でないと、あんたも世界も壊しちまう」

 徐に拳を構えたライトの姿勢で悟った。魔力もない。気力もない。今のこいつに残っているのは、拳だけ。

「ずっとこうして殴りたかったんだよね」

 半笑いしながらライトが俺の顔面を殴る。しかし、たった一発でも今のライトには衝撃が耐えられず、その場で膝を突いて吐血した。

「ライト!?」

 慌ててライトに手を伸ばすが、ライトは俺の手をパシッと払いのけた。

「人の心配している場合かよ」

 ライトが俺を睨みつけながら、血がついた口を手の甲で拭う。きっと、セトが他人の体だからって酷使しただけで、本当はこいつも爆発を食らってボロボロだったのだろう。それでもこいつが今でも闘志を燃やしているのは、意気地とプライドのせいだ。

 ライトは覚悟を決めている。俺も心積もりをしなければ。

「……やってやるよ、クソ野郎」

 そう言い捨てて、俺は最後の力を振り絞ってライトに拳を向けた。
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