223 / 242
第16章 魔王は4人で倒すもの
第223話 ただ、殴りたかった
しおりを挟む
「本当……食えねえ奴」
セトが空いた片手を広げると、どこからともなく現れた三叉槍が手に収まった。
「どうだ? 同胞が次々と倒れる気持ちは」
三叉槍の切っ先が喉元に触れる。刺された喉元からツーと生温かい血が流れるのを感じるが、拭うことも、痛みを訴える気力もない。
セトは生と死の瀬戸際にいるというのに、命乞いどころか一言も喋らない俺がつまらないようだ。白けた顔をしながら、退屈そうに息を吐いた。
「興ざめだ。さっさと死ね」
ひんやりと冷めた口ぶりで告げられると、セトの手に力が籠った。
ああ、ここまでか。みんな、ごめん。
心の中で懺悔をし、静かに目を閉じる。けれども、いくら待ってもセトは俺を殺そうとしなかった。
おぼろげに目を開けると、なぜかセトが苦しそうに顔を歪めていた。やがてセトの手から三叉槍が滑り落ち、そしてついにはあれだけしっかり掴んでいたはずの俺の腕もはらりと手放した。
俺が地面に落ちた後も、セトは俺に見向きもせずに頭を抱え一人悶えもがいている。一体セトの身に何が起きているのか。訳がわからずに呆然としていると、そのうちセトはうなだれたまま完全に停止してしまった。
「……セト?」
セトの異変に、倒れていたはずのノアが徐に起き上がる。だが、旧友の声であっても、セトはピクリとも動かない。
暫時の沈黙が流れる。静かで緊張感が漂う空気感に固唾を飲む。
やがて、セトがゆっくりと顔を上げた。そこで俺は、ようやく状況を理解した──セトと戦っていたのが、俺たちだけではなかったということに。
「少しくらい……僕にもこいつを殴らせろ」
その声を間違えるはずがなかった。もう取り繕う気のない柔らかい口調。気取った「僕」という一人称。俺を小馬鹿にしたような眼差し。今、俺の目の前にいるこいつは──
「ライト?」
俺の弟、大館頼人だ。
その名を呼んだ途端、その場にいた誰もが唖然とした。同化の理屈はわからない。だが、今の今まで確かにセトが優勢だったはずだ。それなのに、いきなり人格がライトになった。いや、ライトに戻ったというべきか。
ライトがぼんやりと赤い空を仰いでいる。自分の体の感触を呼吸と肌で感じ取っているみたいだ。
「ライト……お前、無事なのか?」
おそるおそる尋ねると、ライトは俺の顔を見て呆れたようにため息をついた。
「無事な訳ないでしょ……今だって、あんたらを殺したくてうずうずしている」
そう言って頬を引き攣らすライトの額には冷や汗が流れていた。
剥き出しになったライトの胸元のコアがチカチカと光っている。まるで生命が宿っているような瞬きが、どことなく不気味に思えた。
ひょっとして、あのコアがライトに破壊衝動を与えているのか?
新たな可能性に思考が停止する。そんな俺を見て、ライトが面倒くさそうに舌打ちをする。
「早くしろよ……でないと、あんたも世界も壊しちまう」
徐に拳を構えたライトの姿勢で悟った。魔力もない。気力もない。今のこいつに残っているのは、拳だけ。
「ずっとこうして殴りたかったんだよね」
半笑いしながらライトが俺の顔面を殴る。しかし、たった一発でも今のライトには衝撃が耐えられず、その場で膝を突いて吐血した。
「ライト!?」
慌ててライトに手を伸ばすが、ライトは俺の手をパシッと払いのけた。
「人の心配している場合かよ」
ライトが俺を睨みつけながら、血がついた口を手の甲で拭う。きっと、セトが他人の体だからって酷使しただけで、本当はこいつも爆発を食らってボロボロだったのだろう。それでもこいつが今でも闘志を燃やしているのは、意気地とプライドのせいだ。
ライトは覚悟を決めている。俺も心積もりをしなければ。
「……やってやるよ、クソ野郎」
そう言い捨てて、俺は最後の力を振り絞ってライトに拳を向けた。
セトが空いた片手を広げると、どこからともなく現れた三叉槍が手に収まった。
「どうだ? 同胞が次々と倒れる気持ちは」
三叉槍の切っ先が喉元に触れる。刺された喉元からツーと生温かい血が流れるのを感じるが、拭うことも、痛みを訴える気力もない。
セトは生と死の瀬戸際にいるというのに、命乞いどころか一言も喋らない俺がつまらないようだ。白けた顔をしながら、退屈そうに息を吐いた。
「興ざめだ。さっさと死ね」
ひんやりと冷めた口ぶりで告げられると、セトの手に力が籠った。
ああ、ここまでか。みんな、ごめん。
心の中で懺悔をし、静かに目を閉じる。けれども、いくら待ってもセトは俺を殺そうとしなかった。
おぼろげに目を開けると、なぜかセトが苦しそうに顔を歪めていた。やがてセトの手から三叉槍が滑り落ち、そしてついにはあれだけしっかり掴んでいたはずの俺の腕もはらりと手放した。
俺が地面に落ちた後も、セトは俺に見向きもせずに頭を抱え一人悶えもがいている。一体セトの身に何が起きているのか。訳がわからずに呆然としていると、そのうちセトはうなだれたまま完全に停止してしまった。
「……セト?」
セトの異変に、倒れていたはずのノアが徐に起き上がる。だが、旧友の声であっても、セトはピクリとも動かない。
暫時の沈黙が流れる。静かで緊張感が漂う空気感に固唾を飲む。
やがて、セトがゆっくりと顔を上げた。そこで俺は、ようやく状況を理解した──セトと戦っていたのが、俺たちだけではなかったということに。
「少しくらい……僕にもこいつを殴らせろ」
その声を間違えるはずがなかった。もう取り繕う気のない柔らかい口調。気取った「僕」という一人称。俺を小馬鹿にしたような眼差し。今、俺の目の前にいるこいつは──
「ライト?」
俺の弟、大館頼人だ。
その名を呼んだ途端、その場にいた誰もが唖然とした。同化の理屈はわからない。だが、今の今まで確かにセトが優勢だったはずだ。それなのに、いきなり人格がライトになった。いや、ライトに戻ったというべきか。
ライトがぼんやりと赤い空を仰いでいる。自分の体の感触を呼吸と肌で感じ取っているみたいだ。
「ライト……お前、無事なのか?」
おそるおそる尋ねると、ライトは俺の顔を見て呆れたようにため息をついた。
「無事な訳ないでしょ……今だって、あんたらを殺したくてうずうずしている」
そう言って頬を引き攣らすライトの額には冷や汗が流れていた。
剥き出しになったライトの胸元のコアがチカチカと光っている。まるで生命が宿っているような瞬きが、どことなく不気味に思えた。
ひょっとして、あのコアがライトに破壊衝動を与えているのか?
新たな可能性に思考が停止する。そんな俺を見て、ライトが面倒くさそうに舌打ちをする。
「早くしろよ……でないと、あんたも世界も壊しちまう」
徐に拳を構えたライトの姿勢で悟った。魔力もない。気力もない。今のこいつに残っているのは、拳だけ。
「ずっとこうして殴りたかったんだよね」
半笑いしながらライトが俺の顔面を殴る。しかし、たった一発でも今のライトには衝撃が耐えられず、その場で膝を突いて吐血した。
「ライト!?」
慌ててライトに手を伸ばすが、ライトは俺の手をパシッと払いのけた。
「人の心配している場合かよ」
ライトが俺を睨みつけながら、血がついた口を手の甲で拭う。きっと、セトが他人の体だからって酷使しただけで、本当はこいつも爆発を食らってボロボロだったのだろう。それでもこいつが今でも闘志を燃やしているのは、意気地とプライドのせいだ。
ライトは覚悟を決めている。俺も心積もりをしなければ。
「……やってやるよ、クソ野郎」
そう言い捨てて、俺は最後の力を振り絞ってライトに拳を向けた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】
雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。
そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!
気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?
するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。
だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──
でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる