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第14章 旅立ちへ

第190話 ノアの退屈な話

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 三人の背中が小さくなった頃、俺はうんと背中を伸ばしてから切り株に腰を下ろした。

「──んで、私になんの用だ?」

 そう言いながらノアが俺の横に座る。ただし、もう猫ではなく、神の使いの姿となっていた。俺の考えは、もう奴には筒抜けだったようだ。

「いい加減教えてくれねえかなって思ってよ……セトって奴のことと、前任のこと」

 予想が的中したのだろう。ストレートに尋ねてもノアは表情一つ変えなかった。ただ、長いため息をつきながら、億劫そうに赤い空を見上げた。

「あいつは……元同僚だ」

「それは聞いた。俺が知りたいのはなんで神の使いが魔王《ライト》についてるのかってことだよ」

 単刀直入に聞く俺に、ノアが視線を向ける。ノアの長い髪が揺れ、彼女の顔に前髪がかかるが、その愁いを帯びた紺色の瞳は隠しきれていない。

 初めて見る彼女の哀愁に言葉を失っていると、やがてノアがガシガシと自分の長い髪を掻いた。

「まったく、どいつもこいつも人の気も知らないで『後釜』とか『前任』とか言って……」

 眉間にしわを寄せ、面倒くさそうに顔をしかめる表情は、もういつものノアだった。

「んで、前任ってどんな人よ」

「貴様、本当に遠慮がないな」

「ノアにだけは言われたくねえよ」

 言い返した言葉には無反応で、ノアは口元に手を当てながら何か考えていた。

「貴様の前任のことはよくわからん。なんせ私も一度しか会ってないからな。私から話せるのは──私の前任の話だ」

 いつになく真面目くさったノアに思わずこちらも身構えてしまう。けれどもノアは俺には見向きもせず、パタンとその場で寝転がって赤色の空を仰いだ。

「退屈な話だ。聞いたところで後悔するのではないぞ」

「……ああ、わかった」

 頷くと、ノアは長く息を吐いた後、静かに目をつぶった。まるで、昔のことを思い出しているようだった。

 ──ノアが徐に語り出す。俺の知らない、この世界のことを。


 ◆ ◆ ◆


 この世界の住民ではない貴様に、どこから話せばいいのやら。

 まず、神の使いも元は人間だった。

 現世で死んだ奴らの中で、神に選ばれた者が神の使いになる。この私も生前の功績が認められてエスメラルダ様の元に仕えることになった。信じられない? まあ、勝手に言っているがいい。

 ちなみに、生前の行いが悪い輩が魔界に落ちて魔物になると言われている。先ほどまで貴様らが話していた配下共の推理はあながち間違っちゃいないってことだ。

 それはさておき……晴れて神の使いになった私には同期がいた。それがセトと──マリアという私の実姉だ。

 エスメラルダ様は温厚な人ではあるが、神は神だ。神に仕える者はどいつもこいつも厳めしくて堅苦しい奴らばかりだった。だからこそ、私たちみたいな若僧が選ばれたのは異例中の異例だったらしく、あの中では浮いた存在だった。

 その中でもマリア姉さんは特に変わっていた。言葉を選ばずにいうと、ポンコツだった。

 神殿の内部を覚えられなくてしょっちゅう迷っていたし、何もないところでつまずいて転んでいたし、そのせいで運んでいた書物を廊下にぶちまけたこともあった。そのたびに顔を真っ赤にして「ごめんなさい! ごめんなさい!」と何度も謝っていた。手が焼ける奴だったから、他の神の使いからは「なんであんなのが選ばれたのだ」と言われていた。

 振り返ってみればみるほど、素朴な人だった。

 黄緑色のおさげ髪で、丸眼鏡をかけていて、性格も私と違うから「姉妹とは思えない」なんてよく言われた。けれどもあの人の笑顔を見ているとなぜか心が和らいで、どんなに威厳がある神の使いでも、彼女の前では自然と頬が綻んだ。

 風属性なこともあってか、彼女の周りにはいつも癒しの風が吹いていた気がした。ポンコツではあったが、不思議とあの人のことを嫌う奴はいなかった。

 そんなマリア姉さんが目をかけていたのがセトだった。

『こーら、セト君。またそんなところでサボって』

 セトがどんな場所でサボっていても、どういう訳かマリア姉さんにはすぐバレた。誰も近づかない神殿の裏にいようが、神殿の屋根の上にいようが、あの人はすぐにでもセトを見つけて持ち場に戻らせようとしていた。
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