149 / 242
第10話 貿易の街『カトミア』
第149話 ここを今日の宿とする
しおりを挟む
「……もしかして、人が多すぎて?」
「……そう、みたい」
手を合わせながらアンジェは申し訳なさそうに頭を下げる。それを知らしめるように辺りからはうるさいくらいの談笑が聞こえる。
それはそうだ。ただでさえ商人たちが来る『貿易の街』なのにそれに加えて傭兵や冒険者、ギルド員が来ているのだ。この街には人が溢れかえっている。それなら、宿が埋まっていてもおかしくない。おかしくないのだが……
「え? もしかして野宿?」
「嘘だろおい」
真っ青になる俺たちにアンジェは「う~ん」と締まりのない返事をする。そんな中、リオンは目をぱちくりとさせながらアンジェに言う。
「アンジェ君、あのおばあちゃんのこと話さないの?」
「おばあちゃん?」
――って、誰のこと?
読めない展開に戸惑っていると、アンジェは諦めたように息をついた。
「まあ……哀れな子羊たちを拾ってくれた女神様がいたってことよ」
その意味深な言い方に、俺もフーリも顔を合わせて首を傾げた。
◆ ◆ ◆
夕食後、俺たちはアンジェとリオンを先頭に繁華街を出た。
賑わう人波を抜け、ホテル街も抜け、街の奥へ奥へと歩いて行く。街の奥は先住民の住処らしく、ここまで行くと酒場で感じたあの嘘のように静かだった。
さらに奥へ行くと暗い海と砂場にたどり着いた。
ここは波止場の近くで、端には立派な灯台が設けられている。灯台は見上げるほど大きく、暗い海をまっすぐな光で照らしていた。灯台の中も明かりが点いているから、おそらく誰かが仕事をしているのだろう。こんな夜遅くまで仕事だなんて、頭が上がらない。
それにしても、こんなところまで来てしまったが、噂の「女神様」はどこへいるのだろうか。こんな波止場まで来てしまったら、家なんて砂浜に建った土壁の民家しかないのに――
と、思った矢先、リオンがその家のドアをコンコンッと叩いた。
「おばーちゃーん。来たよー」
リオンがドアに向かって声をあげる。少し待つと、家のドアがガチャリと開いた。出てきたのは丸まった背中の小柄なばあさんだった。
「おやおやリオン君。いらっしゃい。そちらがお連れさんかい?」
ばあさんは高く、掠れた声で俺たちを見上げる。とてもよぼよぼで、今にもぽっくりと逝きそうな感じの人だが、大丈夫なのだろうか。迷える子羊を導く女神というより、この人が女神様に天国に導かれそうなのだが。
「ごめんなさいねおばあさん。あたしたちだけで飽き足らず、レディーの家にこんなむさ苦しい男が二人も押しかけてしまって」
「いやいや、いいんだよ。むしろみんないい男じゃないかい。せめてわしが後ニ十歳若ければねえ」
「あらいやだ。おばあさんったら。褒めすぎよ」
アンジェは口元に手を当てながらクスクスと上品に笑っている。お取込み中申し訳ないのだが、こちらは未だに状況が呑み込めてない。あと、「むさ苦しい男」の中に俺も入ってるなど畜生。
半目になりながら二人の会話が終わるのを待っていると、リオンが「ねえねえ」とアンジェの服の袖を引っ張った。
「おばあちゃんに二人のこと言わなくていいの?」
「――そうね。そろそろ説明しましょうか」
と、アンジェは俺たちにばあさんが見えるように少し退いて、彼女を紹介した。
「今回泊まらせていただく家主のアイーダさん。灯台守さんよ」
「灯台守って……そこの?」
フーリが光り輝く灯台を指差すと、アイーダばあさんは「ホッホッホ」と目を細めて笑った。
「私がやっていたのは昔の話じゃよ。今は息子たちが継いでおる」
「んじゃ、今、灯台が光ってるのはばあさんの子供たちが?」
「そうじゃ。といっても、今の灯台になってからは住み込みで働いておるから部屋も余ってるんじゃよ」
そう言ってアイーダばあさんは誇らしげに灯台を見つめた。
「でも、よく俺たちが宿なしだってわかったな……」
「ああ、それはリオちゃんがね……」
素朴な疑問をぶつけると、アンジェが苦笑いしながらリオンを見下ろす。
「宿が取れないとわかった途端、リオちゃんがたまたま近くを通りかかった彼女に『泊めてください』って頼んだのよ」
「おお……なんてど直球な……」
これは相手がアイーダばあさんだったということと、言ったのがリオンじゃなかったら成立していなかっただろう。そして、おそらく俺が同じことを別の女性にやったら良くて平手打ちか、最悪牢屋にぶち込まれていた気がする。
「……そう、みたい」
手を合わせながらアンジェは申し訳なさそうに頭を下げる。それを知らしめるように辺りからはうるさいくらいの談笑が聞こえる。
それはそうだ。ただでさえ商人たちが来る『貿易の街』なのにそれに加えて傭兵や冒険者、ギルド員が来ているのだ。この街には人が溢れかえっている。それなら、宿が埋まっていてもおかしくない。おかしくないのだが……
「え? もしかして野宿?」
「嘘だろおい」
真っ青になる俺たちにアンジェは「う~ん」と締まりのない返事をする。そんな中、リオンは目をぱちくりとさせながらアンジェに言う。
「アンジェ君、あのおばあちゃんのこと話さないの?」
「おばあちゃん?」
――って、誰のこと?
読めない展開に戸惑っていると、アンジェは諦めたように息をついた。
「まあ……哀れな子羊たちを拾ってくれた女神様がいたってことよ」
その意味深な言い方に、俺もフーリも顔を合わせて首を傾げた。
◆ ◆ ◆
夕食後、俺たちはアンジェとリオンを先頭に繁華街を出た。
賑わう人波を抜け、ホテル街も抜け、街の奥へ奥へと歩いて行く。街の奥は先住民の住処らしく、ここまで行くと酒場で感じたあの嘘のように静かだった。
さらに奥へ行くと暗い海と砂場にたどり着いた。
ここは波止場の近くで、端には立派な灯台が設けられている。灯台は見上げるほど大きく、暗い海をまっすぐな光で照らしていた。灯台の中も明かりが点いているから、おそらく誰かが仕事をしているのだろう。こんな夜遅くまで仕事だなんて、頭が上がらない。
それにしても、こんなところまで来てしまったが、噂の「女神様」はどこへいるのだろうか。こんな波止場まで来てしまったら、家なんて砂浜に建った土壁の民家しかないのに――
と、思った矢先、リオンがその家のドアをコンコンッと叩いた。
「おばーちゃーん。来たよー」
リオンがドアに向かって声をあげる。少し待つと、家のドアがガチャリと開いた。出てきたのは丸まった背中の小柄なばあさんだった。
「おやおやリオン君。いらっしゃい。そちらがお連れさんかい?」
ばあさんは高く、掠れた声で俺たちを見上げる。とてもよぼよぼで、今にもぽっくりと逝きそうな感じの人だが、大丈夫なのだろうか。迷える子羊を導く女神というより、この人が女神様に天国に導かれそうなのだが。
「ごめんなさいねおばあさん。あたしたちだけで飽き足らず、レディーの家にこんなむさ苦しい男が二人も押しかけてしまって」
「いやいや、いいんだよ。むしろみんないい男じゃないかい。せめてわしが後ニ十歳若ければねえ」
「あらいやだ。おばあさんったら。褒めすぎよ」
アンジェは口元に手を当てながらクスクスと上品に笑っている。お取込み中申し訳ないのだが、こちらは未だに状況が呑み込めてない。あと、「むさ苦しい男」の中に俺も入ってるなど畜生。
半目になりながら二人の会話が終わるのを待っていると、リオンが「ねえねえ」とアンジェの服の袖を引っ張った。
「おばあちゃんに二人のこと言わなくていいの?」
「――そうね。そろそろ説明しましょうか」
と、アンジェは俺たちにばあさんが見えるように少し退いて、彼女を紹介した。
「今回泊まらせていただく家主のアイーダさん。灯台守さんよ」
「灯台守って……そこの?」
フーリが光り輝く灯台を指差すと、アイーダばあさんは「ホッホッホ」と目を細めて笑った。
「私がやっていたのは昔の話じゃよ。今は息子たちが継いでおる」
「んじゃ、今、灯台が光ってるのはばあさんの子供たちが?」
「そうじゃ。といっても、今の灯台になってからは住み込みで働いておるから部屋も余ってるんじゃよ」
そう言ってアイーダばあさんは誇らしげに灯台を見つめた。
「でも、よく俺たちが宿なしだってわかったな……」
「ああ、それはリオちゃんがね……」
素朴な疑問をぶつけると、アンジェが苦笑いしながらリオンを見下ろす。
「宿が取れないとわかった途端、リオちゃんがたまたま近くを通りかかった彼女に『泊めてください』って頼んだのよ」
「おお……なんてど直球な……」
これは相手がアイーダばあさんだったということと、言ったのがリオンじゃなかったら成立していなかっただろう。そして、おそらく俺が同じことを別の女性にやったら良くて平手打ちか、最悪牢屋にぶち込まれていた気がする。
10
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
おっさんの異世界建国記
なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる