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第10話 貿易の街『カトミア』
第149話 ここを今日の宿とする
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「……もしかして、人が多すぎて?」
「……そう、みたい」
手を合わせながらアンジェは申し訳なさそうに頭を下げる。それを知らしめるように辺りからはうるさいくらいの談笑が聞こえる。
それはそうだ。ただでさえ商人たちが来る『貿易の街』なのにそれに加えて傭兵や冒険者、ギルド員が来ているのだ。この街には人が溢れかえっている。それなら、宿が埋まっていてもおかしくない。おかしくないのだが……
「え? もしかして野宿?」
「嘘だろおい」
真っ青になる俺たちにアンジェは「う~ん」と締まりのない返事をする。そんな中、リオンは目をぱちくりとさせながらアンジェに言う。
「アンジェ君、あのおばあちゃんのこと話さないの?」
「おばあちゃん?」
――って、誰のこと?
読めない展開に戸惑っていると、アンジェは諦めたように息をついた。
「まあ……哀れな子羊たちを拾ってくれた女神様がいたってことよ」
その意味深な言い方に、俺もフーリも顔を合わせて首を傾げた。
◆ ◆ ◆
夕食後、俺たちはアンジェとリオンを先頭に繁華街を出た。
賑わう人波を抜け、ホテル街も抜け、街の奥へ奥へと歩いて行く。街の奥は先住民の住処らしく、ここまで行くと酒場で感じたあの嘘のように静かだった。
さらに奥へ行くと暗い海と砂場にたどり着いた。
ここは波止場の近くで、端には立派な灯台が設けられている。灯台は見上げるほど大きく、暗い海をまっすぐな光で照らしていた。灯台の中も明かりが点いているから、おそらく誰かが仕事をしているのだろう。こんな夜遅くまで仕事だなんて、頭が上がらない。
それにしても、こんなところまで来てしまったが、噂の「女神様」はどこへいるのだろうか。こんな波止場まで来てしまったら、家なんて砂浜に建った土壁の民家しかないのに――
と、思った矢先、リオンがその家のドアをコンコンッと叩いた。
「おばーちゃーん。来たよー」
リオンがドアに向かって声をあげる。少し待つと、家のドアがガチャリと開いた。出てきたのは丸まった背中の小柄なばあさんだった。
「おやおやリオン君。いらっしゃい。そちらがお連れさんかい?」
ばあさんは高く、掠れた声で俺たちを見上げる。とてもよぼよぼで、今にもぽっくりと逝きそうな感じの人だが、大丈夫なのだろうか。迷える子羊を導く女神というより、この人が女神様に天国に導かれそうなのだが。
「ごめんなさいねおばあさん。あたしたちだけで飽き足らず、レディーの家にこんなむさ苦しい男が二人も押しかけてしまって」
「いやいや、いいんだよ。むしろみんないい男じゃないかい。せめてわしが後ニ十歳若ければねえ」
「あらいやだ。おばあさんったら。褒めすぎよ」
アンジェは口元に手を当てながらクスクスと上品に笑っている。お取込み中申し訳ないのだが、こちらは未だに状況が呑み込めてない。あと、「むさ苦しい男」の中に俺も入ってるなど畜生。
半目になりながら二人の会話が終わるのを待っていると、リオンが「ねえねえ」とアンジェの服の袖を引っ張った。
「おばあちゃんに二人のこと言わなくていいの?」
「――そうね。そろそろ説明しましょうか」
と、アンジェは俺たちにばあさんが見えるように少し退いて、彼女を紹介した。
「今回泊まらせていただく家主のアイーダさん。灯台守さんよ」
「灯台守って……そこの?」
フーリが光り輝く灯台を指差すと、アイーダばあさんは「ホッホッホ」と目を細めて笑った。
「私がやっていたのは昔の話じゃよ。今は息子たちが継いでおる」
「んじゃ、今、灯台が光ってるのはばあさんの子供たちが?」
「そうじゃ。といっても、今の灯台になってからは住み込みで働いておるから部屋も余ってるんじゃよ」
そう言ってアイーダばあさんは誇らしげに灯台を見つめた。
「でも、よく俺たちが宿なしだってわかったな……」
「ああ、それはリオちゃんがね……」
素朴な疑問をぶつけると、アンジェが苦笑いしながらリオンを見下ろす。
「宿が取れないとわかった途端、リオちゃんがたまたま近くを通りかかった彼女に『泊めてください』って頼んだのよ」
「おお……なんてど直球な……」
これは相手がアイーダばあさんだったということと、言ったのがリオンじゃなかったら成立していなかっただろう。そして、おそらく俺が同じことを別の女性にやったら良くて平手打ちか、最悪牢屋にぶち込まれていた気がする。
「……そう、みたい」
手を合わせながらアンジェは申し訳なさそうに頭を下げる。それを知らしめるように辺りからはうるさいくらいの談笑が聞こえる。
それはそうだ。ただでさえ商人たちが来る『貿易の街』なのにそれに加えて傭兵や冒険者、ギルド員が来ているのだ。この街には人が溢れかえっている。それなら、宿が埋まっていてもおかしくない。おかしくないのだが……
「え? もしかして野宿?」
「嘘だろおい」
真っ青になる俺たちにアンジェは「う~ん」と締まりのない返事をする。そんな中、リオンは目をぱちくりとさせながらアンジェに言う。
「アンジェ君、あのおばあちゃんのこと話さないの?」
「おばあちゃん?」
――って、誰のこと?
読めない展開に戸惑っていると、アンジェは諦めたように息をついた。
「まあ……哀れな子羊たちを拾ってくれた女神様がいたってことよ」
その意味深な言い方に、俺もフーリも顔を合わせて首を傾げた。
◆ ◆ ◆
夕食後、俺たちはアンジェとリオンを先頭に繁華街を出た。
賑わう人波を抜け、ホテル街も抜け、街の奥へ奥へと歩いて行く。街の奥は先住民の住処らしく、ここまで行くと酒場で感じたあの嘘のように静かだった。
さらに奥へ行くと暗い海と砂場にたどり着いた。
ここは波止場の近くで、端には立派な灯台が設けられている。灯台は見上げるほど大きく、暗い海をまっすぐな光で照らしていた。灯台の中も明かりが点いているから、おそらく誰かが仕事をしているのだろう。こんな夜遅くまで仕事だなんて、頭が上がらない。
それにしても、こんなところまで来てしまったが、噂の「女神様」はどこへいるのだろうか。こんな波止場まで来てしまったら、家なんて砂浜に建った土壁の民家しかないのに――
と、思った矢先、リオンがその家のドアをコンコンッと叩いた。
「おばーちゃーん。来たよー」
リオンがドアに向かって声をあげる。少し待つと、家のドアがガチャリと開いた。出てきたのは丸まった背中の小柄なばあさんだった。
「おやおやリオン君。いらっしゃい。そちらがお連れさんかい?」
ばあさんは高く、掠れた声で俺たちを見上げる。とてもよぼよぼで、今にもぽっくりと逝きそうな感じの人だが、大丈夫なのだろうか。迷える子羊を導く女神というより、この人が女神様に天国に導かれそうなのだが。
「ごめんなさいねおばあさん。あたしたちだけで飽き足らず、レディーの家にこんなむさ苦しい男が二人も押しかけてしまって」
「いやいや、いいんだよ。むしろみんないい男じゃないかい。せめてわしが後ニ十歳若ければねえ」
「あらいやだ。おばあさんったら。褒めすぎよ」
アンジェは口元に手を当てながらクスクスと上品に笑っている。お取込み中申し訳ないのだが、こちらは未だに状況が呑み込めてない。あと、「むさ苦しい男」の中に俺も入ってるなど畜生。
半目になりながら二人の会話が終わるのを待っていると、リオンが「ねえねえ」とアンジェの服の袖を引っ張った。
「おばあちゃんに二人のこと言わなくていいの?」
「――そうね。そろそろ説明しましょうか」
と、アンジェは俺たちにばあさんが見えるように少し退いて、彼女を紹介した。
「今回泊まらせていただく家主のアイーダさん。灯台守さんよ」
「灯台守って……そこの?」
フーリが光り輝く灯台を指差すと、アイーダばあさんは「ホッホッホ」と目を細めて笑った。
「私がやっていたのは昔の話じゃよ。今は息子たちが継いでおる」
「んじゃ、今、灯台が光ってるのはばあさんの子供たちが?」
「そうじゃ。といっても、今の灯台になってからは住み込みで働いておるから部屋も余ってるんじゃよ」
そう言ってアイーダばあさんは誇らしげに灯台を見つめた。
「でも、よく俺たちが宿なしだってわかったな……」
「ああ、それはリオちゃんがね……」
素朴な疑問をぶつけると、アンジェが苦笑いしながらリオンを見下ろす。
「宿が取れないとわかった途端、リオちゃんがたまたま近くを通りかかった彼女に『泊めてください』って頼んだのよ」
「おお……なんてど直球な……」
これは相手がアイーダばあさんだったということと、言ったのがリオンじゃなかったら成立していなかっただろう。そして、おそらく俺が同じことを別の女性にやったら良くて平手打ちか、最悪牢屋にぶち込まれていた気がする。
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