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第7章 流浪人とエルフの子
第122話 この一言に凝縮した
しおりを挟む『……あとは、頼んだからね』
不意に、親父の最期の言葉が脳裏によぎる。親父は、自分がこうなることがわかっていたのだろうか。だから、俺にこんな言葉を残したのだろうか。今となってはわからない。
いろんな考えを巡らせているうちに、里についてしまった。
親父の遺体を担いで里の中を歩いても、みんな何も言わなかった。その沈黙こそが、彼らの出した答えのような気がした。
だから、俺も何も言わないで俺の母親が眠る場所まで親父を連れて行った。
――親父を埋葬できた頃には、もう空は橙色に染まっていた。
「ただいま」
そう言って何食わぬ顔で帰ったつもりだったが、オリビアは俺を見て絶句した。
「……ジャンさんは?」
おそるおそる尋ねるオリビアに、俺は黙って首を横に振った。
「……見つかんなかった」
それだけ言うと、彼女は「そう……」とこうべを垂らした。
しかし、彼女のことだから多分何も言わなくてもわかっていると思った。俺の泥だらけの手と親父の血が付着した服を見たら、考えられるのは一つだけだ。
「……つらい役目をさせて、本当にごめんね」
そう言って、オリビアは俺の背中に腕をまわし、優しく抱きしめた。それが、初めて見せた彼女の涙で、俺が初めて彼女についた嘘だった。
親父が死んでから、オリビアは飲み食いできないほど衰弱し、最後にはリオンを抱くことすらもできなかった。
リオンが布団の上に乗るようになったのはその頃だった。俺も最初はオリビアの上に乗るリオンを引き離そうとしたが、オリビアのほうから「リオンのそばにいられるから」とそれを拒んだ。
――彼女の人生最期の日も、リオンは彼女の上に乗ってじっと母親を見つめていた。
「あんた……死ぬのか?」
死にゆくオリビアに問いただすと、彼女は何も言わず、うっすらと笑った。
「ごめんね、リオン……ごめんね、ライザ君……」
掠れた声で、オリビアは何度も俺たちに謝った。謝るのは、むしろ俺のほうなのに。
皮肉なものだ。人間はたくさんのエルフを殺したが、彼女を殺したのは間違いなくエルフの俺たちだ。
こんなところに来なかったら、もっと彼女は生きられただろう。けれども彼女は、最後までエルフを恨まず死んでいった。それが俺には理解できなかった。こんなにも里のみんなには虐げられ、あんなにも愛していた人を殺され、どうしてこの最期のひと時でさえ、彼女の心はここまで綺麗でいられるのだろう。
彼女の息が絶え絶えになる。もう、彼女はリオンの重みですら耐えられなさそうだ。
そっとリオンを下ろすと、彼は不思議そうな顔で俺を見ていた。幼い彼はオリビアが死ぬことがわかっていないのだろう。無垢で、哀れな弟だ。
やる瀬なさが全面的に出ていたのだろうか、オリビアは最後の力を振り絞って、そっと俺の頬に手を伸ばした。
「……そんな顔、しなくても大丈夫」
そうやって、彼女は優しく微笑んだ。自分の命は今まさに終わりを告げようとしているのに。俺にも、リオンにも、会えなくなるというのに。
俺の頬に触れた彼女の手は、氷のように冷たかった。
彼女の手を握ると、リオンも真似をして彼女の手のひらに小さな手を伸ばした。
そんな俺たちを見て、オリビアは微笑ましそうに口角を上げた。だが、彼女の大きな瞳からは、大粒の涙が流れ出ていた。きっと、彼女も自分の「最期」を悟っていたのだろうと思った。
彼女はもう目を開ける力も残っておらず、声だって囁く程度で今にも消えそうだった。それでも彼女が残す最後の言葉だから、俺は口を噤んだまま小さく頷いた。
そして、彼女は静かに微笑んで、そっと俺たちに告げた。
「ライザ君……リオン……忘れないで……この世界は広くて……美しい……私が見た世界を……君たちにも、見せてあげたいくらいに――」
――それだけ言って、オリビアは眠りにつくように息を引き取った。
動かない彼女をリオンは目をパチクリとさせながら見つめていた。そんなリオンの頭を優しく撫でながら、俺は後ろからそっと彼の背中を抱きしめた。
「……さよなら、母さん」
無意識にこぼれたその言葉は、信じられないほど震えていて、とても情けなかった。
ただ、どんなに視界が涙で歪んでも、眠るオリビアの安らかで優しい死に顔ははっきりと見えていた。
――これが、里に来た人間・オリビアと、彼女に運命を変えられた哀れな男たちの話。
全てを話終えた頃には持っている煙草もほとんど灰になっており、体も夜風で完全に冷え切っていた。
それでもムギトとかいう人間は、ただ黙って俺の話を聞いていた。
そして最後まで聞いた奴は深い息を吐き、険しい顔で俺にこう言った。
「重てぇし、話が長えよこの野郎」
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