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第5章 『死の森』へ
第77話 到着、『ザラクの森』
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「お、終わった……」
この辛勝に俺は崩れるようにひざまずいた。その隣でアンジェも剣を支えに座り込む。
「大丈夫かお前ら」
フーリが心配そうに見つめるが、疲れただけで怪我はしていない。あれだけ矢を打たれて一本も当たらなかったのは奇跡と言えよう。
「お疲れ、アンジェ……」
「ムギちゃんもナイスファイト。でも、思ったより手こずっちゃったわね……」
額の汗を手で拭いながら、アンジェは苦笑する。怪我はしなかったとはいえ、この苦戦具合は情けない。まだ『ザラクの森』にもたどり着いていないのに、こんな調子では先が思いやられる。
けれども、この戦いも何も悪いことばかりではなかった。
ふと先を見ると、馬車の進行方向から生い茂った針葉樹が覗いていた。
「今のでめちゃくちゃスピードを上げたからな……予定よりだいぶ早まってるぜ」
低いトーンでフーリが呟く。
こんなに爽やかで過ごしやすい気候なのに、あの森の辺りだけ霧がかり、不吉な雰囲気を放っている。説明がなくてもわかる。あれが『ザラクの森』だろう。
いざダンジョンを目の当たりにすると、途端に緊張してきた。それはアンジェも同じ気持ちのようで彼の表情も強張っている。
それでもセントリーヌの歩みは止まらない。そこから二十分くらい馬車を走らせると、ついに森の入り口までたどり着いた。
昼間なのに霧のせいでこの森の中だけ数十メートル先も見えないくらい薄暗かった。遠くでも感じていた奇怪な空気感だったが、ここまで近づくと別世界のようだ。「死霊の森」と呼ばれるだけはある。
あまりの禍々しさに絶句していると、先にアンジェが馬車から飛び降りた。
「ありがとフーリ。ちゃんと戻れそう?」
「まあな。けど多分移動魔法使ったらそれで魔力切れるだろうよ。帰ったら集会所の復興作業をしようかと思ったけど……それは他の連中に任せることにするわ」
二人がそんな会話をしている間に、俺も意を決して馬車から降りる。
「フーリのおかげで助かったよ。セントリーヌもありがとな」
礼を言いながらセントリーヌの額を撫でると、彼女も嬉しそうに「ブルッ……」と喉を震わせた。
そんな俺たちを見て、フーリがふうっと息をつく。
「あとはお前らがセリナを助けてくれれば万事解決だな」
「フフッ……上手く行くことを祈ってて」
「ああ……でも、俺は信じてる。頼んだぜ、勇者さんたち」
そう言ってフーリはニッと口角を上げる。だが、その表情からは疲労が見えており、彼の体力に限界が近づいていることが伝わってしまった。
「……無理しないで。あなたも戻ったらゆっくり休んでちょうだい」
優しいアンジェの言葉に、フーリは「そうするわ」と力なく笑う。
「じゃーなお前ら。死ぬんじゃねえぞ」
最後にそう言葉を残したフーリは、残された魔力で風の渦を出し、そのまま馬車諸共消えた。
フーリが残した風が俺とアンジェの髪を静かに靡かせる。
その後ろでは鳥の魔物が鳴き声をあげてバサバサと森から羽ばたいていた。
恐る恐る振り返った先の看板にはしっかりと『ザラクの森』と書かれている。しかし、その看板もボロボロで、余計に不気味さを引き立ていた。だが、もう後には退けない。
「大丈夫? 足震えてるわよ?」
「む、武者震いだよ……」
強がってみるが、この震えが武者震いではないことは自分が一番よくわかっていた。
そんな俺を見て、アンジェは「そう」と言いながらもおかしそうに笑う。だが、その笑みも彼が森に顔を向けた時には消えていた。
「……行きましょう。セリちゃんが待ってるわ」
「ああ……」
己を奮い立てながら、俺とアンジェはついに森の中へと足を踏み入れる。
そんな俺たちの背中を押すように、冷たい風はそっと森の奥へと流れて行った。
この辛勝に俺は崩れるようにひざまずいた。その隣でアンジェも剣を支えに座り込む。
「大丈夫かお前ら」
フーリが心配そうに見つめるが、疲れただけで怪我はしていない。あれだけ矢を打たれて一本も当たらなかったのは奇跡と言えよう。
「お疲れ、アンジェ……」
「ムギちゃんもナイスファイト。でも、思ったより手こずっちゃったわね……」
額の汗を手で拭いながら、アンジェは苦笑する。怪我はしなかったとはいえ、この苦戦具合は情けない。まだ『ザラクの森』にもたどり着いていないのに、こんな調子では先が思いやられる。
けれども、この戦いも何も悪いことばかりではなかった。
ふと先を見ると、馬車の進行方向から生い茂った針葉樹が覗いていた。
「今のでめちゃくちゃスピードを上げたからな……予定よりだいぶ早まってるぜ」
低いトーンでフーリが呟く。
こんなに爽やかで過ごしやすい気候なのに、あの森の辺りだけ霧がかり、不吉な雰囲気を放っている。説明がなくてもわかる。あれが『ザラクの森』だろう。
いざダンジョンを目の当たりにすると、途端に緊張してきた。それはアンジェも同じ気持ちのようで彼の表情も強張っている。
それでもセントリーヌの歩みは止まらない。そこから二十分くらい馬車を走らせると、ついに森の入り口までたどり着いた。
昼間なのに霧のせいでこの森の中だけ数十メートル先も見えないくらい薄暗かった。遠くでも感じていた奇怪な空気感だったが、ここまで近づくと別世界のようだ。「死霊の森」と呼ばれるだけはある。
あまりの禍々しさに絶句していると、先にアンジェが馬車から飛び降りた。
「ありがとフーリ。ちゃんと戻れそう?」
「まあな。けど多分移動魔法使ったらそれで魔力切れるだろうよ。帰ったら集会所の復興作業をしようかと思ったけど……それは他の連中に任せることにするわ」
二人がそんな会話をしている間に、俺も意を決して馬車から降りる。
「フーリのおかげで助かったよ。セントリーヌもありがとな」
礼を言いながらセントリーヌの額を撫でると、彼女も嬉しそうに「ブルッ……」と喉を震わせた。
そんな俺たちを見て、フーリがふうっと息をつく。
「あとはお前らがセリナを助けてくれれば万事解決だな」
「フフッ……上手く行くことを祈ってて」
「ああ……でも、俺は信じてる。頼んだぜ、勇者さんたち」
そう言ってフーリはニッと口角を上げる。だが、その表情からは疲労が見えており、彼の体力に限界が近づいていることが伝わってしまった。
「……無理しないで。あなたも戻ったらゆっくり休んでちょうだい」
優しいアンジェの言葉に、フーリは「そうするわ」と力なく笑う。
「じゃーなお前ら。死ぬんじゃねえぞ」
最後にそう言葉を残したフーリは、残された魔力で風の渦を出し、そのまま馬車諸共消えた。
フーリが残した風が俺とアンジェの髪を静かに靡かせる。
その後ろでは鳥の魔物が鳴き声をあげてバサバサと森から羽ばたいていた。
恐る恐る振り返った先の看板にはしっかりと『ザラクの森』と書かれている。しかし、その看板もボロボロで、余計に不気味さを引き立ていた。だが、もう後には退けない。
「大丈夫? 足震えてるわよ?」
「む、武者震いだよ……」
強がってみるが、この震えが武者震いではないことは自分が一番よくわかっていた。
そんな俺を見て、アンジェは「そう」と言いながらもおかしそうに笑う。だが、その笑みも彼が森に顔を向けた時には消えていた。
「……行きましょう。セリちゃんが待ってるわ」
「ああ……」
己を奮い立てながら、俺とアンジェはついに森の中へと足を踏み入れる。
そんな俺たちの背中を押すように、冷たい風はそっと森の奥へと流れて行った。
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