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第4章 ギルド、崩壊

第61話 神官様は偉い人

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「くそっ。舐めやがって!」

 舌打ち交じりで腰元に差した短剣を取り出す。まあ、よくもこういかにも「小物」というセリフをつらつらと出てくるものだ。しかし、アンジェは武器がないし、俺もここでバトルフォークを出して戦うのは抵抗がある。俺も本気でやるか。

 そう思って拳を構えた時、後ろから「どうした?」と野太い男の声が聞こえた。

 振り返ると、ミドリーさんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「あら、ミドリー神官。ごきげんよう」

「こんちは」

 アンジェと一緒にミドリーさんに挨拶をする。すると、荒くれ共は「神官!?」と二人揃って声を裏返した。

「ずらかるぞ!」

「おうよ!」

 それを合図に二人ともすたこらと尻尾を巻いて逃げ出す。これにはミドリーさんもぽかんとしていたが、その場にいたアンジェやダルマンさんは安堵したようにため息をついた。

「ちょうどいいタイミングで助かりました」

「お、おう。なんだ、トラブルでもあったのか?」

「ええ。ちょっと場を荒らす奴がいただけで」

 ダルマンさんと被害者の商人がミドリーさんに状況を説明する。ミドリーさんは困ったように「うーん」と唸っていたが、すぐに「あい、わかった」と頷いた。

「教会からも注意喚起されているかもしれん。私も構えておくよ」

「た、助かります」

 商人がへこへことミドリーさんに頭を下げる。それにしても、どうしてあの荒くれ共はミドリーさんを見ただけで逃げて行ったのだろうか。いや、あれだけ筋肉隆々だと逃げたくもなるか。

 そう思っていたら、ノアがポンッと俺の肩の上に乗ってきた。

「神の声を聞ける神官は罪を裁く仕事もしているからな。あの輩もそれで逃げたのだろう」

「え、そんなこともやってるのか? 神官ってめっちゃ忙しいな」

「まあ、貴様らの世界と違って、この世界は人間同士の争いや事件はほとんどないからな。ああいう荒くれも珍しいものよ。なんせ、この世界の者は『神に見守られている』と信じている輩ばかりだ。神の前で悪さなんて恐れ多いことできないと思っているのだよ」

 この世界には天界があり、そこで神が人間を見守っているとされている。

 彼らが元々持っている魔法もスキルも神の授かり物だ。だからこの世界では神が一番偉いとされていて、神の声を聞ける神官も崇高な人とされている。罪を裁ける数少ない人だ。だから荒くれ共も彼が神官と知った途端逃げたのだろう。

「……てことは、神の使いであるお前って世界で二番目に偉いってこと?」

「そういうことだ。敬いたまえ、クソガキ」

「クッ……信じられねえ」

 ドヤ顔するノアに思わず渋面する。

 そうしている間もミドリーさんたちの会話は続いていた。本来なら軽々しく話しかけてはいけないような人なのだろうが、彼のあの気さくな性格が人々の距離感を縮めているのだろう。

「ところで神官様は何をお求めで?」

「こんなところでお会いするなんて、珍しいですよね」

「ああ。再来週に教会の会合があってね。その準備だ。数日日を開けることになるが、よろしく頼むよ」

「え、ミドリーさんがいなかったら怪我をした時どうすればいいんだ?」

 ふとした疑問に思わず口を挟む。すると、ミドリーさんは「はっはっは」と豪快に笑った。

「安心したまえ。こちらには優秀な薬師であるシスター・モネがいる。怪我をしたら彼女を頼ると良い」

 教会のシスターは神官の補助役。こうして不在時に彼らの代わりに回復をしてくれるのだそうだ。薬師は「薬草使い」とも呼ばれ、薬を調合して回復薬や解毒剤を作る人のことを言う。なお、教会の裏には彼女の農園があるのだとか。

「でも、シスター・モネもお忙しいから、こちらもクーラの水を確保しないと」

「その時はこっちも材料確保しとくぜ」

「ええ、お任せください」

 ダルマンさんたち商人組がグッと親指を立てる。なるほど、この世界の人はこうして助け合いながら生活しているのだろうな。争いも少ない平和的な世界だ――魔王のことを除けば。

「神官たちの会合か……魔王の復活とかぶらなければいいな」

 ノアが不吉な言葉を呟く。「それをフラグと言うのだ」と言いたかったが、彼女の顔がいつになく真剣だったので何も言えなかった。

 何事もなければいい。そんな俺の願いなどをよそに、ミドリーさんたちは楽しげに談笑をしていた。
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