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第3章 青年剣士の過日
第56話 清い心、汚れる感情
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胸が痛む展開にやりきれない虚しさに襲われる。同時に魔王の配下に強い憤りを感じた。アンジェの家族をこんなにして、セリナを悲しませて、アンジェを苦しませて……それなのに、アンジェに慰めの言葉が浮かばない。そんな無力な自分が一番ムカついた。
「……そんな顔しないで」
小さくうずくまるアンジェが、顔だけこちらに向けて優しく笑う。けれどもその声は今にも消えそうで、彼がとても儚く見えた。
――これが、たった半年前の話。
だが、俺といる時のアンジェは悲しい素振りを何一つ見せることなく、俺に新設に振舞ってくれた。本当なら、泣いたり、喚いたりしてもいいくらいつらい出来事のはずだ。
それなのにアンジェは――……。
「……お前、凄いよ。俺なら、きっと耐えられない」
本音が漏れると、アンジェが静かに首を横に振った。
「あたしだって耐えられてないわ……だからギルドに入ったんだもの」
「ギルドに?」
訊き返すとアンジェはコクリと頷いた。
「セリちゃんと結託してね、魔王の配下の討伐のクエストを受けていたの。魔王の配下を倒していけばそのうち魔王本体にありつけると思ったからね……でも、だめだった」
アンジェは膝を曲げ、両腕で抱え込んで小さく背中を丸めた。泣いているような気がしたが、顔を上げないのは彼の意地のように見えた。
けれども彼は涙声になりながらも俺に告げた。
「二人を殺した魔物はもういないのに、魔王の配下を見るたびに憎しみが湧き出るの。そうなったら自分でも止められなくて、殺意に身を任せてなりふり構わず奴らを切り殺す。それを繰り返していくうちに自分の心がどんどん醜くなる――もう、あたしもあの頃のあたしじゃいられなくなってるの」
俯くアンジェの体が小さく震えっていた。これこそが、アンジェの本心なんだと心の底から感じた。
きっと、誰にも言えなかったのだ。ミドリーさんにも、セリナにも。
自分が復讐に取り憑かれて、もう戻れなくなっているのがわかっているから。
「……俺を置いて行ったのも、それが理由か?」
この前までアンジェが一人でクエストはおそらく魔王の配下の討伐という内容だったのだろう。俺を連れていかなかったのは、俺が足手纏いというだけではない。誰にも見られることなく、一人でクエストを熟したかったのだ。
そう尋ねると、アンジェは首を縦に振って肯定した。
「……あなたたちの前でくらい、清らかな自分でいたいじゃない」
アンジェが力なくそう答えると、俯いてくしゃっと前髪を潰した。
そんなアンジェの姿がとても痛ましい。
彼は一人で戦っていた。孤独と、憎しみと、淀めく感情と。魔王の配下に会うたびにそれらの思いを奴らにぶつけていたのだ。魔王の配下と、会うたびに――
そう、自分の中で反芻した時、初めてアンジェと出会った時の記憶が脳裏に浮かんだ。確かにルソードに対しては憎悪を剥き出すような鋭い眼差しになっていた。
だが、それだけだ。
『……大丈夫? お兄さん』
アンジェの艶やかで、優しい微笑みが甦る。少なくとも、俺にとって彼は勇ましくて慈愛に満ちた青年だった。
「安心しろアンジェ……確かにルソードに対する怒りは感じてたけど、その後俺に向けてくれた眼差しは全然濁ってなかったよ」
「え?」
アンジェが素っ頓狂な声を出して顔を上げる。
露わになった切れ長の両眼は涙で濡れていた。だから敢えて笑みを浮かべ、力強く彼に言った。
「……アンジェの心は、汚れてなんかない」
はっきりと言い切った俺にアンジェは驚いたように目を瞠った。だが、すぐに小さく頬を綻ばせ、静かに俺に返した。
「……そういうこと言ってくれるの、ムギちゃんだけよ」
そう言ってアンジェが目を細めた時に涙が頬を伝った。だが、その表情は心の底から安堵しているように見えた。
「……そんな顔しないで」
小さくうずくまるアンジェが、顔だけこちらに向けて優しく笑う。けれどもその声は今にも消えそうで、彼がとても儚く見えた。
――これが、たった半年前の話。
だが、俺といる時のアンジェは悲しい素振りを何一つ見せることなく、俺に新設に振舞ってくれた。本当なら、泣いたり、喚いたりしてもいいくらいつらい出来事のはずだ。
それなのにアンジェは――……。
「……お前、凄いよ。俺なら、きっと耐えられない」
本音が漏れると、アンジェが静かに首を横に振った。
「あたしだって耐えられてないわ……だからギルドに入ったんだもの」
「ギルドに?」
訊き返すとアンジェはコクリと頷いた。
「セリちゃんと結託してね、魔王の配下の討伐のクエストを受けていたの。魔王の配下を倒していけばそのうち魔王本体にありつけると思ったからね……でも、だめだった」
アンジェは膝を曲げ、両腕で抱え込んで小さく背中を丸めた。泣いているような気がしたが、顔を上げないのは彼の意地のように見えた。
けれども彼は涙声になりながらも俺に告げた。
「二人を殺した魔物はもういないのに、魔王の配下を見るたびに憎しみが湧き出るの。そうなったら自分でも止められなくて、殺意に身を任せてなりふり構わず奴らを切り殺す。それを繰り返していくうちに自分の心がどんどん醜くなる――もう、あたしもあの頃のあたしじゃいられなくなってるの」
俯くアンジェの体が小さく震えっていた。これこそが、アンジェの本心なんだと心の底から感じた。
きっと、誰にも言えなかったのだ。ミドリーさんにも、セリナにも。
自分が復讐に取り憑かれて、もう戻れなくなっているのがわかっているから。
「……俺を置いて行ったのも、それが理由か?」
この前までアンジェが一人でクエストはおそらく魔王の配下の討伐という内容だったのだろう。俺を連れていかなかったのは、俺が足手纏いというだけではない。誰にも見られることなく、一人でクエストを熟したかったのだ。
そう尋ねると、アンジェは首を縦に振って肯定した。
「……あなたたちの前でくらい、清らかな自分でいたいじゃない」
アンジェが力なくそう答えると、俯いてくしゃっと前髪を潰した。
そんなアンジェの姿がとても痛ましい。
彼は一人で戦っていた。孤独と、憎しみと、淀めく感情と。魔王の配下に会うたびにそれらの思いを奴らにぶつけていたのだ。魔王の配下と、会うたびに――
そう、自分の中で反芻した時、初めてアンジェと出会った時の記憶が脳裏に浮かんだ。確かにルソードに対しては憎悪を剥き出すような鋭い眼差しになっていた。
だが、それだけだ。
『……大丈夫? お兄さん』
アンジェの艶やかで、優しい微笑みが甦る。少なくとも、俺にとって彼は勇ましくて慈愛に満ちた青年だった。
「安心しろアンジェ……確かにルソードに対する怒りは感じてたけど、その後俺に向けてくれた眼差しは全然濁ってなかったよ」
「え?」
アンジェが素っ頓狂な声を出して顔を上げる。
露わになった切れ長の両眼は涙で濡れていた。だから敢えて笑みを浮かべ、力強く彼に言った。
「……アンジェの心は、汚れてなんかない」
はっきりと言い切った俺にアンジェは驚いたように目を瞠った。だが、すぐに小さく頬を綻ばせ、静かに俺に返した。
「……そういうこと言ってくれるの、ムギちゃんだけよ」
そう言ってアンジェが目を細めた時に涙が頬を伝った。だが、その表情は心の底から安堵しているように見えた。
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