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第1章 異世界《エムメルク》の歩き方

第17話 魔力がなくてよかったね

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「え、ちょっと待て! 魔力を探るってこんな感じ!?」

 うろたえる俺とは裏腹にアンジェは「大丈夫大丈夫」と俺をなだめてくる。

 しかし、その言葉をよそにミドリーさんに掴まれた頭はどんどん締めつけられていく。
 これ、本当に大丈夫だろうか。これで【赤子の悪魔ベビー・サタン】とバレたらそのまま頭を握りつぶされるとかないだろうか。

 肩を竦み上げながらチラッとミドリーさんを見ると、ミドリーさんは目を閉じて神経を集中させていた。

 手には力が込められているが、指一本も動かない。そんな真剣に探られるとやられているこっちまで緊張してくる。

 ビクビクと怯えながらも、ミドリーさんが終わるのを待つ。

 しばらくするとミドリーさんは静かに目を開けた。そして、浮かない顔で深くため息をつく。

「すまない……何もわからなかった」

「え? あ、はい。了解っす?」

 その答えに気が抜けてしまって自分でもよくわからない返しをしてしまった。だが、ミドリーさんの表情は深刻で、あごに手を当てながら「うーむ」と唸っている。

「今まで何人もの魔力を探ってきたが、こんなに探れなかったのは初めてだ……これは、どういうことだ」

 難しい顔になるミドリーさんだが、多分、答えは単純だ。なんせ俺の魔力は「三」しかない。ミドリーさんでも探ることができない少なさなのだろう――悲しいこと言わせんなこの野郎。

 自分のツッコミにちょっと不貞腐れながらノアを見る。すると、奴は目が合った途端、にやりと笑った。こうなることがわかっていたから何もやらなかったのだな。ムカつく野郎だぜ。

 それはともかく、クラスがバレなかったので万事休すということでいいのだろうか。

 ホッと胸を撫でおろすが、打つ手がなくなったと思っているアンジェは腕を組みながら頬に手を当て、困ったように息をついた。本当にすまん。

「こちらこそ無理言ってすいません……でも、記憶なんてそのうち戻ると思うから大丈夫っすよ」

 笑ってみせたが、頬は引きつっていたと思う。けれどもアンジェは「ムギちゃんがそう言うなら」と眉尻を垂らしながらも頷いた。

「ところで……ムギトは行く宛てがあるのか?」

「あ」

 ミドリーさんに言われて気づいた。そういえば俺、この国の通貨を持ってない。ノアにも確認を取ってみるが、彼女も首を横に振る。どっちも一文なしだ。とんだ貧乏勇者ではないか。

 だが、悩む間もなく、アンジェが優しく俺の肩を叩いた。

「安心して。あたしの家があるわ」

「え? いいんすか?」

「いいのよ。どうせ部屋も余っているしね」

 アンジェはクスッと笑って頬を綻ばせる。その隣ではミドリーさんも「アンジェのところなら」と口角を上げながら頷いた。

「お、恩に着ます!」

 すぐさま九十度に頭を下げる。それでもアンジェは「いいのいいの」と微笑んだ。命も救ってもらい、寝床まで与えてくれる。ぐうの音も出ない聖人とは彼のような人のことだろう。

「そうと決まれば、おうちに帰りましょうか」

「そうしなさい。ムギトも怪我が治っているとはいえ疲れているだろう。困ったことがあればまた相談に来なさい。私にできることがあるならば力になろう」

「はい。ありがとうございます」

 二人でミドリーさんに会釈すると、ミドリーさんも軽く手を挙げて別れの挨拶をした。

 教会を後にすると、アンジェが「さて」と一息ついた。

「おうちに帰るって言ったけど、ちょっとギルドにだけ寄らせて」

 どうやらアンジェはルソードを討伐したことを報告しに行きたいようだ。相手が魔王の配下だから、安心してもらうためにも報告を先延ばしにしたくないらしい。

「勿論いいっすよ」

「ありがとう。すぐに終わるからそこのベンチに座って待ってて」

 そう言ってアンジェは広場にある噴水の近くのベンチを指した。

 アンジェと暫し別れ、息を吐きながらベンチに腰を降ろす。

 いつの間にか日も沈み始めており、子供たちも帰宅したのか楽しげな声もなくなっていた。あとは夕食の食材を買いに来たマダムがポツポツと離れたところで駄弁っているだけである。

 ここなら遠慮なく会話できる。ノアもそう思ったのか、ピョンッと飛んで俺の頭に乗ってきた。

「お前……俺の頭の上に乗るの好きだよな」

「ああ、貴様を見下せるからな」

「見下してるんじゃねえよ!」

 すぐさまツッコミを入れるが、ノアからは反論はなかった。むしろ、頭上から大きな欠伸をした声が聞こえる。こいつ、シカトしやがったな。

 だが、俺も疲れていたのでこれ以上は突っ込まなかった。

 ノアを頭に乗せたまま、夕空を仰いでもう一度ため息をつく。

「お前……【治療師ヒーラー】いるじゃねえか」

 徐に問いただすと、ノアがピクリと動いた気がした。
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