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第1章 異世界《エムメルク》の歩き方

第16話 この神官、グランドクロス撃てそう

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 いくら服の丈が長くたってわかる。彼の腕は太く、がっしりとした筋肉で硬く引き締まっている。身長も二メートルくらいはありそうだし、とにかく全てがごつい。そして強面の顔つきも厳つくて怖い。しかも金髪のソフトモヒカンがさらに彼の迫力さを増していた。

 神官といったらつまり僧侶だろ? なんでこんなに筋肉隆々なんだよ。武闘家も極めているのか? それって神官というかパラディンだろ。確かに凄いわ。

 だが、表情が固まる俺に構わず、アンジェは神官に会釈する。

「この子、例の魔物に襲われていたんです。肩のほうは『クーラの水』を使ったけど、治り切りませんでした。それと、腹部も痛みがあるようです」

 アンジェが俺の症状をスラスラと伝えると、神官は腕を組んで神妙な顔で頷く。

「すまぬが、腹部のほうを見せてくれないか」

「あ、はい……」

 言われるがままに服の裾を上げる。

「うわ……」

 自分の腹を見て無意識に声が出た。痛みがある場所は見事に赤紫色のあざがついている。スライムの突進より、ルソードの蹴りが効いたのだろう。見ていたらなんだか痛くなってきた。

 一方、腹部のあざを見た神官は「ふむ」とあごに手を当てて頷いた。

「これくらいならすぐに治るだろう。少し待っていなさい」

 そう言って神官は俺の肩と腹部にそれぞれ手をかざし、静かに目を閉じた。

治療魔法ヒール

 呪文に反応して神官の両手から白くて淡い光が放たれる。

 淡い光が患部を優しく照らすと、あれだけ内出血していたあざがスーッと消えていった。勿論、動かしてみても痛みはないし、アンジェがつけてくれた包帯代わりのタオルを外すと、先程まで確かについていた切り傷もなくなっている。

「す、すげー……」

 感動しながら肩をぐるぐると回す。彼の言う通り、本当にすぐ治ってしまった。

「ありがとうございます!」

 深々と礼をすると、神官は「なんのこれしき」と謙遜するように首を振った。

「ところで見ない顔だな。名前は?」

「俺はムギトっす。あと、これはノア。道に迷っていたところをアンジェに助けられました」

 一応ノアも紹介すると、ノアは返事をするように「にゃー」と鳴く。すると、神官はニッと口角を上げて俺に手を差し伸べた。

「よろしくムギト。私はここで神官をしているミドリーだ」

「こ、こちらこそよろしくお願いします」

 ミドリーさんの差し出した手を取り、そのまま握手を交わす。

 ミドリーさんの大きくてゴツい手の前だと、俺の手が子供のように小さく見えた。軽く握られただけで彼の筋力がわかる。多分、俺の手首なんて簡単に折ってしまうだろう。これで【治療師《ヒーラー》】というのが未だに信じられん。

 そんなことを思いながら頬を引きつらせて笑っていると、アンジェが「そうだ!」と思い出したように手を叩いた。

「神官様。彼、記憶喪失らしいんです。神官様の力で何かわかりませんか?」

「え、なんかわかるもんなの?」

 想定外の展開に顔が強張った。

 その前にアンジェよ。本気で俺が記憶喪失だと思ってくれていたのか。なんかごめん。

 アンジェを騙していることに良心を痛めていたが、当の本人はそれすら気づいていないようだ。むしろ、「任せて」と俺にウインクしてくる。

「神官様は人の魔力を探ることができるの。そこでクラスを知ることができるんだけど……ひょっとしたらムギちゃんのもわかるかも!」 

「へー、クラスがわかるねえ……え」

 適当に相槌を打っていたが、ようやく事の重大さに気づいた。俺のクラスは【赤子の悪魔ベビー・サタン】だ。思いっきり悪魔側ではないか!

「おい! これ、やばいんじゃねえの!?」

 二人に聞こえないように小声かつ全力でノアに訴える。だが、ノアは長椅子の上で猫らしく体を丸くしながら欠伸をしていた。マジで使えないなこのクソにゃんこ!

 だが、焦る俺を差し置いて話はどんどん進んでいく。

「記憶喪失? それは大変だな。どれ、私にできることなら」

 そう言ってミドリーさんは俺の返事も聞かずにその大きな手で頭を鷲掴みにした。
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