掌中の珠のように

花影

文字の大きさ
上 下
30 / 44

面会1

しおりを挟む
「ふぅ……」
 鏡に映る自分の姿を見て、沙耶はため息をついた。近頃はことある事にため息をつくのが癖になってしまっていた。
「お気に召しませんか?」
 髪を整えてくれていた綾乃がそんな様子の沙耶を気にして手の動きが止まる。
「いえ、そんな事はありません」
 沙耶は慌てて否定する。丁寧に編み込んだ髪にビーズ付きのピンを飾ってくれていたところだった。ピンクを基調としたビーズが光を反射してキラキラ輝き、とても綺麗だ。
「今から緊張していたら体がもちませんよ?」
 どうやらため息の原因を理解したらしい綾乃が笑いながら作業を再開する。
「それはそうですけど……」
 今日はお守りの詳細を知っているという人物に会う約束をしている。指定された時間は午後だが、場所が少し離れているので、もうそろそろ出かけなければならない。
「さあ、できましたよ」
 最後のピンを止め終えると、綾乃は沙耶の肩にかけていたケープを外す。沙耶は立ち上がると大きな鏡の前に立って自分の姿を眺めてみる。
 今日選んだのは淡いピンクのワンピースだった。これも先日義総に買ってもらったもので、バルーンスカートが気に入って選んでいた。袖が無いのでレースのボレロを羽織り、同系色のパンプスを履く。だいぶヒールのある靴にも慣れて来たから一日履いていてもきっと大丈夫だろう。
「できたか?」
 義総の寝室に続くドアが開いてスーツ姿の義総が部屋に入ってきた。何でも着こなす彼はどんな格好していても素敵だ。思わず沙耶は頬を染める。



 余程先方は身の回りの安全を気にしているのか、当日となった今でもどんな相手が来るのか詳細が伝わって来ていない。
 その苛立ちを義総は表に出さないようにしているつもりらしいが、ここ数日、夜になって沙耶を求める激しさは以前にも増している。相変わらず幸嗣も加わり、夜な夜な沙耶は失神するまで2人に求められるので、翌日は昼を過ぎても起きられない有様だった。だが、さすがに昨夜は今日の面会に支障が出ないように2人とも遠慮してくれていた。
「これを忘れてはいけないな」
 あのルビーの首飾りを綾乃から受け取り、義総は沙耶のほっそりした首にかけてくれる。ピアスは常につけているので、お守りに入っていた指輪をはめて身支度が整った。
「さ、どうぞ」
 綾乃が上品なバッグを差し出す。昨夜のうちにハンカチ等の小物のほか、大事なお守りも入れて準備を整えていた。
「ありがとうございます」
 沙耶がバッグを受け取ると、義総がさっと腕を組ませてエスコートする。
「さ、行こうか」
 義総に促され、部屋を出て玄関に向かう。
 ちなみに幸嗣はどうしても外せない講義があり、今日は渋々同行を諦めた。綾乃の話によると、大学に出かけるまでブツブツ文句を言っていたらしい。
 既に車の準備は整えられていて、塚原と青柳が玄関で待っていた。玄関の重厚な扉を塚原が開けてくれ、外へ出ると雨が降っていた。前線が通過する影響で、昼間は荒れた天気になるらしい。
「さ、お乗りください」
 塚原が沙耶の為に車のドアを開けてくれる。車寄せには屋根があるので、雨を気にせず乗り込める。
「ありがとう」
 笑顔で塚原に礼を言い、車に乗り込もうとしたその時にひときわ大きな雷が鳴る。
「キャァァァ!」
 沙耶の脳裏に雷雨の中、山林を1人彷徨った記憶が甦り、思わず耳を塞いでしゃがみ込む。
「沙耶?」
 義総が慌てて近寄り、震える彼女を抱き上げる。塚原もいつも冷静な青柳も血相を変え、更には綾乃も玄関から飛び出してきた。
「どうした?気分が優れないなら今日は取りやめるが……」
「……大丈夫です。すみません、ちょっと……びっくりしただけ」
 まだ震えが止まらないが、義総の腕から降りようとする。これで取りやめにしたら、根気強く連絡を待ち続けた義総の苦労が水の泡になってしまう。
「無理はしなくていい」
「いえ、大丈夫です」
 きちんと答えたつもりだが、それでも義総に縋る手はまだ震えている。そこへまた雷鳴が轟き、沙耶は義総に縋りつく。
「沙耶? そうか、あの時の……」
 義総はようやく沙耶が脅えている理由を理解した。あの時彼女は雷雨の最中、暗い山道を1人彷徨さまよったのだ。雷に対してトラウマとなっていてもおかしくは無い。今日の外出を本当に取りやめようかと迷ったが、腕の中の少女に優しく声をかける。
「私がついている。大丈夫だ」
 義総はしっかりと彼女を抱きしめると、そのまま車に乗り込んだ。面会の日にちを改める事もできるが、今日を逃せばようやく掴みかけた真相への接点を逃す気がした。とにかく目的地に着くまでこうしていればいい。
 義総の判断に周囲も素早く対応する。塚原が車のドアを閉めると青柳もすぐさま運転席に乗り込んだ。
「行ってらっしゃいませ」
 塚原と綾乃が玄関先で頭を下げる。車は静かに動き始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

犠牲の恋

詩織
恋愛
私を大事にすると言ってくれた人は…、ずっと信じて待ってたのに… しかも私は悪女と噂されるように…

処理中です...