掌中の珠のように2

花影

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決意4

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 婚約のお祝いとなった晩餐も済み、男2人が仕事の話で席を外したので、一時間ほど1人になる時間を貰った沙耶は部屋で寛いでいた。千景の乱入により荒らされていた彼女の部屋は改装を終え、以前の雰囲気をそのまま引き継ぎ、尚且つ沙耶にとって居心地のいい部屋に生まれ変わっていた。
 実の所、この部屋の改装費と多額の慰謝料は全て林家に請求されていた。それに加えて千景の保釈金や明るみとなった今までの悪事の賠償金がかさみ、両親と祖父は保有していた自社株を売却する事で賄うしか道が残されていなかった。陰ながら幸嗣が扇動したおかげで同時に経営からも引かざるを得なくなり、千景の不始末により彼等は随分と肩身の狭い思いをしているらしい。これも彼等が、娘可愛さあまりに周囲の苦言に耳を貸さずに千景を甘やかしすぎた結果でもあるので、自業自得とも言える。
 そんな裏事情までは知らされていない沙耶は、ただ単純にこの部屋に戻って来れた事が嬉しくて仕方がない。まるで間違い探しの様に以前との相違点を見つけて楽しんでいた。
 絨毯と壁紙、カーテンとベッドの帳も新しい物に代えられていた。よく見るとローソファーも新しい物になっていて、暖かそうなカバーと手触りのいいクッションが置かれている。一方、タンスや飾り棚といった大型の家具類は以前のままだったが、普段の生活で付いてしまっていた傷などが直されて新品同様となって生まれ変わっていた。ただ、絵の修復は間に合わなかったらしく、その部分だけぽっかり空いてしまっているのは残念だったが、もうじき完成すると聞いているので今は我慢するしかない。
 部屋の飾りつけもお正月らしいものになっており、それらを見ているだけでも飽きないのだが、気付けば約束した時間が迫っていた。仕事が終われば2人は迎えに来てしまう。特に幸嗣からは「今夜は寝かせないよ」と耳元で熱く囁かれたので、この後どうなるかは明らかだった。沙耶は慌てて入浴の準備を済ませると浴室に向かった。
「あ……イルミネーション」
 部屋にはずっとカーテンが引かれていたので、外の景色を見ていなかった沙耶は、浴室の窓から外を覗いて庭のイルミネーションが残されているのにようやく気付いた。バラの香りがするお湯に浸かりながら外の景色を眺めていると、何とも贅沢な気分になる。元はといえば、怪我した自分の慰めの為だけに用意された物だからなおさらそう思えるのかもしれない。
 今夜義総と幸嗣の2人に抱かれるのは決定事項となっている。今まで同時に抱かれる事は幾度もあったはずなのに、今夜はなんだか特別な気がして沙耶はちょっとだけ緊張していた。だが、外の景色を見た事でその妙な緊張も解れてくる。気持ちが落ち着いてくると、彼女はいつもより入念に体を清めてから浴室を出た。
 下着を付けずに透けるような素材のベビードールを身に纏う。そしてその上からガウンを羽織り、仕上げにこのところいつも身に付けているルビーの指輪を左手の薬指に付けた。部屋に戻るとまだ仕事が終わっていないのか、2人の姿は無かった。2人を待たせずに済んで沙耶はホッと胸を撫で下ろすと、いつもの様にミネラルウォーターで喉を潤す。そしてまた外の景色を見ようと、窓辺に移動してカーテンをめくった。
 イルミネーションとちらつく雪が幻想的に彩っている庭を眺めていると、扉がノックされた。沙耶が返事をすると、ガウン姿の幸嗣が部屋に入って来た。
 沙耶同様に入浴を済ませたらしく、幸嗣の髪はまだ湿り気を帯びて少し乱れている。いつになく慌てて支度を整えて来た様で、なかなか見られない姿は新鮮に感じる。
「ゴメン、待たせたかな?」
「ううん。庭を……見ていたの」
 沙耶は首を振るとカーテンをそっとめくる。そして視線を外に向けると、幸嗣が纏う香りと共に背後からそっと抱き締められる。
「沙耶……」
 耳元で囁かれると、それだけで体が熱を帯びてくる。自分がこの後の事を期待している証でもあり、何だか恥ずかしい。
「沙耶、手を出して」
 幸嗣に言われて手を出すと彼はガウンのポケットから何かを出して沙耶の手に乗せる。それはアクセサリ……特に指輪が入っているようなケースだった。
「え……」
「開けて見て」
 幸嗣に言われて蓋を開けて見ると、中には小さなダイヤが連なる様にちりばめられた指輪が入っていた。
「これ……エタニティリング?」
「そう。兄さんからは大仰なのを貰っているだろう?これは俺個人から婚約の証に」
 沙耶が驚いて幸嗣を振り仰ぐと、彼は彼女の唇に軽く口づけ、沙耶に持たせたケースから指輪を取り出す。そして彼女を自分に向けると、既に付けているルビーの指輪に重ねてその指輪をはめた。
「きれい……」
「気に入った?」
「はい。ありがとうございます」
「良かった」
 正直、義総が沙耶に贈った大倉家の家宝に比べると大分見劣りがしてしまうので幸嗣は気にしていたのだが、沙耶は沙耶で憧れていたエタニティリングを贈られて感激していた。2人は見つめ合うと軽く口づけを交わし、幸嗣が更に濃厚な口づけをしようと顔を寄せたところで扉がノックされてしまう。そして返事をする間も無く義総の部屋と通じる扉が開き、幸嗣同様にガウン姿の義総が部屋に入って来た。だが、かなり急いだ彼とは違い、義総はきちんと髪も整えてあった。
「お邪魔だったか?」
 2人がキスしようとしているのを分かっていて義総はワザとらしい質問する。幸嗣は諦めた様子で肩を竦め、沙耶は恥ずかしげに俯く。義総は苦笑するとそんな彼女に近づき、一度彼女の額に口づけると顎に手を添え、唇を重ねた。
「2人でお前を愛そうと決めたのに、私はまだ心が狭いようだ。許せ」
 そう断りを入れると、義総は手にしていたものを沙耶に手渡す。
「これは私から改めて婚約の証に」
 それは見事な細工が施された宝石箱だった。促されて開けて見ると、中には見覚えのあるネックレスと揃いのデザインのイヤリングとブローチが入っている。
「これ……」
「元々はどこかの名家に受け継がれてきた物だが、2代前の当主が欧州旅行に行った際、オークションに出品されていたものを一目ぼれして落札してきたものだ。以来、当主の妻の身を飾って来たが、それを祖母が受け継ぎ、母へ、そして現在は私が受け継いでいる。今宵、私達は正式に婚約した。これからは君がこれを持っていてほしい」
 年月を感じさせるその宝石箱はずしりと重かった。去年の夏に求婚された折に、最初からいきなりこれを渡さなかったのは彼女の負担にならない様にと彼なりの配慮だったのだろう。それでも生半可な物は渡したくなく、既に指輪は渡していたから次に身に付けやすいネックレスを選び、イヤリングより装飾の少ないピアスを新調して贈ったらしい。分かりづらいが、それがその頃の彼の愛情表現の限界だったのだろう。
「ありがとう……ございます」
 物理的だけでなく重すぎるその宝石箱を受け取った沙耶はぎこちなく礼を言った。一方ようやく全てを渡すことが出来た義総は安堵し、自分が手にしているものが怖くて動きがぎこちない彼女を引き寄せてそっと口づけた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


改めて婚約の証を贈る2人。
義総が贈った一式は大倉家の家宝の1つで久子が狙っていた物。
ちなみに沙耶は触るのも怖く、結局管理は綾乃に任せる事になる。
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