5 / 13
芒種 3
しおりを挟む
お待たせしました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
琴音と別れ、和敬が自室に戻って来た時には既に深夜だった。休暇に入っているのですぐに眠ってしまっても良かったのだが、寝る前に重要な報告が上がっていないかを確認するのが長年の習慣となっている。それをしないで寝ようとしても眠れないと言うのが正しいかもしれない。
少し転寝してしまったのもあってまだ眠気は来ていない。至急の案件が無いかだけを確認しようとしたところへスマートフォンに着信が入る。相手は塚原だった。
「はい、青柳です」
「お休みなのに申し訳ありません。至急、義総様にご報告する案件が発生したので、青柳さんも同席して下さい」
「分かりました」
こんな夜中に、休暇中の自分にも声がかかるとはよほどの事が起きたのだろう。和敬はすぐに身だしなみを整えると書斎へと向かった。
「失礼いたします」
書斎には既に塚原が来ていた。そして間を置かずにバスローブ姿の義総と幸嗣も姿を現す。先程まで最愛の女性を愛でていたのだろう。2人からは直視できないほどの色気が漂っている。義総が書斎の椅子に座り、幸嗣がその隣に立つとすぐに塚原の報告が始まった。
「哲也氏が残した記録の一部です」
塚原はそう言って義総にタブレットを差し出した。それを受け取った義総はその情報に目を走らせていくが、次第にその眉間にしわが寄って行く。
「……綾乃の子供が生きているだと?」
義総の呟きに和敬もそして幸嗣も驚いて彼を二度見する。そして義総から受け取ったタブレットに記載されている文章を幸嗣が読み上げる。
「奥様は即刻始末するようにおっしゃったが、何の罪もない赤子を手にかけるのはさすがに気が進まない。奥様の御命令に背くことになってしまうが、大倉と吉浦の確執が及ばない場所へ遠ざけてしまうしかない。自身が何者か知らなければ、人並みの幸せを掴めるはずだ」
哲也の書付はそれで終わっていた。今のところ、確認されている綾乃の子供に関する記述これくらいだが、他にもないか哲也の記録を精査している最中らしい。
「だけど、これだけでそう結論付ける根拠はあるの?」
タブレットを塚原に返した幸嗣が率直な疑問を口にする。
「日付だな」
塚原ではなく義総がそれに答えた。日付は幸嗣が生まれた日のおよそ1カ月前。それは綾乃が義総の父親との子供を産んだ日だった。綾乃は我が子を抱く間もなく久子に奪われたのだ。
「なるほど。で、どうするの?」
「知った以上放って置く訳にもいかないだろう」
「俺にとっては従姉であり叔母である訳だけど、もし見つかったらどうするの?」
「相手にもよるな。財産に目がくらむ程度ならまだいいが、沙耶を蔑ろにするなら消えてもらう」
幸嗣がまだ眉間にしわを寄せている義総に視線を向けると、義総は何の感情も感じない声でそう返した。一見、冷酷なようにも見えるが、和敬には敬愛する主がただ戸惑っているようにも見えていた。
「まあ、本当に見つかればの話だ。塚原、引き続き調査を頼む。青柳も手を貸してやってくれ」
「畏まりました」
義総がそう決断したのならば、自分達はただそれに従うまでの話だ。ただ、どうしても綾乃の事が気にかかる。
「綾乃さんにはこの事をお伝えしますか?」
「……」
まだ十分に確認が取れていない情報でもある。今伝えてもぬか喜びになる可能性の方が高い。かといって黙っていても、彼女に隠し事は通用しない。変に隠して後で勘付かれた時の方が怖い。さすがの義総も迷っている様子だった。
「伝えておいた方がよろしいかと」
珍しく迷っている主に助け船を出したのは塚原だった。血のつながりはないが義理の妹の性格を彼も良く知っている。変に気遣われる方が彼女も嫌だろう。
「……分かった。私から伝えておこう」
長考の末、義総はそう結論を出した。彼がそう決断をしたのなら、和敬にも異論はない。後はもう少し調査を進めてから議論することとなり、この夜はお開きとなったのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次話はある程度書けてから更新します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
琴音と別れ、和敬が自室に戻って来た時には既に深夜だった。休暇に入っているのですぐに眠ってしまっても良かったのだが、寝る前に重要な報告が上がっていないかを確認するのが長年の習慣となっている。それをしないで寝ようとしても眠れないと言うのが正しいかもしれない。
少し転寝してしまったのもあってまだ眠気は来ていない。至急の案件が無いかだけを確認しようとしたところへスマートフォンに着信が入る。相手は塚原だった。
「はい、青柳です」
「お休みなのに申し訳ありません。至急、義総様にご報告する案件が発生したので、青柳さんも同席して下さい」
「分かりました」
こんな夜中に、休暇中の自分にも声がかかるとはよほどの事が起きたのだろう。和敬はすぐに身だしなみを整えると書斎へと向かった。
「失礼いたします」
書斎には既に塚原が来ていた。そして間を置かずにバスローブ姿の義総と幸嗣も姿を現す。先程まで最愛の女性を愛でていたのだろう。2人からは直視できないほどの色気が漂っている。義総が書斎の椅子に座り、幸嗣がその隣に立つとすぐに塚原の報告が始まった。
「哲也氏が残した記録の一部です」
塚原はそう言って義総にタブレットを差し出した。それを受け取った義総はその情報に目を走らせていくが、次第にその眉間にしわが寄って行く。
「……綾乃の子供が生きているだと?」
義総の呟きに和敬もそして幸嗣も驚いて彼を二度見する。そして義総から受け取ったタブレットに記載されている文章を幸嗣が読み上げる。
「奥様は即刻始末するようにおっしゃったが、何の罪もない赤子を手にかけるのはさすがに気が進まない。奥様の御命令に背くことになってしまうが、大倉と吉浦の確執が及ばない場所へ遠ざけてしまうしかない。自身が何者か知らなければ、人並みの幸せを掴めるはずだ」
哲也の書付はそれで終わっていた。今のところ、確認されている綾乃の子供に関する記述これくらいだが、他にもないか哲也の記録を精査している最中らしい。
「だけど、これだけでそう結論付ける根拠はあるの?」
タブレットを塚原に返した幸嗣が率直な疑問を口にする。
「日付だな」
塚原ではなく義総がそれに答えた。日付は幸嗣が生まれた日のおよそ1カ月前。それは綾乃が義総の父親との子供を産んだ日だった。綾乃は我が子を抱く間もなく久子に奪われたのだ。
「なるほど。で、どうするの?」
「知った以上放って置く訳にもいかないだろう」
「俺にとっては従姉であり叔母である訳だけど、もし見つかったらどうするの?」
「相手にもよるな。財産に目がくらむ程度ならまだいいが、沙耶を蔑ろにするなら消えてもらう」
幸嗣がまだ眉間にしわを寄せている義総に視線を向けると、義総は何の感情も感じない声でそう返した。一見、冷酷なようにも見えるが、和敬には敬愛する主がただ戸惑っているようにも見えていた。
「まあ、本当に見つかればの話だ。塚原、引き続き調査を頼む。青柳も手を貸してやってくれ」
「畏まりました」
義総がそう決断したのならば、自分達はただそれに従うまでの話だ。ただ、どうしても綾乃の事が気にかかる。
「綾乃さんにはこの事をお伝えしますか?」
「……」
まだ十分に確認が取れていない情報でもある。今伝えてもぬか喜びになる可能性の方が高い。かといって黙っていても、彼女に隠し事は通用しない。変に隠して後で勘付かれた時の方が怖い。さすがの義総も迷っている様子だった。
「伝えておいた方がよろしいかと」
珍しく迷っている主に助け船を出したのは塚原だった。血のつながりはないが義理の妹の性格を彼も良く知っている。変に気遣われる方が彼女も嫌だろう。
「……分かった。私から伝えておこう」
長考の末、義総はそう結論を出した。彼がそう決断をしたのなら、和敬にも異論はない。後はもう少し調査を進めてから議論することとなり、この夜はお開きとなったのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次話はある程度書けてから更新します。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。




エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる