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第6章 親子の物語
閑話 マルレーネ・ディア・ミムラス1
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当初はフリードリヒ視点と思ったのですが、その奥さん視点にしてみました。
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結婚後、女性は夫に従い、尽くすのが美徳だと教え込まれて育ちました。元より私の嫁ぎ先は実家よりも遥かに格上の御本家。一族でも末端の家の出身である私は夫や義母に従うしかなかったのでございます。
「ミムラス家に相応しい嫡子となる様、私が養育いたします」
幸いにしてすぐに男児を授かりました。嫁の役割を果たせたと安堵したのですが、義母が子供を取り上げてしまいました。会えるのは月に数えるほど。夫に訴えてみても義母の方が正しいと言って取り合って下さいませんでした。
燻る不満を抱えながらも数年後、2人目の男児を授かりました。今度こそ自分の手でと思っていたのですが、長男のウォルフよりも次男のレオナルトの方が竜騎士の資質が高いことが判明してしまい、またもや義母に子供を取り上げられてしまいました。
「レオナルトを嫡子と致します」
ミムラス家は代々騎士を輩出してきた家柄でございます。義母は殊の外レオナルトを可愛がり、逆にウォルフには虐待とも取れるような厳しい教育を強いておりました。それならばウォルフを手元に戻したかったのですが、義母はそれを許してくれませんでした。私に出来たのは厳しい家庭教師から逃れて来た息子をほんの少しの間匿ってあげることだけでした。
「俺、家を出るわ」
成人するころにはすっかり心が荒んでしまったウォルフは私にそう一言残して家出してしまいました。そして何かと良くない噂のあるゲオルグ殿下の側仕えになっていたのです。激怒した義母と夫はウォルフを勘当し、初めから居ないものと扱いました。
やがて月日は流れ、ミムラス家を掌握されていた義母が他界し、その直後にあの悪夢のような内乱が起きました。夫はいち早く中立を表明しましたが、それは単に個人的な感情からの判断でした。ワールウェイド家の娘婿となっている同期のニクラス様の下に付くのを彼の矜持が許さなかっただけなのですが、奇跡的にもその判断は間違いではありませんでした。
内乱は平定され、グスタフに与した多くの貴族が処罰を受けて凋落していきました。内心、ゲオルグ殿下に仕えていたウォルフの事を心配していたのですが、ラグラスに幽閉されておられた当時はまだ第3皇子だった陛下の救出に貢献して罪を不問とされたと聞いてほっと胸をなでおろしたのでした。
ミムラス家は中立を宣言していたおかげでお咎めは無く、更に夫は要職へ抜擢されました。そして成人を迎えたレオナルトは叙勲されて竜騎士となり、バウリング家の御令嬢と婚約を結び、我が家は他家からも羨まれるほどの栄華をつかみました。ただ、夫はそれでも物足りない様子でした。
「平民風情がちょっと手柄を立てたくらいでいい気になりおって……」
近頃、どこへ行っても噂の中心はルーク卿の事ばかり。そしてご結婚を機に領地を与えられたことだけでなく、ウォルフを代官に抜擢したのが気に入らなかったのでしょう。帰宅するといつも愚痴を聞かされました。
それだけで終わればよかったのですが、夫は立場を利用してルーク卿に余計な仕事を押し付けていました。それは次第に節度を越えて単なる腹いせの範疇を超える様になっていたのを後から知りました。その事で度々周囲から注意を受けていたのですが、それが返って逆効果となっていた様です。
「レオナルトを勘当する」
レオナルトが飛竜レースで2位帰着を果たし、上級騎士への昇進を果たして喜んでいたのでしたが、夫はルーク卿の義弟に負けたのが許せなかったらしくレオナルトを叱責してしまいました。それがきっかけとなり、レオナルトは不祥事を起こして処分を受けました。更にはルーク卿の元へ預けられると知った夫は、よほど腹に据えかねたのか躊躇う事もなくレオナルトを勘当してしまいました。
正直、私にはどうしていいか分かりませんでした。お茶会や夜会に参加しても嘲笑され、耐えきれなくなった私は社交から距離を置くことにしました。
レオナルトを勘当したことで、ミムラス家の後継問題が起きました。縁戚から候補を3人招いたのですが、いずれも夫の目にかなわず、実家に帰されました。他にも子弟を集めてみたのですが、やはり夫は気に入らず、やがてどこからも見向きもされなくなってしまいました。
後継を決められないまま日にちは過ぎている間にルーク卿は更なる功績を上げていました。大陸のはるか南のエルニアで1年もの間タランテラの代表として内乱後の復興に携わり、各国の国主方にも称賛されたのです。それを夫は酒杯を片手に忌々しく語り、私はただ相槌を打ちながら聞いておりました。
「あんな男の為に何でワシまで出ねばならんのだ」
夫の愚痴を聞きながら気になるのは息子のレオナルトの事ばかり。ルーク卿と共にエルニアに向かった彼は無事なのか聞きたかったのですが、今の彼に息子の事を聞くのは憚れました。
それでも渋る夫と共に雷光隊帰還報告の場に出席した折に、隊の最後方に控えているレオナルトの姿を見ることが出来ました。2年も会わない間に随分と逞しくなったようにも思いつつ、無事な姿に安堵いたしました。
「旦那様、お家の為にも後継者をお決めください」
夏至祭が近づいたある日、家令が毅然とした態度で夫に詰め寄りました。夫に忠実な彼がこうした態度をとるのは初めての事です。それだけこの家の未来を憂いているのでしょう。
「任せられる者がおらぬのだ」
「でしたら、レオナルト様の勘当をお解き下さい」
「ならん!」
レオナルトの名を出したとたんに夫は不機嫌そうに一喝しました。それでも家令はひるまず話を続けます。
「今や雷光隊の一員として御立派に勤めを果たしておられます。加えて此度の活躍で竜騎士に復位されました。当家の時期御当主としてふさわしいと愚考致します」
「ワシに恥をかけと言うのか?」
「このまま後継が決まりませんでしたら、お家の存続が危うくなります」
家令も必死で言い募りますが、体面を気にする夫は頑として首を縦に振ろうとはしませんでした。ハラハラしながら見守っていると、家令は別の報告書を差し出しました。
「レオナルト様をお認めにならないのでしたら、後はもうこの方しかおられません。出奔されたウォルフ様のご遺児、カミル様です」
数年前にウォルフが凶刃に倒れたとは聞いていましたが、子供が居たとは知りませんでした。驚きつつも詳しく話を聞くと、ルーク卿の妹との間に息子を授かり、母親もウォルフと共に亡くなっている事から、現在はルーク卿の養子として育てているとのことでした。孫がいると言う知らせに思わず胸が高鳴ります。
「怪しからん奴だ。ワシに無断で孫を奪いおって……」
どうやら夫も同じ考えだったようです。早速ルーク卿の元へ孫を引き取りに行こうとしましたが、今は夏至祭前で夫も先方も多忙な時期です。夏至祭が終わった後に話をしに行くことに決まりました。
そんな中、先代大母様であるシュザンナ様が夏至祭に招かれてタランテラへいらっしゃいました。私達も着場でお出迎えをしたのですが、飛竜から降りられた彼女は驚いたことに小さな子供の手を繋いで出迎えられた陛下のご前に進まれました。
どうやらこの子が私達の孫の様です。なぜならその子は幼い頃のウォルフにそっくりだからです。大勢の人の間でも臆せずにしゃんと胸を張って歩く様は何て可愛らしいのでしょう。何だか誇らしくなると同時にこの子が我が家に来てくれると思うと感動して涙があふれそうになりました。
今度こそ子供を育てることが出来る。そんな喜びに浸りながら孫を迎えるための準備に勤しんでいましたが、交渉の余地もなく断られてしまいました。僻地へ連れまわされるよりも我が家で育てた方が子供の為に良いと思うのですが、彼等にはご理解できなかった様です。
「諦めるものか。あの子はミムラス家の子だ」
夫は私達の正当性を主張して訴えを起こしました。きっと私達の気持ちは分かって頂けるはず。逸る気持ちを抑えつつ、その日を待ちました。そんな中、所用で出かけた帰り道で偶然にも孫の姿を見かけました。どうやらお散歩中で、お付きの年若い侍女と楽しそうにおしゃべりをしていました。
馬車を止めさせてその様子を見守りました。孫はその侍女には随分と懐いている様子。知らない人ばかりでは不安だろうから、あの若い侍女も一緒に引き取った方が良いでしょう。
明日はいよいよその裁判が行われます。それが済めば、あの可愛い孫が我が家にやってきます。どんなに楽しい事でしょう。幸せな未来を夢想しながらその日は家路につきました。
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フリードリヒの奥さん視点、もう1話続きます。
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結婚後、女性は夫に従い、尽くすのが美徳だと教え込まれて育ちました。元より私の嫁ぎ先は実家よりも遥かに格上の御本家。一族でも末端の家の出身である私は夫や義母に従うしかなかったのでございます。
「ミムラス家に相応しい嫡子となる様、私が養育いたします」
幸いにしてすぐに男児を授かりました。嫁の役割を果たせたと安堵したのですが、義母が子供を取り上げてしまいました。会えるのは月に数えるほど。夫に訴えてみても義母の方が正しいと言って取り合って下さいませんでした。
燻る不満を抱えながらも数年後、2人目の男児を授かりました。今度こそ自分の手でと思っていたのですが、長男のウォルフよりも次男のレオナルトの方が竜騎士の資質が高いことが判明してしまい、またもや義母に子供を取り上げられてしまいました。
「レオナルトを嫡子と致します」
ミムラス家は代々騎士を輩出してきた家柄でございます。義母は殊の外レオナルトを可愛がり、逆にウォルフには虐待とも取れるような厳しい教育を強いておりました。それならばウォルフを手元に戻したかったのですが、義母はそれを許してくれませんでした。私に出来たのは厳しい家庭教師から逃れて来た息子をほんの少しの間匿ってあげることだけでした。
「俺、家を出るわ」
成人するころにはすっかり心が荒んでしまったウォルフは私にそう一言残して家出してしまいました。そして何かと良くない噂のあるゲオルグ殿下の側仕えになっていたのです。激怒した義母と夫はウォルフを勘当し、初めから居ないものと扱いました。
やがて月日は流れ、ミムラス家を掌握されていた義母が他界し、その直後にあの悪夢のような内乱が起きました。夫はいち早く中立を表明しましたが、それは単に個人的な感情からの判断でした。ワールウェイド家の娘婿となっている同期のニクラス様の下に付くのを彼の矜持が許さなかっただけなのですが、奇跡的にもその判断は間違いではありませんでした。
内乱は平定され、グスタフに与した多くの貴族が処罰を受けて凋落していきました。内心、ゲオルグ殿下に仕えていたウォルフの事を心配していたのですが、ラグラスに幽閉されておられた当時はまだ第3皇子だった陛下の救出に貢献して罪を不問とされたと聞いてほっと胸をなでおろしたのでした。
ミムラス家は中立を宣言していたおかげでお咎めは無く、更に夫は要職へ抜擢されました。そして成人を迎えたレオナルトは叙勲されて竜騎士となり、バウリング家の御令嬢と婚約を結び、我が家は他家からも羨まれるほどの栄華をつかみました。ただ、夫はそれでも物足りない様子でした。
「平民風情がちょっと手柄を立てたくらいでいい気になりおって……」
近頃、どこへ行っても噂の中心はルーク卿の事ばかり。そしてご結婚を機に領地を与えられたことだけでなく、ウォルフを代官に抜擢したのが気に入らなかったのでしょう。帰宅するといつも愚痴を聞かされました。
それだけで終わればよかったのですが、夫は立場を利用してルーク卿に余計な仕事を押し付けていました。それは次第に節度を越えて単なる腹いせの範疇を超える様になっていたのを後から知りました。その事で度々周囲から注意を受けていたのですが、それが返って逆効果となっていた様です。
「レオナルトを勘当する」
レオナルトが飛竜レースで2位帰着を果たし、上級騎士への昇進を果たして喜んでいたのでしたが、夫はルーク卿の義弟に負けたのが許せなかったらしくレオナルトを叱責してしまいました。それがきっかけとなり、レオナルトは不祥事を起こして処分を受けました。更にはルーク卿の元へ預けられると知った夫は、よほど腹に据えかねたのか躊躇う事もなくレオナルトを勘当してしまいました。
正直、私にはどうしていいか分かりませんでした。お茶会や夜会に参加しても嘲笑され、耐えきれなくなった私は社交から距離を置くことにしました。
レオナルトを勘当したことで、ミムラス家の後継問題が起きました。縁戚から候補を3人招いたのですが、いずれも夫の目にかなわず、実家に帰されました。他にも子弟を集めてみたのですが、やはり夫は気に入らず、やがてどこからも見向きもされなくなってしまいました。
後継を決められないまま日にちは過ぎている間にルーク卿は更なる功績を上げていました。大陸のはるか南のエルニアで1年もの間タランテラの代表として内乱後の復興に携わり、各国の国主方にも称賛されたのです。それを夫は酒杯を片手に忌々しく語り、私はただ相槌を打ちながら聞いておりました。
「あんな男の為に何でワシまで出ねばならんのだ」
夫の愚痴を聞きながら気になるのは息子のレオナルトの事ばかり。ルーク卿と共にエルニアに向かった彼は無事なのか聞きたかったのですが、今の彼に息子の事を聞くのは憚れました。
それでも渋る夫と共に雷光隊帰還報告の場に出席した折に、隊の最後方に控えているレオナルトの姿を見ることが出来ました。2年も会わない間に随分と逞しくなったようにも思いつつ、無事な姿に安堵いたしました。
「旦那様、お家の為にも後継者をお決めください」
夏至祭が近づいたある日、家令が毅然とした態度で夫に詰め寄りました。夫に忠実な彼がこうした態度をとるのは初めての事です。それだけこの家の未来を憂いているのでしょう。
「任せられる者がおらぬのだ」
「でしたら、レオナルト様の勘当をお解き下さい」
「ならん!」
レオナルトの名を出したとたんに夫は不機嫌そうに一喝しました。それでも家令はひるまず話を続けます。
「今や雷光隊の一員として御立派に勤めを果たしておられます。加えて此度の活躍で竜騎士に復位されました。当家の時期御当主としてふさわしいと愚考致します」
「ワシに恥をかけと言うのか?」
「このまま後継が決まりませんでしたら、お家の存続が危うくなります」
家令も必死で言い募りますが、体面を気にする夫は頑として首を縦に振ろうとはしませんでした。ハラハラしながら見守っていると、家令は別の報告書を差し出しました。
「レオナルト様をお認めにならないのでしたら、後はもうこの方しかおられません。出奔されたウォルフ様のご遺児、カミル様です」
数年前にウォルフが凶刃に倒れたとは聞いていましたが、子供が居たとは知りませんでした。驚きつつも詳しく話を聞くと、ルーク卿の妹との間に息子を授かり、母親もウォルフと共に亡くなっている事から、現在はルーク卿の養子として育てているとのことでした。孫がいると言う知らせに思わず胸が高鳴ります。
「怪しからん奴だ。ワシに無断で孫を奪いおって……」
どうやら夫も同じ考えだったようです。早速ルーク卿の元へ孫を引き取りに行こうとしましたが、今は夏至祭前で夫も先方も多忙な時期です。夏至祭が終わった後に話をしに行くことに決まりました。
そんな中、先代大母様であるシュザンナ様が夏至祭に招かれてタランテラへいらっしゃいました。私達も着場でお出迎えをしたのですが、飛竜から降りられた彼女は驚いたことに小さな子供の手を繋いで出迎えられた陛下のご前に進まれました。
どうやらこの子が私達の孫の様です。なぜならその子は幼い頃のウォルフにそっくりだからです。大勢の人の間でも臆せずにしゃんと胸を張って歩く様は何て可愛らしいのでしょう。何だか誇らしくなると同時にこの子が我が家に来てくれると思うと感動して涙があふれそうになりました。
今度こそ子供を育てることが出来る。そんな喜びに浸りながら孫を迎えるための準備に勤しんでいましたが、交渉の余地もなく断られてしまいました。僻地へ連れまわされるよりも我が家で育てた方が子供の為に良いと思うのですが、彼等にはご理解できなかった様です。
「諦めるものか。あの子はミムラス家の子だ」
夫は私達の正当性を主張して訴えを起こしました。きっと私達の気持ちは分かって頂けるはず。逸る気持ちを抑えつつ、その日を待ちました。そんな中、所用で出かけた帰り道で偶然にも孫の姿を見かけました。どうやらお散歩中で、お付きの年若い侍女と楽しそうにおしゃべりをしていました。
馬車を止めさせてその様子を見守りました。孫はその侍女には随分と懐いている様子。知らない人ばかりでは不安だろうから、あの若い侍女も一緒に引き取った方が良いでしょう。
明日はいよいよその裁判が行われます。それが済めば、あの可愛い孫が我が家にやってきます。どんなに楽しい事でしょう。幸せな未来を夢想しながらその日は家路につきました。
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フリードリヒの奥さん視点、もう1話続きます。
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