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第6章 親子の物語
第13話
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「じぃじとばぁばのところ?」
「そうだよ。明日、出かけるよ」
「わぁーい」
ミムラス家からの不躾な申し出を断ってから5日後、俺達一家はアジュガへもどる準備をしていた。
フリードリヒのあまりにもこちらを見下した言い方に腹が立ったので、ウォルフが改心した後でも勘当を解かずに放置していたことを指摘し、今更カミルの祖父だと言う資格は無いと言い返してやった。それに腹を立て、無礼だの何だのと迫って来たが、一緒に来ていた家令に宥められながら帰って行った。後で清めの香油を撒いたのは言うまでもない。
懸念があるとすれば、ああいった輩は後で何をしてくるか分からない。その場にいた雷光隊の皆だけでなく、後からその話を知った陛下やアスター卿にも勧められ、早目にアジュガへ避難しておくことに決めたのだ。ちなみに陰で話を聞いていたレオナルトに後から謝罪されたが、彼の所為ではないので気にしないように伝えておいた。
「旦那様、お客様がお見えでございます」
粗方準備が済んだところで、サイラスが予定の無い来客を告げる。来たのはなんとグラナト補佐官だった。なんか嫌な予感がする。それでも会わないわけにもいかず、息子の事はレーナに任せ、オリガと共に応接間へ向かった。
「急な訪問失礼いたします」
応接間に入るとグラナト補佐官は律義にも立ち上がって頭を下げてくれる。傍らにはもう1人文官らしい人物が同席している。面識はないが、サイラスの捕捉によると、法務に所属する高位の文官らしい。挨拶を交わし、早速本題に入ってもらった。
「ミムラス家当主フリードリヒ様がミムラス家の嫡子の返還を求める訴えを起こしておられます」
あの野郎……。怒りで歯ぎしりをしていると、その殺気に当てられた文官が真青になっていた。オリガに窘められて、俺はどうにか平静を取り戻す様に務めた。さすがと言うか、グラナト補佐官は平気なご様子だ。
「失礼」
「い、いえ、お怒りは当然のことかと」
気を利かしたサイラスが全員のお茶を淹れなおしてくれた。俺はそれを口にして気持ちを落ち着ける。
「何かしてくるとは思っていたが、正攻法で来たか」
これは俺の率直な感想だ。フリードリヒがウォルフを勘当したのも、そんな彼を俺が支援してビレア家の婿になったのも周知の事実だ。そして彼の忘れ形見であるカミルが俺の養子である事もシュザンナ様が皇都に到着された時に広く知られるようになった。今更カミルはミムラス家の嫡子だと主張しても誰も認めない。それなのに訴えを起こしたのは何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。
「陛下は早期に決着をつけた方が良いと判断され、明日の午後に双方を集めて裁判を行うことになりました」
「腹立たしいとは思うが、無視するとあちらの思うつぼだ。来ていただけるとありがたい」
「分かりました」
グラナト補佐官がわざわざ来て下さったのは陛下のご意向なのだろう。ここは大人しく従い、早期にカミルは俺達の息子でミムラス家の嫡男ではないと認めさせよう。意趣返しは……必要ないか。
「じぃじのとこ、行くって言ったのに!」
フリードリヒが俺達を訴えたことでアジュガへ行くのが延期になってしまった。それを知ったカミルは怒って拗ねてしまい、困ったことに子供部屋に籠城して出てこない。そんなわがままを言う姿も可愛い。
「お父さんとお母さんは仕事に行ってくるから、レーナの言う事を良く聞くんだぞ」
「……」
裁判の為に本宮へ登城している間は安全な保育室に居てもらうつもりだったのだが、予定を変更してレーナと共に留守番させることになった。扉の外から声をかけるが、返事は無い。俺はオリガと顔を見合わせ、苦笑するともう一度「行ってきます」と扉の向こうへ声をかけて玄関へ向かう。
そこには雷光隊の隊員が既に待機していた。半数は俺達……というかオリガの護衛で、残りはこの屋敷周辺を警戒してもらう事になっていた。今回の事を知った彼等は率先してその役割を引き受けてくれたのだ。
「準備は整っております」
中でもレオナルトの力の入れようは半端ない。裁判の折には後見してもらっているバルリング家にも協力してもらった上、自らも喜んで証言すると申し出てくれた。更にはカミルのお守りの手伝いにと婚約者のヴァルトルーデ嬢を連れて来てくれていた。
「ありがとう。今日はみんな頼むよ」
俺はそう声をかけてからオリガを伴い、用意されていた馬車に乗り込む。そしてサイラスを筆頭とした留守番組に見送られて本宮へ向かったのだった。
本宮内にある、貴族同士の利権を巡る裁判沙汰で使用される部屋には関係者が集められていた。先ずは訴えた本人であるフリードリヒとその証言者らしい男性が2人。そして俺達夫婦と証言者としてレオナルトとウォルフの元上司ヘルマンさんに来てもらっていた。そして今回の訴えを公正に判断するために法務の文官2人の他、大神殿の神官が立ち会っている。彼等が下した判断を元に最終的に陛下が判断されることになっていた。
「ウォルフは少々出来の悪い子供でした。それでも我がミムラス家の一員として相応しくあるよう、厳しく教育したのは確かです。ですが、あれはそれに耐えられず家出しました。その後はあろうことか、グスタフに与して悪事に手を染めていたのです」
先ず始まったのは、フリードリヒによる独演会だった。いかに自分達が息子を気にかけていたかを主張し、そして知らない間に結婚し、孫が出来たのも知らされなかった事が悔しかった等と言い放った。同情を誘って自分達に有利な判決を奪おうと言う意図が丸見えだ。だが、それらの言葉が全て嘘だと言う事を俺達は知っている。
「では、それらのご主張に対して反論させて頂きます」
大幅に予定を過ぎてからやっと俺達の番が回って来た。この辺りもフリードリヒの策略なのだろう。でも、俺達に焦りは無かった。どんなに取り繕っても事実は変わらない。俺達は淡々と事実を告げればいいだけだ。
十分な証拠も集めてある。今まで俺達に対してしてきた数々の嫌がらせの報いを受けてもらおう。俺は満を持して席を立った。
「そうだよ。明日、出かけるよ」
「わぁーい」
ミムラス家からの不躾な申し出を断ってから5日後、俺達一家はアジュガへもどる準備をしていた。
フリードリヒのあまりにもこちらを見下した言い方に腹が立ったので、ウォルフが改心した後でも勘当を解かずに放置していたことを指摘し、今更カミルの祖父だと言う資格は無いと言い返してやった。それに腹を立て、無礼だの何だのと迫って来たが、一緒に来ていた家令に宥められながら帰って行った。後で清めの香油を撒いたのは言うまでもない。
懸念があるとすれば、ああいった輩は後で何をしてくるか分からない。その場にいた雷光隊の皆だけでなく、後からその話を知った陛下やアスター卿にも勧められ、早目にアジュガへ避難しておくことに決めたのだ。ちなみに陰で話を聞いていたレオナルトに後から謝罪されたが、彼の所為ではないので気にしないように伝えておいた。
「旦那様、お客様がお見えでございます」
粗方準備が済んだところで、サイラスが予定の無い来客を告げる。来たのはなんとグラナト補佐官だった。なんか嫌な予感がする。それでも会わないわけにもいかず、息子の事はレーナに任せ、オリガと共に応接間へ向かった。
「急な訪問失礼いたします」
応接間に入るとグラナト補佐官は律義にも立ち上がって頭を下げてくれる。傍らにはもう1人文官らしい人物が同席している。面識はないが、サイラスの捕捉によると、法務に所属する高位の文官らしい。挨拶を交わし、早速本題に入ってもらった。
「ミムラス家当主フリードリヒ様がミムラス家の嫡子の返還を求める訴えを起こしておられます」
あの野郎……。怒りで歯ぎしりをしていると、その殺気に当てられた文官が真青になっていた。オリガに窘められて、俺はどうにか平静を取り戻す様に務めた。さすがと言うか、グラナト補佐官は平気なご様子だ。
「失礼」
「い、いえ、お怒りは当然のことかと」
気を利かしたサイラスが全員のお茶を淹れなおしてくれた。俺はそれを口にして気持ちを落ち着ける。
「何かしてくるとは思っていたが、正攻法で来たか」
これは俺の率直な感想だ。フリードリヒがウォルフを勘当したのも、そんな彼を俺が支援してビレア家の婿になったのも周知の事実だ。そして彼の忘れ形見であるカミルが俺の養子である事もシュザンナ様が皇都に到着された時に広く知られるようになった。今更カミルはミムラス家の嫡子だと主張しても誰も認めない。それなのに訴えを起こしたのは何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。
「陛下は早期に決着をつけた方が良いと判断され、明日の午後に双方を集めて裁判を行うことになりました」
「腹立たしいとは思うが、無視するとあちらの思うつぼだ。来ていただけるとありがたい」
「分かりました」
グラナト補佐官がわざわざ来て下さったのは陛下のご意向なのだろう。ここは大人しく従い、早期にカミルは俺達の息子でミムラス家の嫡男ではないと認めさせよう。意趣返しは……必要ないか。
「じぃじのとこ、行くって言ったのに!」
フリードリヒが俺達を訴えたことでアジュガへ行くのが延期になってしまった。それを知ったカミルは怒って拗ねてしまい、困ったことに子供部屋に籠城して出てこない。そんなわがままを言う姿も可愛い。
「お父さんとお母さんは仕事に行ってくるから、レーナの言う事を良く聞くんだぞ」
「……」
裁判の為に本宮へ登城している間は安全な保育室に居てもらうつもりだったのだが、予定を変更してレーナと共に留守番させることになった。扉の外から声をかけるが、返事は無い。俺はオリガと顔を見合わせ、苦笑するともう一度「行ってきます」と扉の向こうへ声をかけて玄関へ向かう。
そこには雷光隊の隊員が既に待機していた。半数は俺達……というかオリガの護衛で、残りはこの屋敷周辺を警戒してもらう事になっていた。今回の事を知った彼等は率先してその役割を引き受けてくれたのだ。
「準備は整っております」
中でもレオナルトの力の入れようは半端ない。裁判の折には後見してもらっているバルリング家にも協力してもらった上、自らも喜んで証言すると申し出てくれた。更にはカミルのお守りの手伝いにと婚約者のヴァルトルーデ嬢を連れて来てくれていた。
「ありがとう。今日はみんな頼むよ」
俺はそう声をかけてからオリガを伴い、用意されていた馬車に乗り込む。そしてサイラスを筆頭とした留守番組に見送られて本宮へ向かったのだった。
本宮内にある、貴族同士の利権を巡る裁判沙汰で使用される部屋には関係者が集められていた。先ずは訴えた本人であるフリードリヒとその証言者らしい男性が2人。そして俺達夫婦と証言者としてレオナルトとウォルフの元上司ヘルマンさんに来てもらっていた。そして今回の訴えを公正に判断するために法務の文官2人の他、大神殿の神官が立ち会っている。彼等が下した判断を元に最終的に陛下が判断されることになっていた。
「ウォルフは少々出来の悪い子供でした。それでも我がミムラス家の一員として相応しくあるよう、厳しく教育したのは確かです。ですが、あれはそれに耐えられず家出しました。その後はあろうことか、グスタフに与して悪事に手を染めていたのです」
先ず始まったのは、フリードリヒによる独演会だった。いかに自分達が息子を気にかけていたかを主張し、そして知らない間に結婚し、孫が出来たのも知らされなかった事が悔しかった等と言い放った。同情を誘って自分達に有利な判決を奪おうと言う意図が丸見えだ。だが、それらの言葉が全て嘘だと言う事を俺達は知っている。
「では、それらのご主張に対して反論させて頂きます」
大幅に予定を過ぎてからやっと俺達の番が回って来た。この辺りもフリードリヒの策略なのだろう。でも、俺達に焦りは無かった。どんなに取り繕っても事実は変わらない。俺達は淡々と事実を告げればいいだけだ。
十分な証拠も集めてある。今まで俺達に対してしてきた数々の嫌がらせの報いを受けてもらおう。俺は満を持して席を立った。
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