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第6章 親子の物語
第7話
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アルベルタはその日のうちに神官になる決意をした。もう少し考えてから答えを出しても良かったのだが、仔竜の傍に居たいのと好きな勉強が出来るのが決め手になった様だ。
そこでトビアス神官長の勧めで1カ月間、今回相棒を得た見習い竜騎士達と一緒に仔竜との絆を深めながらその接し方を学ばせてもらう事になった。この間、見習い竜騎士達は合同で鍛錬も行うが、その間アルベルタは神官になるための勉強をすることが決まった。ちなみにこの1カ月が過ぎた後は、仔竜が成熟するまで竜騎士見習いの方が定期的に会いに来ることになっている。
幼竜のうちに相棒を選び、竜騎士との絆をより強くするというこの試みは近年始めたものだ。他国では既に始めている所も多いのだが、タランテラでは今まで幼竜のうちに相棒を選べるのは皇家か5大公家の縁者に限られていた。
一般の竜騎士は飛竜が成熟間近になって相棒を決め、それぞれの騎士団で鍛錬を積んでいた。各騎士団の方針で左右され、知識にも偏りがあった。内乱が起こる前、特にホルスト卿が団長を務めていた頃の第2騎士団の様に、家柄を重視して登用し、飛竜の世話も竜騎士当人はせずに従者や係官に任せきりと言う事も当たり前に行われていた。
これでは飛竜との絆が深まるはずはない。内乱終結後、陛下はその体制を少しずつ変えていった。頭の固い旧体制を重んじる人達を説得しつつ、神殿との協力を取り付けて実現させた。特例で幼竜のうちに相棒を決めたティムとテンペストの活躍も役に立ったかもしれない。竜騎士科の設立と併せて、竜騎士の質の向上への改革の柱となっている。
ともかく、アルベルタは正神殿への1カ月間の滞在が決まった。ある程度の物は神殿で用意してもらえるが、何かと足りないものがある。
フォルビア城に戻ってその城下町で揃えようかとも考えたが、正神殿の周囲では行商人が集まって自然と市が出来上がっている。都会に比べると品ぞろえは劣ってしまうが、それでも一通りのものが揃っている。アルベルタも1人では不安だろうから、オリガが付き添って買い物に出かけることになった。
それなら私もとジーン卿も加わり、更にヴァルトルーデも誘って出かけることになったのだが、女性ばかりでは心配なのでレオナルトとマティアスを護衛に付けた。俺は見習い達の鍛錬があるのでカミルと留守番だ。息抜きも兼ねて楽しんできて欲しい。
「鍛錬より疲れました」
満足そうな表情で帰って来た女性陣とは対照的に大きな荷物を抱えた護衛の2人は疲れ切った様子だった。これは護衛をしていたと言うよりは荷物持ちをしていたと言った方が正しいかもしれない。2人を労い、ゆっくり休むように言って部屋に帰した。
必要な物はこれで揃ったが、もちろんこのまま送り出してしまうつもりはない。アルベルタもミステルで挨拶したい人がいるだろうし、1カ月後には一度迎えに来て、ミステルでのあいさつを済ませてから改めて盛大に送り出すつもりだ。そうでないとヤスミーンやモニカに恨まれてしまう。
予定外の出来事でフォルビア正神殿での滞在日数が1日増えたが、ともかく当初の目的であるカイが相棒を得る瞬間を見届けることが出来た。翌日俺達はトビアス神官長に後の事を頼み、次の目的地である再建されたフォルビア大公家の別荘へと向かった。見習い達の鍛錬に付き合うリーガス卿とはここでお別れだ。また機会があれば一緒に鍛錬しようと確約させられたが……。
「ああ、本当に再建されたのね」
館の上空を旋回していると、オリガは感極まった様に涙を流していた。生前のグロリア様がお住まいだったこの場所はオリガにとっても思い出深い場所だった。内乱が勃発して間もなく、この場所はラグラスの兵によって襲撃された。美しい館は焼け落ち、庭園は荒れ放題となった。それをフォルビア総督となられたヒース卿が限られた中から予算を捻出し、この館を再建したのは一昨年の事だった。
まだ第3騎士団にいた頃は、俺も時間を見つけて手伝いに来ていたので懐かしい。重い荷物など飛竜が居れば楽に運べる。気づけば俺だけでなくラウルやシュテファンも泥だらけになって作業を手伝っていた記憶がよみがえる。だが、こうして完成した姿を見るのは今回が初めてだ。
昨年はエルニアへの介入、今年は皇妃様のご懐妊で遠出が難しく、皇妃様はまだ再建されたこのお館をご覧になっていない。今回フォルビアへ立ち寄る機会があれば、ぜひ見て感想を聞かせて欲しいとオリガは皇妃様に頼まれていた。フォルビア正神殿まで来たので立ち寄ることにしたのだが、ヒース卿の計らいで今夜はここで1泊させていただくことになっている、
「竜舎もこのままなんだ」
「懐かしいわね」
竜舎も確認したくて、相棒の背から家族を降ろした後は自分で相棒を連れて行く。ここも厩舎を改造した以前の竜舎を模倣して再建されていた。懐かしい。カミルは外で遊んでいたので、レーナに任せてある。しばしオリガと2人、思い出に浸った。
「オリガが淹れてくれるお茶をいつも楽しみにしていたんだ」
「ルークが美味しいと言って飲んでくれるのが嬉しかったわ」
「ここで告白しちゃったんだよね」
「でも、嬉しかったわ」
恥ずかしい記憶も蘇る。あの時は飛竜達が寝ていると思って完全に油断していた。告白していたところをあの、上司2人に飛竜の目を通じてばっちり見られてしまった。いろんな人に話が広まり、恥ずかしい思いをしたが、今ではいい思い出だ。
「おとーしゃん、おかーしゃん」
外で遊ぶのが飽きたのか、カミルが竜舎の中へ入って来た。その後ろからは慌てた様子のレーナの姿が見える。思い出に浸る俺達の邪魔をしないようにしてくれていたみたいだ。レーナを手で制し、飛び込んできたカミルを受け止める。ずっと一緒に居られるのが嬉しいようで、カミルはご機嫌だ。
「そろそろ中へ入ろうか?」
「そうね」
受け止めたカミルを抱きあげ、オリガの手を引いて竜舎を後にする。そしていよいよ本館へと足を踏み入れた。
「ようこそお越しくださいました」
「オルティスさん!」
玄関から中へ入ると、そこにはオルティスさんが待っていた。姫様が御留学された一昨年に現役を退かれ、現在はこの館の敷地内に建てられた隠居所で暮らしておられる。さすがに当時のような堅苦しい服装はしていないが、この場所にいるべき人がいると落ち着くし、当時を想い出して一層懐かしさがこみあげて来た。
「お久しぶりでございます。エルニアで大役を果たされたとか。ご無事のご帰還をお喜び申し上げます」
「ありがとう。でも、一番貢献しているのはティムじゃないかな。向こうで頑張っていたよ」
「そうですか……」
オルティスさんも心なしか目が潤んでいる。それをごまかす様に俺達をあの思い出深い部屋へ案内してくれた。それはグロリア様が好んで過ごされていた居間だった。
「ここもそっくりそのままに……」
「本当にありがたい事です。女大公様……グロリア様のお声が聞こえてくるようでございます」
細かい調度など、さすがに全て同じものを取り揃えることは出来なかったみたいだ。だが、部屋全体の色合いとか雰囲気は当時をほうふつとさせる。部屋の奥、暖炉の側にはグロリア様が良く腰掛けておられた安楽椅子も再現されている。その椅子に座ったまま、あの方に真直ぐに視線を向けられると、何もかも見透かされているような気持ちになり、当時はこの部屋に入るだけで緊張したものだ。
よく見ると、その安楽椅子には手編みのショールがかけられている。この館の完成の報告を受けられた皇妃様がグロリア様にお編みになられたのと同じものをご用意された。御留学される際、皇妃様に頼まれた姫様がこちらに立ち寄ってこのショールを置いて行かれたのだ。
「お茶をどうぞ。カミル様には果実水をご用意いたしました」
暴れることなく、俺の腕の中に納まっていたカミルは嬉しそうに果実水を口にしている。ちゃんと騒いではいけない場所だと分かっているみたいで、本当にうちの子は賢い。ひとしきりカミルの頭をなでると、俺達もオルティスさんが入れてくれたお茶で喉を潤し、懐かしくも贅沢な時間を過ごした。
オルティスさんも交えての思い出話は尽きず、晩餐を終え、カミルが寝た後も夜が更けるまで思い出話に花を咲かせた。
そこでトビアス神官長の勧めで1カ月間、今回相棒を得た見習い竜騎士達と一緒に仔竜との絆を深めながらその接し方を学ばせてもらう事になった。この間、見習い竜騎士達は合同で鍛錬も行うが、その間アルベルタは神官になるための勉強をすることが決まった。ちなみにこの1カ月が過ぎた後は、仔竜が成熟するまで竜騎士見習いの方が定期的に会いに来ることになっている。
幼竜のうちに相棒を選び、竜騎士との絆をより強くするというこの試みは近年始めたものだ。他国では既に始めている所も多いのだが、タランテラでは今まで幼竜のうちに相棒を選べるのは皇家か5大公家の縁者に限られていた。
一般の竜騎士は飛竜が成熟間近になって相棒を決め、それぞれの騎士団で鍛錬を積んでいた。各騎士団の方針で左右され、知識にも偏りがあった。内乱が起こる前、特にホルスト卿が団長を務めていた頃の第2騎士団の様に、家柄を重視して登用し、飛竜の世話も竜騎士当人はせずに従者や係官に任せきりと言う事も当たり前に行われていた。
これでは飛竜との絆が深まるはずはない。内乱終結後、陛下はその体制を少しずつ変えていった。頭の固い旧体制を重んじる人達を説得しつつ、神殿との協力を取り付けて実現させた。特例で幼竜のうちに相棒を決めたティムとテンペストの活躍も役に立ったかもしれない。竜騎士科の設立と併せて、竜騎士の質の向上への改革の柱となっている。
ともかく、アルベルタは正神殿への1カ月間の滞在が決まった。ある程度の物は神殿で用意してもらえるが、何かと足りないものがある。
フォルビア城に戻ってその城下町で揃えようかとも考えたが、正神殿の周囲では行商人が集まって自然と市が出来上がっている。都会に比べると品ぞろえは劣ってしまうが、それでも一通りのものが揃っている。アルベルタも1人では不安だろうから、オリガが付き添って買い物に出かけることになった。
それなら私もとジーン卿も加わり、更にヴァルトルーデも誘って出かけることになったのだが、女性ばかりでは心配なのでレオナルトとマティアスを護衛に付けた。俺は見習い達の鍛錬があるのでカミルと留守番だ。息抜きも兼ねて楽しんできて欲しい。
「鍛錬より疲れました」
満足そうな表情で帰って来た女性陣とは対照的に大きな荷物を抱えた護衛の2人は疲れ切った様子だった。これは護衛をしていたと言うよりは荷物持ちをしていたと言った方が正しいかもしれない。2人を労い、ゆっくり休むように言って部屋に帰した。
必要な物はこれで揃ったが、もちろんこのまま送り出してしまうつもりはない。アルベルタもミステルで挨拶したい人がいるだろうし、1カ月後には一度迎えに来て、ミステルでのあいさつを済ませてから改めて盛大に送り出すつもりだ。そうでないとヤスミーンやモニカに恨まれてしまう。
予定外の出来事でフォルビア正神殿での滞在日数が1日増えたが、ともかく当初の目的であるカイが相棒を得る瞬間を見届けることが出来た。翌日俺達はトビアス神官長に後の事を頼み、次の目的地である再建されたフォルビア大公家の別荘へと向かった。見習い達の鍛錬に付き合うリーガス卿とはここでお別れだ。また機会があれば一緒に鍛錬しようと確約させられたが……。
「ああ、本当に再建されたのね」
館の上空を旋回していると、オリガは感極まった様に涙を流していた。生前のグロリア様がお住まいだったこの場所はオリガにとっても思い出深い場所だった。内乱が勃発して間もなく、この場所はラグラスの兵によって襲撃された。美しい館は焼け落ち、庭園は荒れ放題となった。それをフォルビア総督となられたヒース卿が限られた中から予算を捻出し、この館を再建したのは一昨年の事だった。
まだ第3騎士団にいた頃は、俺も時間を見つけて手伝いに来ていたので懐かしい。重い荷物など飛竜が居れば楽に運べる。気づけば俺だけでなくラウルやシュテファンも泥だらけになって作業を手伝っていた記憶がよみがえる。だが、こうして完成した姿を見るのは今回が初めてだ。
昨年はエルニアへの介入、今年は皇妃様のご懐妊で遠出が難しく、皇妃様はまだ再建されたこのお館をご覧になっていない。今回フォルビアへ立ち寄る機会があれば、ぜひ見て感想を聞かせて欲しいとオリガは皇妃様に頼まれていた。フォルビア正神殿まで来たので立ち寄ることにしたのだが、ヒース卿の計らいで今夜はここで1泊させていただくことになっている、
「竜舎もこのままなんだ」
「懐かしいわね」
竜舎も確認したくて、相棒の背から家族を降ろした後は自分で相棒を連れて行く。ここも厩舎を改造した以前の竜舎を模倣して再建されていた。懐かしい。カミルは外で遊んでいたので、レーナに任せてある。しばしオリガと2人、思い出に浸った。
「オリガが淹れてくれるお茶をいつも楽しみにしていたんだ」
「ルークが美味しいと言って飲んでくれるのが嬉しかったわ」
「ここで告白しちゃったんだよね」
「でも、嬉しかったわ」
恥ずかしい記憶も蘇る。あの時は飛竜達が寝ていると思って完全に油断していた。告白していたところをあの、上司2人に飛竜の目を通じてばっちり見られてしまった。いろんな人に話が広まり、恥ずかしい思いをしたが、今ではいい思い出だ。
「おとーしゃん、おかーしゃん」
外で遊ぶのが飽きたのか、カミルが竜舎の中へ入って来た。その後ろからは慌てた様子のレーナの姿が見える。思い出に浸る俺達の邪魔をしないようにしてくれていたみたいだ。レーナを手で制し、飛び込んできたカミルを受け止める。ずっと一緒に居られるのが嬉しいようで、カミルはご機嫌だ。
「そろそろ中へ入ろうか?」
「そうね」
受け止めたカミルを抱きあげ、オリガの手を引いて竜舎を後にする。そしていよいよ本館へと足を踏み入れた。
「ようこそお越しくださいました」
「オルティスさん!」
玄関から中へ入ると、そこにはオルティスさんが待っていた。姫様が御留学された一昨年に現役を退かれ、現在はこの館の敷地内に建てられた隠居所で暮らしておられる。さすがに当時のような堅苦しい服装はしていないが、この場所にいるべき人がいると落ち着くし、当時を想い出して一層懐かしさがこみあげて来た。
「お久しぶりでございます。エルニアで大役を果たされたとか。ご無事のご帰還をお喜び申し上げます」
「ありがとう。でも、一番貢献しているのはティムじゃないかな。向こうで頑張っていたよ」
「そうですか……」
オルティスさんも心なしか目が潤んでいる。それをごまかす様に俺達をあの思い出深い部屋へ案内してくれた。それはグロリア様が好んで過ごされていた居間だった。
「ここもそっくりそのままに……」
「本当にありがたい事です。女大公様……グロリア様のお声が聞こえてくるようでございます」
細かい調度など、さすがに全て同じものを取り揃えることは出来なかったみたいだ。だが、部屋全体の色合いとか雰囲気は当時をほうふつとさせる。部屋の奥、暖炉の側にはグロリア様が良く腰掛けておられた安楽椅子も再現されている。その椅子に座ったまま、あの方に真直ぐに視線を向けられると、何もかも見透かされているような気持ちになり、当時はこの部屋に入るだけで緊張したものだ。
よく見ると、その安楽椅子には手編みのショールがかけられている。この館の完成の報告を受けられた皇妃様がグロリア様にお編みになられたのと同じものをご用意された。御留学される際、皇妃様に頼まれた姫様がこちらに立ち寄ってこのショールを置いて行かれたのだ。
「お茶をどうぞ。カミル様には果実水をご用意いたしました」
暴れることなく、俺の腕の中に納まっていたカミルは嬉しそうに果実水を口にしている。ちゃんと騒いではいけない場所だと分かっているみたいで、本当にうちの子は賢い。ひとしきりカミルの頭をなでると、俺達もオルティスさんが入れてくれたお茶で喉を潤し、懐かしくも贅沢な時間を過ごした。
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