群青の軌跡

花影

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第6章 親子の物語

第4話

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 祝宴の翌日は、俺だけでなく男衆の大半は二日酔いで動けなくなっていた。それは竜騎士達も例外ではなく、みんなオリガが作った薬の世話になっていた。その日の午後、まだ顔色は悪いながらもアルノーがジークリンデと共にドムスへ向けて出立出来たのはあの薬のおかげだと思う。
 俺もその薬のおかげで午後には動けるようになっていたが、新婚のアルノー達の出立を見送った後は、のんびりと過ごすことにした。予定していた仕事があったが、翌日に持ち越しても差し支えないので、今日1日ぐらい怠惰に過ごしても問題ない。カミルを連れて外を散歩したり、オリガとお茶の時間を楽しんだりしてその日は過ごした。
 その翌日、ロベリアから使いが来た。リーガス卿がカイの相棒の選定をフォルビア正神殿で5日後に行うと知らせてくれたのだ。元々アジュガで数日ゆっくり過ごしてからミステルへ視察に行く予定を立てていた。少々予定が早まるが、ファビアンとマティアス、レオナルトも同行してくれると言うので、一旦ミステルに立ち寄ってからフォルビアに向かうことになった。
「迎えに来たぞ」
「フォルビアへ行くのでしょう? 送っていくわよ」
 出立前夜、リーガス卿とジーン卿がわざわざ立ち寄ってくれた。返答の手紙には書かなかったのだが、俺ならオリガやカミルも連れて行くと思ってわざわざ寄ってくれたらしい。他にも護衛として竜騎士が3人同行しているので、同伴者が増えても安心だ。
「助かります。カイの様子はどうですか?」
 選定に臨むカイ達見習いはキリアン卿の先導で既にフォルビアへ向かっているらしい。エルニアから帰還した折にロベリアで1泊したのだが、何分体を休めるのを優先したためにカイに会うどころかリーガス卿ともあまり話をしていない。あの時はとにかく早く皇都に向かい、一刻でも早く家族に会いたい一心だった。
「元気にしているぞ。他の見習いともすぐに打ち解けて、今ではすっかり彼等のまとめ役になっている」
 子供ばかりの集団の頭目をしていた経歴が生きているのだろうか? なにはともあれ元気にしているようで何よりだ。座学への苦手意識は消えていないみたいだが、それでも仲間の助けを借りて乗り越えているらしい。
「本当は来年でも良かったのだが、彼等の教育担当のゴルトが強く推していたから受けさせることにした」
「たまに家に連れて来るけど、うちの子達の相手もしてくれて、本当にいい子よ」
 ドレスラー家は昨年、4男が誕生して益々にぎやかになったと聞いている。カイは時折、夕食に招かれたついでに子守りを任されているらしい。ともかく充実した毎日を送っているようで何よりだ。フォルビアで会う機会もあるだろう。焦る必要はないのだが、相棒が見つかると良いのだが……。



 翌日、俺達はミステルに移動した。エアリアルにはカミルが同乗し、女同士の話がしたいからとオリガはジーン卿のリリアナに、そしてレーナはファビアンの相棒に乗せてもらっていた。リーガス卿が来てくれたおかげで同行できる人数が増えたため、当初はアジュガに残ってもらう予定だったヴァルトルーデも同行できることになった。
 慣れない場所でしかも良く知らない人たちに囲まれて過ごすのも心細いだろうと気がかりだったのだ。まあ、だからと言って俺の家族やガブリエラが彼女を放って置くことは無いのは確かだけれど。それでもレオナルトの相棒に乗せてもらっている彼女は心なしか嬉しそうだった。
「ご無事な姿を見て、安堵しました」
 ミステルに到着すると、アヒムやザムエルといったミステルの運営を任せている配下だけでなく、新設された竜騎士科の講師陣や生徒までもが勢ぞろいして迎えてくれた。
「出迎えありがとう。どうにか役目を果たすことが出来て、各国の国主方からも高い評価を頂いた。俺達を信じて送り出して下さった陛下も喜んで下さった」
 これだけ大勢が揃った中で領主らしく対応するのは未だになれない。でも妻子の前でかっこ悪い所を見せるわけにはいかない。虚勢を張っているのは丸わかりなのだが、何とか乗り切った。
「ちょっと若いのを構ってくる」
 着いた早々にリーガス卿は竜騎士科の生徒達を連れて練武場へ向かった。騎士団長として次代を担う若者達の腕前が気になるのだろう。まあ、単に体を動かしたいと言うのもあるのだろうけど。苦笑しながら武術担当のエルフレート卿がその後を追っていった。
 ジーン卿とヴァルトルーデ嬢の対応はオリガが引き受けてくれたので、俺はブロワディ卿ら他の講師陣に騎士科の施設を案内してもらう事になった。領主館の改修を終えたルトガー親方率いるツヴァイク領の職人達によって騎士科の区画も綺麗に改装されていた。あの、見ているだけで目が痛くなりそうな装飾だったのが嘘の様だ
 使用中の宿舎の見学はさすがに控えたが、代わりに空いている部屋を見せてもらう。2人部屋で寝台と机が備え付けられている。騎士団の宿舎と変わらず、これなら快適に過ごせるだろう。
 専属の料理人を雇っている食堂も好評らしい。昼食を終えたばかりだったので、雇われている下働きがその後片付けに追われていた。邪魔をしないように、その様子を確認しただけですぐに食堂を後にした。その後も竜騎士科の区画を見て回り、最後はリーガス卿が生徒を連れて行った練武場へ向かった。
「派手にやりましたね」
 練武場の中央にリーガス卿が仁王立ちし、その周囲に生徒達が転がっている。それをエルフレート卿が苦笑しながら見ていた。生徒相手にちょっとやりすぎなんじゃないかな。
「おう。お前の所の2人が一番根性あるな」
 見るとディルクとロルフはまだあきらめずに立ち上がろうとしていた。もう無理しなくていいぞと声をかけると、力尽きたように床に倒れ込んだ。
「ルーク、生徒達に見本を見せてやれ」
 リーガス卿はいきなりそう言うと、修練用の長剣を投げ渡してくる。ああ、まだ動き足りないんだなと、あきらめの境地でそれを受け取り、上着を脱いで対峙する。床に転がっていた生徒達は講師達が慌てて避難させていた。
「こうして試合するのも久しぶりだ。手加減無しで行こう」
「了解です」
 というか、手加減すればあっという間にやられる。遠慮は無用。俺は練武場の床を蹴ってリーガス卿に斬りかかる。

ガキン

 当然、俺の攻撃は難なく受け止められる。そしてすかさず鋭い反撃が来る。まともに受ければ力負けするので受け流し、一旦距離を取る。そして体勢を立て直してから手数を生かした攻撃を繰り出していく。それでも余裕で受け流される。俺としては割と本気の攻撃だったのだが、全然効いていない。あの体格でこの速度に対応できるなんて本当に反則だ。
「はい、そこまで」
 さて、仕切りなおしてもう一度と思ったところで待ったがかかる。振り返ると呆れた様子のジーン卿が立っていた。
「もう、無茶しすぎ」
「……面目ない」
 ジーン卿にたしなめられてリーガス卿がその巨体を縮こまらせる。当然、試合はこれで終了。解散となった。俺達の試合が生徒達にいい刺激になったかどうかはわからない。
 ジーン卿に引きずられるように連れて行かれるリーガス卿を見送ると、俺はアヒムと共に執務室へ移動して仕事になった。急を要するものは既に皇都で報告を受けているので、ここにあるのは重要度の低い報告書の類ばかりだ。書類に目を通してひたすら署名をしていくのが結構きつい。リーガス卿との試合の後だから余計に辛かった。
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