群青の軌跡

花影

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第5章 家族の物語

閑話 カイ&アルベルタ

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カイ


「お前がカイか?」
「は、はい」
 兄ちゃん……いや、領主様が来られた日の午後、ミステルにお客さんが来た。飛竜を預かろうと着場に行くと、ガタイのいい竜騎士が俺に声をかけて来た。胸に付けている記章を見ると、どうやらこの人が話に聞いていた第3騎士団の団長さんらしい。ほとんど条件反射的に敬礼したのは、この1年ほどの間に叩き込まれた礼儀作法の成果だ。
「大地の資質か……。アイツは相変わらず面白い人材を発掘してくる」
 団長さんは俺の姿をしげしげと眺めると、満足したのか「また後で」と言い残して去って行った。なんか、かっこいい。
 その後飛竜を竜舎へ連れて行って世話をしていたが、家令のサイラスさんが俺を呼びに来た。言われるままに着替えを済ませて連れて行かれた先には領主様とさっきの団長さんが待っていた。
「カイ。改めて君の意思を聞きたい。竜騎士になりたい気持ちに変わりないか?」
「はい」
 俺に迷いは無かった。これで俺は正式に第3騎士団の竜騎士見習いとなる事になった。もう翌日に出立すると言うので、残りの仕事は免除となってその準備をすることとなった。




「カイ兄」
 荷物をまとめていると、レーナが部屋を訪ねて来た。春に会ったばかりだが、また一段ときれいになった気がする。清楚な服装が良く似合っていて、思わず見惚れていた。
「カイ兄」
「いや、その、どうした?」
「明日、ロベリアに行くって聞いたから……」
「うん。竜騎士見習いになることが決まった」
 レーナはその事を奥様に聞いて俺に会いに来てくれたらしい。
「これ、見習いになったお祝い。皇都で買ってきたの」
 そう言って彼女は何かの包みを差し出した。受け取ると中にはベルトとそれにつける小ぶりな小物入れが入っていた。金具にはさりげなく飛竜の模様が刻まれていてかっこいい。レーナが俺のために選んでくれたと思うとものすごく嬉しい。
「ありがとう……」
 嬉しいんだけど気恥ずかしくて、中途半端なお礼しか言えなかった。更には忙しいだろうからと気を利かせたレーナはすぐに帰ってしまった。何とかもう一度会ってちゃんと感謝を伝えなければと思ったが、出立の準備と挨拶回りに忙殺されてその時間を取ることが出来なかった。



 翌朝、俺は真新しい服に袖を通した。レーナにもらったあのベルトも付けている。着場で領主様に激励を受けている時に後ろの方に立っていたレーナと目が合った。ベルトを付けているのに気付いた彼女に、昔、仲間内で合図に使っていた指の合図で改めてお礼を伝える。彼女からも「頑張って」という返事が返って来た。
 やがて準備が整い、俺が乗せてもらった飛竜も着場を飛び立った。きっと、相棒に巡り合って竜騎士になってやる。俺は改めてそう決意したのだった。


アルベルタ


 物心ついた時から私は古びた酒場の手伝いをして暮らしていた。母親は私を生んですぐに誰かの愛人になると言って姿を消したと酒場の親父さんから聞いていた。
 表向きは酒場となっているけれど、実態は非公認の娼館だった。親父さんが給仕のお姉さんを斡旋し、お客さんに体を売らせていたのだ。私は女の子だったから、お母さんに置いて行かれてもいずれは私にも客を取らせようと思って親父さんは面倒を見てくれていたらしい。
 だけど7歳か8歳の頃、自分が母親だと言う女性がフラリと現れた。酒場の親父さんも給仕のお姉さん達もそう言うのだから本当の事なんだろう。でも、実感はわかなかったし、お酒とお金と男の人が好きなこの人の事は好きになれなかった。
 私の唯一の楽しみは神殿で簡単な読み書きを教えてもらう時だけだった。でも、お母さんが帰ってきてからはそれも休まされて仕事をさせられた。そのお金はお母さんに取り上げられ、お酒に変えられた。
「あんたが稼いだお金は親の私のもの」
 そんなよくわからない理屈でちょっとずつ貯めていたお金も全部使われてしまった。


 12歳の時、転機が訪れた。同じくらいの年の子供が集められ、領主館を見学させてくれた。その時に私に竜騎士の適性があると分かり、後日改めて領主館に招かれた。驚いたことに領主様直々に話をして下さったのだが、その領主様の姿を見て、それまでつまらなさそうにしていたお母さんの目の色が変わった。
「いい男じゃない」
 どう考えても釣り合わないと思うのだけど、この時お母さんは領主様の愛人になると決意していた。加えて私が竜騎士になれればお金が手に入ると思ったらしく、碌に話を聞かないうちに私を竜騎士見習い候補の勉強会に参加するのを承諾した。
 それでもお忙しい領主様はそれ以降姿を現さないし、お金が手に入るようになるのもだいぶ先になると分かってお母さんの興味もすぐに薄れてしまった。そのおかげで私と一緒に領主館へ行こうとしつこく付きまとわらなくなってちょっと安心した。
 お母さんの側から離れて更には好きな勉強が出来るのは嬉しかった。そしてその勉強会に参加することで、自分がどれだけいびつな環境にいるかも理解してしまった。だから3日間の勉強会を終えて家に帰る時は本当に嫌で仕方が無かった。
「アルベルタちゃん、来月迎えに来るからね」
 ある日、酒場でお手伝いをしていると、常連のお客さんからそんな事を言われた。何の事か分からないでいると、このお客さんの元へ妾奉公に上がることを勝手に決められていた。
 いつも私の体をベタベタ触りに来る人で、私が一番嫌いな人だ。だから断ってほしいと親父さんにお願いしたが、既にお母さんが支度金を受け取っていた。だったらそのお金を返してと言ったけど、既にその大半を使い込んでいたのだ。
 奉公に上がるのだから勉強会はもう必要ないと辞めさせられることになった。それでも最後に1回だけとどうにかお願いして行かせてもらった。そこで私は涙ながらに訴えた。これが私にできる最大限の抵抗だった。
 私の話を聞いてくれた大人達の対応は早かった。勉強会が終わっても帰らなくても良くなり、勉強会が無い日は領主館に住み込みで働けるようにして下さった。そこにはアジュガから来た同じ年頃の女の子がいて、仕事に限らず色んな事を教えてもらった。
 その後、町の偉い人からどうなったかを教えてもらった。酒場の親父さんは逮捕され、お母さんはお酒の中毒の治療の為神殿に保護された。酒場に居た給仕のお姉さん達は逃げたみたいだけど、何人かは捕まって同じように神殿に預けられているらしい。そして私を妾にしようとした商人は、何とか言い訳をして罪を免れていた。でも、支度金として渡したお金を返せと言っているらしいので、何年かかっても私が返す決意をした。
「お茶を飲みながらゆっくり話をしましょう」
 秋が深まる頃、領主様ご夫妻が私達の様子を見に来られ、それぞれ個別に話をする時間を設けて下さった。奥様が今まで食べたことが無いような美味しいお菓子とお茶を用意して下さり、それらを口にしながら色んな話をした。
 勉強は好きだけど、実は武術の訓練は苦手。そう言うと無理に竜騎士にならなくてもいいと言って下さった。でもそうなると、お母さんの所へ帰されてしまうのではないかと不安になる。
「そんな事ないよ」
 そう言って下さったのはそれまで黙って様子を見守って下さっていた領主様だった。今まで通り領主館で働き、武術は無理でも自分の身を守る術を習ってはどうかと言って下さった。仲良くなったヤスミーンやモニカと一緒に出来るようにして下さると言って頂けたので、頑張ってみることにした。



 竜騎士への道をすっぱり諦め、侍女として奥様にお仕えし始めた。お供として訪れたフォルビアの神殿で、思わぬご縁に恵まれた。

キュウ……

 一頭の仔竜に懐かれた。可愛くてかまっているうちに絆が出来てしまっていた。武術は苦手だけど、この仔竜と離れたくない。その一心でもう一度竜騎士の訓練を頑張ってみることにした。相棒が居ればどんなことでも乗り越えられる。この出会いでそう思えるようになっていた。



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これで5章は終了。次話から6章に入ります。
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