群青の軌跡

花影

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第5章 家族の物語

第36話

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 午前中は鍛錬と執務。午後は家族と過ごすという、ゆったりとした生活を送っている間に俺やオリガの体調もすっかり良くなっていた。
 ガブリエラが頑張ってくれているおかげで今のところアジュガには問題らしい問題は無かった。そうなってくると気になってくるのはミステルの方で、5日後に迫った収穫祭までにはアジュガに戻ってくる予定で一度視察をしておくことに決めた。
 俺としては1人で行ってくるつもりだったのだが、こちらに来る時に色々あったこともあって同行したいとオリガが強く望んだ。そうなるとカミルはどうするか? 夫婦で一晩話し合い、更には家族も含めて相談した結果、カミルは母さんに預かってもらってミステルへは俺達2人で行ってくることに決まった。
「行ってくるよ」
「出来るだけ早く帰ってきます」
 置いて行くと分かるとカミルに泣かれそうな気がしたので、ザシャやフリッツと一緒にお昼寝している間に出立することにした。同行してくれる竜騎士はコンラートとマティアス、レオナルト。そして俺達の身の回りの世話をすると言ってサイラスとレーナも来てくれることになった。
 父さんと母さん、ガブリエラに何かあった時の連絡要員としてアジュガに残るファビアンに見送られ、俺達は慌ただしくアジュガを出立した。
 今回ミステルでやっておきたい事は4つ。あらかじめリーガス卿に連絡をしておいたので、ロベリアから来た迎えにカイを見習い候補として預ける事。夏至祭前に話をした竜騎士の資質がある子供達とその家族と今後の話をする事。農家に依頼した香草の出来具合の確認。そして町中の視察。特に孤児院や新しく始めたビアンカの店の様子も気になる。どうしても時間がとれなかったらオリガだけで行ってもらうしかないけれど。
「お越しいただきありがとうございます」
 ミステルの着場にはアヒムを筆頭にシュテファンやザムエル等、主だった人達が出迎えてくれた。教育部隊の2人もいるし、後ろの方では敬礼をしているカイの姿もある。また背が伸びて大人びて見える。
 一通り挨拶を済ませると、早速会議室へ移動して報告を受ける。少し休んでからでもいいのではないかとアヒムには心配されたが時間が惜しい。お茶は報告を聞きながらでも飲めると言って押し切った。
「農家に依頼して栽培した香草は、農家にも飛竜にもおおむね好評の様です」
 先ずはアヒムが香草に関する報告をしてくれる。まだ1年目ということもあって最高級品にはほど遠いが、それでも飛竜達は喜んでくれているらしい。普通に料理にも使えるので、質が上がればミステルの特産品にもなりそうだ。その辺は俺よりもオリガの方が詳しいので、後で現物を見ながら相談してみよう。
 来年は開墾して専用の畑を増やす計画だ。町の整備も落ち着いてきたので、そちらへ回す人員を増やす予定らしい。また、町の外れに立てた労働者向けの貸家はほとんど空きが無い状態にもかかわらず希望者が後を絶たないので、また新たに建設中とのことだった。
「兵団の拠点をこちらに移したが、問題はないか?」
「今のところは順調だ」
 騎士団所属でもない他所から来た兵団が受け入れられるか心配だったが、ザムエルによると兵士の育成に最初からかかわっていたからかそれは杞憂に済んだらしい。アジュガから連れて来た兵士とミステルで鍛えた若い兵士を混ぜて隊を編成して活動しているため、それぞれの長所を生かしている形になっていた。
「まあ、一番は領主様の人徳のなせる業かと」
「俺?」
「領主様がこのミステルを住みやすい町に変えて下さった。領主様がされることだから、領主様が信任されているからという理由で自分は住民達に受け入れられているようです」
 どうやら今までやってきたことが実を結び始めている様だ。そう言った声が聞こえてくるのは何だか嬉しい。けれど照れ臭いので話題を変えることにした。
「見習い候補の子供達はどうしている?」
 俺が休暇をなかなか取れず、間が空いてしまったのでその後の対応はアヒムに一任していた。改めて3人とその保護者を集めてその意思を確認してもらっていた。全員から前向きな返事をもらえていたので、既に基礎の勉強を始めていると報告を受けていた。
「座学はまだ初歩の初歩を教えている段階ですが、ギード殿とシュテファン卿にもご協力いただいている飛竜達との交流は順調です」
 家から通わせるのも大変だしいきなり親元から離すのも酷なので、3日ほど領主館に泊まってもらって勉強し、親元で5日過ごしてもらっている。保護者の方もそれぞれ仕事を抱えている事から、子供達の送迎は兵団が請け負ってくれていた。子供達も順調に飛竜に慣れ、次の段階へ進もうとしたところで問題が起きたらしい。
「子供の1人がもう通えないと言い出しました」
 そう言いだしたのは3人の中で唯一の女の子だった。酒場に住み込みで働いている母親と2人暮らしで、父親はいない。子供自身は座学も飛竜との交流も楽しそうにしていたと聞いていたのだが、一体何があったのだろうか?
「理由は聞いたのか?」
「要領を得なかったのですが、別の候補者の保護者代わりの神官がじっくり話を聞いてくれたところによると、母親が彼女にも仕事をさせたいからとのことでした」
「仕事って酒場の給仕か?」
「どうやら違うようです」
 そう言って続けたアヒムの説明に怒りがこみあげて来る。
「最初はとある商家に奉公に上がると聞いておりましたが、実態はその当主の妾だそうです。母親は既にまとまったお金をもらっている様子です」
「本人は納得しているのか?」
「話を聞いている最中に泣き出したと報告がありました」
 金持ちだとは言え40を過ぎた相手では嫌だろう。泣き出すのも無理はない。それに成人前の子にそう言った行為を強要するのは神殿が禁じていることだ。当然わが国でもそれは順守されている。余程我慢できなかったのか、オリガが口を挟む。
「その子はどうしていますか?」
「領主館で保護しております。勉強が無い日は年が近いモニカやヤスミーンと一緒に領主館で働いてくれています。相応の賃金を用意しております」
 アヒムの素早い対応にホッと胸をなでおろす。俺がミステルの領主になる前は、仕事が無く、自らの体を売ったり悪事に手を染めたり、口減らしの為に子供を売ったりすることが日常茶飯事だったと聞く。だからこそ男女ともに働いてお金を稼ぐ手段を色々用意したのだ。
 それにともない住民の暮らしも安定し、そんな話は聞かなくなっていた。法令も整備し取り締まりも強化している。兵団の拠点を移したのもそれが理由の一つだ。それでも完全に無くなったとは思っていなかったが、まさかこんな形で明るみになるとは思わなかった。
「母親にもその商人にも話を聞きました。母親は子どもにとって悪い話ではないと言い張り、商人はあくまで奉公であって金は支度金だと主張しています」
 商人はまさか俺が目をかけている子だとは思いもよらなかったらしく、事情を知ったとたん子供に執着するのを諦めた。ただ、渡した支度金は返して欲しいと言ってきたのだが、母親はそれを使い込んでしまっていた。
「使い込んだ支度金は我々が立て替え、母親に随時支払うように命じました。ただ、彼女はそれを理解できずに、随分と騒ぎ立てました」
 酒による中毒症状がみられ、母親は神殿に保護することが決まった。勤めていた酒場の主も今回の件に関わっていた可能性もあるので、仕事は辞めさせて当面は治療に専念させることになった。子供は母親のそんな状況を知ると、健気にも自分が返すと言っているらしい。
「分かった。後で本人と面談しよう。オリガも同席してくれ」
「勿論です」
 その子にとってより良い答えが見つかると良いのだが……。ともかく今回の滞在中に面談が出来るよう、調整しておこう。
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