群青の軌跡

花影

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第5章 家族の物語

閑話 ジークリンデ

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当初の予定を変更してジークリンデ視点でお送りいたします。


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 それにしても良くしゃべる男だ。夏至祭の夜会で強引に設定された見合いの場に現れた相手への率直な感想だった。第2騎士団のバルトルト卿は明日の武術試合に出場するとかで、自分がどれだけ強いかを私にではなく両親に売り込んでいた。
「討伐期に自分は100頭を超える妖魔を殲滅しました。明日の武術試合では優勝して見せます」
「オスカー卿やティム卿が優勝候補に挙げられておりますが?」
「確かにオスカー卿は手強いでしょう。ですが、ティム卿は話になりませんよ。今日の飛竜レースでは勝てたかもしれませんが、明日も……となると体がもちませんよ。内乱の折のちょっとした貢献で他者とは違うと見せつけたいのでしょう。愚かとしか言いようがありません」
 自信満々の男の話に、今回この話を持ってきた小母様が得意気にうなずいている。討伐期に妖魔を100頭斃したと自慢していたが、私もそのくらいは斃しているし、更には他の雷光隊員は各自がその倍以上を討伐している。そもそも威張って言う程ではない。
 その後も私を無視して彼の自慢話は続いた。そんな話を聞くのに疲れ果てた私はうつむいたまま小さくため息をついた。



 翌日の武術試合、皇妃様が臨席されるのは午後からだったので、午前中は姫様の護衛として付き添うことになっていた。貴賓席の後方で試合を見ていると、バルトルト卿が出て来た。その相手は優勝候補の1人、ティム卿。前日は自信満々だった彼はどんな試合をするのだろうと見ていたが、一瞬で終わってしまった。もちろん、ティム卿の圧勝で。バルトルト卿は気絶して医務室へ運ばれていた。やはり達者なのは口だけだったらしい。
 その夜の舞踏会も窮屈だけどドレス姿で参加した。バルトルト卿が武術試合で入賞していれば同伴させられていたところだったが、彼はまだ医務室で休養中。顔も見なくて済むので安堵していた。
「ジークリンデ、こんなところに居ないで、婚約者のお見舞いに行ったらどうなの?」
 今回の縁談を持ってきた小母様が、私の姿を見付けていきなりそんな事を言い出した。
「随分と気が早いですね。今回は顔合わせだけのはずではありませんでしたか?」
「顔合わせをしたんだから了承したのも同じでしょう」
 何しろ舞踏会の真最中。他人の目もあるのでお父様がやんわりと小母様を止めて下さるが、小母様はなかなか引いて下さらない。彼女は何が何でも私をあの男に嫁がせたいらしい。
「あの口だけの男を我がリネアリス家の縁戚にしろと? 今日の武術試合で入賞でもして入れば考える余地はあっただろうが、あのような結果では話にならん」
 昨夜の夜会で彼は優勝できると豪語していたのだ。それなのに相手にはならないと言っていたティム卿にあっさりと負けた。自信を持つことは悪い事ではないけれど、他人を侮るような人は私の夫にはふさわしくないとお父様ははっきりと言って下さった。
「私の言う事が聞けないの!」
「リネアリス家の当主は私です。そして父親としては娘を幸せにしてくれる伴侶を選びたいですな。そう、彼の様な」
 お父様は意味深にそう言って視線を私の背後へ向ける。それにつられて小母様も私も振り返ると、アルノー卿がこちらに向かって来ていた。雷光隊の長衣は目立つ。ちょうど曲の合間ということもあり、多くの人が彼の行動を見てざわついている。
「ご家族でご歓談中に失礼いたします、リネアリス公」
「構わぬよ。要件は何かね?」
「ジークリンデ嬢にダンスのお誘いに参りました」
「そういう事なら、是非とも誘ってやってくれたまえ」
 私だけでなく小母様もあっけにとられている間にそんな会話が交わされていた。そしてアルノー卿は優雅な仕草で私に手を差し出した。
「ジークリンデ嬢、一曲踊って頂けませんか?」
「よ……喜んで」
 これまでずっと黙って成り行きを見守っていたお母様にそっと背中を押されて我に返った私は、差し出された手におずおずと自分の手を重ねた。アルノー卿は柔らかな笑みを浮かべると、私を広間の中ほどへいざなっていく。
「緊張している?」
「少しだけ……」
「合わせてくれたらいいから」
「お願いします」
 そんな会話を交わしている間に音楽が流れだす。アルノー卿のお言葉に甘えて合わせて踊り始めると、思った以上に体が動いていた。何だかいつもよりも踊りやすい。楽しくていつまでも踊っていたかったけど、あっという間に曲は終わってしまっていた。
「もう少しだけ付き合ってもらっていいかな?」
 チラリと両親の方に視線を向けると、既に小母様の姿は無かった。お父様とお母様が笑みを浮かべてうなずいてくれたので、彼と一緒に広間から中庭へ通じる露台へと場所を移した。途中、給仕から飲み物を受け取り、2人きりになったところで杯を合わせてから喉を潤した。
「ダンス、お上手なんですね」
「随分厳しく指導されたからね」
 元々アルノー卿はドムス家の分家のご出身。本家の跡取りの学友を勤めていたと聞いていた。家庭教師達からは特に厳しい指導を受けたそうで、そのおかげで6年前に急遽跡継ぎと呼ばれるようになっても苦労はしなかったらしい。「こんなところで役に立つとは思わなかったけど」と言って苦笑されていた。
 討伐期の間、良く話をしたことで分かったけれど、アルノー卿は芸術に造詣が深かった。私も彼ほどではないけれど、そういった芸術品を眺めるのが好きだ。そして本宮は芸術品の宝庫。その後はしばらくの間、本宮内にあるお気に入りの彫刻や絵画の話で話が盛り上がった。
「ねえ、ジークリンデ卿」
 会話がふと止まった折に、アルノー卿は真剣な表情で私の名前を呼んだ。
「どうされましたか?」
 疑問に思って首を傾げる。彼はやや躊躇ためらった後、どこか覚悟を決めた様子で口を開いた。
「好きだ」
 言われた言葉が理解できずに固まった。
「その、見合いをしたのはもちろん知っている。迷惑になるかもしれないと思って躊躇ちゅうちょしていたけど、相手があの男と知って耐えられなくなった」
「アルノー卿……」
「貴女の純粋な気持ちを聞かせて欲しい」
 彼は真っすぐに私を見つめていた。その真剣な表情は凛々しくて見惚れてしまう。2年前のあの日、途方に暮れていた私に手を指し伸ばしてくれた時からこの方に惹かれていた。冬の間、護衛と言う名目で傍に居て、似通った趣味を持っていると分かってとても嬉しかった。そう、私の答えは既に決まっていた。
「私も……好きです」
 そう答えた瞬間、私は抱きしめられていた。そして少しだけ低くなった声で宣言された。
「君の縁談は何が何でもぶち壊すから」
「大丈夫。お父様がきっぱりと小母様に断っていたから」
「本当に?」
「口だけの男を縁戚にしたくないですって」
 ダンスに誘われる前のやり取りを教えると、彼は安堵して喜んでいた。そして名残惜しそうに私を腕の中から解放した。
「そろそろ中へ戻ろうか」
 まだ一緒に居たかったけれど、そろそろ舞踏会もお開きの時間が迫っていた。本当に渋々と言った様子だったけれど、彼は私を両親の元へ送り届け「近日中に挨拶に伺います」と自分の意思を明確に示してくれたのだった。



 そしてその2日後、舞踏会の裏で発生していた事件に関わった竜騎士の処分が公表された。レオナルト卿の行動も問題だけど、女性と同衾していたバルトルト卿に呆れ果てた。
 舞踏会の間、あまり雷光隊員の姿を見かけないと思っていたら、その対応に奔走していたかららしい。アルノー卿が私をダンスに誘った時にはそれが一段落した後で、まだ公表できる段階ではなかった為伝えられなかったのだと後から謝られた。
 陛下の手足となって動くことが多い雷光隊の幹部ともなれば、機密を抱えていても当然のこと。逆にあの場で事件の事を話してしまっていたら、お父様からの信用は失っていただろう。
「娘を貰ってくれないか?」
「はい?」
 教育部隊も含めた雷光隊の会合が終わった後、私とアルノー卿はお父様に呼び出された。そしてお父様はいきなりアルノー卿にそう切り出した。
「あの……交際のお申し込みをするのが先だと思っていたのですが……」
「結婚までは考えていないのか?」
「いえ、いずれはそうしたいと思っております」
「なら、問題ないだろう」
 そう言ってお父様はあっさりと私達の交際どころか結婚まで許して下さった。更にまだ皇都におられたアルノー卿のご両親も呼ばれ、改めて私達の気持ちを確認しただけで正式に婚約が整ってしまった。
「お式は来年の春にしましょう」
「大神殿をすぐに抑えなければ」
「お披露目はドムスでもしたいですわね」
「ドレスは複数用意いたしましょう」
 私達が口を挟む間もなく、お母様方の間でどんどん話が進められていく。お父様方は既に話に加わるのを諦め、祝い酒と称して呑み始めてしまった。
「どうする?」
「口を挟める余地があると思う?」
「無理だな」
 お母様達の熱量に押され、私達は着々と話がまとめられていく様をただ眺めているだけだった。




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内乱前はグスタフに目を付けられないように大人しくしていたジークリンデのお父さん。
その頃の影響もあって一族からの評価はあまり高くありません。
でも、エドワルドに見込まれただけあってやる時はやる人なんです。
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