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第5章 家族の物語
第22話
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遅れた上に短くてすみません。
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翌日の昼前、俺達夫婦はカミルを連れてアジュガへ帰る一行を見送りに桟橋へ来ていた。船には既にアイスラー家の年長組の子供達とディアナとバート、ラファエルさんご夫妻も乗船している。そんな彼等の見送りにアイスラー家からは代表としてニコル、ラファエルさん達には本宮に滞在していた間お世話を担当していた侍官が見送りに来ている。
「世話になった」
「ルークもオリガも体に気を付けるんだよ」
「ありがとう。秋に時間がとれたら立ち寄るよ」
「お父さんとお母さんもお体に気を付けて」
俺とオリガは父さんと母さんと抱擁を交わし、ビアンカとモニカとヤスミーンには握手を交わして旅の無事を願った。まだよくわかっていないベティーナには高い高いをしてあげると、彼女は無邪気に喜び、カミルは自分もして欲しいとオリガの腕の中から手を伸ばしていた。
俺達の後ろでは妻子と別れを惜しんでいるサイラスの姿もある。当人は前夜の送別会の後に早目に下がらせてもらったから十分だと言って遠慮していたのだが、しばらく会う事が出来なくなるからと言って無理やり連れて来たのだ。公的な場所ではなるだけ感情を顕わさない様にしている彼にしては珍しく、目元にはうっすらと涙が浮かんでいる。
ラヴィーネ遠征から帰還した後の予定は流動的だが、秋までには一度アジュガとミステルへ行く予定だ。可能であればオリガとカミル、そしてサイラスも連れて行きたいと考えているのだけれど、果たしてどうなるか。秋が無理であれば、彼が妻子に会えるのは来年以降となる。
「アジュガの事はお任せください」
「ありがとう、ガブリエラ」
「体に気を付けてね」
サイラスと抱擁を交わしたガブリエラは最後に俺とオリガに挨拶をする。彼女の目も少し潤んでいる。彼女とも挨拶を交わし、フリッツにも高い高いをして別れを惜しむ。やがて全員が船に乗り込み、出航の時が来た。
「じー、ばー」
腕に抱いているカミルが不思議そうに船を指さす。大好きなじいじとばぁばが向こうに居るのに、どうして自分はいけないのか分からないのだろう。身を乗り出そうとする息子をしっかりと腕に抱きしめる。ままならない状態にやがてカミルは泣き出した。
「ゴメンよ、カミル。父さんと母さんはこっちで仕事があるから一緒に行けないんだ」
「今日は本宮のお兄ちゃん達と一緒に過ごしましょうね」
なかなか泣き止まないカミルを居合わせた人達も微笑ましく見守る。いち早く動いたのはサイラスで、すぐに待たせていた馬車を呼んでくれた。俺達は午後から仕事でこのまま本宮へ向かう。カミルは保育室で預かって頂けることになっていて、一緒に見送りに来たレーナが付き添ってくれることになっていた。馬車の中で大人達が必死に御機嫌を取るが、カミルはなかなか泣き止んではくれなかった。
カミルとオリガを北棟に送り届けた後、雷光隊の詰め所へ行くと、ラウルとシュテファンが待っていた。すぐに俺の執務室に移動し、留守中の連絡事項が報告される。特に大きな問題は起きておらず、そのほとんどは2人で対処できることばかりだったらしい。
「最後に報告があります」
「何だ?」
「レオナルトがミムラス家から勘当されたと正式に発表がありました。今後はバルリング家が後見を務めるそうです」
「そうか……」
どうやら御令嬢は彼を見捨てなかったらしい。ならば近いうちに、レオナルトと一度顔を合わせておいた方が良いだろう。そう思い、俺がラヴィーネへ向けて皇都を出立するまでの予定を確認する。あまり空いている時間はないが、雷光隊の出立を見送った後ならどうにかなりそうだ。
「それはそうと、フリーダ嬢は元気になったのか?」
徐にシュテファンに話を振ると、お茶を飲みかけていた彼は思い切りむせていた。涙目になりながら俺に鋭い視線を向けてくるが、心なしか顔が赤い。
「何か進展したのか?」
「イリスが言うには、ちゃんと約束をしてもらったとフリーダ嬢が喜んでいたそうです」
「ほう……」
ラウルに追い打ちをかけられ、シュテファンはその場で打ちひしがれていた。そして観念したのか、3年後、彼女が留学から帰ってきたら結婚しようと言ったと白状した。何はともあれめでたい話だ。
トントン
「隊長、失礼します。今、お時間よろしいでしょうか?」
話が一区切りしたのを見計らったかのように、扉を叩く音がして返事をすると、アルノーがジークリンデを伴ってやってきた。どことなく緊張した雰囲気がありながらも互いに視線を絡めて頬を染める初々しさから、この2人からも慶事を聞けるのだろうと察した。
「どうした?」
「その……ジークリンデ嬢との婚約が調いましたので報告に参りました」
「正式にか?」
「はい」
アルノーがリネアリス公に呼び出されたのは俺が休みに入る直前の2日前だ。それから話をまとめたのだろうが、随分と早い展開に驚きを隠せない。
「両親がまだ皇都に滞在していましたので、領地に帰る前に済ませてしまおうと言う話になりまして……」
アルノーとジークリンデは舞踏会でダンスを終えた後に互いの気持ちを確認していた。そして2日前にリネアリス公に呼ばれた時は、単にお付き合いを許してもらうだけのつもりだったらしい。
しかし、アルノーを気に入ったリネアリス公が2人の婚約に乗り気になり、夏至祭に参加していたアルノーの両親がまだ皇都に滞在していたことから、昨日のうちに正式な婚約を済ませてしまったとのことだった。この辺の行動力はさすが、大公家の当主と言わざるを得ない。
「婚礼は来年の春に決まりました。父も母も大喜びで準備を始めています」
少し恐縮した様子でジークリンデが付け加える。一方のアルノーの両親は相手が大公家の令嬢で驚いていたが、それでも彼女の事を気に入ったらしい。予定を早めてドムスへ帰ることになったアルノーの両親に同行し、あちらで婚約のお披露目をすることが決まったらしい。2人は婚約の報告と皇都を離れる旨をわざわざ伝えに来てくれたのだ。
「休暇中なんだし、それは構わない。気を付けて行ってこい」
「はい、ありがとうございます」
俺が許可を出すと、2人は嬉しそうに顔を綻ばせていた。その初々しい雰囲気はこちらの方が恥ずかしくなってくる。
「だが、礎の里へ向かう準備も怠るなよ」
「分かりました」
2人には重大な任務が待っている。念のため、婚約が決まって浮かれすぎないよう、軽く釘を刺すと、2人は神妙にうなずいていた。まあ、でも、正式に婚約して気持ちが落ち着いたからか、数日前までの危うさは感じない。これなら安心して送り出せる。
「出立前はもう時間が無いな。ラヴィーネから帰ったらお祝いしよう」
「いいですね。フリーダ嬢も呼びましょう」
俺の提案に乗ったラウルの一言で、シュテファンがまたむせかえる。ただ、その一言でアルノーもジークリンデもシュテファンとフリーダの仲が進展したことに気付いた。
「シュテファン卿もですか?」
「おめでとうございます」
「……気が早い。式はフリーダが留学から帰ってからだ」
2人の祝福にシュテファンは苦笑する。
「いいじゃないか。彼女の送別会も兼ねれば。それとも、2人きりにした方が良いか?」
「……送別会も兼ねてお願いします」
シュテファンは諦めたようにがっくりと項垂れてそう答えた。幼い婚約者から寄せられていた気持ちの答えをようやく見つけたのだ。めでたいことに変わりはない。細かい日付まではまだ決められないが、ラヴィーネから帰ってきたら祝いの席を開くことは決定事項となった。
「よし、早目に終わらせよう」
「そうですね。あちらから是非にと言われたのですから、相応の熱意を見せて頂きましょう」
第7騎士団に負担はかかるが、遠征期間の短縮はお互いの為にもなる。俺達はもう一度、ラヴィーネでの計画を練り直したのだった。
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翌日の昼前、俺達夫婦はカミルを連れてアジュガへ帰る一行を見送りに桟橋へ来ていた。船には既にアイスラー家の年長組の子供達とディアナとバート、ラファエルさんご夫妻も乗船している。そんな彼等の見送りにアイスラー家からは代表としてニコル、ラファエルさん達には本宮に滞在していた間お世話を担当していた侍官が見送りに来ている。
「世話になった」
「ルークもオリガも体に気を付けるんだよ」
「ありがとう。秋に時間がとれたら立ち寄るよ」
「お父さんとお母さんもお体に気を付けて」
俺とオリガは父さんと母さんと抱擁を交わし、ビアンカとモニカとヤスミーンには握手を交わして旅の無事を願った。まだよくわかっていないベティーナには高い高いをしてあげると、彼女は無邪気に喜び、カミルは自分もして欲しいとオリガの腕の中から手を伸ばしていた。
俺達の後ろでは妻子と別れを惜しんでいるサイラスの姿もある。当人は前夜の送別会の後に早目に下がらせてもらったから十分だと言って遠慮していたのだが、しばらく会う事が出来なくなるからと言って無理やり連れて来たのだ。公的な場所ではなるだけ感情を顕わさない様にしている彼にしては珍しく、目元にはうっすらと涙が浮かんでいる。
ラヴィーネ遠征から帰還した後の予定は流動的だが、秋までには一度アジュガとミステルへ行く予定だ。可能であればオリガとカミル、そしてサイラスも連れて行きたいと考えているのだけれど、果たしてどうなるか。秋が無理であれば、彼が妻子に会えるのは来年以降となる。
「アジュガの事はお任せください」
「ありがとう、ガブリエラ」
「体に気を付けてね」
サイラスと抱擁を交わしたガブリエラは最後に俺とオリガに挨拶をする。彼女の目も少し潤んでいる。彼女とも挨拶を交わし、フリッツにも高い高いをして別れを惜しむ。やがて全員が船に乗り込み、出航の時が来た。
「じー、ばー」
腕に抱いているカミルが不思議そうに船を指さす。大好きなじいじとばぁばが向こうに居るのに、どうして自分はいけないのか分からないのだろう。身を乗り出そうとする息子をしっかりと腕に抱きしめる。ままならない状態にやがてカミルは泣き出した。
「ゴメンよ、カミル。父さんと母さんはこっちで仕事があるから一緒に行けないんだ」
「今日は本宮のお兄ちゃん達と一緒に過ごしましょうね」
なかなか泣き止まないカミルを居合わせた人達も微笑ましく見守る。いち早く動いたのはサイラスで、すぐに待たせていた馬車を呼んでくれた。俺達は午後から仕事でこのまま本宮へ向かう。カミルは保育室で預かって頂けることになっていて、一緒に見送りに来たレーナが付き添ってくれることになっていた。馬車の中で大人達が必死に御機嫌を取るが、カミルはなかなか泣き止んではくれなかった。
カミルとオリガを北棟に送り届けた後、雷光隊の詰め所へ行くと、ラウルとシュテファンが待っていた。すぐに俺の執務室に移動し、留守中の連絡事項が報告される。特に大きな問題は起きておらず、そのほとんどは2人で対処できることばかりだったらしい。
「最後に報告があります」
「何だ?」
「レオナルトがミムラス家から勘当されたと正式に発表がありました。今後はバルリング家が後見を務めるそうです」
「そうか……」
どうやら御令嬢は彼を見捨てなかったらしい。ならば近いうちに、レオナルトと一度顔を合わせておいた方が良いだろう。そう思い、俺がラヴィーネへ向けて皇都を出立するまでの予定を確認する。あまり空いている時間はないが、雷光隊の出立を見送った後ならどうにかなりそうだ。
「それはそうと、フリーダ嬢は元気になったのか?」
徐にシュテファンに話を振ると、お茶を飲みかけていた彼は思い切りむせていた。涙目になりながら俺に鋭い視線を向けてくるが、心なしか顔が赤い。
「何か進展したのか?」
「イリスが言うには、ちゃんと約束をしてもらったとフリーダ嬢が喜んでいたそうです」
「ほう……」
ラウルに追い打ちをかけられ、シュテファンはその場で打ちひしがれていた。そして観念したのか、3年後、彼女が留学から帰ってきたら結婚しようと言ったと白状した。何はともあれめでたい話だ。
トントン
「隊長、失礼します。今、お時間よろしいでしょうか?」
話が一区切りしたのを見計らったかのように、扉を叩く音がして返事をすると、アルノーがジークリンデを伴ってやってきた。どことなく緊張した雰囲気がありながらも互いに視線を絡めて頬を染める初々しさから、この2人からも慶事を聞けるのだろうと察した。
「どうした?」
「その……ジークリンデ嬢との婚約が調いましたので報告に参りました」
「正式にか?」
「はい」
アルノーがリネアリス公に呼び出されたのは俺が休みに入る直前の2日前だ。それから話をまとめたのだろうが、随分と早い展開に驚きを隠せない。
「両親がまだ皇都に滞在していましたので、領地に帰る前に済ませてしまおうと言う話になりまして……」
アルノーとジークリンデは舞踏会でダンスを終えた後に互いの気持ちを確認していた。そして2日前にリネアリス公に呼ばれた時は、単にお付き合いを許してもらうだけのつもりだったらしい。
しかし、アルノーを気に入ったリネアリス公が2人の婚約に乗り気になり、夏至祭に参加していたアルノーの両親がまだ皇都に滞在していたことから、昨日のうちに正式な婚約を済ませてしまったとのことだった。この辺の行動力はさすが、大公家の当主と言わざるを得ない。
「婚礼は来年の春に決まりました。父も母も大喜びで準備を始めています」
少し恐縮した様子でジークリンデが付け加える。一方のアルノーの両親は相手が大公家の令嬢で驚いていたが、それでも彼女の事を気に入ったらしい。予定を早めてドムスへ帰ることになったアルノーの両親に同行し、あちらで婚約のお披露目をすることが決まったらしい。2人は婚約の報告と皇都を離れる旨をわざわざ伝えに来てくれたのだ。
「休暇中なんだし、それは構わない。気を付けて行ってこい」
「はい、ありがとうございます」
俺が許可を出すと、2人は嬉しそうに顔を綻ばせていた。その初々しい雰囲気はこちらの方が恥ずかしくなってくる。
「だが、礎の里へ向かう準備も怠るなよ」
「分かりました」
2人には重大な任務が待っている。念のため、婚約が決まって浮かれすぎないよう、軽く釘を刺すと、2人は神妙にうなずいていた。まあ、でも、正式に婚約して気持ちが落ち着いたからか、数日前までの危うさは感じない。これなら安心して送り出せる。
「出立前はもう時間が無いな。ラヴィーネから帰ったらお祝いしよう」
「いいですね。フリーダ嬢も呼びましょう」
俺の提案に乗ったラウルの一言で、シュテファンがまたむせかえる。ただ、その一言でアルノーもジークリンデもシュテファンとフリーダの仲が進展したことに気付いた。
「シュテファン卿もですか?」
「おめでとうございます」
「……気が早い。式はフリーダが留学から帰ってからだ」
2人の祝福にシュテファンは苦笑する。
「いいじゃないか。彼女の送別会も兼ねれば。それとも、2人きりにした方が良いか?」
「……送別会も兼ねてお願いします」
シュテファンは諦めたようにがっくりと項垂れてそう答えた。幼い婚約者から寄せられていた気持ちの答えをようやく見つけたのだ。めでたいことに変わりはない。細かい日付まではまだ決められないが、ラヴィーネから帰ってきたら祝いの席を開くことは決定事項となった。
「よし、早目に終わらせよう」
「そうですね。あちらから是非にと言われたのですから、相応の熱意を見せて頂きましょう」
第7騎士団に負担はかかるが、遠征期間の短縮はお互いの為にもなる。俺達はもう一度、ラヴィーネでの計画を練り直したのだった。
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