群青の軌跡

花影

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第5章 家族の物語

第18話

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「お疲れ」
 お祝いの席が終わった後、書斎に移動して俺達は飲みなおしていた。居間で話を続けても良かったのだが、ちょっと込み入った話をしたかったので書斎に移動したのだ。ちなみに父さんは呑みすぎたと言って部屋に引き上げ、母さんとリタは台所で後片付け、オリガは既に夢の中のカミルに添い寝している。
「姫様はちゃんと納得されたのか?」
「うん。留学中はお会いできないし、ならば自分が出来ることをしたいと言って納得して頂いた」
 ティムはそう言うと、俺が注いだ秘蔵の蒸留酒を美味しそうに飲み干した。酒豪やら底なしやらザルとまで称される第3騎士団の面々に鍛えられているのもあり、こいつもかなり酒に強いし、妙に舌が肥えている。俺が用意した蒸留酒はどうやらお気に召してくれたようで、すぐにお替りを催促してきた。
「納得して下さったのならいい。何しろ急に決まったからな。こちらも調整が大変だ」
「お手数をおかけして申し訳ありません」
 どのくらい大変かは理解していないだろうが、それもしおらしく頭を下げて来た。反省しているみたいだから、この話題はこの辺で切り上げておいてやろう。
「一つ報告しておくことがある」
「俺に?」
 首を傾げるティムに、昨年の討伐期にミステルで起きた夜這いの未遂事件を伝える。縁を切ったとはいえ、従姉妹達の頭の悪い犯行にティムは頭を抱える。
「すぐに教えてくれても良かったのに」
「夏至祭に供えて訓練中だっただろう?」
 自分が知らない間に全て終わらせてしまった事にティムはご不満の様だ。
「……あの2人の処遇は?」
「かわいがってもらったのだから祖父母の世話をするように命じて実家に帰した」
「それだけ?」
「家の周囲に厳重な塀と唯一の出入り口に頑丈な門を作らせた。自警団が常時見張りに付き、あの家族は父親が働きに出る以外は外出禁止になっている」
「姉さんはこの事は知っているの?」
「ああ、話してある。迷ったが、隠し事はしないと決めているから、正直に話した。少しだけ寂しそうにしていたけど」
「そっか……」
 下した処罰にティムもどうやら納得してくれたようだ。後から聞いた話では、あの2人が母親を頼ってフォルビアの神殿に居た時に所用で訪れたティムは遭遇してしまい、あからさまに迫られて辟易したことがあったらしい。まあ、これからはあの2人に悩まされることはもうないだろう。
「そういえばヒース卿から聞いたが、従弟殿はトビアス神官長の推薦で礎の里へ留学するらしい」
「へぇ……」
 姉の所為でフォルビア正神殿に居づらいのも確かだろうが、能力が高くなければ留学を勧められることは無い。きっと近い将来、高名な神官としてその名を馳せることになるだろう。
 一方の母親は気兼ねしてフォルビアに残るつもりだったが、周囲に説得されて息子に同行することにしたらしい。心機一転、幸せな生活を送ってくれることを願うばかりだ。
「明日からはエル坊のお守りだ。頑張れよ」
「頑張ります」
 ティムには既に北棟に住み込みでエル坊の護衛をすることを伝えてある。姫様と過ごす時間も作ってもらえると聞いてものすごくやる気を見せている。
「分かっていると思うが、あくまで姫様の為に設けられた時間だからな」
「分かっています」
 浮かれすぎて失敗しないよう、釘を刺しておく。まあ、陛下と皇妃様がおられるから大丈夫だろう。
 俺はともかく、子供の相手をすることになっているティムに深酒を指せるわけにはいかない。それはティム本人も分かっていたみたいで、この日の晩酌はほどほどで切り上げ、翌日に供えて早めに就寝したのだった。



 翌朝、まだ夜が明けきらないうちに俺達は家を出た。朝早い事もあってまだ寝ているカミルはお留守番。息子の事は母さんやビアンカに任せて、先ずは北棟へオリガとティムを送っていく。
「おお、来たな。ティム、ちょっと付き合ってくれ」
 使用人が出入りする通用口に2人を送ったのだが、そこへは何故か陛下が待ち構えておられた。そしてティムの返事も待たずに、そのまま奥へと連れて行く。向かった先はおそらく中庭。鍛錬着を着ておられたので、このまま朝の鍛錬の相手をさせるつもりなのだろう。
「陛下も楽しみにしておられたのかな?」
「そう……みたいね」
 公務で忙しく、鍛錬に割く時間がなかなか取れない陛下は、時折早朝に行っている雷光隊の鍛錬に参加している時がある。期間限定ではあるが、北棟に滞在することになったティムは鍛錬の相手にちょうどいいと思ったのかもしれない。
 まだ夜が明けきらない早朝、しかも普段は通るはずもない通用口で待っておられた陛下にあっけにとられながらオリガと2人でその背中を見送った。



「雷光隊、及び教育部隊全員揃いました」
 雷光隊も無事に朝の鍛錬を終え、飛竜の世話と朝食の後に詰め所へ全員が揃った。今後の予定の確認といった内容の会議である。
 いつもであればこういった場の進行役はラウルかシュテファンに任せるのだが、今回は思い切ってアルノーに任せてみた。何事も経験である。いささか緊張気味だったが、彼はこれまでのいきさつも踏まえて今後の予定のあらましを伝える。
「我々もラヴィーネに同行させてください」
 質問を受け付けたところ、真っ先に手を上げたのは教育部隊員の1人、ハーロルトだった。教育部隊のまとめ役も任せていて、この発言も彼等の総意らしい。
「既に休暇の予定を過ぎている。君達にはこの間、十分に休養を取って秋に備えて欲しい」
「ですが……」
「申し訳ないが、これは決定事項だ」
 正規の隊員ではないために無理はさせられないし、急速に伸びてきたとはいえまだ新人のマティアス達にも及んでいない。それが分かっているのだろう。彼等は渋々了承してくれた。
「姫様の護衛に我が隊からも1人選出することになった。昨年の国主会議の同行者の中から選ぶことになっている」
 ジークリンデが陛下のご指名で選ばれた事を伝えた後にそう言うと、シュテファンが発言を求める。
「アルノーが適任かと思います」
「理由は?」
「今回、護衛隊長を務めるオスカー卿の補佐を求められているのだと思われます。そうなりますとコンラートかアルノーに絞られるのですが、礎の里では何よりも礼儀作法が重要になってきます」
 シュテファンが言いたいことは理解した。今回の武術試合優勝を機に、陛下はオスカー卿を第5騎士団の団長に任命する心づもりでいる。その為、今回の姫様の護衛を完ぺきなものとして彼に箔を付けたいのだろう。ラウルなら補佐も完ぺきだろうが、彼の方がオスカー卿より格が上になってしまうので、純粋な評価が得られなくなってしまう。補佐をするにはドミニクでは経験が足りず、そうなるとコンラートかアルノーに絞られる。
 シュテファンの言う通り、礎の里では礼儀作法が重要になってくる。昨年、俺達も苦労したから身をもって知っている。コンラートも一通りの礼儀作法を身に付けているが、アルノーには及ばない。その為、今回の案件はアルノーの方が適任ということになる。
「うーん……」
 しかし、俺は即答を避けた。アルノーはジークリンデと仲を深めつつある。今は会議中ということで表情を引き締めているが、初々しい恋人同士の空気感が隠しきれていない。そんな浮ついた状態で責務が果たせるのだろうか?
「隊長が何を懸念されているかは分かりますが、彼なら大丈夫でしょう。いくら彼女が同行するからと言って、職務をおろそかにする真似はしないはずです」
 アルノーに視線を向けると、居住まいを正して表情を引き締め直していた。一方のジークリンデは表情に出さないように努力はしているものの、顔が赤くなっているのは止められない様子だ。でも、実際のところ、どうなんだろう? 俺だって2人の事は応援しているので気にはなるが、今は個人的な事を話している場合ではない。
「シュテファンがそこまで言うのならば、アルノーに任せよう。頼むぞ」
「はい、お任せください」
 彼に限らず雷光隊の面々は私欲を優先して破滅した例をいくつも見てきている。これまで努力して手に入れた今の信頼を損なうような真似はしないだろう。まあ、姫様を無事に送り届けた後であれば、支障がない範囲で2人で過ごす時間も認めてもらえるはずだ。今はあえて言わないけれど。
 その後の話し合いでアルノーは護衛任務を優先させるためにラヴィーネには同行しないことが決められた。姫様の出立前には戻って来る日程にはなっているが、タランテラで最も過酷な地へ行くので、皇都へ戻ってから体を休める時間が必要になる。ならば最初から同行しない方が良いだろう。そしてその間に休暇を取ってもらう事で話がまとまり、これで取り急ぎ決めることは片付いた。
「最後になったが、レオナルト・ディ・ミムラスを俺が預かることになった。噂でどこまで聞いているか分からないが、今回の不祥事で彼は見習いに降格する。持っている資質は捨てがたいので、俺が一から鍛え直すことになった」
 俺が最後にそう発表すると、反対意見が多く聞かれた。だが、これはもう決定事項だ。不満はあるかもしれないが、異論は認められない。
「当面は俺の従者として働かせる。不満はあるだろうが見守ってやってくれ」
 そう言って俺が頭を下げると、他の隊員達は渋々了承してくれた。そして、その会議が終わった後、懸念していた事が起きた。
「レオナルトがミムラス家から勘当された」
 アスター卿に姫様の護衛の人員を報告しに行った折に入って来た情報だった。



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