群青の軌跡

花影

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第5章 家族の物語

第16話

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フレア、無双する


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 改めて執務室周辺に厳重な人払いを命じてアスター卿の執務室へ向かったが、その途中で華やかな一団と遭遇する。皇妃様とそのお付きの侍女達だ。そしていち早くオリガが俺の姿を見付けて声をかけてきた。
「ルーク、姫様は?」
 華やかな一団はとにかく目立つ。俺は皇妃様の傍に寄ってひざまずいた。
「姫様は泣きつかれてお休みになっています。ティムから離れないらしいので、彼に任せてきました。そして執務室周辺は人払いしてあります。陛下とアレス卿はアスター卿の執務室へ向かわれたので、自分もこれから向かうところです」
 人払いしてある区画からは離れていて、人目もある。俺は皇妃様だけに伝わるよう、小声で現状報告をする。
「そう……私も用があるので向かいます。道中の護衛を頼みます」
かしこまりました」
 心配性の陛下のご下命により、目が不自由な皇妃様の本宮内の移動には輿を使うことが決められていた。しかし今回は輿の準備を待つのももどかしく出て来られたのか、ご自身で歩いて来られていた。俺もすぐに輿を準備させようとしたのだが、皇妃様はすぐに移動すると言われて断られた。そこで護衛に付いていた兵士の1人を先触れとしてアスター卿の執務室へ向かわせたうえで、仕方なくそのまま西棟までご案内することとなった。
 皇妃様がご自身で歩かれて西棟に向かわれる。これは非常に目立つ。すれ違う文官も武官も何事かといぶかしみながらも皇妃様に道を譲っていた。
「フレア」
 西棟に入ろうかというところで、知らせを受けた陛下が慌てた様子で駆け付けた。俺達は目に入らない様子で皇妃様に近づくと、危険は無かったか、転ばなかったかと質問している。逆に皇妃様は冷静で心配性の夫を宥《なだ》めていた。
「そんなに心配なさらなくても……」
「不安なのだよ」
 周囲に甘い雰囲気が漂い始める。放って置くと女性に人気の恋物語を思わせるような一場面が始まるので、俺は咳ばらいをして2人を現実に引き戻した。
「場所を変えよう」
 陛下はそうおっしゃると、徐に皇妃様を抱き上げる。皇妃様は慌てられていたが、陛下は気にすることなくそのまま歩き始める。そしてそのままアスター卿の執務室へ向かわれた。中に入ると、先程まで陛下の執務室で顔を合わせていた面々が待っていた。
 陛下が執務室へ入られると、その全員が起立して迎える。もうみんな慣れたもので、抱き上げられている皇妃様のお姿を見ても誰も表情を変えていない。そんな中、陛下は上座に用意されていた場違いなほどゆったりとした椅子に皇妃様を座らせる。おそらく俺が送った先触れに話を聞いてから彼女の為に急遽用意させたものだろう。
 皇妃様は席に落ち着かれると、オリガとフリーダを除くお付きの侍女達を下がらせる。総団長という地位にふさわしい広く立派な執務室なのだが、陛下を含む竜騎士6人と皇妃様に侍女2人が揃っていると少し窮屈に感じる。席にも限りがあるので、末席の俺は女性陣に席を譲って壁際に控えておくことにした。
「申し訳ありません……」
 勧めた席になかなか座ろうとしなかったフリーダが徐に頭を下げる。一体どうしたのかと疑問に思っていると、皇妃様が他の夫人達にティムの事を話しているのを聞き、姫様に伝えたのが彼女だった。大事な友達の為に動いたのだが、それがこんな大騒ぎになるとは思わなかったらしい。
「フリーダが責任を感じなくてもいいのよ」
「でも……」
「悪いのはティムよ。こんな大事な事、家族にも相談せずに即決しちゃうのですもの」
 今にも泣きそうな彼女に皇妃様が優しく声をかけ、色々思うところがあるのかオリガは弟のティムに怒っている。
「そうね。でも、一番悪いのはアレスよ」
「いや、その……」
 皇妃様に急に話を向けられたアレス卿はたじろいている。
「ティムを聖域に勧誘することで彼にも利があるのは認めるわ。でも、その場で決めてしまうのではなくて、ティムに熟考をうながすことは出来たはずでしょ?」
「……仰る通りです」
 皇妃様相手だと分が悪いのか、アレス卿は素直に己の非を認めていた。アレス卿だけでない。陛下もその場にいて止めなかった事を指摘され、皇妃様の叱責を甘んじて受けられていた。もちろん、誰もその御意見に反論することは出来ない。そしてその勢いに押されたフリーダはどうしていいか戸惑っている。俺がそっと椅子に座る様に促すと、彼女は俺の顔を見てからおずおずと席に着いた。
「ティムが聖域に行く事はもう変えられないのなら、せめてコリンにその埋め合わせをしてやりたいのです」
 皇妃様がわざわざ来られたのは、姫様の様子を確認するだけでなく、娘へ何かしてやりたいと言う親心だった。
「ティムにはしばらく子守りをしてもらおうと話をしていたところだ」
「子守り……ですか?」
 首を傾げる皇妃様に陛下はティムの身の安全を図るために決めたことを伝える。本宮への立ち入りを禁じたとはいえ、ディーターが皇都にいる限り安心はできない。力任せならティムにも対応できるだろうが、からめ手で来られると分が悪い。そんな謀略から守るには目の届く範囲にいてもらうのが一番だ。やんちゃなわんぱく坊主の相手をしてもらえば、さりげなく護衛を配して目を光らせられると言った内容を陛下は皇妃様とオリガに語って聞かせた。
「それなら、コリンと過ごす時間を作ることが出来ますね」
「しっかり働いてもらいましょう」
 アスター卿発案の子守りは皇妃様とオリガにもどうやら納得していただけた様だ。具体的な内容は本人も交えて後で話をすることになったが、皇妃様の独断で彼の宿舎は北棟に用意すると決められた。
「一時的にエルヴィンの護衛という形にすれば問題は無いと思います」
 皇家の醜聞につながるのではないかとオリガは心配していたが、ちゃんと任務が与えられて滞在するのだし、北棟には男性の使用人用の宿舎があるので何も問題はないらしい。一先ず今夜は我が家に連れ帰り、明日から北棟に滞在することになった。
「そうだな。我々の目が届く範囲でなら2人で居る時間を作ってもいいだろう」
「そうして下さいませ」
 これで姫様の件は決着したと言っていいだろう。どうやら皇妃様もご納得いただけた様で、北棟に戻られることとなった。帰りは当然、陛下が輿の用意を命じられる。その準備が整うまでの間、ふと何かを思いついた様子で皇妃様はアスター卿に向き直る。
「アスター卿、貴方の小さな姫君たちがお父様を恋しがっていますよ。意地を張るのもほどほどになさい」
「ご忠告、痛み入ります」
 現在、ワールウェイド公御夫妻は喧嘩中で、夫人のマリーリア卿は北棟に滞在している。忙しいのと互いに意地を張って仲直りできていない。そこを皇妃様に指摘され、さすがのアスター卿も神妙に頭を下げていた。
 それからほどなくして輿の準備が整い、皇妃様は侍女達と共に北棟に戻られた。帰り際、オリガと目が合う。微笑んでくれたのでちょっと幸せな気持ちになった。まだ仕事が残っているけど、これでもう少し頑張れそうだ。



「それにしても、フレアには敵いませんね」
「同感だ」
 華やかな一団が去って執務室に静けさが戻ると、アレス卿と陛下はホッとした様子で息を吐いた。2人の意見に部屋の主であるアスター卿も、結局口を挟む間もなかったヒース卿とリーガス卿も同意している。
 侍官がお茶を用意してくれたので、一息ついたらそろそろ雷光隊の詰め所へ戻らないといけない。そう言えば、フリーダが随分と落ち込んでいた。明日はシュテファンに休みを取らせて彼女と過ごさせた方が良いかな……なんて考えていたところへ執務室の重厚な扉が叩かれる。
「デュークです。ご報告したいことがあります」
 入室してきたデューク卿は陛下やアレス卿もいて少し驚いていた。気を利かしたアレス卿が席を外そうとしたけれど、逆にデューク卿がいて欲しいと懇願していた。
「ああ、さっきの事か」
「そうです」
 どうやらアレス卿には心当たりがあるらしい。ここにいる全員に聞いて欲しいとのことだったので、俺達はもう一度腰を落ち着けて彼の話を聞くことにした。
「会議の後、部下のレオナルトに今回の決定を通達したところ、酷く激高して自分は認めないと言い放って席を立ちました。それだけならまだしも、全てはティム卿の所為だと言い出し、竜舎にいた彼につかみかかると言う騒動まで起こしました」
 ちょうどその騒ぎが起きている時にティムを呼びに行ったアレス卿は遭遇し、レオナルトをいさめて下さったらしい。
「それは手数をかけた」
「いえ、まあ、あんな形でティムを誘った罪悪感もありましたし、お役に立てたのなら良かった」
 陛下がアレス卿に頭を下げると、彼は肩を竦めてそう答えた。
「本当に世間知らずなのです。今回の事も無知と嫉妬心から騒動を起こしています。再教育も無理ではないかと進言しにまいりました」
 デューク卿によると、パラクインスがティムにブラッシングをして欲しいだけでタランテラに来ている事や、社交界の有名人であるはずのエルネスタの顔さえ知らなかったらしい。
 飛竜レースの出立前にティムがパラクインスに捕まっていたことを他の出場者に「美女が放してくれなかった」と冗談めかして言っていたことで彼の事を不謹慎だと思い込み、更には褒賞の授与が行われた夜会でエルネスタに絡まれていたところを別れ話がこじれていたと思い込んでいた。一般常識が欠けているのかもしれない。
「フリードリヒ殿が抗議しに来そうだな」
 アスター卿は深いため息をつく。フリードリヒ・ディ・ミムラス。現ミムラス家当主でレオナルトとウォルフの実の父親だ。騎士団付きの会計担当を任されていて、僅かのミスも許さない厳格な人だ。
「いや、レオナルトは勘当されるかもしれない」
 アスター卿の意見に異を唱えたのはヒース卿だ。長く第1騎士団にいて、フリードリヒとはそれなりに長い付き合いがある。僅かのミスも許さないのは家族に対しても同じで、過去には竜騎士の力を持たないと言う理由だけでウォルフを冷遇した挙句、ゲオルグの取り巻きになったのが気に入らなくて彼を勘当していた。
「あり得ます」
 デューク卿もヒース卿の意見に同意する。レオナルトはどう見ても精神的に脆そうだ。騎士資格を剥奪され、父親からも勘当されてしまうと余計に手が付けられなくなり、彼の未来は破滅しか見えてこない。飛竜レースの結果を見れば、彼の素質は非常に高い。このまま失うのはもったいなかった。
「このまま失うのはもったいない気がします」
 俺がそう言うと、全員の視線が集まった。
「レオナルトを鍛えて下さるんですか?」
「元よりそのつもりです。今日の事を踏まえて少しは素直に耳を傾けてくれるようになれば、うちの隊に相応しい竜騎士になれるでしょう。資質は十分にあります」
 俺の答えにデューク卿は少しほっとした表情を浮かべる。不祥事を起こしたとはいえ、彼が今まで気にかけて来た部下の一人だ。このまま辞めさせてしまいたくないという思いもまだ残っているのだろう。
「彼には婚約者がいたな」
「どこの御令嬢ですか?」
「バルリング家と記憶しています」
 妙案を思い着いたのはヒース卿だ。バルリング家もミムラス家と並ぶ古い家柄の名家だ。当主はグラナト補佐官の下で書記官を務めているらしい。
「彼はなかなか出来た人だ。強要は出来ないが、協力してもらえないか打診してみよう」
 陛下も良くご存知の人らしい。自ら動こうとなさるが、ヒース卿がそれに待ったをかける。
「陛下から打診されればなかなか断り辛いでしょう。私が行きましょう」
「それでしたら、私もご一緒させてください」
 ヒース卿だけでなくレオナルトの上司としてデューク卿も同行することが決まった。不祥事を起こしたが、資質を見込まれてこれほどの人が動いている。どうにかレオナルトが立ち直ってくれることを願うばかりだ。

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