群青の軌跡

花影

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第4章 夫婦の物語

第31話

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 葬儀の後、私はクルトお義兄さんと一緒にお父さんとお母さんに付き添ってビレア家へ帰った。食欲がないと言うお2人に無理にでもとお願いして食事を摂ってもらい、まだ早い時間だったけれども薬を飲んで休んでいただいた。憔悴しきっているお2人が心配で、しばらくは私達がこちらに滞在してお2人のお世話をすることになっていた。
 その間カミル君は、隣の家でリーナお姉さんや同じくらいの子供を持っている町の若いお母さん達が交代で面倒を見てくれていた。やはり大人達のいつもと違う雰囲気を敏感に感じ取っているのか、ずっとぐずっている声がビレア家にも聞こえて来ている。
「私が居ますから、お義兄さんも休んできてください」
 リーナお義姉さんがカミル君にかかりっきりになっている分、クルトお義兄さんがお父さんとお母さんを支えていた。随分疲れているご様子だったので、休める時に休んでいただこうとそう声をかけてみた。
「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらう」
 クルトお義兄さんがそう言って帰り支度を始めたが、外が俄かに騒がしくなり、ビレア家の扉が少し強く叩かれる。
「奥様、大変です!」
 何事かと思って扉を開けると、息を切らしたサイラスが駆け込んできた。冷静沈着で家令が板について来た彼にしては珍しい。
「旦那様が、エアリアルで飛び出していきました」
「え?」
「ティム卿が追って行かれたのですが……」
 サイラスの話では、ずぶぬれのままのルークがフラリと竜舎に現れ、その場にいたファビアン卿は求められるままにお酒を飲ませた。その後、何を思ったのか「一発殴って来る」と言ってエアリアルに乗って飛び出していったらしい。向こうに非があるとはいえ、そんな事をすればルークも何らかの罰を受けることになる。
「一休みはここでするから、オリガさんは行っておいでよ」
 帰り支度が済んでいたはずのクルトお義兄さんは、荷物を床に置くと居間のソファにゴロンと横になった。今はお父さんとお母さんの傍についているのが私の役目だと思っている。だけど、ルークの事も心配。葛藤している私にクルトお義兄さんはそう言って後押ししてくれた。
「ありがとうございます。それでは領主館へ戻ります」
「あいつを頼むよ」
 今、私が領主館にいても出来ることは無いかもしれない。だけど、帰って来た彼を一番に迎えたい。私は改めてクルトお義兄さんにお礼を言うと、サイラスを伴って領主館へ戻った。
 領主館に着くと、既に話を聞いたラウル卿がアジュガに駐留している雷光隊を率いて出た後だった。事情を知ったザムエルさんもガブリエラさんも来ていてくれたけれど、今の私達にできることはルークが思い止まって帰ってきてくれることを祈るだけだった。



 夜が更けた頃、ファビアン卿とエーミール卿をともなって帰還したアルノー卿が私の所へ報告に来てくれた。
「ただいま戻りました」
「ルークは?」
「我々では探し出すことは出来ませんでした。しかし、シュタールへ向かわれる途中の陛下と行き会い、ティム卿が事情を説明したところ、陛下は行先にお心当たりがあるとおっしゃり、単騎でその場所へ向かわれました」
「だ、大丈夫なの?」
 陛下が対処して下さること以上にお一人で向かわれたことに動揺を隠せない。雷光隊もティムもアジュガへの帰還を命じられたけれど、さすがに全く護衛をしないと言う訳にもいかず、ラウル卿とティムは向かったと思われる場所の近辺で待機しているらしい。
「陛下に随行していた第3騎士団はそのままシュタールへ向かわれ、明日の午後、この度の一件の担当者をアジュガへ連れて来るそうです」
 陛下のご配慮で私達にも詳しい調査結果を聞かせていただけるらしい。そしてそれはルークを明日の昼までにアジュガへ連れ帰ると陛下は約束して下さっているのだ。
「疲れているのにありがとう」
 私はわざわざ報告してくれたアルノー卿にお礼を言った。ゆっくり休んで欲しい所だけど、彼等もそれどころではないらしく、報告を終えたアルノー卿は慌ただしく退出していった。
「大至急準備を整えます」
 それは私達も同じだった。一緒に話を聞いてくれていたサイラスとザムエルと共に、陛下をお迎えする手配を進めなければならない。夜が明けた頃には住民にも通達され、それを聞いたビレア家の皆さんも領主館にいらっしゃった。お父さんもお母さんも少し休めたみたいで顔色は幾分良くなっていたけど、陛下のお手を煩わせたという別の意味で青ざめていた。
「ル、ルークは重い罰を受けるのか?」
「陛下のお手を煩わせたんだ。きっとそうに違いないよ」
 重なる不幸に見舞われたお父さんとお母さんは随分と悲観的になっている。そんなお2人をクルトお義兄さんとリーナお義姉さんと一緒に宥める。そうしているうちにルークと陛下の到着を知らせが届いた。
 子供達は町の女性達に任せて私達は着場へ向かった。南の空に視線を向けると、薄曇りの空を背景に4頭の飛竜がはっきりと確認できた。
「ルーク!」
 最初に着場へ降り立ったエアリアルの背からルークが降り立ったのを見ると、どうしても我慢が出来なくて彼に駆け寄り抱き着いていた。
「ゴメンよ、オリガ」
 彼は申し訳なさそうに謝罪して私を抱きしめる。その様子を陛下を始めその場にいた全員が見守ってくれていたのを後から気付き、私は慌てて体を離した。
「お前が怒りで我を忘れるのは珍しい事だが、これだけの人が心配してくれているのだからほどほどにな」
「重々肝に銘じます」
 陛下に窘められてルークは改めてみんなに謝罪した。ともかく陛下をいつまでも屋外に立たせておくのも申し訳ない。一先ず休んでいただく部屋へ案内し、そこで衣服を改めてから墓参の為に神殿へ向かうことになった。陛下には私達の居室と同じ3階にある客間を使って頂くことになっている。ルークも着替えが必要だし、陛下のお世話はサイラスに一任していた。彼なら過不足なくお世話をしてくれるはずなので、任せておけば安心だった。
 気が利くサイラスはルークの為に湯あみの準備も整えてくれていた。ルークは手早く湯を浴び、正装に着替える。その手伝いをしている間、昨日の事を大まかに話してくれた。ともかくルークを思い止まらせてくれたティムとエアリアルには感謝しなければ。
 陛下もルークも疲れているはずだけれど、一息入れるのももどかしい様子で神殿へ向かった。今回はカミル君も連れて行くことになり、代表してリーナお義姉さんが彼を抱っこしていた。やはりいつもと違う空気を感じ取っている彼はご機嫌斜めだったが、神殿に着くと不思議と大人しくなる。全員で真新しい墓標に花を手向け、皆で祈りを捧げた。
「未練はあるだろうが、どうか安らかに眠ってほしい」
 祈りを捧げ終えた陛下は立ち上がるとリーナお義姉さんが抱いているカミル君を見て足が止まる。
「この子がウォルフの息子か」
「はい。カミルと申します」
 緊張の面持ちでリーナお義姉さんがそう答えると、陛下は慣れた手つきでカミル君を抱っこした。知らない人に抱かれてカミル君はむずかっていたが、陛下はあやす様に語り掛ける。
「そなたの父は私を窮地から救ってくれた恩人だ。不自由の無いよう、私も出来得る限り支援しよう。ビレア家の方々に愛情を注いでもらい、そなたはそなたの父親の様に真直ぐに誠実に育ってほしい」
 陛下からのお言葉にお父さんとお母さんは涙ぐむ。だが、そんなしんみりとした空気の中、不意に陛下が何とも言えない表情を浮かべる。
「あ……」
 カミル君を抱いていた陛下の服が濡れていた。どうやら粗相をしてしまったらしい。リーナお義姉さんが慌てて陛下に謝罪してカミル君を受け取り、墓所を後にする。
「それが赤子の仕事だ。エルヴィンにもよくやられた」
 陛下は苦笑しながらも気にされた様子はない。サイラスが慌てて領主館から陛下の着替えを用意して、神殿の一室を借りて本日2度目の着替えをされていた。ちなみに着替えを済ませたカミル君は乳母替わりをしてくれている町の女性からお乳をもらい、満足したのか帰りの馬車の中ではぐっすりと眠っていた。



 陛下が指定されていたお昼過ぎ、第3騎士団と共にシュタールから担当の文官が報告にやって来た。会議室には陛下や私達の他にビレア家の他、町の親方衆とザムエルさん、雷光隊を代表してラウル卿と第3騎士団を率いていたリーガス卿とケビン卿が集まっていた。それだけの人を前に、担当の文官は少しおどおどした様子で経緯の説明を始めた。
「被疑者ハインツが自らの商会を立ち上げるべく、支援を求めてシュタールの商会を回ったことが事の発端だったようです」
 なかなか支援が集まらない中、ミステルの関係者だとうっかり言ってしまったことで、ルークが起こした事業だと誤解を招いてしまったらしい。その商人はルークとつながりを得られると思い込んでハインツに融資を行った。そこから商人達の間に話が広まり、ハインツは思いがけず大金を手に入れることが出来たらしい。
「思いがけず大金が手に入ったハインツは保釈金を払ってメルヒオールを解放し、冬になる前にタランテラを出国して異国で商売を始めようと考えた様です。しかし、手続きは思うように進まず、メルヒオールが保釈されたのは晩秋となってからになり、国外への移動が出来なくなっていました」
 メルヒオールが保釈されたという情報は私達も知っていた。警戒はしていたけれど、不十分だったのかもしれない。でも、その時点で私達が彼の行動を制限する権限は無かったのも確かだった。
「冬の間もシュタールで過ごすことを余儀なくされたハインツは、商人が真相に気付くのを恐れていました。メルヒオールをミステルの城代だと紹介して、架空の融資話に信憑性を持たせようと画策しました」
 ハインツはこのまま商人達をごまかし続け、春になったら即刻国外へ逃亡しようと計画していた。しかし、その計画を狂わせたのがメルヒオールだった。
 ハインツは自分達の立場を十分に説明していたというが、当のメルヒオールは全く理解していなかった。過去の地位に戻れたのだと錯覚し、遊興にふけるようになったのだ。その結果、春を迎える前にハインツが逃亡資金として貯めていたお金まで使い切っていた。それでも彼は自重するどころかミステル城代の肩書で借金までしていた。それに気づいたハインツが慌ててメルヒオールを連れ戻し、逗留していた高級宿や手に入れた贅沢品の代金はミステルへ請求する様に言い残して雲隠れした。
「そうなる前に商人達は気付かなかったのか?」
「あの、ルーク卿の配下だから大丈夫だろうと、完全に信用していたようです」
 こんなところで自分の名前を悪用され、ルークは憮然として担当者の説明を聞いていた。
「商人達はハインツに言われた通り、ミステルへ代金の請求をしましたが、無下に断られました。そこでその代表を直接乗り込んだわけですが、ミステルからアジュガへ向かわされたことで対応したアヒム殿やウォルフ殿へ不信感を抱いたようです」
 その不信感は代表となった商人の目を曇らせた。アジュガの領主館に置かれている美術品の多くは私達の結婚祝いに頂いたものだ。一地方領主が持つには分不相応なものもある。商人は自分達が融資した金で買い漁ったと思ったらしい。
 更に情報を集めようと商人は部下と共に住民に聞き込みを行った。しかし、アジュガの住民でハインツやメルヒオールを知っているものは少ない。そこで「城代」の評判を聞いて回る。当然、アジュガで「城代」はウォルフさんの事を指し、彼の事を悪く言う人はもちろんいない。そんな事は無いだろうと聞きまわった結果、とある商店の下働きから有力な話を聞き出す。
「城代の妻が浪費家だと言われたそうです」
「それを、信じたのか?」
 あまりにも聞き捨てならなかった。ルークだけでなく、ビレア家の皆さんが放つ殺気に担当者は思わず恐怖に顔を引きつらせる。
「で、その世迷言を言った奴は分かっているのか?」
「えっと……、どこかの商店の下働きとしか……」
 その返答にルークはチラリとザムエルに視線を向ける。意を酌んだ彼はすぐに部屋を出ていく。すぐに調査をしてくれるのだろう。時間が経っているので難しいかもしれないけれど、何らかの情報が得られる事を祈った。

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