群青の軌跡

花影

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第4章 夫婦の物語

第28話

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キリがいい所までと思ったら思った以上に長くなりました。



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 国主会議自体に私達が出席することは無いけれど、私達を礎の里へお招き下さったのは当代様なので、いくつかの公式行事に出席する予定となっている。会議が始まる前夜祭の宴と、最終日に当代様の主催で行われる夜会、そして会期中のいずれかに機会を設け、当代様の御前で雷光隊の飛行訓練をお披露目することになっている。
 後はブレシッド公御夫妻から晩餐に招かれていたり、エヴィルのブランカ様からは個人的にお茶会をしようと誘われていた。当代様のお声がかりということもあって注目を浴びているので、後から何かしらのお誘いが増えるかもしれないとグレーテル様からは言われている。滞在中は案外忙しいかもしれない。
 ともかく、前夜祭が開かれるのは礎の里に着いた2日後だった。この日は朝から丹念に体を磨き上げられた。肌を整えて丁寧に化粧をほどこされ、髪も美しく結い上げられた。そしてグレーテル様が用意して下さっていたドレスを身にまとう。
 今回は当代様の御前に出るということで、夜会用のドレスはグレーテル様が並々ならぬ気合を入れてご用意して下さっていた。今までもルークの瞳に合わせた緑色の衣装を身に纏うことがあったけれど、今回のは今までの中でも群を抜いて美しいドレスだった。
 皇都にあるグレーテル様ごひいきのハンナの小間物屋で特別に用意された緻密なレースがふんだんに使われている。タランテラ産のレースは他国でも有名なので、きっと人目を引くだろう。姿見に映る自分の姿にちょっと身が引き締まる思いがした。
「まあまあ、思った以上の出来だわ。素敵よ、オリガ」
 支度が終わる頃にご自身の支度を終えられたグレーテル様が様子を見に来られた。出来上がりに私以上に満足された彼女は、何度もうなずきながら細部まで確認されていた。
「殿方が待ちくたびれているから参りましょうか」
 グレーテル様が納得なさった所で、階下で待っておられる方々の元へ向かう。玄関ホールでは既に支度を終えられていた陛下とブランドル公、そしてルークが談笑しながら待っておられた。陛下まで待たせてしまっていたことに恐縮しながら階段を下りていくと、陛下に何か言われて我に返ったらしいルークが慌てた様子で近づいて来て手を差し出した。
「ゴメン、見惚れていた」
 そんな事を言っていたルークだけど、私も彼の姿に見惚れそうになっている。今日の彼はいつにもまして装飾の多い礼装に身を包んでいる。グレーテル様の話によると、私に釣り合うように作らせたらそうなったらしい。そして何よりも彼の纏っている長衣がかっこいい。金糸で刺繍された雷光隊の紋章は唯一無二の物。この人の隣に立てるのはとても誇らしく思いながら、差し出された手に自分の手を重ねた。
 用意された3台の馬車に分乗して夜会が開かれる会場へ向かう。既に日が暮れて辺りは暗くなっているのだけど、道沿いには明かりがともされていて、それが景色を幻想的に浮かび上がらせている。
 礎の里にある大神殿と大母宮は、増改築を繰り返しながらも大陸で最も歴史ある建物の一つであるのは間違いない。床にさりげなく施されているモザイク一つをとっても優に数百年は経っているのだと聞いている。そんな歴史ある建物に私達は恐々と足を踏み入れた。
「緊張しているみたいね。堂々としていればいいのよ」
「そうだな。せっかくの機会なのだから楽しんだらいい」
 雰囲気に圧倒されていると、グレーテル様と陛下がそう声をかけて下さった。ブランドル公もうなずいておられるけど、私達にはまだそんな余裕はなかった。
「なに、場数を踏めばそのうち慣れるさ」
 陛下らしいお言葉だけど、今、この場をどうにかしたい。ルークは顔も私も緊張に顔を引きつらせ、ぎこちない笑みを浮かべるのがやっとだった。
 そんな風に話をしていると、当代様のお出ましが告げられた。護衛の騎士と共に白い儀礼用の神官服を纏った20代後半と思しき女性が奥の扉から入場される。この方が神殿の頂点に立っておられる当代の大母様だった。
「皆、遠路集まってくれて大儀である。明日からの会議は忌憚のない意見を出し合って有意義な時間と致そう」
 上座から一歩前へ進み出た当代様がそう挨拶をされて前夜祭の宴は始まった。始まると同時に当代様は沢山の人に囲まれていた。私達も挨拶にうかがわなければならないのだけど、こういった事は序列が大事。陛下ですら集まった方々の中では新参者という扱いになるので、もう少し後でうかがうことになっていた。
 その間、陛下もブランドル公御夫妻も無為に過ごしてはいない。他国の代表を務める重鎮方と優雅に談笑しながら、自国の利を得る駆け引きを楽しんでおられた。私達には到底まねできない凄技だ。
「おお、そなたがルーク卿か」
 不意に周囲がざわついたと思うと、尊大に声をかけられる。声の主は先程まで上座にいた当代様で、驚いているとその後ろには御夫君のミハイル大公を引きずって……いえ、ともなってきたアリシア様が悪戯っぽい笑みを浮かべて小さく手を振っていた。
「こちらから挨拶にうかがわなければならないところ、わざわざ申し訳ありません」
 私達が慌てて頭を下げると、当代様は気にされた様子もなく笑って楽にするように仰った。陛下もブランドル公御夫妻も動揺している様子もなく冷静に挨拶を交わされている。
「来てくれるように頼んだのはこちら。2年も経ってしまったが、カルネイロの残党の件では体を張って尽力してくれたお礼をどうしても伝えたくて、アリシア殿にお願いして連れて来てもらったのじゃ」
「恐れ入ります」
 当代様がわざわざ来られたことで、私達は衆目を集めてしまっている。自然と応対する声も震えていた。
「あのまま残党を野放しにしておれば、また被害が出ている所だった。ルーク卿、大陸に住まう民を代表してお礼申し上げる」
「えっと……」
 当代様がルークに頭を下げられたことで周囲がどよめく。当のルークが驚きのあまり固まってしまって何も答えられないでいると、当代様は顔を上げられその美しいお顔で微笑まれる。
「誰にもできぬことを成し遂げたのじゃ。堂々としておればいい」
 当代様はそうルークに助言すると、颯爽とその場を後にされた。それに伴いお付きの方々も移動されて、ようやく周囲も落ち着きを取り戻した。
「元気そうで嬉しいわ」
 周囲のざわつきが治まったところでアリシア様がお声をかけて下さった。陛下には皇妃様のご懐妊を言祝ぎ、ブランドル公御夫妻とは再会を喜び合っておられる。そして私達には改めて結婚と領主就任を言祝いで下さった。
「こちらこそ過分なお祝いを頂き、ありがとうございます」
「あのくらい当然だわ。慣れない事ばかりで大変だと思うけど、10年後にはきっと笑い話になっているはずだから頑張りなさい」
「ありがとうございます」
 ようやく緊張が解けて来て、私達も会話を交わす余裕が出て来た。まだ少しぎこちなく笑顔で返すと、後日に予定している晩餐会でまたゆっくり話しましょうと約束し、またしても御夫君のミハイル大公を引きずって……いえ、伴ってその場を離れられた。
 当代様から頭を下げられ、更にはブレシッド公御夫妻から親しく話しかけられたことで私達は宴が終わるまで衆目を集めることになった。



 自分達が思った以上に有名になっていたと知ったのは、前夜祭の宴から3日後の夜、ブレシッド公御夫妻主催の晩餐会でのことだった。
「飛竜レースですか?」
「そうなのよ」
 先日の宴で当代様が頭を下げられたことからルークは神殿騎士だけでなく護衛として来ている各国の竜騎士からも手合わせを求められている。どちらが勝っても騒動にしかならないと予想できることから、鍛錬なら付き合うと言ってやんわりと断り続けていた。
 すると今度はそれぞれの主君に働きかけたらしく、今日の会議中に話題が上ってしまった。しかし当代様が国主会議の場で挙げる議題ではないと却下して下さっていた。ここまでは陛下からも話を聞いている。
「会議の後に婿殿がいない所でどうにかしてほしいと詰め寄られてね、ルーク卿の本分は騎竜術だと言ったら、飛竜を連れて来ているのだからそれで勝負してはどうかと言われたのよ。その場に残っていた各国の代表と賢者方が賛同してしまって、私達だけではどうにもくつがえすことが出来なかったわ。ごめんなさいね」
「それは、かまいませんが……」
 アリシア様の困った様子にルークもそう答えるしかなかった。どの道、日々増えていく腕試し希望者に辟易していた彼は、それで解決するならと受けるつもりの様だ。
「会議の最終日に雷光隊のお披露目をする予定になっていたからその時間を飛竜レースに宛てることになりそう。詳細はまた近日中に話を詰めることになるわ」
 国主会議で想定外の事が起きるのはよくある事だけど、今回の事は滅多に起きないまれな事例になりそうだった。雷光隊のお披露目は思った以上に衆目を集めることになりそうだった。



 今年の国主会議の期間は15日間を予定されていた。その間、私達は思った以上に有名になってしまい、あちこちから招待状が届けられた。お茶会に晩餐会、観劇に演奏会。毎日の様にグレーテル様が精査して選んでくださった行事に出席していた。
 昼間はルークが急遽決まった飛竜レースに備えて鍛錬をしているので、私が頑張るしかない。幸いにもグレーテル様の他にも事情を知っているブランカ様が助けて下さったのもあって、慣れない社交を何とかこなした。
 そうして迎えた国主会議最終日。大母宮の露台には当代様を始め各国の代表のための席が設けられていた。早い時間にもかかわらず、既に多くの方が集まっている。私も陛下やブランドル公御夫妻に続いてタランテラに用意された席に着こうとしたのだけれど、アリシア様に呼び止められる。
「ルーク卿は今日の主役ですからね。オリガはこちらにいらっしゃい」
 連れて行かれた先は恐れ多くも当代様のお席のすぐ傍だった。周囲には当代様を支える大母補様方が既に席についている。その中のお一人、シュザンナ様は私の姿を認めて嬉しそうに手を振って下さった。そんな彼女に手を振り返し、アリシア様にうながされて彼女の隣の席に着いた。
 礎の里には3か所の竜舎がある。港の東西にある砦に併設されたものと、大母宮に近くにある神殿騎士団の本拠地に併設されていたものだ。ちなみにルーク達雷光隊は東の砦に駐留していた。
 今日の飛竜レースでは本拠地の竜舎の着場から、大神殿の鐘を合図に出発となる。聖域の南の砦まで行き、あちらに待機している神官から証書を頂いて帰って来る。そして大母宮の前の広場に降り、そこから特設の階段を使って当代様へその証書を手渡すというのが今回の飛竜レースの内容だった。但し、広場は飛竜が何頭も降りられるほど広くはない。その辺りも腕の見せ所となりそうだった。
 参加するのはルークの他に雷光隊からはラウル卿とアルノー卿。聖域神殿騎士団からレイド卿とマルクス卿、その他神殿騎士団から精鋭5名。そしてダーバやプルメリアから急遽呼び寄せられた竜騎士も加わり、総勢12名でのレースとなった。
 やがて当代様がお出ましになられ、私にそっと微笑みかけられると会場に飛竜レースの開会を宣言された。
「これより飛竜レースを開催する。竜騎士達は持てる力を出し切り、悔いの無い戦いをして欲しい。健闘を祈る」
 当代様の宣言と同時に神殿の鐘が鳴る。少し離れた着場からは次々と飛竜が飛び立っていく。その中に一際小柄な飛竜の姿があった。祈る思いでその姿を見送った。



 結果から言うと、ルークは並みいる精鋭をものともせずに1位で帰着した。広場にエアリアルを降ろさず、階段の手前に飛び降りて華麗に着地を決める見せ場まで作るというおまけも付けて。運んできた証書を当代様の前にひざまずいて差し出した時にようやく2番手のレイド卿が広場に到着していた。ちなみにラウル卿は4位帰着、マルクス卿は6位帰着、アルノー卿は健闘したものの10位帰着となっていた。
「ルーク・ディ・ビレア、本日のレースは実に見事であった。今後も国民の為、その力を過信することなく尽くしていくことを期待する」
「ありがとうございます」
 その夜に行われた当代様主催の夜会でルークは当代様直々に栄誉を称えられ、褒賞として金貨と長剣を賜った。実は2年前に女王と戦った時に、長く愛用していた剣を失っていた。その後はなかなか気に入った品が見つからずに、量産品を代わる代わる使っていた状態だった。それを知ってか知らずか、当代様は里で保管してあった名剣の内の一振りをルークに譲って下さったのだ。余程気に入ったのか、ルークはその剣を抱えて嬉しそうにしている。手入れにも熱が入る事だろう。



 こうして全ての公式の行事が終わった。あと2日程滞在した後に私達はまた船で帰路に就くことになる。もうお誘いに応える必要もないし、会議が終わった翌日はさすがに疲れて宿舎でのんびりと過ごした。
 そしてその日の夕食後、あてがわれた部屋でルークと翌日の予定を話し合っている時に、突然陛下から呼び出された。不思議に思い、陛下の部屋を2人で訪れると、そこには陛下の他にブランドル公御夫妻とアレス卿、そして何故か疲れ切った表情のシュテファン卿が待っていた。
「こちらを……」
 聞くまでもなく何かあったのは間違いないだろう。シュテファン卿から震える手で差し出された書簡筒をルークは受け取ると、中の手紙に目を通した。
「嘘……だろう?」
 彼の手から手紙がはらりと落ちた。私はそれを拾い了承をえて目を通す。それは……信じられないことにウォルフさんとカミラさんの訃報だった。




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とうとう……この瞬間が来てしまいました。
次話以降、鬱展開続きます。
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