群青の軌跡

花影

文字の大きさ
上 下
146 / 216
第4章 夫婦の物語

第27話

しおりを挟む
 陛下が乗られる御座船と2隻の護衛船からなるタランテラの船団は、予定通りロベリアを出航した。天候にも恵まれ、順調な滑り出しだったのだけど、残念ながら私は船旅を楽しむことは出来なかった。外洋船の揺れに耐えられず、船酔いで寝台から起き上がれなくなっていた。グレーテル様が随分と心配して食事や薬を手配して下さり、申し訳なく思いながらもただ寝台で横になって過ごしていた。
「オリガ」
 そう声を掛けられながら頬に触れられて目が覚めた。気づけば目の前にルークの顔があった。別行動しているルークがいてすぐには信じられず、夢でも見ているのかと思ったほどだ。
「ルーク……」
「大丈夫?」
「えっと……」
「陛下からオリガが寝込んでいると手紙が届いたから来たんだ」
 先行しているルークに陛下はわざわざ小竜を使って手紙を送ってくれていたらしい。それを見て、ルークは文字通り飛んで来てくれたのだと教えてくれた。でもいくら大型の外洋船とはいえ飛竜が降り立つことは出来ない。ルークは高度を下げたエアリアルの背中から船に飛び降りたらしい。
「けがはしていない?」
「大丈夫だよ。船では初めてだけど、似たようなことは訓練で良くしているから問題ないよ」
「そうなの?」
 驚いたけど、彼にとっては難しい事ではなかったらしい。ホッとしてルークが背中にあてがってくれた枕に体を預けた。
「船長にも話を聞いて来たけど、順調なら明日港に着く。でも、これ以上船旅が無理そうなら、俺達と一緒に移動しないか?」
「でも、いいのかしら……」
「陛下もグレーテル様も了承して下さっている。君が弱っている姿を見ていたくないって」
 グレーテル様だけでなく陛下にも随分とご心配をかけてしまっていたらしい。その心遣いに申し訳ないと思いつつも、迷うことなくルーク達と行動を共にすることを選んでいた。それくらい船に揺られながらの生活が耐えきれなかった。
 船長の言葉通り、翌日に船は最初の寄港地であるタルカナの港に到着した。船酔いでまともに食事がとれなかった私は立つのも困難な状態で、ルークに抱きかかえられての下船となった。港に出迎えた方々の衆目を集めてしまい、ちょっと恥ずかしかった。



 タランテラの船団は補給の為に1日停泊し、翌日にタルカナの船団と共に出航した。雷光隊はそれを見送り、すぐに次の寄港地であるエヴィルに向かう予定だったのだけど、落ちた私の体力が回復するまでそのまま滞在させてもらうことになった。
 急な変更に恐縮するしかないのだけど、タルカナ側は温かく受け入れて下さった。その間ルーク達はタルカナの騎士団と合同で訓練をして汗を流し、とても充実した時間を過ごすことが出来たらしい。
 そして雷光隊は当初の予定より3日遅れてタルカナを出立し、タランテラ、タルカナ合同の船団が入港する2日前に無事に到着した。
「ようこそエヴィルへ」
 そんな私達を出迎えてくれたのは、この国で姫提督と呼ばれているブランカ様とその夫のエルフレート卿だった。エルフレート卿はタランテラで指南役をしているので、春から夏にかけて奥方のいるタルカナに通うという生活を送っている。今回は私達の応対を引き受けて下さっていた。
「出迎え、ありがとうございます」
 ルークと2人で頭を下げると、「家族なんだから畏まらないで」と言われてしまった。グレーテル様にもよく言われるのだけど、何だか恐れ多い。それでも異国の地で見知った方がおられるのは心強く、何かとお世話になってしまった。
 陛下がエヴィルに到着された日に歓迎の晩餐会が開かれた。タルカナでは具合が悪くて寝込んでいたために私は欠席していたけれども、エヴィルでは参加することになり、グレーテル様が張り切って用意して下さったドレスで盛装した。
 この国でもルークの名は知られていて、注目を浴びて何だか恥ずかしい。ここでもエルフレート卿とブランカ様がさりげなく助けて下さってありがたかった。私達も貴族相手にもう少しうまく立ち回れるようにならなければと改めて思った。



 船団はエヴィルでも補給のために2日程停泊した。この後はエヴィルの船も加わってエルニア半島を迂回して外海からホリィ内海へ入り、内海側のエヴィルの港を目指すことになる。ただ現在エルニアは跡継ぎ問題で内紛状態が続いている。他国の船が利用できる港は限られ、下手に竜騎士が近づくと内紛に巻き込まれる恐れがある。
 こんな状態のエルニアで唯一自由に航行できるのがエヴィルの船だった。ここから先はエヴィルの船に先導してもらいながら10日くらいかけて半島を迂回する。立ち寄るのもエルニア国内で中立を宣言している町の港だけにして最低限の補給のみになるらしい。当然、飛竜で移動している私達はエルニア国内に入れないので、エヴィルを横断してホリィ内海側の港に移動して船団の到着を待つことになっていた。
「では、行こうか」
 ここでも案内役を買って出てくれたのはエルフレート卿だった。元々エヴィルは海軍が主流で竜騎士の数が少ないのもあり、私達と顔なじみでもある彼が自然と引き受ける形となっていた。ちなみにお子様をご両親に預けたブランカ様は船団を率いてエルニアを南下中。ホリィ内海側の港でまた会いましょうと約束していた。
「本当に異国に来たって感じね」
「そうだな」
 眼下には所々草が生えている平原が広がっていて、今まで見たことが無い動物達が群れで移動している。雨が少ない地域らしく、彼等は水と餌となる草を求めて移動して生活しているとエルフレート卿が教えてくれた。タランテラではなかなか見られない光景に目を奪われながらの移動となった。
 そして無事に目的の港に着くと、船団が到着するまでルーク達はエルフレート卿と共に鍛錬をして過ごしている。
「それにしても君達は毎日こんな訓練をしているのかい?」
 雷光隊の訓練に指南役という肩書を持つエルフレート卿も舌を巻いていた。そして港に駐留しているエヴィルの竜騎士は着いてこれずに早々に脱落し、ルーク達に尊敬のまなざしを送っていた。私も何だか誇らしい。
 そうしているうちにエルニア半島を迂回した船団が無事に到着した。陛下は内乱の引き金となったハルベルト殿下が襲撃された海域で、殿下が好んでおられたお酒と共に祈りを捧げてこられたらしい。今回、船旅を選ばれたのもこれが目的でもあったからだ。今までの国主会議は時間的余裕が取れなかったのもあったし、何より少し時間が経って気持ちの整理がついたのもあるだろう。一つ目的を果たされた陛下は、満足そうにしておられた。
「手出しができないのが心苦しい」
 一方で半島を迂回中、洋上からでも陸地で火の手が上がっているのが見えて心が痛んだと陛下は仰っていた。立ち寄った港も、お世辞にも活気があるとは言えなかったらしい。今回の国主会議でもエルニアの件は話題に上るだろうと表情を硬くしておられた。
「では、礎の里で」
 エヴィルの港から礎の里までは船で数日の距離だった。私の飛竜での移動もここまでとなり、後は当初の予定通り船で礎の里へ向かうことになった。ルークに見送られ、覚悟を決めて船に乗り込んだ。ブランカ様からは外海ほどは揺れないからと慰めのような言葉を頂いたけど、やはり船旅は慣れなかった。



 礎の里は町全体が荘厳な雰囲気に包まれていた。丘の上には大陸で最も歴史のある大神殿が鎮座し、それを取り囲むように関連する施設が点在している。船の上からその全容が見えるようになると、私は気分が悪いのも忘れてその場で大いなる母神ダナシア様に祈りを捧げていた。
 そしてそれからほどなくして礎の里へ無事に到着した。揺れない地面に降り立ち、出迎えてくれたルークの顔を見るとものすごく安堵した。私達は用意されていた馬車に乗り、タランテラにあてがわれている宿舎へ移動する。
 窓の外を眺めていると、港の近くでは商店も立ち並んでいて活気にあふれていた。坂を上り、門を一つくぐる度に外の景色が変わっていく。植込みの緑が増え、立ち並ぶお屋敷の規模が大きくなっていく。やがて門を3つほどくぐった先にタランテラにあてがわれた宿舎があった。
 そこは宿舎と言うよりは、2階建ての瀟洒しょうしゃなお屋敷だった。植え込みで区切られた広い庭園に、裏手には使用人用の別棟も併設されている。各国国主が滞在するのだからこのくらいは当たり前なのだろうけど、何故だか私達の部屋も母屋に用意されていて、何だか気後れしそうだった。
「なんか、落ち着かないね」
「うん……」
 これまでの道中も豪華な客間に案内されていたが、礎の里のこの部屋はこれまでの群を抜いて豪華だった。かといってかつてのミステルの部屋の様に節操のなさは感じない。その調度のどれもが品よく配置されている。その豪華さに気後れし、夕餉の時間だと侍女が呼びに来るまで私達は途方に暮れて立ち尽くしていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


国主会議の道中の様子はちょっと駆け足でお送りいたします。
それでもオリガとルークが旅を楽しんでいる様子が伝わると良いのですが……。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,569pt お気に入り:533

愛し子の愛し子の異世界生活

BL / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:293

大賢者様の聖図書館

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:35

30年待たされた異世界転移

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:405pt お気に入り:516

アピス⁈誰それ。私はラティス。≪≪新帝国建国伝承≫≫

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:242pt お気に入り:17

異世界召喚された俺は余分な子でした

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:298pt お気に入り:1,753

ライオンガール

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:20

勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:61

evil tale

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:263pt お気に入り:21

処理中です...