群青の軌跡

花影

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第4章 夫婦の物語

第24話

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本編再開です。



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 夏の休暇を終えて皇都に戻り、私は皇妃様付きの侍女として、ルークは雷光隊隊長としての日常に戻っていた。北棟の方は陛下が日頃から皇妃様やお子様方に災難が降りかからないように目を光らせているために、特に問題もなく日々が過ぎていく。一方のルークは新たに3人の新人の加入を決めたのだが、それでひと悶着あった。
 夏至祭で行われた飛竜レースの成績を参考に選んだのだけど、3位帰着のアードルフ卿ではなく5位帰着のマティアス卿が選ばれたので異議が出たのだ。2人は同じ第5騎士団の先輩と後輩だったから、先輩のアードルフ卿はなおのこと許せなかったのだろう。異議を唱えに彼の家族も一緒にわざわざ雷光隊の拠点に乗り込んできた。
 だけど、ルーク達も成績だけで選んだわけではなかった。アードルフ卿は試合の前に騒ぎを起こしている。一方のマティアス卿は彼を宥め、更には先輩の飛竜の世話もこなしていた。そんなマティアス卿の日頃の行いが評価されての抜擢だった。余談だけれど、4位帰着の竜騎士は家庭の事情で辞退していた。
 既に決定事項として一蹴することも出来たが、穏便に済ませるには納得してもらうのが一番だった。そこでルークは根気強く説明したのだけど、残念ながら納得してもらうことは出来なかった。だが、そうしているうちに新たな事実が判明した。
「騎士資格を剥奪し、第7騎士団へ移動を命ずる」
 飛竜レースの当日に、レース参加者の装具が紛失する不幸な出来事があった。単なる手違いで補修のための工房へ送られたと思われていたけれど、陰でアードルフ卿が関与していたらしい。それも個人的な恨みで。その事が発覚し、アードルフ卿は竜騎士の資格そのものを剥奪となった。もちろん、異議も認められることもなく、家族諸共半ば強制的に本宮から追い出されていた。
 こんなこともあり、陛下やアスター卿は若い竜騎士の規律の乱れに危機感を覚えられた。そこで若手の竜騎士を中心に、いずれは見習いも含めてルークの元で騎竜術だけでなく、その心得も学ぶ機会を設けることが決まった。
 雷光隊はルークがいるから成り立っている。そしてそれは彼がいつまで現役を続けられるかにかかっている。それが陛下も分かっているから、彼の持つ技量や心得を若い竜騎士達に浸透させて、各騎士団で自然とその役割を果たす部隊が出来てほしいというのが最終的な目標らしい。
 先ずは今年の飛竜レースに参加した若手の竜騎士達を集め、1年から2年をめどに試験的に教育部隊を発足することになった。いずれは見習いも集めるとなると、本宮の拠点では心もとない。そこで教育部隊はミステルを拠点に活動することになり、当面はシュテファン卿がその隊長を任されることになった。
「全く、疲れたよ」
「お疲れ様」
 冬の間も討伐の合間に会議が開かれ、話がまとまったのは冬の終わりの頃。私にできたのは、くたびれて帰宅する旦那様をねぎらう事だけだった。
 その一方で討伐期の終わりに嬉しい知らせがアジュガから届いた。カミラさんのお産が無事に済み、男児が誕生していた。
「カミル……か。ちょっと紛らわしくないか?」
 ルークはそんな事を言っていたけど、嬉しそうにしている。今からアジュガへ行くのが余計に楽しみになった。



 例年以上に慌ただしい冬が過ぎ、あっという間に春になった。春分節の宴の席で正式に教育部隊の発足が発表された。周囲の反応は驚きというよりは戸惑いの方が大きいかもしれない。
 一部の貴族からなぜそこまでルークを優遇するのかと質問も出たが、今回の事はルークにとって手間でしかない。アスター卿や執政補佐官のグラナト様から説明があったけれど、彼等はあまり理解できていないご様子だった。それでも既に陛下が決められた事。彼等は不承不承引き下がっていた。
「何だか随分お疲れだねぇ」
 春分節から3日後、我が家を訪問されたユリウス卿はソファで力尽きているルークの姿を見て、率直な感想を述べられた。親しき間でもお客様を出迎えもせずにこの状態なのは失礼なんだけど、ユリウス卿は気にした様子もなく彼の向かいに座った。
「あー、ユリウス?」
 今年は国主会議が開かれる。春分節と国主会議の警備計画の会議や打ち合わせの合間に雷光隊の内部でも新たに発足する教育部隊に関する話し合いが行われていた。本当に冬の終わりからずっと、相棒のエアリアルを構う間もなく会議や打ち合わせばかりだった。体の疲れよりも気疲れがひどいとルークは良く愚痴をこぼしている。
 行事は1つ終わったけれど、それでも連日の様に会議や打ち合わせがあり、昨夜は更にその後酒盛りにも付き合わされて、ルークが帰って来たのは明け方だったらしい。今朝、私が起きてきたらこの状態だった。主の帰宅を寝ないで待ってくれていたサイラスも何度か声をかけたらしいのだけど、結局彼はそのまま寝入ってしまっていた。人の気配にさとい筈なのだけど、本当に疲れ切っていた彼は今ようやく目が覚めた感じだった。
「日を改めようかと思ったけど、今日しか空いていないんだ」
「いや、こっちこそゴメン。ちょっと待って」
 ようやく自分が置かれている状況に気付いたルークは慌てて体を起こすと、一旦席を外した。顔を洗って頭をスッキリさせたいのだろう。身支度も整えさせたいサイラスもその後に続く。お客様を1人で待たせるのも申し訳ないので、私はサイラスが準備を整えてくれていた茶器でお茶を淹れた。
「申し訳ありません」
「いや、謝るのはこっちだよ。彼の立場からすれば、皇家からの命令を断れるはずがないからね。本当は彼にばかり頼らなくて済むようにするのが狙いのはずなんだけど……」
 ユリウス卿はそう言うと、私が淹れたお茶を飲んでホッと息を漏らす。そう言う彼もまだ早いと言われながら第4騎士団団長、奥方のアルメリア皇女はマルモア総督という重責をになっている。グスタフの影響が色濃く残っている地域なだけに私達では計り知れないほどのご苦労があるのは確かだろう。
「お待たせ」
 ほどなくして幾分スッキリした表情のルークが戻ってきた。よれよれの騎士服から上質のシャツとズボンに着替えて凛々しくなっている。ちょっと髪が跳ねているけど、それがまたかわいい。ちょっと胸がときめいた。
「ミステルの準備は間に合いそうか?」
「アヒムが死に物狂いで頑張ってくれている。シュタールから旧知の文官に来てもらって手伝ってもらっているみたいだ」
「そうか」
 教育部隊にはユリウス卿の部下も参加するので気になったのだろう。昨年の飛竜レースでアードルフ卿に個人的な恨みから妨害されたジークリンデ卿は第4騎士団の将来有望な竜騎士だった。彼女はリネアリス家の当主の長女で、自分が家の名誉を回復するのが使命だと思い込んでいる。
「その姿勢は立派なんだけどね、彼女1人で背負う物じゃないはずなんだ」
「まあ、そうだな」
 発端は内乱前、彼女の祖父である先代リネアリス公がグスタフにくみしたことから始まる。内乱終結後は陛下の許しを得て再起を図るはずだったのだけど、陛下の即位式前に彼の娘が不祥事を起こしてしまっていた。公にはならなかったけど、責任をとる形で先代は引退し、妻子を伴い領地へ隠棲することになった。突然の出来事に周囲は何かがあったのだと察し、陛下にはそのつもりが無かったのにリネアリス家は孤立してしまっていた。
「我々が声をかけることでよりかたくなになってしまうのではないかと危惧している」
「……特別扱いは出来ないぞ?」
「分かっている。却ってそうしない方が彼女のためだと思う」
 今回ミステルで預かるのは昨年の飛竜レースに参加した6位から10位帰着した5名の竜騎士。その5名の内、女性はジークリンデ卿だけになる。訓練では特別扱いしなくても、その他の事では色々と考慮しなければならない。特に宿舎。ミステルが抜擢されたのもあちらの方が男性用と女性用で階層を分けられるほど規模が大きいからだ。
「ともかく、ようやく配置は決まった。当面はシュテファンとローラントに頑張ってもらうことになった」
「随分と思い切ったな」
 ミステルに教育部隊が出来たことで、雷光隊は本宮とミステルと2つの部隊に分かれることになった。夏の間はルークも指導できるが、さすがに討伐期は本宮に詰める必要がある。その為雷光隊の誰かが講師役として常駐することになったのだ。
「何しろみんな俺の傍から離れたがらないからな……」
 ルークの最初の部下になったラウル卿とシュテファン卿は既に大隊長、その次に加わったコンラート卿とアルノー卿は小隊長の資格を有している。既に独立できるだけの力を持っているのに、ルークに心酔してその傍を離れたがらないのだ。
 教育部隊とはいえ竜騎士である以上、討伐期には出動要請にも応えなければならない。当初は講師役にアルノー卿の名前も挙がっていたけど、講師であると同時にそれらの人員を指揮出来なければならない。彼にはまだ無理という判断となり、講師役はシュテファン卿、その補佐としてローラント卿がおもむくことが決まった。そして残った人員を2つの隊に分け、次の討伐期は交代で出動する体制にし、それまで円滑に連携がとれるように訓練を重ねることになったらしい。
「うちの団員も見習ってほしいよ」
 雷光隊は誰の指揮下に入っても、自分の役割をきっちりとこなせるだけの訓練を重ねている。第4騎士団の団長であるユリウス卿としてはそれが少し羨《うらや》ましいらしい。
「今からでも出来るさ。ラウルの親父さんが頑張ってくれているんだろう?」
「鉄拳のアイスラーには感謝しかないよ。彼が来てくれなかったら騎士団の再編はもっと遅れていた」
 ラウル卿のお父様は「鉄拳のアイスラー」という異名を持つ歴戦の兵士。破天荒な人だけれど、間違ったことが嫌いで相手が竜騎士だろうと身分が上であろうと道理を通すような人だった。彼がマルモアへ移動になったおかげで、グスタフの影響が色濃く残っていた第4騎士団の綱紀が改まった。
「こうしてみると、自分の家柄にふんぞり返っている奴ってまだまだいるんだな」
「耳が痛いんだけど」
 ルークの感想にユリウス卿が何とも言えない表情を浮かべている。彼の生家は5大公家の1つブランドル家。そして今はアルメリア皇女とのご成婚により皇家の一員として迎えられている。わが国で最も高貴なお家柄と言える。
「君はふんぞり返っていないだろう?」
「そうかな?」
 ルークが当然の様に言い返すと、彼は少しほっとした表情を浮かべる。7年前の飛竜レースで出会い、それ以来友人としてユリウス卿の努力を間近で見てきた一人だとルークは自負している。私はここ数年の事しか存じ上げないけれど、それでも彼が名ばかりの団長ではないことを知っている。
「ともかく俺はやれることをあるだけなんだけどね」
「それがなかなかできないんだよ」
「じゃあ、最初はそれから教えるか」
「いいねぇ。そして優秀な団員をこちらに融通してくれ」
「いや、一番は俺のところだ」
「職権乱用だな」
「一番苦労しているんだから、このくらいは陛下も多めにみてくれるはずだ」
「確かに」
 ルークとユリウス卿はそう言いながら楽しそうに笑い合っていた。





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ユリウスの訪問はもっとさっくり済ませるはずだったのに……。
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