群青の軌跡

花影

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第4章 夫婦の物語

閑話 ウォルフ3

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あとがきにお知らせがあります。


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 事件の後始末に追われ、ビレア家を訪れることが出来たのは祭から4日後の事だった。本当はすぐにでもカミラさんに会いに行きたかったのだが、忙しかったのと、親方衆にも集まってもらった事件の報告の会議の後にオイゲンさんからカミラさんを謹慎させていると聞いていたので遠慮していたためでもあった。
 極限の緊張の中、応対したイルザさんに取り次いでもらったのだが、気分がすぐれないとのことで断られた。その後も仕事の合間に行ったのだけど、会うことが出来なかった。あの時、欲に流されすぎて、もしかしてそれで嫌われてしまったのだろうか? そんな考えが脳裏をよぎり、1人落ち込む日々を送っていた。
 そうしているうちに時間は過ぎ、領主館の工事が完了した。受け持ってくれた第3騎士団の工兵部隊が優秀で、領主館の外構は昨秋の内に完了していた。加えて長く閉ざされていた着場の下にある領主館と竜舎を繋ぐ通路も使えるように手直しされ、冬の間も外に出ることなく竜舎と行き来できるようになっていた。
 内装も多くの職人が集まってくれて、見違えるほど立派な領主館が出来上がっていた。しかも内部を彩っているのはルーク卿とオリガ様のご成婚のお祝いとして戴いた国宝級の調度品。大公家にも引けを取らない立派な領主館が出来上がっていた。
 そして長期の夏季休暇を過ごすため、ルーク卿がアジュガへ帰ってきた。出迎えは自分とザムエル兵団長だけだった。もしかしたらカミラさんも来るかもしれないと期待していたのだが、夕食の支度をしているイルゼさんを手伝っているとかで欠席だった。本当に嫌われたかもしれない。
「本当に修復が済んだんだな」
 気落ちする自分の代わりにザムエル兵団長がルーク卿に応対してくれていた。すっかり綺麗になった領主館に目を見張り、早速中を見たいと言われたが、翌日にある完成記念式典までお預けだと言われて肩をすくめていた。
 手紙のやり取りでは限りがある。本当はすぐにでもアレコレ報告したいことがあったのだが、今日は長旅でお疲れだろうからそこはグッと我慢した。明日以降、時間を取って頂くことになるだろう。そして、余裕があればカミラさんの事も相談しよう。個人的な事を頼るのは気が引けるが、ともかく会って話がしたかった。
 翌日は快晴だった。正午、領主館の前で待っていると、馬車に乗ってルーク卿と奥様が到着された。整列した兵団員が敬礼し、その前を馬車から降りたお2人がゆっくりと進む。
「領主館の改装が済みましたので、改めて国より正式にアジュガ領主ルーク・ディ・ビレア様にお引渡し致します」
 重厚な門を開け、そう口上を述べてリボンで飾り付けた鍵をルーク卿に手渡す。
「ありがとうございます?」
 どう答えていいか分からなかったらしいルーク卿がそう応え、立ち会った親方衆から笑いが起こって式典は終了した。
 新しい領主館の案内役は自分がまかされていた。ルーク卿御夫妻だけでなく、親方衆も引き連れて館内を1階から案内して回る。ふと、後ろの方にカミラさんの姿が見えた。久しぶりに姿を見られてホッとするが、少し痩せた様で心配になる。気にはなるが、今は職務が優先。これを無事に終わらせて、ルーク卿に相談する時間を設けると気を引き締めた。
 領主館の食堂は場違いな気がして呑んだ気がしない。親方衆のそんな意見を聞いたルーク卿の計らいで祝宴は驚くほど早く済んだ。そして祝宴が終わったとたんに親方衆は呑みなおしをすると言って踊る牡鹿亭へ繰り出していた。
 そんな彼等を見送り、逸る気持ちを抑えながら後片付けの采配をする。何分全てにおいて初めての事なので、勝手がまだわからない。新米の侍官や臨時のお手伝いとして雇った町の女性陣と一緒に体を動かした。
「ウォルフ」
 不意にルーク卿に呼び止められる。そしてそのまま人気のない場所まで連れて行かれた。
「いかがいたしましたか?」
「カミラの具合が悪くなって上の客間で休んでいる」
「だ、大丈夫なんですか? 医者は?」
 狼狽うろたえる自分にルーク卿は肩をポンとたたいた。
「ウォルフ。カミラは子供が出来たと言っている」
「え?……えー!?」
 ルーク卿の率直な言葉が理解できずに一瞬頭が真っ白になる。幾度もその言葉を反芻して理解が追い付くと、驚きのあまり手にしていた盆を落としていた。
「すぐに求婚してきます!」
「慌てるな。ちゃんと話し合ってから結論を出せ!」
 すぐにでも走って行こうとするとルーク卿に止められた。それでも、自分の中ではそれしか答えが無かった。
「自分の答えは決まっています」
 そう答えると、彼の手を振りほどいて2階へ駆け上がった。彼は何か叫んでいたけど、そんなものは耳には届かない。逸る気持ちが抑え切れず、少し乱暴に扉を叩いていた。ほどなくして返事があり、扉を開ける。カミラさんは隣にいる奥様に縋る様にして寝台に座っていた。2人の傍らには母親のイルゼさんもいる。3人の視線を感じると急に緊張してきた。それでも彼女に歩み寄り、その前にひざまずく。
「カミラさん、好きです。結婚して下さい!」
「えっと……」
 彼女は困惑した様子で口ごもっている。するとそこへ後から追いかけてきたらしいルーク卿が部屋に入って来た。
「ウォルフ、ちゃんと話し合って結論を出してからと言ったじゃないか」
「でも先に気持ちを伝えたかったんだ」
「分かった、分かった。俺達は席を外すから、じっくり話し合ってくれ」
 ルーク卿はそう言うと、奥様とイルゼさんをうながして部屋から出て行った。
「あの……」
「えっと……」
 久しぶりで何だか気まずい。でも、会えたのは嬉しい。胸がいっぱいでなかなか言葉が出てこなかった。けれど、ルーク卿に言われたように色々と話をしなければならない。何から話をしようかと思案していると、カミラさんが跪いたままの自分にそっと椅子を勧めてくれた。
「ありがとう」
 お礼を言うと、彼女は静かに首を振って何故か「ごめんなさい」と小さな声で謝った。
「迷惑ばかりかけてごめんなさい。今回の事も……」
 何故謝るんだろうと疑問に思っていると、彼女はつかえながら心情を吐露してくれた。メルヒオールの一件よりも前からずっと好意を寄せてくれていた事、春分節の夜に結ばれた時は後悔しないと言っていたが、自分の気持ちを押し付けすぎて断れなかったんじゃないかと後悔していた事、そして子供が出来たと分かって途方に暮れていた事を告白してくれた。
「謝るのは自分の方です」
 彼女が涙を流す姿など見てはいられない。椅子から寝台の縁に座り直し、彼女をそっと抱きしめた。彼女を不安にさせたのは紛れもなく自分の言動だろう。最初の休暇で来た折に自分は結婚をするつもりがない事を言ったような気がする。
「自分の話も聞いてくれますか?」
 そう声をかけると彼女は小さくうなずいた。一つ深呼吸をして気持ちを落ち着けると、自分の過去を彼女に話した。名門だと言われる家に生まれたけど、親に勘当された事。その後はグスタフに拾われ、ゲオルグ殿下の従者となり、一緒になって悪さをしていた事。そして、内乱中にルーク卿に会った事でグスタフがしていた事を知り、恩人ともいうべき人を裏切ってしまった事を告白した。
「内乱時に囚われていたエドワルド殿下をお助けするお手伝いをしただけで、それまでの罪は不問として下さいました。それでも納得できない人はいて、随分と誹謗や中傷を受けました。何より自分が許せなくて、幸せになってはいけないとかたくなに思い込んでいました」
「今もそう思っているの?」
 これまでずっと自分の話に耳を傾けてくれていたカミラさんは不安そうな表情を浮かべていた。
「この町に来て少し考えが変わった気がします。町の人達に頼りにされて、自分でも役に立つことが分かって、自信が持てるようになったからだと思う。何よりも宿でいつも笑顔で迎えてくれる女性の存在が大きかった」
「え……私?」
「うん。最初は高嶺の花だと思っていた。自分なんかが好きになっちゃいけないと言い聞かせていたけど、気持ちを抑えることが出来なかった。秋の一件からカミラさんが頼ってくれるのが嬉しくて、必要以上にビレア家に通っていた。春分節の祭りの日、好きと言ってもらって嬉しかった。だけど、それをもっとちゃんと言葉にしなかったから貴女を苦しめてしまう結果になってしまった。だから、謝るのは自分の方だ」
 何だか互いに謝ってばかりになってしまって話が進んでいない。だから改めて自分の気持ちを伝えた。
「好きです、カミラさん。結婚して下さい」
「私で……良いの?」
「貴女でなければだめです」
 自分を見上げる彼女の目にはまだ涙が溜まっていた。指でそっとその涙を拭う。
「ウォルフさん、好きです」
「うん」
「ずっと、一緒にいて下さい」
「もちろんです。この子を一緒に育てましょう」
 カミラさんのお腹に視線を向ける。まだ目立った変化はなくて、実感も沸かないけれど、ここに自分達の子供がいると思うと感慨深い。そっと彼女のお腹に手を当ててみる。
「男の子かな、女の子かな?」
「まだ、気が早いわ」
 カミラさんがやっと笑顔になった。何だか幸せな気持ちになり、そっと彼女の頬に手を添えると軽く口づけた。



 翌日にビレア家で集まってもらって改めて結婚の報告をした。オイゲンさんは不機嫌だったけど、それでも渋々と言った様子で認めて下さった。そしてビレア家の……いや、この町の女性陣の結束力と行動力をまざまざと見せつけられて、自分とカミラさんの結婚式の準備が驚くほど早く進められていった。
 花嫁衣装はイルゼさんが着たものを手直しすることになり、腕に自信のある人がこぞって手伝いを申し出てくれた。新居はルーク卿が領主館に引っ越すからと、彼の持ち家を借りることになった。新居への引っ越しもみんなが手伝ってくれて、あっという間に済んでいた。
 そして、結婚式当日、花嫁衣装に身を包んだ彼女は光り輝いて見えた。あまりの美しさにリーナさんに小突かれるまで見惚れて固まっていたほどだ。こんな素敵な人と結婚できるなんて、自分は果報者だとその場でダナシア様に感謝したほどだ。
 婚礼の儀式もつつがなく終了し、自分達は晴れて夫婦となった。こんなに幸せで良いのだろうかと少し怖くもあるが、充実した毎日を送っていた。
 そして、冬。この日は自宅の居間で落ち着きなくうろうろしていた。現在、カミラがお産の真最中で、もう産屋に籠って1日経っていた。初産は時間がかかるとはいえ、長すぎる。もう心配で、心配で何も手につかない。
「少しは落ち着いたらどう?」
 様子を見に来てくれたリーナさんがそう言うが、全くもって無理だった。その後も落ち着きなくうろうろし続け、そして昼頃になってようやく赤子の泣き声が聞こえた。
「カミラ!」
 産屋の扉が開くのももどかしく、中に飛び込む。憔悴しきった様子の彼女は寝台に横になっていた。側に腰掛け、彼女を労う。そうしている間に体を清めた赤子が連れてこられた。
「元気な男の子ですよ」
 カミラはまだ憔悴しきっていて、赤子を抱くというか手を添えながら体の上に乗せられたという感じだった。産婆は続けて「はい、お父さん」と言って赤子を自分に手渡す。あまりにも小さくて柔らかくて何だか抱いているのも怖い。それでもこの小さな存在が愛おしくてならなかった。
「可愛いね」
「うん」
 2人で赤子を眺めながら家族が増えた喜びをかみしめた。



 息子の名前は、以前から2人で決めていた通り「カミル」と名付けた。





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ちなみに女の子だったら、ウィルマと付ける予定だった。

お知らせ
年末年始は多忙のため、12月24日、31日、1月7日の更新をお休みすることにしました。
更新を楽しみにされている方、本当に申し訳ありません。
リフレッシュしてからまた更新を再開したいと思います。
次の更新は1月14日を予定しています。
来年もどうぞよろしくお願いします。
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