群青の軌跡

花影

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第4章 夫婦の物語

閑話 カミラ1

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また遅刻してごめんなさい。


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 子供の頃は、おとぎ話に出てくるお姫様の様に、いつか私にも素敵な王子様が現れるのだと信じていた。そこから上流社会に強いあこがれを抱くようになっていたのだけど、田舎町の多少裕福な職人の娘では無理だと、現実を思い知らされた。
 冬の間、神殿を開放して行われていた礼儀作法の講習についていけずに挫折した。そして竜騎士見習いになったルーク兄さんがゼンケルで受けた仕打ちを知り、上流社会は恐ろしい所なのだと知ったのだった。
 もう関わる事は無い。そう思っていたのだけど、ルーク兄さんがその才能を開花させ、頭角を現してくると、望みもしないことが起きる様になった。
「お前が雷光の騎士の妹か? 俺様が嫁にもらってやるからありがたく思えよ」
 ある日突然現れた男にそんな宣言をされたのだ。尊大な態度でそんな事を言われても嬉しくはない。良いのは身なりだけで、顔も性格もついでに頭も悪そうだ。昔、憧れていた王子様はこんな人ではない。
 ただ、断ろうにも相手はお貴族様。相手を刺激しないようにどう断るか家族で悩んでいるうちに、あの内乱が起きてしまった。ルーク兄さんは罪人と公表され、それを知った相手の男は即刻、婚約破棄だと言い放った。
「慰謝料をよこせ」
 一方的に宣言されただけなのに慰謝料を請求されるとは思わなかった。間に町長さんが入ってくれたけど余計に話がこじれただけ。結局、親方衆と神官様が話を付けて下さり、この一件はどうにか納まった。
 結局、内乱が収まり、あのお貴族様の家はお取り潰しになったと聞いた。一方でルーク兄さんは名誉を回復し、更には即位されたエドワルド陛下の腹心の1人として大陸中にその名を知られるようになっていた。
 この頃になると色んな人から結婚の申し込みが来るようになっていた。ただ、どの人もルーク兄さんと、いては陛下とのつながりを望んでいるのが見え見えだった。当然、全てお断りさせてもらったけれど、「平民の癖に」と嫌味を言われるのが常だった。
 その一方でビレア家はアジュガの中でその立場が強くなっていた。父さんが元々腕のいい職人で、町の運営に関われる親方衆の一員だし、ルーク兄さんは上級騎士、クルト兄さんもアジュガの利益につながる新たな工房を立ち上げている。その影響力は町長さんよりも強くなっていて、町の同年代の男性からの結婚の申し込みも増えていた。
 試しに付き合ってみた人もいたけれど、相手が見ているのが私自身ではない気がしてお断りさせてもらった。その内に男女を問わず同年代の人からは「お貴族様になったつもりでいる」と陰で言われるようになっていた。
「私、結婚しない」
 そう母に言ったのはクルト兄さんの結婚式の後だった。理由は言わなかったけど、母も何となく分かっていたようで、何も言わず私の好きにさせてくれた。
 独りで生きていくには仕事をして収入を得る必要があった。修業はしてこなかったので職人は無理。そこで時々手伝いに行っていた「踊る牡鹿亭」で正式に雇ってもらえるようにお願いした。おばさんが体調を崩して店に出られなくなったので、ちょうど代わりを探していたところだったとかで、快く承諾して下さった。
 アレコレ言われることもあったけど、女給の仕事は性に合っていたらしくそれなりに楽しんで出来ていた。そしてある日、ルーク兄さんが友人を連れて帰省した。
「友人のウォルフだ。本宮で文官をしている」
 ルーク兄さんが里帰りした時にお決まりとなった踊る牡鹿亭前での宴会。その冒頭で彼はそう紹介された。なんか、不思議な人だと思った。本宮の文官と言えば、私達にとっては雲の上の存在なのに、自分は下端だと言ってものすごく腰が低い。交流のある町の外の人は、肉体派のルーク兄さんの部下の竜騎士がほとんどだったので、その穏やかさが凄く新鮮だった。
 アジュガ滞在中は踊る牡鹿亭に逗留していたので、ウォルフさんとは毎日のように顔を合わせていた。最初はあいさつ程度だったけど、竜騎士達とは別行動で1人でいることが多い彼とは次第に話をするようになった。
「えー、お父さん達ウォルフさんに仕事を押し付けたの?」
 ウォルフさんが町に来て数日も経つと町の人達と打ち解けて、様々な場所で交流をするようになっていた。休暇で来ているはずなのに、親方衆の仕事の肩代わりまでしているらしい。気の毒に思ってしまうが、当の本人には楽な仕事だったようで、楽しんでいたみたい。それでも許せないのでお母さんに告げ口をしてやろうと決意した。
「何か、ルーク卿と似ているね」
「え? そんなこと言われたの初めてよ」
 ウォルフさんからの意外な一言に動きが固まる。そして何だか気恥ずかしくなって、ちょっと強引に話題を変えることにした。
「実はね、兄弟の中でルーク兄さんが一番放って置かれていたんですって」
 思わず口走ったのは兄さんの子供の頃の話だった。今では立派な職人となっているクルト兄さんだけど、幼い頃は虚弱な体質でちょっとしたことですぐに熱を出していた。そんなクルト兄さんの看病に母さんはかかりきりで、ルーク兄さんは放って置いても大人しくしていたらしい。
 クルト兄さんも成長し、体も丈夫になってきたころに私が生まれ、更にはおばあちゃんが病気になり、ルーク兄さんは更に放って置かれることになったらしい。何だか申し訳ない。でも、それが良かったのか悪かったのか、ルーク兄さんは兄弟の中でいち早く自立心に芽生えた。
 近所で自分より小さな子の子守りをしたり、お年寄りの手伝いをしたりしてお小遣いやおやつをもらったりしていた。やがて隣の空き家に竜騎士を引退したギュンターさんが越してくると、弟子入りを希望して毎日の様に通っていた。
「昔からすごかったんだねぇ」
 ウォルフさんは私のつたない話にも耳を傾けてくれる。そうしているうちにその話題の主が踊る牡鹿亭に現れ、ちょっと焦った。何を話していたのかを聞かれ、正直にルーク兄さんの武勇伝と答えておいた。釈然としない様子でなおも何を話したのか聞きたがったが、仕事が忙しくなってきたからと言って逃れた。
 そしてあっという間にルーク兄さん達の休暇が終わり、アジュガを発つ日がやって来た。滞在中のお礼を言うウォルフさんの姿を見ながら、何だか寂しい気持ちが沸き起こっていた。やがてみんな飛竜に騎乗し、順に飛び立っていく。また、会えるだろうか? そんな事を思いながら手を振って見送った。



 この年の秋から冬にかけては大きな事件が続けて起きた。最初にクルト兄さんの工房で作っている金具の密輸が発覚し、ルーク兄さんや私達の関与が疑われた。もちろん、そんな事はしていない。けれども、討伐期に田舎町へはなかなか情報が届かず、焦れる思いで日々を過ごした。
 そんな中、私達の事を心配したウォルフさんから手紙が届いた。シュタールへの調査団に加わったと記され、心無い噂が広まっているけど、無実を証明してみせると断言してくれていた。私達家族を案ずる内容にとても勇気づけられた。
 それからほどなくしてラウル卿から事件のあらましが事細かく書かれた手紙が届いた。いち早く真相を知ることが出来たのだけれど、身の潔白を証明されて安堵する間もなく、今度はルーク兄さんが命の危険を伴うほどの重傷を負った事を知った。
 女王に単独で立ち向かったルーク兄さんの無茶に呆れると同時に、死んだと思われていたダミアンさんが生きていて、今回の事件に関与していたと知って随分驚いた。そして父親であるクラインさんも何らかの処分を受けることになるだろうと締めくくられていた。
 そして予想もしなかった形でウォルフさんと再会することになった。
「モーリッツ・クライン氏が近く町長を解任されることになり、引き継ぎを担当することになりました」
 討伐期にも関わらず、国の行動は驚くほど速かった。まだ多くの妖魔が出没する時期にもかかわらず、3名の文官を派遣して対処してくれたのだ。そしてその責任者となったのがウォルフさんだった。国からの命令ということで、さすがのクラインさんも反抗できずにウォルフさん達の指示に従って引き継ぎ作業が行われていた。
 春になり、回復したルーク兄さんが顔を見せに立ち寄ってくれた。そして改めてオリガお姉さんと結婚すると報告をしてくれた。しかもアジュガの神殿で婚礼を挙げるらしい。一度皇都へ戻って諸々の用事を済ませてから戻ってくるので、日程は未定だけどもう楽しみで仕方なかった。
 そして春が深まる頃、皇都での用事を済ませたルーク兄さん達がアジュガへやって来た。町は既にお祭り騒ぎで、主役でもないのに指折り数えて当日を待っていた。ところが……。
「火事だ!」
 よりによって婚礼の前日の夜に火災が起きた。火元はクライン邸。引き継ぎに嫌気がさしたクラインさんが自棄やけをおこしたのがきっかけとなって火災が起きたのだ。雷光隊の活躍で幸いにもすぐに火は消し止められた。しかし、翌日に行われる予定になっていた婚礼は延期にせざるを得なくなった。
「自分がもっとしっかりしていれば……」
 火災の翌日、私は火傷を負ったウォルフさんの看病をしていた。燃え盛る炎の中、気を失っていたクラインさんを助け出した折にひどい火傷を負っていた。その勇気には本当に頭が下がる。それなのに彼は事件を防ぐことが出来なかったと悔やみ、休んではいられないと後片付けに行こうとしていた。
「ウォルフさんの所為じゃないよ。起こってしまった事に全部責任を感じていたら、本当に悪い人が罪を認めなくなっちゃう。無理をしないで」
 言葉足らずでうまく伝わったか分からないけど、ウォルフさんはため息をつくと再び寝台に横になってくれた。ともかく今は体を治すことに専念してもらいたかった。
 だけど、午後になってまた事態が急転する。アジュガの火災を聞きつけ、国主会議に向かわれる途中だった陛下が立ち寄って下さったのだ。さすがに休んではいられず、ウォルフさんは傷む体を酷使して陛下の前に参上し、昨夜の経緯を報告した。その結果、クラインさんの町長解任は早まり、また後日正式な処罰が言い渡される運びとなった。
「ルーク・ディ・ビレア、タランテラ国主エドワルド・クラウスの名において、本日、この時よりそなたをアジュガ地方の領主に任じる」
 陛下はその場でルーク兄さんをアジュガの領主に任じた。クラインさんは猛然と抗議したけれど、既に決まっていた事らしくくつがえることは無かった。一方で淑やかで大人しそうな印象を受ける皇妃様が激高するクラインさんを教え諭した言葉に町の誰もが感銘を受けていた。
 そしてその後、陛下の御采配でルーク兄さんとオリガお姉さんの結婚式が行われることになった。場所は2人が毎年出かける湖のほとり。参加者は竜騎士達が運び、夕暮れの花畑の中で2人の婚礼はつつがなく執り行われた。その美しい光景は生涯忘れることはないだろう。




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カミラのお話、もう1話続きます。
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