群青の軌跡

花影

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第4章 夫婦の物語

第21話

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ルークとオリガのラブラブ屋外デート。
今回はいつもより筆が進んだ。



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 朝日に照らされた湖面がキラキラと輝き、その周囲を無数の花々がいろどっている。まるで絵画のようなその景色の中にエアリアルは飛び込むように着地した。
「寒くない? 大丈夫?」
 アジュガよりも高地にあるので、風が冷たく感じる。薄手の外套がいとうを身に付けているけど、思わず身震いした私にルークは心配して自分の長衣を更に着せかけてくれる。
「ルークが風邪を引くわ」
「俺は大丈夫だよ。でも、先に小屋に入って火をおこしておこうか」
 彼はそう言いながら、エアリアルの背中から荷物を降ろし、手早く装具も外していく。身軽になった飛竜はお気に入りの岩の上へ飛んでいき、早速日向ぼっこを始めた。そんな相棒を見送ると、ルークは全ての荷物を担ぎ上げて歩き出した。私も何か手伝おうとしたのだけれど、持たされたのは昼食を詰めた籠だけだった。
「足元、気を付けて」
「ありがとう」
 大荷物を持っていても、私の事を気にかけて手を繋いでくれる。花畑の間に出来た小道を2人で並んで歩き、小屋へ向かう。いつもはザムエルさんや雷光隊が贅沢に手を加えてくれているのだけど、何もしていない状態でここへ来るのは初めてだった。逆になんか新鮮で、この方がこの景色に合うんじゃないかと思う。
「さーて、中はどうなっているかな」
 小屋の前に着くと、その場で一旦荷物を降ろし、持ってきた鍵で小屋の扉を開ける。何もないのではないかと思ったけれど、野営で使う道具類や調度品が置かれていた。
「天幕はまだわかるけど、寝台まで置いたままになっていたのか……」
 窓を開け放して外からの明かりを取り込み、中に置いてあるものを検分する。野営に使う道具類が入っていると思われる木箱の他、簡易の天幕や寝台や椅子とテーブルといった調度品まで置いてある。どれも埃をかぶってはいないし、小屋の中も掃除が行き届いている事から、つい最近持ち込まれたのだろう。私達がアジュガ滞在中は毎回ここへ来ているから、すぐに準備が整えられるように事前にこういったものを運び込んだのかもしれない。
「まあ、ありがたく使わせてもらおうか」
 ルークは小屋の外に用意されていた薪を持ってくると、先ずは小屋の中に備え付けられている炉に火をつけた。次に簡易の天幕を外へ持ち出すと、小屋の前にそれを組み立て始める。私も何か手伝おうとしたのだけれど、彼に頼まれたのは火の番だった。何だか始めて会った日を思い出す。
 だからといって何もしないのは落ち着かない。部屋の中が温まってくると、木箱の中から必要なものを取り出していく。鍋にやかんといった調理器具に食器類まである。水汲む桶や汲んできた水をためておく樽もあるので、後で水を汲むときに食器類を一緒に洗っておこう。
 寝台の上には毛布も置かれている。なんか、今日ここへ来るのを見透かされていた様な準備の良さだ。それでも、野生動物に荒らされないようにするためか、食糧の類は入っていなかった。
「水を汲んでくるよ」
 あっという間に天幕を組み立ててしまったルークは、桶を持って沢から水を引いている水場へ向かう。私も慌てて鍋や食器を持ってその後を追う。
「洗い物なら一緒にしてこようか?」
「大丈夫。これくらいはやらせて」
「分かった」
 水場はすぐ近くにあるけれど、やはりいくらかは樽にためておいた方が使い勝手が良い。ルークが水場と小屋を億度か往復して樽に水を溜めている間に私は持ってきた鍋や食器を洗った。
 小屋に戻ると、水くみを終えたルークは立てた天幕の床に敷物を敷き、テーブルや椅子を配置していた。更には煮炊き用の炉を用意し、こちらにも火を熾してくれていた。私は洗ったばかりのやかんに水を張ってその炉にかけた。一通り作業が終わったら、お茶を淹れて働き者の旦那様を労《ねぎら》ってあげるつもりだ。
 その当人はまだ小屋の中の荷物を隅にまとめたりしてせわしなく動いている。颯爽と動き回っている彼は、領主館にいる時と違ってなんか生き生きとしている気がした。



 一通り作業を終えたところで、少し早い昼食となった。持参したのは薄焼きパンにあぶり肉や野菜を挟んだあり合わせのもの。沸かしたお湯でお茶を淹れ、ルークが設置してくれた食卓に付いた。
「美味しい……」
 体を動かした後なのもあって、ルークは本当に美味しそうにパンにかぶりついていた。何だかそんな姿を見ているだけで、幸せな気分になる。少し多めに持ってきたのだけれど、籠の中はあっという間に空になった。
「オリガ、こっちにおいで」
 食後はそのままお茶を飲みながら景色を楽しんでいたけど、おかわりのお茶を淹れ終えた私の手をルークが引っ張り、彼の膝の上に座らされる。
「重いから降りるわ」
「全然、平気だよ」
 誰もいないのは分かっているのだけど、屋外でこの状態は少し恥ずかしい。ルークの膝から降りようとしたけど、更に引き寄せられて抱きしめられる。彼はこの方が落ち着くらしい。私は抵抗を諦め、彼の腕の中から景色を眺めていた。
「オリガ、あそこ……」
 ルークが指さしたのは小屋から少し離れた茂みだった。よく見てみると、その陰に何かもこもこした生き物がいるのが見えた。
「何……かしら」
「雪玉ウサギだ。夏毛だから分かりにくいかもしれないけど」
 冬になれば真っ白の冬毛に覆われ、まさに雪玉のような外見になるのだけど、今の時期は普通のウサギとさほど変わらない。辺りを警戒しながらも草を食べているのか、口をせわしなく動かしている。
「かわいい……」
「そうだね」
 しばらくの間、2人でそのかわいらしい姿を観察する。雪玉ウサギは毛皮が人気で乱獲が問題になっていて、野生のこういった姿を見るのは本当に貴重かもしれない。この辺りは私達がこうして来る以外は人が来ることはあまりないので、安心して住み着いてもらえると嬉しい。その後食事を終えたらしい雪玉ウサギは、茂みの陰に入り込んで姿が見えなくなった。



 食休みを終えた私達は、昼食を入れて来た籠を手に付近を散策することにした。いつもの癖でつい香草類を探してしまうのだけど、それを分かってくれているルークは苦笑しながら付き合ってくれる。
「キイチゴはおしまいみたいだね」
「うん、残念」
 香草を摘んでいるとキイチゴの茂みを見つけたけれど、時期が遅かったのでもう実がなっていなかった。残念に思って別の場所に行ってみると、早生のツルコケモモがたくさん実を付けていた。
「これだけあればジャムに出来るわ」
「それは楽しみだ」
 キイチゴと違ってツルコケモモの実は生食に向かない。後でジャムを作ろう。そうすれば日持ちがするから、皇都で待っているガブリエラにおすそ分けも出来る。フリッツ君も食べてもらえるかしら? そんな事を話しながらルークと2人で籠一杯にツルコケモモの実を集めたのだった。
 たくさんの成果に満足し、散策を終えた私達は小屋に戻った。まだ日は高く、時間はたっぷりある。今日の成果を仕分けしていると、ルークは釣竿を持ち出し「晩御飯を確保してくる」と言って出かけて行った。
 香草はしおれてしまわないうちに種類ごとにひもで縛って風通しのいい場所に吊るしておいた。帰る時に回収し、また領主館に戻ってから完全に乾燥させておけば長期保存も出来る。皇都へ持って帰れば、リタも喜んで料理に使うだろう。
 時間はまだまだある。鍋を取り出して調理用の炉にかけ、綺麗に水洗いしたツルコケモモに砂糖を加えて煮詰めていく。実は晩御飯は2人で用意して食べようとルークが私達の部屋に備えてある台所にあった食材や調味料も持ってきてくれていた。ルークの釣果によっては、豪華な晩餐になるかもしれない。
 出来上がったジャムの粗熱を取っている間に、持参した根菜や芋の皮をむいたりして夕飯の下ごしらえをしていると、中々の釣果を携《たずさ》えてルークが帰って来た。どれもマスの仲間で、焼いて食べるにはちょうどいい大きさのものばかりだ。彼が言うにはあまりにも小さかったものは放してきたらしい。
「2人だからこのくらいで止めておいた」
 他人に気を遣う必要もなく、のびのびとした時間を過ごせた彼は満足そうだ。それは、私も一緒なのだけれど。出来上がったジャムの味見をして「パンケーキ食べたくなった」と言っていたけど、材料が足りないので今日は我慢してもらった。領主館に戻ったら、朝食か昼食に焼いてあげよう。
 日は既に傾き始め、美しい夕焼けが空を染めていた。ルークはエアリアルを一旦領主館へ帰し、私達は暗くならないうちに夕飯を作ることにした。
 ルークが魚を捌いている間に、私はジャムを煮たのとは別の鍋に水を張り、細かく刻んだ干し肉を入れて火にかける。刻んだ根菜や芋も入れて火が通るまで煮たら香りづけの香草と塩や香辛料で味を付ければスープは完成だった。
 一方のルークは裁いた魚に塩を振り、串を刺して炉のそばに立ててあぶっていた。今日の料理は始めて会った日と同じ内容。スープは具沢山で香辛料も使っているので少しだけ豪華になったけど、私達にとっては思い出の味だった。
 日は既に山の向こうに隠れ、最後の光でその山際を映し出している。燭台の明かりに照らし出された食卓には、焼いた魚が盛られた皿と具沢山のスープが入った器が並べられていた。
「うん、おいしそう」
 さすがに食事中は膝の上に乗せようとはせず、2人で並んで席に着いた。ダナシア様に食前の祈りを捧げ、懐かしい味を堪能した。



「帰りたくないね」
「うん……」
 食後の後片付けを済ませ、炉のそばに椅子を引き寄せて2人で空を眺める。月が出ているので、あの降るような星空ではないけれど、町中では見ることが出来ない幻想的な光景だ。
「1年経ったね」
「あっという間だったわ」
 あの、悔しい思いをした火事から一転、陛下のご高配で私達はこの場所で婚礼を挙げた。もう1年経ったと思う一方で、いろんなことがあったのでまだ1年という思いもあった。
「支えてくれてありがとう」
「私こそ、貴方に甘えてばかりだわ」
「そうかな?」
 ルークは少し照れたように頭を書くと、懐から綺麗な布張りの箱を取り出した。中には2人で選んだ腕輪が入っている。
「これからも、ずっと一緒に」
「ええ。愛しているわ」
 婚礼からずっと巻いていた組紐を外し、互いに腕輪を付けあった。私達が選んだのは飾り気のない金の腕輪。今は何もついていないけれど、年を重ねるごとに飾りをつけていくことになっている。
 腕輪を付けた方の腕を互い絡めて繋ぎ、寄り添って再び空を見上げる。来年も、再来年も、5年後も、10年後もこうして一緒に空を見上げようと改めて誓い、私達は口づけを交わした。







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結婚1周年で組紐から腕輪に変えるのがこの世界の習わし。
出世したし、がんばって金の腕輪を用意したルーク。
1年ごとに宝石を嵌めたり彫金をほどこしたりする予定。
お話の中には書いていないけど、財力があれば毎年腕輪を増やすことも……。
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