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第4章 夫婦の物語
第18話
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レオポルト様達3人のお客様には、今日はアジュガの領主館に泊って頂くことになった。部屋の手配はウォルフさんが引き受けて下さり、お客様方に続いてお父さんも応接間を退出していった。
「アルノー」
ルークはさりげなくその後に続こうとしていたアルノー卿を呼び止める。「何でしょうか」と聞き返してきた彼の声は、かわいそうなくらいに上ずっていた。
「話がある。今ここにいる雷光隊員を全員集めろ」
「は、はい!」
アルノー卿は敬礼すると、不機嫌そうなルークから逃げるように部屋を出て行った。
「隊長、ご不満ですか?」
「……お前も知っていて協力したんだろう?」
ルークは背後にいるラウル卿に視線を向ける。付き合いの長さの差か、ラウル卿はひるむことなく「気づかれてましたか?」と返していた。
それからほどなくしてコンラート卿とエーミール卿、ファビアン卿を伴ってアルノー卿が戻って来た。来客中は背後に控えていたシュテファン卿とラウル卿も加わってルークの前に整列する。大隊長の2人以外はみんな緊張の面持ちで敬礼していた。
「雷光隊、揃いました」
ルークは「お疲れ」と一言声をかけると、隊員達の顔を順に見ていく。その圧力に大隊長以外の4人は顔を引きつらせていた。
「今回の事、あの方のご指示か?」
ルークの言うあの方とは、我が国の国主であるエドワルド・クラウス陛下だ。話を聞いていた時には、思いがけない申し出に思考が停止してしまっていたけど、今になって思うとこれだけの大きな事業を地方の領主達で話をまとめる事は難しいはず。こうなる様に話を仕向けた人物がいたと思われ、それを一番しそうなのが陛下だった。もちろんアスター卿やヒース卿も考えられるけど、あのお2方が関わっているなら当然陛下も……と考えるのが自然だった。
「いえ、今回の主導は陛下ではありません」
ラウル卿はそう返答すると、ちらりとアルノー卿に視線を向けて先をうながす
「帰郷してすぐに、父さんを含めた西方地域の領主様方から隊長へのお礼の相談を受けまして、その、話をしているうちに隊長の困り事の話になって、つい、ミステルの事を話してしまいました」
続けて「申し訳ありませんでした」とアルノー卿は深々と頭を下げる。ルークは「謝らなくていい」と答えたものの、まだどこか不機嫌そうだった。
「それで?」
「そこからミステルの領主館を自分達で改装しようとすぐに話はまとまり、すぐにでも職人を選別して送り出そうとしたので、一旦待ったをかけ、ここまでして大丈夫かヒース卿に確認をしにフォルビアへ飛びました。たまたま夏の休暇で陛下もいらして、一緒に話を聞いて下さり、隊長の意向を尊重するようにと念を押された上で、個人的なお礼だから何の問題もないと仰って下さりました」
例年通り、陛下と御一家はこの夏もフォルビアで過ごされた。私達がミステルに滞在中に近隣の視察も終えられて、今はもう皇都に戻られている頃だろう。本当はご挨拶にうかがうつもりだったのだけど、領内の事に専念するように言われて断念していた。
「個人的なお礼の範疇を超えている気もするけど……」
「西方地域の領主全員と複数の商家が関わっているので、1軒での負担はそれほどでもないと思います。それに、家具の件は賠償と言うことになりますので、隊長が懸念されるようなことにはならないかと」
ルークの疑問に答えたのはラウル卿だった。彼は賜った自分の領地で過ごしていたけど、イリスさんのご実家に挨拶に向かわれたときに、立ち寄ったフォルビア城でその話を聞いて同行して下さったらしい。
「陛下が仰っていたのか?」
「いえ、ヒース卿です」
「……」
アジュガの領主館の再建にミステルの上水施設の設置など、ルークが領主となってからも手厚い国の支援は続いている。それを快く思わない領主も多く、今回の事も話が広まれば、不満の温床になりかねない。私達が悪く言われるだけならまだいいが、陛下の名声に傷がつくのをルークは一番恐れていた。
「何だか全部、掌で転がされている気がするんだよなぁ……」
何でも全て独力で出来るとは思っていない。だけど、ウォルフさんにサイラス、そしてギードさん、国内でも名だたる人たちがルークに手を貸してくれている上に今回のミステルの件。何もかもうまくいきすぎて何だか怖い気もする。
「考えすぎですよ、隊長」
「そうです。今まで他人に尽くしてきた恩恵が今、返ってきているのだと私は思います」
ラウル卿とシュテファン卿の言葉に他の4人も真剣な表情でうなずいている。
「……とりあえず経緯は分かった。職人達が来る前にまた一度ミステルへ行ったほうがいいかな」
「おそらく、もうミステルに向かっているはずです」
「え?」
断られるとは思ってもいなかったのか、行動が早い。
「職人達の方がやる気になっていて、我々が向こうを発つと同時に出立しています。ビルケ商会の隊商と一緒に向かっていますので、着くのはもう少し先ですが。彼等の宿舎の手配など、後の事はアヒム殿が請け負うので心配はいらないそうです」
「そ、そうか……」
ルークが過労で倒れたのはついこの間の事だった。雷光隊の間ではこまめにやり取りをしているので、この事も既に周知されている。その為、ミステルで療養中にラウル卿から「無茶しすぎです」という内容の手紙が届いていた。
「気になるかと思いますがここは無理に予定を詰めず、今はアヒム殿に任せて来春にでもちゃんと予定を立てて視察を行えばよろしいのでは?」
ラウル卿の力説に他の5人はうなずきながら聞いている。特に今年加入したばかりのファビアン卿とエーミール卿はラウル卿に尊敬のまなざしを向けている。
「分かった。そうする」
さすがにこの休暇中にこれ以上の予定を詰め込むことは出来ない。ルークもそれはよくわかっているみたいで、諦めたように肩を竦めてそう答えた。その後は互いの近況を報告し合い、1カ月後に行われるカミラさんとウォルフさんの婚礼でまた集まる事を確認して解散した。
そしてその日の夜は急遽お客様を歓迎しての晩餐会となった。この席には親方達も同席し、ルトガー親方と意気投合していた。レオポルト様からは1カ月後に式を挙げるカミラさんとウォルフさんを言祝いで下さり、ノアベルトさんからは当日に間に合うように隊商を向かわせると約束して下さった。当日はお祭り騒ぎとなり、屋台や露店が多数出る予定になっている。きっとビルケ商会が露店を出せば、町の人達も喜ぶかもしれない。
お客様方は翌日の午後、アジュガを発たれていった。少し慌ただしいけれど、それぞれにご予定を抱えておられるのでそれは無理もない事かもしれない。途中フォルビアに立ち寄ることになっているらしいけれど、ラウル隊が送っていくので明日の夕刻にはツヴァイク領に到着するだろう。飛び立っていく飛竜達に向かって私達は感謝を込めて見送った。
突然の来客から数日後、執務室で書類仕事に追われているルークに一息入れてもらうために一緒に午後のお茶を飲んでいると、珍しく親方衆が揃ってルークを訪ねて来た。
「折り入って話がある」
「何ですか?」
ちょうど休憩中だったので、来客用のソファに移動して話を聞くことになった。全員にお茶を用意し、退出しようとしたけれど、私も同席を求められた。
「ミステルの……だな、職人希望者を迎える話の事だ」
最初に口を開いたのはお父さんだった。お父さんの工房で預かる話になっていたけど、何か不都合なことがあったのだろうか。同じことを思ったのか、ルークの表情も少し引き締まる。
「我々も誰か職人を派遣して希望する若者に手ほどきをした方が良いのではないかと考えを改めたのだ」
「どうしてまた急に?」
アジュガの人達は迷惑をかけられたと思っているのもあって、ミステルの住民を快く思っていない。特に親方達はその傾向が強く、支援にも消極的だった。一体、どんな心境の変化があったのだろう?
「先日来られたルトガー殿と話をしてな、家具に使う金具を我々が請け負うことになったのは報告したと思う。はじめはアジュガで作ればいいと思っておったが、職人をミステルへ向かわせた方が手間もかからないだろうと言う結論となった」
「うん、そうだね」
「ルトガー殿からは職人希望の若者を一緒に鍛えてはどうかと言われたが、ワシらは遊び半分で来られては困ると、やんわりとそれを断った。しかしルトガー殿は真剣に将来を考えて来る者もいるはずだ。それを見つけ出すのが我々の仕事ではないのか、そしてそれらの苦労を全てルークに押し付けるのかと言われた」
「自分達がいかに狭量だったか、そしてルークにどれだけ頼り切っていたか今更になって分かったところだ。済まなかった」
親方の代表がそう言って頭を下げると、他の親方達も揃って頭を下げる。ルークは慌ててそれを止める。
「頭を上げて下さい。俺がミステルを拝領したことで起こった事ですし、アジュガの安全を考慮しての事だと分かっています。親方衆が頭を下げる事はありません」
「しかしだな、無理をさせていたのは事実だろう。そこは詫びねばならん。今後はミステルの事も含めて我々も一緒に考えて行きたい」
「謝罪は無用なんですが、そう言って頂けると助かります。これからもよろしくお願いします」
ルークはそう言うと、改めて親方一人一人と握手した。そして親方達とミステルに派遣する職人とその手順について具体的な相談が始まった。
「先ずは工房を作るところから始めることになる。アヒムから届いた報告書によると、木工の職人には領主館内にあった広い倉庫のような部屋で作業してもらうことになった。金物は火を使うから同じところでは無理かもしれない。砦の方に装具を修理する工房があったから、その辺を使うことになるかもしれない」
ルークがミステルの領主館と砦の図面を広げて説明していく。かなり広いので、空いている部屋はいくらでもあるけれど、火を使うとなると使える場所は限られてくる。
「何、最初から全部が全部揃わなくてもいい。必要であればアジュガへ持ち帰って作ればいいんじゃからな。とりあえず若いもんへの基本的な指導と仕上げが出来れば上々。本格的な工房に取り掛かるのは来年からでもいいじゃろう」
「派遣するのは中堅どころの職人を選ぶつもりだ。幸いに行ってもいいと言ってくれておる者もいるから、近いうちに決まるじゃろう。工房は彼等の使い勝手のいいように整えてもらうつもりじゃ」
ルークに報告する前に職人達で集まって話をしていたらしい。アジュガには工房専門の職人もいるので、一緒に出向いてもらって工房を整えてもらうことになる。幸いにしてアジュガは飛竜の金具のおかげで潤っている。予算にいくらか余裕があるので、資金はその中から出すことになる。
ルークは手早くまとめたメモを参考に、早速アヒムさんへの指示を手紙に認める。仕事を増やすことになってしまうけれど、彼なら喜んでしてくれそうな気がする。後はアヒムさんの返事次第。その返事が届くまでに派遣する職人の選定を済ませておくことを決めた。
1年でどれだけ進むか分からないけれど、これでまた一つ、来年ミステルへ行く楽しみが増えたのだった。
「アルノー」
ルークはさりげなくその後に続こうとしていたアルノー卿を呼び止める。「何でしょうか」と聞き返してきた彼の声は、かわいそうなくらいに上ずっていた。
「話がある。今ここにいる雷光隊員を全員集めろ」
「は、はい!」
アルノー卿は敬礼すると、不機嫌そうなルークから逃げるように部屋を出て行った。
「隊長、ご不満ですか?」
「……お前も知っていて協力したんだろう?」
ルークは背後にいるラウル卿に視線を向ける。付き合いの長さの差か、ラウル卿はひるむことなく「気づかれてましたか?」と返していた。
それからほどなくしてコンラート卿とエーミール卿、ファビアン卿を伴ってアルノー卿が戻って来た。来客中は背後に控えていたシュテファン卿とラウル卿も加わってルークの前に整列する。大隊長の2人以外はみんな緊張の面持ちで敬礼していた。
「雷光隊、揃いました」
ルークは「お疲れ」と一言声をかけると、隊員達の顔を順に見ていく。その圧力に大隊長以外の4人は顔を引きつらせていた。
「今回の事、あの方のご指示か?」
ルークの言うあの方とは、我が国の国主であるエドワルド・クラウス陛下だ。話を聞いていた時には、思いがけない申し出に思考が停止してしまっていたけど、今になって思うとこれだけの大きな事業を地方の領主達で話をまとめる事は難しいはず。こうなる様に話を仕向けた人物がいたと思われ、それを一番しそうなのが陛下だった。もちろんアスター卿やヒース卿も考えられるけど、あのお2方が関わっているなら当然陛下も……と考えるのが自然だった。
「いえ、今回の主導は陛下ではありません」
ラウル卿はそう返答すると、ちらりとアルノー卿に視線を向けて先をうながす
「帰郷してすぐに、父さんを含めた西方地域の領主様方から隊長へのお礼の相談を受けまして、その、話をしているうちに隊長の困り事の話になって、つい、ミステルの事を話してしまいました」
続けて「申し訳ありませんでした」とアルノー卿は深々と頭を下げる。ルークは「謝らなくていい」と答えたものの、まだどこか不機嫌そうだった。
「それで?」
「そこからミステルの領主館を自分達で改装しようとすぐに話はまとまり、すぐにでも職人を選別して送り出そうとしたので、一旦待ったをかけ、ここまでして大丈夫かヒース卿に確認をしにフォルビアへ飛びました。たまたま夏の休暇で陛下もいらして、一緒に話を聞いて下さり、隊長の意向を尊重するようにと念を押された上で、個人的なお礼だから何の問題もないと仰って下さりました」
例年通り、陛下と御一家はこの夏もフォルビアで過ごされた。私達がミステルに滞在中に近隣の視察も終えられて、今はもう皇都に戻られている頃だろう。本当はご挨拶にうかがうつもりだったのだけど、領内の事に専念するように言われて断念していた。
「個人的なお礼の範疇を超えている気もするけど……」
「西方地域の領主全員と複数の商家が関わっているので、1軒での負担はそれほどでもないと思います。それに、家具の件は賠償と言うことになりますので、隊長が懸念されるようなことにはならないかと」
ルークの疑問に答えたのはラウル卿だった。彼は賜った自分の領地で過ごしていたけど、イリスさんのご実家に挨拶に向かわれたときに、立ち寄ったフォルビア城でその話を聞いて同行して下さったらしい。
「陛下が仰っていたのか?」
「いえ、ヒース卿です」
「……」
アジュガの領主館の再建にミステルの上水施設の設置など、ルークが領主となってからも手厚い国の支援は続いている。それを快く思わない領主も多く、今回の事も話が広まれば、不満の温床になりかねない。私達が悪く言われるだけならまだいいが、陛下の名声に傷がつくのをルークは一番恐れていた。
「何だか全部、掌で転がされている気がするんだよなぁ……」
何でも全て独力で出来るとは思っていない。だけど、ウォルフさんにサイラス、そしてギードさん、国内でも名だたる人たちがルークに手を貸してくれている上に今回のミステルの件。何もかもうまくいきすぎて何だか怖い気もする。
「考えすぎですよ、隊長」
「そうです。今まで他人に尽くしてきた恩恵が今、返ってきているのだと私は思います」
ラウル卿とシュテファン卿の言葉に他の4人も真剣な表情でうなずいている。
「……とりあえず経緯は分かった。職人達が来る前にまた一度ミステルへ行ったほうがいいかな」
「おそらく、もうミステルに向かっているはずです」
「え?」
断られるとは思ってもいなかったのか、行動が早い。
「職人達の方がやる気になっていて、我々が向こうを発つと同時に出立しています。ビルケ商会の隊商と一緒に向かっていますので、着くのはもう少し先ですが。彼等の宿舎の手配など、後の事はアヒム殿が請け負うので心配はいらないそうです」
「そ、そうか……」
ルークが過労で倒れたのはついこの間の事だった。雷光隊の間ではこまめにやり取りをしているので、この事も既に周知されている。その為、ミステルで療養中にラウル卿から「無茶しすぎです」という内容の手紙が届いていた。
「気になるかと思いますがここは無理に予定を詰めず、今はアヒム殿に任せて来春にでもちゃんと予定を立てて視察を行えばよろしいのでは?」
ラウル卿の力説に他の5人はうなずきながら聞いている。特に今年加入したばかりのファビアン卿とエーミール卿はラウル卿に尊敬のまなざしを向けている。
「分かった。そうする」
さすがにこの休暇中にこれ以上の予定を詰め込むことは出来ない。ルークもそれはよくわかっているみたいで、諦めたように肩を竦めてそう答えた。その後は互いの近況を報告し合い、1カ月後に行われるカミラさんとウォルフさんの婚礼でまた集まる事を確認して解散した。
そしてその日の夜は急遽お客様を歓迎しての晩餐会となった。この席には親方達も同席し、ルトガー親方と意気投合していた。レオポルト様からは1カ月後に式を挙げるカミラさんとウォルフさんを言祝いで下さり、ノアベルトさんからは当日に間に合うように隊商を向かわせると約束して下さった。当日はお祭り騒ぎとなり、屋台や露店が多数出る予定になっている。きっとビルケ商会が露店を出せば、町の人達も喜ぶかもしれない。
お客様方は翌日の午後、アジュガを発たれていった。少し慌ただしいけれど、それぞれにご予定を抱えておられるのでそれは無理もない事かもしれない。途中フォルビアに立ち寄ることになっているらしいけれど、ラウル隊が送っていくので明日の夕刻にはツヴァイク領に到着するだろう。飛び立っていく飛竜達に向かって私達は感謝を込めて見送った。
突然の来客から数日後、執務室で書類仕事に追われているルークに一息入れてもらうために一緒に午後のお茶を飲んでいると、珍しく親方衆が揃ってルークを訪ねて来た。
「折り入って話がある」
「何ですか?」
ちょうど休憩中だったので、来客用のソファに移動して話を聞くことになった。全員にお茶を用意し、退出しようとしたけれど、私も同席を求められた。
「ミステルの……だな、職人希望者を迎える話の事だ」
最初に口を開いたのはお父さんだった。お父さんの工房で預かる話になっていたけど、何か不都合なことがあったのだろうか。同じことを思ったのか、ルークの表情も少し引き締まる。
「我々も誰か職人を派遣して希望する若者に手ほどきをした方が良いのではないかと考えを改めたのだ」
「どうしてまた急に?」
アジュガの人達は迷惑をかけられたと思っているのもあって、ミステルの住民を快く思っていない。特に親方達はその傾向が強く、支援にも消極的だった。一体、どんな心境の変化があったのだろう?
「先日来られたルトガー殿と話をしてな、家具に使う金具を我々が請け負うことになったのは報告したと思う。はじめはアジュガで作ればいいと思っておったが、職人をミステルへ向かわせた方が手間もかからないだろうと言う結論となった」
「うん、そうだね」
「ルトガー殿からは職人希望の若者を一緒に鍛えてはどうかと言われたが、ワシらは遊び半分で来られては困ると、やんわりとそれを断った。しかしルトガー殿は真剣に将来を考えて来る者もいるはずだ。それを見つけ出すのが我々の仕事ではないのか、そしてそれらの苦労を全てルークに押し付けるのかと言われた」
「自分達がいかに狭量だったか、そしてルークにどれだけ頼り切っていたか今更になって分かったところだ。済まなかった」
親方の代表がそう言って頭を下げると、他の親方達も揃って頭を下げる。ルークは慌ててそれを止める。
「頭を上げて下さい。俺がミステルを拝領したことで起こった事ですし、アジュガの安全を考慮しての事だと分かっています。親方衆が頭を下げる事はありません」
「しかしだな、無理をさせていたのは事実だろう。そこは詫びねばならん。今後はミステルの事も含めて我々も一緒に考えて行きたい」
「謝罪は無用なんですが、そう言って頂けると助かります。これからもよろしくお願いします」
ルークはそう言うと、改めて親方一人一人と握手した。そして親方達とミステルに派遣する職人とその手順について具体的な相談が始まった。
「先ずは工房を作るところから始めることになる。アヒムから届いた報告書によると、木工の職人には領主館内にあった広い倉庫のような部屋で作業してもらうことになった。金物は火を使うから同じところでは無理かもしれない。砦の方に装具を修理する工房があったから、その辺を使うことになるかもしれない」
ルークがミステルの領主館と砦の図面を広げて説明していく。かなり広いので、空いている部屋はいくらでもあるけれど、火を使うとなると使える場所は限られてくる。
「何、最初から全部が全部揃わなくてもいい。必要であればアジュガへ持ち帰って作ればいいんじゃからな。とりあえず若いもんへの基本的な指導と仕上げが出来れば上々。本格的な工房に取り掛かるのは来年からでもいいじゃろう」
「派遣するのは中堅どころの職人を選ぶつもりだ。幸いに行ってもいいと言ってくれておる者もいるから、近いうちに決まるじゃろう。工房は彼等の使い勝手のいいように整えてもらうつもりじゃ」
ルークに報告する前に職人達で集まって話をしていたらしい。アジュガには工房専門の職人もいるので、一緒に出向いてもらって工房を整えてもらうことになる。幸いにしてアジュガは飛竜の金具のおかげで潤っている。予算にいくらか余裕があるので、資金はその中から出すことになる。
ルークは手早くまとめたメモを参考に、早速アヒムさんへの指示を手紙に認める。仕事を増やすことになってしまうけれど、彼なら喜んでしてくれそうな気がする。後はアヒムさんの返事次第。その返事が届くまでに派遣する職人の選定を済ませておくことを決めた。
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